その12 「レーナvs.リサ」
レーナの放ったファイアランスが、轟音とともにリサたちに直撃した。
爆炎が視界を染め、空気から焦げた臭いがした。
私は情けなくも、その場から一歩も動けなかった。
レーナの瞳に燃え上がるような怒りが宿っていた。
その瞳には悲しみと復讐の色が混ざり合っている。
「今日は……運が良い日ね」
その声は確かな決意を帯びていた。
「お父さんの遺体を見つけた上に、姉の仇を取れるなんて…女神様に感謝しなきゃね」
レーナは杖を高く掲げた。
「《アースシェルター》!」
地面が唸りを上げ、周囲の土が盛り上がっていく。爆炎と煙をそのまま包み込むように、巨大な土の殻が形成された。
「《アイスランス》!」
閉じていく土の空間に、無数の氷槍が撃ち込まれる。
「閉じ込めたわ……あの中で凍りつくはず」
レーナの肩が小刻みに震えていた。
私はただ、呆然とその背を見つめていた。
「レーナ……リサ……」
名前を呼んだ瞬間――
ドゴォォォォン!
地面が跳ね、轟音が大地を割った。
アースシェルターが内側から爆ぜ、破片と炎が空へと噴き上がる。
「その顔で……その声で……私の名前を呼ばないでくれない?」
土煙の中から、リサがゆっくりと姿を現した。
衣の端が焦げ、髪には土が絡んでいる。それでも、その瞳は鋭く冷たい光を放っていた。
エルバラが後ろに控えている。
だが、彼女の随伴していた魔族たちは、すでに地に伏していた。
「……そう簡単にはいかないわよね」
レーナが不敵に笑う。
その笑みの裏に、わずかな緊張があった。
「お嬢ちゃん、良い魔法の使い方をするわね。戦い慣れている。たくさんの経験を積んだのね」
リサの声は穏やかだった。だがその奥に、殺意が潜んでいるのを私は感じた。
「レインも……喜ぶと思うわ」
「…お前が姉の名前を呼ぶな…」
レーナの髪の毛が逆立つ。
「エレナの前に、お嬢ちゃんを殺してあげる」
「やれるものならやってみなさいよ」
レーナが杖を構える。
リサの瞳が静かに細められる。
ふたりの間に、圧倒的な魔力の奔流が走った。
「リサ様……!」
「下がってなさい。私がお嬢ちゃんの相手をする」
「死ねぇ!」
空気が震えた。
レーナが魔法を放つ。
「《ファイアボール》!」
無数の火球が宙を舞い、彗星のようにリサへと降り注ぐ。
「《ウォーターボール》」
リサの周囲に無数の水の球が生まれ、火球を正確に迎え撃った。
水と炎がぶつかり合い、蒸気が辺りを包み込む。
「っ……《サンダー》!」
間髪入れずに放たれた雷撃が、蒸気の中を走る。
「《アースシールド》」
リサの足元から土壁が立ち上がり、雷を吸収して消し去った。
「くっ……ならこれはどう?!」
レーナが両手を掲げる。
「《アイスランス》《ファイアランス》《ストーンランス》――いけぇっ!」
四方八方から魔槍が出現し、一斉にリサを貫こうと襲いかかる。
「す、すごい……!」
私は声にならない声を漏らす。
彼女の放つ魔法は、まるで暴風のようだった。
だが、リサはここまで微動だにしていない。
「なるほど、魔法の腕は姉より断然上ね――」
その手には、漆黒の剣が握られていた。
リサが一歩踏み込み、身体を回転させ剣を振った。
刹那――闇の斬撃が円を描き、迫る魔法をすべて打ち消した。魔力の風圧が私の髪を撫でた。
「魔法の起動も速いし、威力も申し分ない……けれど、それでは私には勝てない」
リサの声は、氷のように冷たかった。
「っく……!」
レーナの歯が、悔しさに軋む音を立てた。
私は――ただ、見ていることしかできなかった。
立ち尽くしたまま、ふたりの戦いを見届けていた。
空気が重い。魔力が肌にまとわりつくようで、呼吸さえ苦しい。
レーナの顔が、ゆっくりと焦りに染まっていく。
彼女とはいくつもの修羅場を共にくぐり抜けてきた。だが――あんな顔を見たのは、初めてだった。
「次はこっちからね。お嬢ちゃん」
リサが静かに漆黒の剣を構える。
その一言が、場の空気を変えた。
冷気のような殺気が、リサの周囲から立ち上っていく。
「近距離戦はどうかしら?」
次の瞬間、リサの姿が掻き消えた。
風が弾け、耳を裂くような音が響く。
リサは疾風のようにレーナへ迫り、漆黒の剣を振りかぶった。
「っく!甘くみないで!」
レーナの前に透明な障壁が展開し、リサの斬撃を受け止めた。剣と障壁がぶつかり合う。
「近距離戦は不得意だけど、これなら当たらないでしょ!」
障壁の光が強く脈打ち、レーナは息を荒げながら言い放った。
しかし――リサは口元を歪めて笑った。
「さすが、Aランク冒険者。対策済みなのは流石だわ。魔法障壁は良い案なんだけどね……」
次の瞬間、リサの全身に魔力が迸る。
漆黒の剣が再び振り下ろされ、地面ごと叩き割るほどの衝撃が走った。
「レーナ、避けろ!」
バリィィィンッ!
