その14 「アルファスト大陸の現在」
リサとエルバラの姿が青い光の中に消えていったあと、私とレーナはしばらくその場に立ち尽くしていた。
焦げた地面からはまだ微かな熱が漂い、空気に残る焦げ臭さが、ついさっきまでの死闘の名残を主張している。
『そろそろ戻るぞ、エレナ、レーナ。準巫女が地上で待っておる』
赤龍の低い声に、私は我に返った。
「……あ…あぁ、そうだな」
私たちは赤龍の背に乗り、ゆっくりと封魔の社の近くへと降り立った。
地上に降りると、駆け寄ってきたサエが心配そうにこちらを見上げた。
「お二人ともお怪我してるじゃないですか!?」
「大丈夫。いつものことだから慣れてる」
「一体何が?……」
「帰りに話すよ。それより、封印をもう一度見てくれないか?」
私たちは再度、封印の状態を確認しに戻った。
「恐らく…問題ないと思います、先程と状況に変わりは無さそうです」
どうやら戦闘の余波で封印が壊れることはなかったようだ。
「よかった。レーナの魔法が激しかったからね」
「だって!あそこでは、あぁするしかないじゃない!」
レーナはまだイライラしているようだ。
「あ、いや、怒ってるわけじゃないよ」
「でも、私では知識不足ですから、カエデ様を一度お連れしましょう」
サエの言葉に私はうなずいた。
「一度戻ろう。赤龍、天霧神社まで飛んでくれるか?」
『先程も申した通り、良いぞ』
レーナが赤龍の翼を見上げて、ふと思いついたように言った。
「その姿を街の人に見られると大騒ぎでしょ?霧を出す魔法があるから、それで姿を隠しましょう」
たしかに、あの堂々たる巨体が上空を飛べば、ムサシ将軍あたりが本気で軍を動かしかねない。
『我はそんな些細なこと気にせんが……』
「だめよ!この国の事情があるでしょ!ただでさえ、赤ちゃん泣かせるような声してるんだから!」
『う、うむ……それならば仕方ない。レーナに従おう』
赤龍は不満そうに鼻を鳴らしながらも、身体を少し小さく縮めた。
私はその光景を見て、思わず笑ってしまった。
「レーナ、すごいな……」
「何がよ?友達になったんだから対等でしょ」
彼女のあっけらかんとした言葉に、私は小さく息を吐く。
――そうだけれど、友情の中にも敬意は必要だと、口の中まで出かかった言葉を飲み込んだ。
『では、背に乗れ』
赤龍の翼が広がり、地面が大きく揺れる。
私たちはその背に乗り、再び空へと舞い上がった。
風を切る音の向こうに、雲の切れ間から見える太陽が、まるで戦いの終焉を告げるように眩しかった。
――こうして、封印の場の戦いは幕を閉じた。
まさか、遠い地に魔族が関わっていて、リサに再会するとは思わなかった。
しかし、これが新たな波乱の始まりでもあるなと少しだけ感じた。
その頃、遠く離れたアルファスト大陸――
帝都バイエルンでは、静かに、しかし確実に、歴史の歯車を動かす会合が開かれようとしていた。
* * * * *
――アルファスト大陸、バイエルン帝国。
先日の化け物との死闘から日が経ち、帝都は再び喧騒を取り戻しつつあった。
砕けた石畳は修復され、焼け落ちた商館の跡地には早くも新しい店が建ち始めている。
通りには商人の声が響き、冒険者たちの笑い声が混じる。
だがその活気の裏には、誰もが拭えぬ不安を抱いていた。――新生魔王軍、それを率いる光の聖女リサの名が、大陸中に広まり始めていたのだ。
その帝都の中心、荘厳な王城の玉座の間。
今、そこにはバイエルン皇帝ジーク・フォン・バイエルンの招聘により、各国の王や重鎮たちが集められていた。
巨大な円卓を囲む面々の中には、王冠を戴く者もいれば、古の鎧を纏う者、精霊の加護を纏う者もいる。
大陸の運命を左右する会合が、静かに始まろうとしていた。
