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その19 「作戦立案」

 私の頭の中で、いくつかの線がひとつに繋がった。

 封印、横領、そして民の不満。どれも別の出来事のようでいて――この国の“ほころび”だ。

 ならば、やるべきことは明白だった。


 「提案があります」


 全員の視線が私に集まる。


 「封印の調査を優先しましょう。それと、天霧家の財政状況の調査――これはカエデとサエに任せたいと思います。二人なら、神社の管理者として動きやすいはずです」


 「ふむ……ということは、エレナ殿達は別行動か?」

 

 ムサシが低い声で尋ねた。


 「まず、封印に異常があった場合は最優先とします。もし、大海獣復活の兆しがあるなら、私とラン、レーナ、そして赤龍で戦います。ムサシ将軍とカエデはその間、民の避難と神社の防衛に当たって下さい」


 『我も動いて良いのか?』


 赤龍が面白そうに笑う。


 「是非、お願いしたい」


 『うむ、承知した』


 「……もし封印が大丈夫なら、カエデたちには、横領の証拠――奉納柱の数と寄進金の差異を突き止めてほしい。私たち三人は、ムサシ将軍の信頼できる部下たちと協力して、三か所の金庫を同時に押さえます。証拠を見つければ言い訳はできないですよね」


 「三か所同時に、か……」


 ムサシの眉が上がる。


 「ご存じの通り、私は戦えますし、ランも剣の腕は確かです。そして――レーナも戦闘は強いですよ」


 「レーナさんが……?」

 

 カエデが小さく息を呑んだ。


 「悪くない策だ。だが、見えぬ敵がおるかもしれん。油断はできんぞ」


 「わかっています」

 