障壁が大音を立てて砕け散る。
「障壁に込められた魔力以上の力で押し切ると、簡単にこうなるのよ」
「うぁっ……!」
レーナの体が弾き飛ばされ、土煙を上げて転がった。
「レーナ!」
私が駆け寄ろうとしたが、その背を貫くような冷たい声が響いた。
「動かないで」
リサの視線が、まるで刃のように突き刺さる。
その目に睨まれた瞬間、全身が金縛りにあったように動けなくなった。
「だ、大丈夫よ……まだ、まだやれるわ」
レーナが立ち上がる。
唇の端から血が滲み、震える手で杖を支えている。
その姿は痛々しいほどだったが、瞳の炎は消えていなかった。
「貴方はそこで――黙って見てなさい」
リサの声は穏やかだった。だがその穏やかさが、かえって恐ろしい。
「お利口さんねエレナ――待て、よ」
リサの唇が弧を描く。
ぞっとするほど綺麗な笑顔だった。
「……何笑ってんのよ!」
レーナが叫び、杖を突き出す。
「《ファイアボルト》!」
赤い閃光が走った。
稲妻のような速さを持つ炎が、リサを貫こうと一直線に襲う。大気が焦げ、爆ぜるような音が響いた。
リサは一歩も動かず、それを見ていた。
「へぇ……こんなのも使えるのね」
その声には、わずかな興味と――退屈が混じっていた。
「なら、私も見せてあげる」
そう言って、リサが低く何かを呟いた。
その詠唱は、私には聞き取れなかった。
けれど……その瞬間、空気が変わった。
大地が軋み、風が止まる。
この場そのものが、彼女に跪いたように。
リサが静かに両手を組む。
その姿は、祈りを捧げる聖女そのものだった。
けれど――祈りとともに生まれたのは、光でも祝福でもない。
赤黒い聖印が彼女の背に浮かび上がり、
血のような光が滲み、空間そのものが悲鳴を上げる。
「《堕奇跡》」
低く、響くような声。
その瞬間、リサを起点に黒い影が広がり、床を這うように私たちへ伸びてくる。
それは液体のようでもあり、煙のようでもあり――まるで、世界の裏側が滲み出しているようだった。
私はクラウ・ソラを構え、レーナは杖を構えた。
だが、影が触れた瞬間――何も起こらなかった。
「……なによ!何もないじゃない!」
レーナが苛立った声を上げる。
リサはゆっくりと微笑んだ。
その笑みには、慈愛も嘲笑もなく、ただ自信だけがあった。
「ふふ……果たして、どうかしら」
「これはどう!《フレイムゼロ》!」
レーナの両手に魔力が集中する。
しかし――魔法が発動しない。
「……え?魔法が……出ない?」
「どうした、レーナ!」
「わからない!魔力が流れないの!」
「これが《堕奇跡》」
リサの声が静かに響く。
「私から広がったこの黒い影の中では、人族は魔素を魔力に変換できない。つまり――魔法を使えないのよ。」
「っ、そんな魔法が……!」
レーナの言葉が途切れる。
リサが一歩、また一歩と前に出た。
「魔法が使えないってことは――」
漆黒の剣が唸りを上げ、地面を裂く。
「ただの少女に戻るということよ」
「くっ!」
リサが一直線にレーナへ斬りかかる。
瞬間、私は体が勝手に動いていた。
ガキィンッ!!
クラウ・ソラがリサの剣を受け止め、火花が散る。
腕が痺れる。彼女の一撃は、ゴーレム以上だ。
「レーナはやらせない」
息を切らしながら叫ぶ。
「邪魔をするのね、エレナ。……さっきまで動くことすらできなかったくせに」
リサの瞳が私を射抜く。
あの頃、憧れていた聖女の瞳と同じ色だった。
だが、もう温もりはない。
「私のことを嫌うのはいい。だけど――レインの妹、レーナまで傷つけることは、絶対にさせない!」
リサが小さく息を吐く。
「そう。……まぁいいわ」
彼女が剣を構え直す。
「次は貴方の番ね。この《堕奇跡》の効果はまだ続いている。……お得意の馬鹿力も使えないわよ」
私はクラウ・ソラを握りしめた。
「膂力変換の事か……なくてもなんとかなる」
手の中の力が、確かに薄れている――魔素の流れが断たれていた。
それでも、退くつもりはなかった。
「……レーナ、交代だ」
「エレナ……」
レーナが血を拭いながら立ち上がる。
「わかった。無茶はしないでよ」
私は頷き、リサに視線を戻す。
魔力が使えないなら、剣だけで勝負する。
(静の意識……)
リサと魔王城で戦ったあの日から、数ヶ月――
迷いはもうない。
仲間だけは、絶対に守る。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は11/1土曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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