「――それで、勇者エレナは今どこにいるのだったかな?」
ジーク皇帝の低い声が広間に響く。
「我の盟友の話だと、海を渡り、外の世界に向かったそうだ。名は……義国」
そう答えたのは、ドワーフ王バラガン。
髭を撫でながら、重々しく言葉を継ぐ。
「義国……本当に東の海の先にそんな国があるのですか?」
イグニス王国復興団の団長、ロイ・ヴァン・イグニスが周囲に問いかけた。
彼は王族の末端に生まれながらも、滅んだ祖国を再興するために立ち上がった男。
その若い瞳には、恐れよりも責任の光が宿っていた。
「我らエルフも、そんな国があるとは知らなんだのじゃ」
森の神国のエルフ女王オーレリアが、細い指で顎を撫でながら、じろりとバラガンを見やる。金の髪が揺れ、冷ややかな香が広間を満たした。
「彼らは鎖国しておる。海には海獣がウヨウヨしておるから、そう簡単に船で渡ることはできん。勇者一行は――赤龍の背に乗り、渡ったそうだ」
バラガンが淡々と説明する。だがその目は明らかに不機嫌だった。
ドワーフとエルフ、長き因縁を持つ両種族の視線が火花を散らす。
「その、南方の守護者と勇者達は仲間になったということか?」
獣神ヴォルグが、分厚い腕を組みながら問う。
「赤龍は気まぐれだ。だが、気に入った人族に手を貸すことがある」
「……何にしても、勇者エレナは海を渡り行方不明ということか」
ジーク皇帝が静かに呟いた。
この会議は、アルファスト大陸の未来を案じた彼の主導によって開かれた。
目的はただ一つ――“新生魔王軍”への対策を立てること。
「新生魔王軍……その頭目が“光の聖女リサ”とは……なんという事か…」
ジーク皇帝の顔には疲労と憂慮の影が差していた。
光の聖女ーーその名の通り女神アルカナに認められた僧侶の最高職にして、勇者一行の仲間だった人だ。
バイエルン帝国前皇帝は、その聖女の報告で「勇者が乱心、仲間を殺して逃亡した」と報告を受け、勇者エレナを指名手配していた。
その件は既に解決しており、勇者の指名手配は解かれている。
「ここまで起きている事の全てが、光の聖女の仕業と言う事か……我ら獣人族の民達の混乱も大きいぞ」
獣神ヴォルグは頭を抱えている。
「報告では、魔族の戦力は数十万に及ぶ。北方は既に魔族の手に落ちているが、攻めてくるのは時間の問題だろう。それと、小国は既に圧迫されておる。この数に対抗するには冒険者ギルドや勇者エレナの助言が必要だ」
「陛下……」
ロイが一歩前に出る。
「しかし彼女は、すでに義国に渡ったとのこと。もはや大陸の連絡網では追えません」
復興団長のロイは、イグニス王国の出である勇者エレナにご執心で、彼女をイグニス王国復興の象徴にしようとしている。
エレナはそれを拒否しているが、それは彼の性格にも問題があるため、関わりたくないと言った方が正しいのかもしれない。
「そもそも、何故これまで魔王軍の動きが全く見えなんだのじゃ!?」
オーレリア女王の声が鋭く響く。
「貴様らも知らなかったではないか」
ドワーフ王バラガンが睨み返す。
「たかがドワーフに意見される言われはないのじゃ」
「なんだと!」
円卓の上に、重い沈黙と火花が走った。
「――お二人とも、落ち着いて下さい」
間に入ったのはロイだった。
「今は種族の誇りを争っている場合ではありません。まずは“行方不明の勇者を探すこと”と、“これからの対策”――この二つを決めねばなりません」
その言葉に場の空気が落ち着きを取り戻す。
ロイの冷静な進言に、ジーク皇帝は静かに頷いた。
「まず、勇者エレナの件は――ドワーフ王にお任せするとしよう」
「うむ、任された。恐らく、彼女は一度ドワーフ王国に戻るはずだ」