 私がそう答えると、ムサシは腕を組み、しばし沈黙した。その横で、カエデがそっとムサシに視線を向けて微笑む。

 その一瞬に、何かが決まったように空気が動いた。


 「……すまぬ、エレナ殿。その策でやろう」


 「任せて下さい」


 私は皆を見回し、強く頷いた。

 この国の闇を断つ戦いが、ようやく本当の形を取り始めた気がした。


 「ムサシ将軍。作戦はいつ決行できますかね?」


 私の問いに、ムサシは顎に手を当てて少し考えた。


 「……奴らはおよそ一月おきに、隠し倉から硬貨を運び出している。次の運搬は三日後だ」


 「なるほど。じゃあ――」


 私はすぐに方針を決めた。


 「明朝、陽が昇る前に出発しよう。私とカエデは赤龍に乗って、封印の遺跡へ向かう。封印の状態を確認できたら、三日後の夜に作戦を決行しよう」


 「わかった」


 ムサシが頷く。 


 「カエデも、それで良いか?」 


 「はい。……お母様が戻られるのも三日後の予定です。もしかすると、硬貨の運び出しに合わせているのかもしれません」


 「その可能性は高いな」


 ムサシの声に、全員の表情が引き締まる。


 「では、明朝出発。昼過ぎには戻れます。赤龍、頼んだ」 


 『うむ、任せておけ。夜明け前の空を駆けるのも久しぶりだ』 


 「ムサシ将軍は、部下の選定をお願いします」


 「うむ、信用のおける者を見繕っておく。我も一度屋敷へ戻るとしよう」


 「ありがとうございます。気をつけて」


 そう言って、私とランは将軍を神社の外まで見送った。同行した部下二人とランがムサシを屋敷まで送迎する。


 「カエデ」


 私は神社の鳥居の前で、静かに声をかけた。


 「お母様をどうするかは、カエデ自身が決めていい。でも、何かあったら必ず相談してくれ。話くらいは聞くから」


 カエデは少し俯き、そして小さく笑った。


 「……大丈夫です。もう、決めましたから」


 その瞳の奥に、確かな決意があった。


 「じゃあ――明日はよろしくね、赤龍」


 『うむ、もちろんだ。久々に空を飛ぶのが楽しみでな。』


 夕暮れの風が、神社の木々を撫でる。

 そこへ、のんきな声が響いた。


 「ただいまー!帰ったわ。お腹すいたから早く夕飯食べましょう!――あれ?ランは?」


 「ランは少し出かけてるよ」


 「そっか。じゃあ夕飯の準備しよっか!」


 レーナが笑顔で台所へ駆けていく。

 張りつめた空気が、少しだけ和らいだ。


 こうして――義国の行方を左右する三日間が、静かに動き出した。


* * * * *


 夜が明けきらぬ神社の境内は、まだ薄い霧に包まれていた。虫の音もなく、風が杉の梢を揺らしている。

 私は静かに息を吐き、魔法の準備をする。

 この国の未来を左右する一歩になる――そんな予感がした。


 「準備できました」


 カエデが巫女装束の上に薄手の外套を羽織りながら、私の隣に立つ。

 表情は少し強ばっていたが、決意の色があった。


 「うん。赤龍、頼むよ」


 『うむ、任せておけ。夜明けの風は心地よい。良い飛行になりそうだ』


 赤龍が静かに体を起こす。

 鱗が月光を反射し、淡く赤く光った。

 私はその巨大な背に手を置きながら、昨日レーナに教わった魔法を思い出す。


 「ええと……女神アルカナよ風と水の境界を曇らせ姿を消せ《フォッグ・ヴェール》」


 淡い光が指先から広がり、赤龍の輪郭を包むように揺らいだ。まるで空気そのものが滲むように、赤龍の姿が徐々に霞んでいく。


 『ほう……』

 

 「帰りに街の上を通るから、念のためね」

 

 『ふむ、人の目というのは、時に鋭いからな』


 私はカエデと共に背に乗り込んだ。


 「出発するよ。しっかりつかまってて」


 「はい、お願いします」


 赤龍が翼を広げ飛んだ。

 木々が風の中で小さく揺れた。

 空の上では、夜と朝がまだせめぎ合っている。

 東の地平線に、かすかに朱が混じり始めていた。


 『さて、封印の地まではひとっ飛びだ』


 赤龍の声が低く響く。

 私はその背中で、遠く見え始めた海の方角を見つめた。


* * * * *


 先日、サエと共に旅をした封魔の社を越え、赤龍は翼をたたみながら低空を滑るように飛ぶ。

 眼下には、先日のレーナとリサの激戦で生まれた巨大な大穴――まるで大地が焼け焦げたような光景が広がっていた。

 溶けた岩肌がまだ黒く艶めき、焦げた匂いが風に乗って届く。


 『ふむ……再び見ると激しい戦いだったのがわかるな』


 「ほんと……この辺り、魔力の残滓がまだ漂ってる」


 私は赤龍の背で地上の痕跡を見つめた。


 「この下に、封印がある」


 赤龍は頷くように低く唸り、ゆっくりと大穴の縁へ降下した。

 私とカエデは地面に降り立ち、赤龍の後を追って地下へと続く崩れた通路を進む。


 空気は湿っており、どこか錆のような匂いが混じっている。

 通路の先――前に見た巨大な封印の大岩が、青白く鈍く光っていた。


 「なるほど……ここなんですね」


 カエデが小さく息を吐いた。


 「私も、母からこの場所のことは一度も聞かされていません」


 「魔族たちはこの岩を調べていた。どうやらこの大岩が封印らしい」


 「少しお時間をください。見てみます」


 カエデは静かに岩へ近づき、両手を添えて目を閉じた。淡い光が彼女の掌から漏れ、封印石の紋様がわずかに浮かび上がる。


 私と赤龍はその背中を見つめながら話をした。


 「なぁ、赤龍。大海獣を見たことはないんだよな?」

 

