表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/130

その10 「レーナvs.ゲール」

 砕けた仮面の下から現れたのは、青い髪をした、ヒューマンの男の顔だった。

 その一瞬で、洞窟の時間が止まった気がした。


 「……あの顔……」


 私は思わず息を呑んだ。

 そう、あの顔は――亡き姉、レインに瓜二つだった。


 『どうだ、エレナ?あの顔に見覚えがないか?』


 「あぁ、あれは……レーナの姉のレインに似てる」


 『ほう、姉か……』


 雷の残光が消え、ゲールの表情が怒りに歪む。


 「貴様……我が主より賜った“仮面”を……!」


 低く唸るような声。けれど、もうその顔には、先ほどまでの威厳も冷静さもなかった。


 「そんな仮面どうでもいいのよ」


 レーナの声は震えていた。怒りなのか、悲しみなのか――その境界が曖昧だった。


 「私は初めて会った時から、あなたの“素顔”を見たかった……姉さんに、そっくりだわ」


 「……そうか、この男の娘か……くっ」


 ゲールが呻きながら顔を歪めた。


 「知らないでその体、使ってたの?」


 「知らないも何も、朽ちかけの肉体を見つけて……たまたま私が入り込んだだけのこと」


 「じゃあ――魔族の“ゲール”はその体の中にいるのね?」


 「そうだ。肉は死に、魂は抜けた。私はそこに“入り込んだ”。いや――“憑依させて頂いた”のだ」


 「……誰に?」


 「我が主に、だ」


 レーナとゲールの言葉は、私には遠くてよく聞こえなかった。

 だが、赤龍は静かに口を開く。


 『……エレナ、あやつは精神体の魔族だ。死体を奪い、宿主として使う種族……昔は多くいた。ゆえに、浄化が使える者が不可欠だったのだ。殆ど絶滅したと思っておった』


 「……つまり、魔族のゲールは、精神体であの体の中…」


 『うむ。お前の仇敵リサの手によって憑依させられたのだろう。但し、倒すのは簡単だ』


 (リサ――またお前か)


 「光魔法の浄化か…」

 

