その13 「エレナvs.リサ」
私は深呼吸をし、クラウ・ソラを握りしめた。
「妹のレーナまでやらせるわけにはいかない」
静の意識――焦りも怒りも捨てる。
ただ、目の前の敵を見据えるだけ。
魔王城でリサと戦ったあの日は、魔王との死闘の直後だった。その疲れとリサに仲間を殺された怒りに支配され、冷静さを失っていた。
さっきもそうだ。リサが現れた事で頭に血が登ってしまっていた。
だが、今は違う。
レーナが割って入ってくれたおかげで、ようやく頭が冷えた。
レーナの戦いを見ていてわかった。
彼女は、もう私の知る“聖女”ではない。
その剣技も、魔法の気配も、まるで魔王のように歪んでいる。
「私と戦って勝てると思ってるの?」
「………」
私は答えず、互いに睨み合う。
「前は捕まって逃げた人がやれるかしら」
リサは不敵に笑っている。
ほんの一瞬、旅の記憶がよぎった。
魔王討伐の道中、五人で笑い合った日々。
レインと私が口論し、リサが間に入り、それを見て笑うザインとノンナ。
あの時間は、確かにあった幸せな時間だ。
けれど、裏切ったのは彼女だ。
胸の奥で、冷たい怒りが少し膨らんだ。
(落ち着け……自分。あの時と同じ過ちは、もう犯さない)
今、私は敵と対峙している。
一瞬だけ、空気が熱を帯びた。
私とリサが同時に踏み込み動く。
お互い振りかぶってからの鍔迫り合い――金属の悲鳴が空間に響く。
力強いーーだが、私は退かない。
刃が離れたと同時に、間髪入れず追撃してきた。
しかし、私は今、これまでにない集中をしていた。
(力では恐らく勝てない……)
彼女の多方向からの剣戟を、全て受け、いなす。
八連撃――全て受け切った。
「ーー!?」
次の瞬間、私は地を蹴った。
「私の番だ」
力任せに踏み込むのではなく、呼吸を合わせ、重心を滑らせるように一歩――。
その一歩で、リサの間合いを奪う。
クラウ・ソラの柄で、左脇腹を狙って打ち込む。
「っぐっ!」
鈍い衝撃音。
リサがわずかに息を詰まらせ、後退する。
だが、すかさず逆手に持ち替えた漆黒の剣で、鋭く私の喉元を狙ってきた。
身を引くが、刃が頬を掠める。
熱い血の筋が走るが、私は止まらない。
右、左、斜め、上、下。
リサのリズムを崩すように連撃を重ねる。
リサは軽やかに受け、躱し、時に剣を弾き返すが、私は手を緩めない。
剣と剣が打ち合うたび、空気が震えた。
(見える……)
相手の動きが、意識を通さず体に伝わってくる。
いつもより速く、深く、正確に。
焦りも怒りも、今はない。
静かに、研ぎ澄まされた心だけが、私を動かしている。
「エレナ…すごい…踊っているみたい」
レーナの声が微かに届いた。
音が澄んで聞こえる。
私の呼吸も、リサの動きも、すべてが見えている。
(これが、私に足りなかったモノ)
少しずつ、リサの表情が揺らぎ始めた。
その眉間に刻まれた皺が、次の転機を告げていた。
「うっとおしいわ!」
リサの眉がわずかに歪む。
「はぁ!」
私はその隙を逃さず、右足で蹴りを放った。
「っぐっ!」
右脇腹に一撃お見舞いし、リサが数歩、後ろへ下がる。
間髪入れずに追い込む。
クラウ・ソラを両手に握り、左から横薙ぎ。
リサは剣を縦に構え受けようとするが、私は剣筋を変え、右からの突きを繰り出した。
刃がリサの右肩を掠める。
「っつ!」
「リサ様!」
エルバラの声が響いた。
私はさらに攻撃に移ろうとしたが、手が震え出す。
「っがは……!」
意識を集中しすぎていたのだろうか。
自分の体が限界を超えていた。
視界が歪み、膝が勝手に地面に沈む。
(……体が軋む、痛い……)
その瞬間、リサが突っ込んできた。
肩から血を垂らしながらも鋭い殺気を放って。
(ダメだ、防御が間に合わない……!)