 『うむ。我がこの地に来たのは、すでに封印が終わった後だった。噂ばかりで実際の姿は知らぬ』


 「大海獣って言うくらいだから、でっかいんだろうな」


 『ふむ、不謹慎だが……見てみたい気もする』


 「赤龍もか?実は私もだよ」


 『ほう、エレナも物好きだな。ではこの岩を吹き飛ばして確かめてみるか?』


 「ははは、それいいね。出てきたら、二人で討伐しよう!」


 『……貴様、本気で言っておるな?』


 「前世の映画ってやつで“怪獣王”ってのがいてさ。私はそれを見て育ったんだ。たぶんその影響だね」


 『怪獣王、とな。そっちの方が興味をそそるな』


 たわいもない会話に、少しだけ緊張がほどけた。

 そんなとき、カエデの声が響いた。


 「エレナさん、こちらに!」


 「何かあった?」


 私はすぐに駆け寄った。


 「この隅に……小さな岩があります。そこから、微量ですが魔素が噴き出しています」


 「……たしかに。封印の大岩じゃなく、これはまるで蓋みたいだね」


 「はい。この部分だけ構造が違います。もし開ければ、中の状態が確認できるかもしれません」


 「開けた途端に“ご覚醒”……なんてことは?」


 「……それは、わかりません」


 「まぁ、今のところ動きはなさそうだし……今は触らずに様子見でいいのかな」


 「はい。封印の本体は健在のようです。……それにしても、これがレーナさんと魔族の戦いの跡なんですね」


 「そう。魔力の余韻がまだ残ってるんだ」


 「こんなにも……これだけの力をぶつけて封印が無傷なのは良いのですが、正直、私はレーナさんの方が怖いです」


 「……うん、それは否定できないね」


 私たちは最後に封印の様子を記録し、天霧神社へ戻ることにした。


 薄暗い通路を抜けると、外ではもう朝日が昇り始めていた。

 東の空が朱に染まり、光が大穴の底まで射し込む。

 その光に照らされた大岩は、静かに、しかしどこか不穏な気配を帯びていた。


 神社に戻ると、境内には朝の光が差し込み、準巫女たちが掃除をしていた。

 赤龍の姿はまだ霧の魔法に包まれていて、誰にも見えない。

 神社内に風が吹いた後、私とカエデが姿を現すと、すぐに皆が駆け寄ってきた。


 「おかえりなさい。どうでしたか?」


 「うん、封印は無事。ただ……少しだけ気になることがあった」


 「気になること?」


 レーナの表情が少し嬉しそうだ。


 (こいつも私と赤龍と同じだな……)


 皆の表情が引き締まる。


 「大岩のそばに、魔素を漏らしている小さな岩があった。おそらく封印の蓋の一部だと思う」


 「魔素の漏れ……完全な破損ではないけど、油断はできないわね」


 レーナがニヤついている。

 それを見てカエデがなにか察したようだ。


 「はい。けれど、今のところ封印が崩壊するような気配はありません」


 カエデの言葉に、レーナは少しだけ残念そうだ。


 赤龍はそのやり取りを聞きながら、静かに目を閉じる。


 「だな。だから――この情報をムサシ将軍に伝えて、作戦の確認をしておきたい。ラン、頼める?」


 「はい。今から行ってきます」


 ランは頷き、剣を背に背負い直した。


 「急がなくていい。散歩のついでくらいで。目立たない方がいいからね。それと、今日の夕方、私とレーナで将軍のもとへ行く。そこで作戦を詰めたいとも伝えてくれ」


 「わかりました」


 そう言うと、ランは軽やかに鳥居をくぐり、消えていった。


 「うん?なんで私も?」


 レーナは少し嫌そうだ。


 「さて……」


 私は一息ついて、赤龍の方を振り向いた。


 『封印が完全でないと分かった以上、油断できぬが、まぁ非常時は我が動こう』


 「助かる。赤龍がいてくれるだけで、心強いよ」


 『ふはは、そう言われるのは悪くないな』


 境内を渡る風が、朱の幟を揺らした。

 その音を聞きながら――私は心の奥で、これから始まる決戦前の静けさを感じていた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は11/11火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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