 私はゲールの方を見る。


 ゲールの肩が一度だけ震えた。


 「なるほど……この状況になって、懐かしさなのか父としての想いなのか、少し不思議な気分ですよ。この体のどこかに、まだ“父の記憶”が残ってるのかもしれませんね」


 レーナは静かに目を細めた。


 「エレナとの戦いで傷を負い、魔法でも勝ち目はないわよ。すんなりその体を返してくれるなら……見逃してあげてもいいわ」


 「ふっ……ふふふ……」


 ゲールの口角が吊り上がる。


 「魔法使い如きが、我を“見逃す”だと……?」


 その声が低く震え、洞窟の奥の岩肌まで響く。


 「ナニサマダァァァァァ――ッ!!!」


 獣のような咆哮と共に、ゲールは右腕を振りかぶった。


 「女神アルカナよ、我が宿敵を滅ぼすために彼の者へ神罰を下したまえ――《黒閃撃(こくせんげき)》ッ!!」


 空気が裂け、岩壁が弾け飛ぶ。

 空間がねじれ、無数の黒い雷が蛇のように蠢きながら放たれる。


 「すごい魔法だけど、私には!」


 レーナの青髪がふわりと舞い上がる。

 その瞳には、悲しみと怒りが宿っていた。


 「《ファイア・ランス》!」


 燃え上がる炎の槍が、いくつも並んで放たれた。

 赤と黒の光が正面衝突し、洞窟の中に轟音が響き渡る。


 「私には、父の記憶はない!」


 レーナが叫ぶ。


 「でも――その髪色と顔が、思い出を呼び覚ますの!」


 再び詠唱。


 「《アイス・ランス》!」


 氷の槍が複数、光の残滓を描きながら一直線に飛ぶ。


 ゲールは両手を掲げ、自身の体に黒い魔力の盾を纏った。


 「女神アルカナよ、我が盾は最強の守りとならん!《ダーク・シェル》――!」


 レーナの氷と炎の嵐を受け止め、砕けた破片が雨のように散る。


 「この体を手に入れて、私は生まれ変わった!」


 ゲールの声が洞窟に響く。


 「やりたかった研究も、支えるべき主も見つけた!この体はもはや私のものだ!」


 「そんなの、知らないわよ……!」


 レーナの足元から空気が一瞬で凍りつき、青白い光が放射状に広がった。


 「父の体――返してもらうわ!」


 「ほざけ!私は不滅だ!!」


 二人の魔力が衝突する。

 蒼と黒――まるで天と地がぶつかり合うような轟音が響いた。


 「悪いけど、魔族の改造だけが得意な貴方はここまで……最初から魔法で貴方に勝ち目はないのよ」


 レーナは唇をかすかに動かす。


 「……《フレイム・ゼロ》」


 それは、数年前にある冒険者の魔法使いが使用しているのを見て、彼女が編み出した似たような魔法。


 氷と炎、相反する二つの属性を同時に圧縮し、

 敵に向かって一気に放出する――。


 「なっ……!?」


 ゲールの黒い防壁が、凍り音を立ててひび割れていく。割れた氷は溶け蒸気を上げ、蒼い炎となり、彼の腕を焼いた。


 「があああああああっ!!!」


 膝をつくゲール。


 「……もう終わり…父の体は返してもらう」


 レーナの目に、涙が一瞬見えた気がした。


 「……女神アルカナよ、我が願いは彼の者の浄化。今こそ聖天の禊をここに《ホーリーレイン》」


 レーナは浄化魔法の詠唱を呟いた。

 魔法の光が静かに広がって行く。


 「浄化なぞ…され…私はまだこんなとこーーー」


 蒼い光がゲールの体を包み、割れた仮面が剥がれ、その輪郭がゆっくりとヒューマンの姿に戻っていった。


 洞窟に残るのは、魔法の焦げた匂いと、ほんのわずかな静寂だけだった――。


 「……お父さん……!」


 レーナは倒れた男のもとへ駆け寄った。

 魔族の面影を失ったその顔を見つめ、震える腕で抱きしめる。だが、レーナ自身も魔力を使い果たし、膝が崩れそうになっていた。


 『うむ、いかんな!エレナ、行け!』


 赤龍の声に、私はすぐに頷いた。


 「わかった!」


 飛び降りた瞬間、熱い風が頬を撫でる。私はレーナの背を支え、父親の体を抱きとめた。

 残念ながら、父親の体は冷たい。


 「レーナ、お疲れ様」


 「……疲れたわ。早く帰って、ご飯食べたい……」


 「そうだな。私も、お腹が空いた」


 互いに小さく笑い合う。ほんの一瞬でも、戦いの緊張がほどけた気がした。


 重々しい音を立てて、赤龍が地面に降り立つ。洞窟の中が再び明るく照らされた。

 サエはその背から慎重に降りてくると、私たちのもとへ駆け寄る。


 『うむ、蒼天よ、あっぱれだ』


 赤龍の低い声に、レーナは薄く笑ってピースサインをした。


 「へへへ……当然でしょ」


 『父親は既に魂がない。残念だったな…』


 「仕方ないわ。死んだのは十数年前だもの。それより遺体が綺麗なのでよかったわ」


 『うむ、不思議だが、それもリサとやらの力だろう』


 「お二人とも、本当にお強かったです!すごかったの一言です」


 『うむ、それより巫女よ。封印はどうなっておる?』


 「はっ、はいっ!す、すみません。すぐに調べます!」


 サエは慌てて走り出し、ゲールが残した装置の前に膝をついた。


