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その15 「天霧神社でのひととき」

 赤龍の背に乗った私たちは、徒歩なら二日以上かかる距離を、ほんの数時間で街の空まで戻ってきた。

 眼下に広がる天霧の街並みが、まるで玩具のように小さく見える。


 レーナが両手を掲げ、霧の魔法を展開する。

 白い霧が赤龍の巨体を包み、その輪郭をぼやかした。


 「目の部分だけ開けておくわね。大丈夫でしょ?」


 『うむ、見えるぞ。――準巫女よ、神社の場所を示してくれ』


 「あ、はい。街の西側です」


 『うむ、西の方だな』


 赤龍が翼を広げ、西へと進路を取る。

 しばらく飛ぶと、木々の合間に、長い階段と朱の鳥居が見えてきた。


 「あ、あそこの階段がたくさん見えるところです。頂上の屋敷の側に降りてもらえませんか?」


 『心得た』


 赤龍がゆっくりと高度を下げる。

 風圧が木々を揺らし、社の鈴がかすかに鳴った。

 巨体のわりに、彼は実に慎重に動いている。私たちに気を遣っているのが分かる。


 境内にはカエデとラン、そして数名の準巫女の姿が見えた。


 「おーい! カエデ!」


 「こっちの姿見えないわよ」


 「……そうだったな」


 赤龍が地に降り立つ。

 神社に隠れるようにその巨体が沈むと、地面がわずかに震えた。着地と同時に、境内に風が走り抜ける。


 巫女たちは驚いて身を寄せ合い、ランは目を丸くしていた。


 「じゃ、魔法解くわね」


 「あ、待って、レーナ。先に私たちが降りて話そう。赤龍のことを説明しないと」


 「……そうね」


 赤龍の背から降り立つと、私たちの姿がすぐに見えたようで、カエデが駆け寄ってくる。


 「サエ!?エレナさんも!」


 「ただいま、戻ったよ」


 「カエデ様、無事帰還いたしました」


 「レーナさん……どこに行ってたかと思えば……!」


 ランは涙ぐみ、サエは仲間の準巫女たちに囲まれていた。


 「やっほー!帰ったわ!」


 「先ほどの風は……そこの霧も…」


 「あぁ、それにはわけがあってね。みんな、驚かないで聞いてくれる?」


 「?どういうことでしょうか?」


 私は少し息を整えてから、声を張った。


 「――赤龍、姿を見せるよ!」


 『うむ、よろしく頼むぞ』


 「レーナ!」


 「赤龍さん、ここにいるんですか!?」


 ランの声が上ずる。


 レーナが軽く笑いながら指を鳴らした。

 霧の魔法が晴れ、赤龍の姿が現れる。


 朱に輝く鱗、鋭い眼。

 その堂々たる姿に、巫女たちは一様に息を呑んだ。


 『うむ、初めましてだな。義国の人々よ。我は赤龍という』


 「だ、大丈夫だよ!めちゃくちゃでかいし、声も怖いけど……良い人だから!」


 私は慌ててフォローを入れる。


 『はっはっは!良い人とは初めて言われたぞ。まあ、危害を加えるつもりはない。安心せよ』


 「本当です!私もよくしてもらいましたし、背中に乗せて飛んでくれたんですよ」


 サエが明るく言い添える。


 カエデは深呼吸して気持ちを落ち着かせ、姿勢を正した。


 「赤龍様、天霧神社へようこそおいでくださいました。私はこの神社の責任者、巫女カエデでございます。ご挨拶が遅れたことをお詫びいたします」


 『うむ、巫女よ。名乗りをありがたく受け取ろう』


 「部下のサエをお助けいただき、感謝申し上げます。狭い場所ですが、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」