「っエレナ!」
レーナが叫んだ瞬間、風が鳴った。
熱を帯びた追い風が、私の頬をかすめる。
同時に、リサの動きが止まり、距離を取った。
『うむ、大丈夫か、エレナ?』
低く響く声。赤龍だ。
彼の翼がひとたび動くたび、熱風が砂塵を巻き上げる。
「赤龍……すまない」
『なに、様子を見ておったのだが、良い勝負をしていたのでな。つい見入ってしまったわ、ガハハハ!』
相変わらずの豪快な笑い声。
だが、その存在だけで空気が変わる。リサの顔に、わずかな苛立ちが見えた。
「初めましてですね、南方の守護者"赤龍"」
『うむ、貴様がエレナの仇敵リサかーーなるほど、禍々しい魔力を持っているようだな』
「龍種が人族を助けをするのですね」
『我はヒューマンが好きだからな。特にこのエレナ達を気に入っておる。死なれては話し相手がいなくなるからな。少々手を貸しただけだ』
「……とんだ邪魔ね」
『しかも、貴様らの戦いの余波で、大海獣が生まれかねん。それを止めるためだ』
私はその言葉の余韻がまだ頭に残るうちに、リサが薄く笑って口を開いた。
「その大海獣を見たくてここまで来たんだけどね。私の部下が復活させるために動いていたのだけど、そこのお嬢ちゃんに殺されたらしくて、転移の魔法具でここに来たのよ」
「転移の魔法具!?私が持っているの以外にあるのか?」
思わず食いつくように問い返してしまった。
リサは肩をすくめるようにして言った。
「前回、貴方が使って逃げた後に探し出した。まぁ用途は少し違うんだけれどね」
「…用途?」
「そこまで話す義理はないわ」
その問いにリサはゆっくりと首を振った。
『では、貴様らの目的は大海獣の復活か』
赤龍が問い直す。
「そうね…」
リサは静かに頷いた。声に冷たい光が宿る。
「そんなものを復活させて、どうするつもりだ?」
私は畳みかけた。
リサは不敵に笑った。
「……そこは話してあげてもいいわ」
その言葉には妙な余裕があり、私は警戒を強めた。
「アルファスト大陸……私はそこに住まう人族を滅ぼす」
言葉が落ちた瞬間、周囲の空気が一瞬だけ凍りついた。
「!? 人族をみんな、ですって?」
レーナが即座に反応する。怒りと困惑が混ざった声だ。
「…そう、全てじゃないけど、エレナのせいね」
「……私のせい?」
その言葉が胸を鋭く刺した。何を基準に――。
「貴方達が義国にいるとは思わなかったけれど、ちょうどいいわ。新生魔王軍が宣戦布告したとアルファスト大陸は大騒ぎのはずよ」
赤龍が眉を寄せる。
『その頭目は貴様というわけか?』
「そう、私が新生魔王軍の魔王……自分で言うと少し笑ってしまうのだけどね」
リサはゆっくりとうなずいた。声に微かな嘲りが混じる。
私は言葉を失いそうになった。リサが――あの笑顔の聖女が、魔王軍の首魁だというのか。だが赤龍の言葉が現実の重さを冷たく押し返す。
『と言う事は、ここで貴様を倒せば……と思うが、ここでは封印が壊れかねん。大海獣が目覚めれば、それこそ我らの想像を超えた災厄になる』と赤龍は続けた。
私は深く息を吐いた。胸の中で、怒りと判断がぶつかり合う。だが今、ここで大きな賭けに出るわけにはいかない。
「………そうね。この状況で龍と戦っても無意味だしね」
リサは剣を納め、肩で息をついた。
「引いてあげるわ。ここで決着をつけてもつまらないしね」
『うむ、この勝負、預かる。良いな? エレナ、レーナ』
「いいえ、よくないわ!」
レーナが前に出る。瞳には怒りが燃えていた。
「その女は、私の姉を殺したのよ。絶対に許さない!」
『だが、魔法が使えんお前では戦えんぞ』
「……くっ」
「私は……」
私は迷っていた。
どうして彼女がここまで変わってしまったのか。何を思い、何を抱えて、今ここにいるのか。
「リサ! 私がそこまで憎いのは、なぜなのか教えてくれ!」
「……貴方、まだそんな事を言うのね」
リサは私をまっすぐに見据え、冷たい声で言った。
「手を頭に当てて、よく考えなさい……エルバラ、行くわ」
(!?その言葉どこかで……)
「はっ、リサ様」
エルバラが取り出した青い魔法具が光を放つ。
淡い煙が二人を包み込み、輪郭が霞んでいく。
「待ちなさいよ!!」
レーナが立ち上がろうとするが、傷の痛みで転倒する。
リサは冷たく微笑み、私たちを見下ろした。
「また会いましょう、エレナ……お嬢ちゃん。ここで終わっても面白くない。次に会うときは、貴方たちを殺すわ」
「待て!」
私の声は空を裂いたが、もう届かない。
リサはエルバラと共に、青い光の中へと消えていった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は11/2日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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