 私はレーナと父親の遺体を赤龍のそばの平らな岩に横たえ、彼女の後を追う。


 『蒼天よ、ーーーー』


 赤龍がレーナに何か話しかけているが、私はサエの元へ向かう。


 静寂の中、まだ熱を残した空気が肌を焦がす。

 戦いの終わりを迎えたはずなのに――胸の奥では、何かがまだ燃えている気がした。


 サエが装置の前に駆け寄った瞬間――金属が擦れるような音が響いた。

 暗闇の中から、二つの影がゆらりと立ち上がる。


 「っ!」


 「油断するな、サエ!」


 サエは身を翻し、素早く刀を構えた。

 ひとりの魔族の胸を貫く。崩れ落ちたその体が、音を立てて倒れた。


 だが――もう一体が、サエの背後に回り込んでいた。

 振り返るより先に、鋭い爪が空を裂きそうになるが、私は剣を構え、間一髪で受け止めた。


 「はぁっ!」


 一閃。

 魔族の腕が宙を舞い、洞窟の壁に叩きつけられる。


 「ぐ……ッ…!」


 倒れた魔族に剣を向けたまま、私は息を整える。


 「……この装置は……何をしているんだ!?」


 その魔族は、私を見上げ、口の端を吊り上げた。


 「クックック…知らん…」


 言葉を話す魔族――つまり、ただの雑兵じゃない。


 「…魔将か」


 「そうだ。だが、もう意味はない。ゲール様が死んだ今、我々では装置を動かせぬ」


 「……動かせないだと!」


 「ふふふ……お前たちの勝ちだ。だがな――」


 魔将は、地を這うように後退した。

 逃げる気だ。


 「逃がすと思う?」


 剣を振り抜き、足元を切り裂く。


 「ウギャァァッ!!」


 血飛沫が飛び散り、魔族は呻き声を上げた。


 「逃がん。この装置がどんなものなのか、説明しろ!」


 「だ、だから……よくわからない。ゲール様の命令で……動かしてただけだ!」


 「……何だと?」


 そのときだった。

 装置の中央部――黒い魔石が埋め込まれた核が、赤く脈打ち始めた。


 ゴウッ……と低い音が洞窟に響く。


 「おい!これはなんだ!」


 私が叫ぶと、魔将の顔が蒼ざめる。


 「お……おそらく、ゲール様が死んだからだ。装置が――自爆を始めた!」


 「自爆!? なんのためにだ!」


 「ゲール様は……失敗したときのために、封印施設を壊して大海獣を復活させると……そう話していた!」


 「アルファスト大陸に持ち帰れないからって……義国の人々を犠牲にするつもりだったの!?」


 「俺たちは何も知らされていない!すべて……ゲール様の、考えだ……!」


 魔族の声が途切れると同時に、装置全体が赤く光を放ち始めた。

 熱気が空気を震わせ、洞窟の奥から何かが目覚めるような音が聞こえてくる――。


 「赤龍、まずいぞ!この装置は爆発する!大海獣が出てくる!」


 私は叫びながら駆け戻った。

 赤く光る封印装置の核が、今にも弾けそうに震えている。


『お前たちもどれ――我に任せろ』


 赤龍の声は低く、しかしどこか落ち着いていた。

 私はサエの腕を引き、急いで赤龍の背へ飛び乗る。


「策って……何をする気!?」


『見ておれ。飛ぶぞ、しっかり捕まれ!』


 赤龍が翼を広げた瞬間、熱風が巻き起こり、洞窟の瓦礫が舞い上がった。

 私とサエは必死に鱗にしがみつく。


 「赤龍、まさか――!」


 『そのまさかだ!』


 天井すれすれまで上昇した赤龍が、巨大な口を開いた。

 胸の奥で眩い紅蓮の光が漏れ出す。


 ――ゴォォォォォッ!!!


 轟音とともに、炎の奔流が洞窟を埋め尽くした。

 赤龍のブレスが封印装置を直撃し、赤い閃光が一瞬で白に変わる。

 灼熱の風が押し寄せ、私は思わず目を閉じた。


 「っ……すごい……!」


 炎に包まれた装置は、悲鳴を上げるように軋み、やがて崩れ落ちていった。

 赤黒い魔力の光が霧散し、洞窟の奥にあった魔法陣も次々と消えていく。


 『ふむ、これで爆発は防げたな』


 「荒っぽいにも程があるな……でも、助かった」


 『ふはは、我が炎は浄化の力をも帯びておる。邪なるものを焼き尽くすのに、これほど適した方法はあるまい』


 そう言って、赤龍は鼻を鳴らす。

 洞窟の空気が静まり返り、あの不気味な振動も止んでいた。


 サエが胸に手を当て、小さく息を吐いた。


 「赤龍様、ありがとうございました」


 赤龍は炎に照らされた瞳を細め、低く呟いた。


 『だが……まだ終わってはおらぬ。封印の一部は破損しておる。あれではいずれ出てくる。一旦、外に出るぞ、巫女、勇者』


 私は頷き、レーナとその父のもとへと視線を向けた。レーナは安心したような表情に少しだけ安心した。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は10/28火曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

"感想"ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