バラガン王の声は低く、だが確信に満ちていた。
「何を根拠にしておるのじゃ?」
オーレリア女王が眉をひそめ、金の髪を揺らす。
「彼女は、新しい武器を必要としておる。そのための希少な金属を探すべく、義国へ渡った。ならば、いずれ我らの鍛冶屋の元を訪れるはずだ」
「ふむ……なるほどのう」
オーレリアは納得したように頷き、視線をジーク皇帝へ戻す。
「では、勇者の件はドワーフ王に一任する。ここからは“新生魔王軍”についてだ」
ジーク皇帝の声音がわずかに低くなる。
「獣人族の手練れを北方の死海へ送っている。恐らく、あと二十日もすれば何かしらの情報を帝都に持ち帰れるだろう。それまでは、各国とも厳戒態勢を敷くしかないのではないか?」
ヴォルグが低く唸るように言った。
「今もって、我が国が北方最前線じゃ。だが、戦争となれば、魔王軍は間違いなく死海を渡ってこちらへ来るだろう」
オーレリアが腕を組み、鋭い眼差しで地図を見つめる。
「死海を渡るには頑丈な船が必要だの」
バラガンが腕を組みながら唸る。
「遠回りして死海を無視する事はあり得ませんか?」
ロイが皆に問う。
「それは無かろう、死海の両端には大きな山脈が続いている。あそこは魔物も住み着いておらん。魔族も容易く超えてこれるとは思えん」
「うむ、森の神国ではすでに厳戒態勢を敷いておる。何かあれば早馬を寄越すよう命じてある。獣人族の情報と合わせれば、自ずと奴らの動きも掴めるじゃろう」
オーレリアは自信に満ちた口調で言い切った。
「では――各国の軍は、これから協力体制を整え、情報が揃い次第、森の神国に集まる方向でよろしいかな」
ジーク皇帝が全員を見回す。
「異議無し」
バイエルン帝国、獣人族の都、ドワーフ王国、森の神国、そしてイグニス復興団。
五つの勢力が、これまで手を組む事はなかった。
だが、ついに連合軍として一致した瞬間だった。
「我ら以外の小国や冒険者ギルドには私から交渉に赴こうと思う。それもよろしいか?」
「意義無し!」
重苦しい沈黙の中、会合は終結へと向かった。
エルフ女王オーレリアは国の防衛のため、早々に帰還することを決め、
ロイもイグニスの地へ戻り、復興団の準備を整えることとなった。
広間に残ったのは、ジーク皇帝、ドワーフ王バラガン、そして獣神ヴォルグの三名のみ。
扉が閉じると、重厚な静寂が落ちる。
「……そういえば、我が息子がドワーフ王国へ向かっている」
ヴォルグが、ふと遠い目をした。
「状況も伝え、支援を命じて送り出した。勇者エレナと会えれば良いのだが……」
「うむ、大丈夫だろう」
バラガンが短く答える。
その声には、老練な戦士としての信頼があった。
「それにしても、森の神国は……頭が硬いのう」
バラガンが苦笑する。
ジーク皇帝は貴方もですよと言いたかったがグッと堪えた。
「彼らは、自らを人族の最上位と考えている。誇りも強いが、融通が利かん」
ヴォルグが肩を竦めた。
「だが――各国が協力せねば、この窮地を抜け出すことはできぬ。私はそう考えておる」
ジーク皇帝がゆっくりと立ち上がり、窓の外の帝都を見下ろす。
夜の帳が降り始め、街の灯がまばらにともっていた。
「……あとは、勇者エレナの無事を祈るのみ、か」
バラガンの言葉に、誰も返さなかった。
ただ静かに、窓の外で風が吹いた。
――それは、嵐の前の静けさのように、冷たく、世界の長い夜の始まりを告げていた。
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次話は11/3月曜日22時に公開予定です。
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