 『うむ、ではそうさせてもらおうか』


 カエデが微笑み、赤龍は威厳を保ちながらも柔らかく頷いた。


 その光景に、神社の空気が少し和らいでいく。

 まるで、この神社が出会いを祝福しているかのようだ。


 「カエデ、赤龍連れてきて大丈夫だった?」


 私は声を小さくしてカエデに確認した。


 「驚きましたけど、ここは街から見えませんから大丈夫です」


 赤龍は境内の一角に身を横たえ、ゆっくりと息を吐く。そのたびに、草木がわずかに揺れる。


 「それで、封印はどうでしたか?」


 カエデの問いに、エレナは一度サエを見た。


 「うん、サエから報告してもらおうか?」


 「はい。……カエデ様、驚かないで聞いてください」


 サエは巫女たちを手招きして、中央に集める。

 皆が息を潜めて見守る中、彼女は一歩前に出て語り始めた。


 「私たちが“大海獣の封印”だと思っていた場所は、正確には“封印の入り口を隠すための社”でした。社の裏には地下へ続く階段があり、その最奥に本当の封印がありました」


 「そんな……じゃあ、私たちが代々守ってきた封印は――」


 カエデの声がわずかに震える。


 「はい。言い伝えと異なっていたのは、恐らく古代の巫女たちが“偽りの封印”を置いて、外部の目を欺くためだと思われます」


 「……なるほど」


 「補足すると、神代文字で"封魔の社"って書いてあったから間違いないよ」


 「エレナさんは神代文字が読めるのでしたね」


 カエデは静かに頷いた。

 サエは小さく息を整え、言葉を続ける。


 「問題は、その地下へ行くための封印が――壊されていたことです。魔物の異常活性化は、その封印から漏れた魔素が原因かもしれません」


 「魔素が……漏れていた?」


 「はい。まるで海の底から吹き出すように、暗く濁った魔素が溢れていました。帰る時に見ると魔素は無くなっていました。恐らく魔物の活性化は無くなると思います」


 境内の空気が重く沈む。


 「しかし、地下の入り口に大海獣の眷属がいました。本で見た通りの姿だから間違いないです」


 「そんな存在が……本当にいたのですね」


 カエデは信じられないという顔をしながらも、真剣に耳を傾ける。


 「それと……エレナさん達が国で戦っている魔族という存在がいました」


 サエの言葉に、巫女たちがざわめく。


 「魔族!?どういうことですか!?」


 「大海獣を復活させて、仲間に取り込もうとしていたみたい。封印を壊したのも、そいつらの仕業だね」


  エレナが静かに言い添える。


 「でも、レーナさんが倒してくれました」


 サエが笑みを向けると、レーナは肩をすくめた。


 「へへへ」


 レーナは照れている。


 「……本当に、無事でよかった」


 カエデは小さく息をつき、胸に手を当てた。


 「レーナさんは戦闘になると人が違いますからね」


 ランがそう言うと笑いが起きた。


 「今回は役に立ってないわね、ラン」


 「留守番して誰かさんを探していたからです」


 ランはプイッとレーナから顔を逸らした。


 赤龍がその様子を見守りながら、低く唸る。


 『封印はまだ生きておるが……放置すれば、再び封印は破られると、我は思う』


 「どうすればいい?」


 エレナが尋ねると、赤龍は静かに目を閉じた。


 「……わかりました。私をそこへ連れて行って貰えませんか?」


 カエデが赤龍に深く頭を下げ、巫女たちもそれにならう。


 『無論だ、エレナと約束しておる。明朝にでも向かおう』


 「ありがとうございます」


 境内に、静かな風が吹いた。

 西の空が朱に染まり、社の屋根がその光を受けて黄金色に輝いている。


 夕食の時間は、赤龍も交えて皆で外で取ることになった。

 龍と共に食卓を囲む――そんな機会、誰にでもあるものではない。

 巫女たちは胸を高鳴らせ、カエデもどこか子どものような笑みを浮かべていた。


 焚き火のそばで、赤龍は穏やかに息を吐く。

 あたりはほのかに温かかった。


 「では、赤龍様は初代様達を見かけたことが…」


 『うむ、そうだ。初代将軍と巫女を見たぞ』


 「初代様たちは……どのような方々でしたか?」


 赤龍は少しだけ目を細め、古き時代を思い出すように言葉を紡いだ。


 『我が見たのは、大海獣封印の後のこと。二人は手を取り合い、この国を治めていた。将軍は剣を捨て、巫女は祈り続けていた。その姿は、戦を越えた者にしか出せぬ静けさを纏っておった』


 「……そうですか。良いお話を聞かせてくださいました」


 『良いぞ、他になんでも話そう』


 「では――」


 カエデたちが赤龍と談笑している間、少し離れた場所では別の会話が始まっていた。


 「居なくなるなら、どこに行くかくらい伝えてくださいね」


 「だから謝ったじゃない!ほんと、ランは小姑みたいね。将来結婚するユリウスは苦労するわよ」


 「ユリウスは関係ないでしょ!」


 「まぁまぁ。レーナも謝ったんだし、ランも落ち着いて」


 「……エレナさんがそう言うなら」


 エレナが微笑むと、ランは口を尖らせながらも静かに引き下がった。


 火の粉が舞い、夜の帳がゆっくりと降りてくる。

 それでも、話題はすぐに現実へと戻った。


 「それより、新生魔王軍の話をしようか」


 エレナの声に、焚き火の音だけが答える。


 「アルファスト大陸では、すでに騒ぎになってるっぽいわね」


 「そこなんですよね……どうして誰も気づけなかったんでしょう。魔王軍が拠点を置いていた北方大地は、死海があってもエルフ王国が監視しているはずなのに」


 「エルフの目を掻い潜るような動きをしてたんだろうね。リサが魔王の地位にいるなら、人族の動きは全部読まれてるだろうし」


 「……エレナには悪いけど、あの女は私が倒す」


 レーナの瞳が揺らめく火の色を映した。

 その奥にあるのは怒りではなく、静かな決意だった。


 彼女の父の遺体は、カエデの厚意で社の遺体安置所に置かせてもらっている。明日、火葬する予定だ。

 これ以上置けば、腐敗が始まり、最悪の場合アンデッド化する恐れがある。

 火葬後、母の墓に遺灰を埋葬するという。

 ――それがいい、と私は伝えた。


 「レーナには悪いけど、私にも譲れないものがある。けれど、それはリサに相対した時に考えよう」


 「……それでいいわ」


 (そう、譲れない。"頭に手を当てて考えろ"あの言葉はーーー)


 風が一瞬、焚き火を揺らした。

 三人の瞳が赤く光ったように見えた。


 「ゲールを倒したから、四魔将は三人になったのよね?」


 「もう一人は吸血族のエルバラ……あと二人が気になりますね」


 「どんな奴らなのか――」


 「前にエルバラと戦った時だけどさ、あれって魔王軍の動きで何かしてたんだろうな」


 「前って、レーナさんと戦った時ですよね!どちらが勝ったんでしたっけ?」


 ランが前のめりなって聞いてきた。


 「それは私だ」

 「それは私よ」


 私とレーナは互いに目を合わせ、立ち上がる。

 だが、赤龍の低い声が、境内の空気を震わせた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は11/4火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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