その5 「エレナの信念と戦う意味」
街道を一時間ほど歩いたところで、私は遠くから聞こえる異音に気づいた。
「この音は……」
金属がぶつかるたくさんの鋭い音。
静かな朝のため、耳を澄ますと音の方角が分かる。
誰か戦っているのか、気になった私の足は音の方へと一歩を踏み出す。
近づくと巨大な黒い影と騎士達が戦っているのが見えた。
「……魔族か」
あの特徴的な体格と禍々しい武器は間違いない。
魔族――
地下に広がるとされる魔界から、地上を征服しようと現れた、魔王が統括している異形の者たち。
魔王は私が討伐したので、おそらく残党だろう。
魔族には3種存在する。
・魔人
力任せにしか戦えず言葉もわからない。
でかいだけだが、力と防御力が高い。
・魔将
知能が高く人語を話し魔法を使う。
体格が何故か人に近い外見を持つ。
・魔物
世界中に点在するスライムなどのモンスター。
何故か野生の動物に危害を加えず、人を襲う。
「あれは、魔人の集団だな」
騎士達が押されているのは明らか、魔人の膂力と耐久力に対抗できる人族の者はほとんどいないため、魔法攻撃や補助魔法で強化して戦うのが定石だ。
「なんで魔法使いを同行させずに魔族と戦っているんだ…」
一部の人族を除いて、魔人とは魔法使いの補助がないと戦うのが難しい。
私は足を止めたまま、目の前の惨状を見つめる。魔族の巨体に吹き飛ばされ、叫び声を上げながら斬られていく帝国騎士達。
私は――
唇を噛み締める。
勇者になる以前からの彼女には1つの信念がある。
"弱者を助ける"
だが、犯罪者として指名手配されている今は面倒事を避けて、このまま見過ごすべきなのではないか。
――心の中で迷いが渦巻く。
そのとき、不意に記憶の奥底から、懐かしい声が蘇ってきた。
「エレナ様、勇者とはどんな存在だと思いますか?」
幼い頃に魔法の手ほどきをしてくれたメイドの声だ。15歳の時に行った女神の啓示で勇者と呼ばれるようになり、生まれ育った街から旅立つ前に彼女が真剣な表情で問いかけてきたのだ。
私は首を傾げて答えた。
「魔王を倒す英雄……」
しかし、メイドは首を横に振り、静かに微笑んだ。
「エレナ様、勇者とは弱者を助け、周りに勇気を与える者だと私は思います。」
メイドは続けてこう言ったのだ。
「勇者は確かに、他の誰よりも強い力を持たねばなりません。その力で魔王と戦います。でも、一番大事な事は、弱者を助け、周りに勇気を与える存在であることです。エレナ様はこれから仲間と共に多くの人々を助け、勇気を与えます。それがきっと皆が望む明るい未来へと繋がるはずです」
メイドはそう言って、優しい笑顔を浮かべた。
「エレナ様ならきっとそんな勇者になれます。力を持つ者の責任をどうか忘れないで下さい。」
その笑顔が、握ってくれた手の温もりが、鮮明に記憶に残っている。
「そうだ、何を馬鹿な事を考えていたんだ私は。」
メイドの言葉を思い出し、頬を両手で何度も叩いた。
私の中で何かが吹っ切れた。
リサと戦い逃げたあの日から、あろうことか人も助けないような愚か者になろうとしている。
その考えを今、悔い改めよう。
私の心に、明るさが戻った。迷いは消えた。
"弱者を助ける"
――それが、今の私にできる唯一のことだ。
静かに目を閉じ、右手を前方に差し出し左手を添える。空気が震え、周囲の空間が淡い光に包まれる。
「顕現せよ、クラウ・ソラ。」
右腕に身につけているオリハルコンの鉄甲に光が集中し、一振りの剣がエレナの手の中に現れる。薄い水色の片刃に白銀の輝きをまとったその剣は、戦いを共に歩んだ勇者しか持ち得ない私が名付けた剣「クラウ・ソラ」。この世界の言葉で"天が使わした空の王"という意味だ。
魔王を討ったときの感触が、今でも手に残っている。剣を握ると、不思議と迷いや不安が霧散していくのを感じた。
「私は単純だな。」
クラウ・ソラの光のせいか、騎士達と戦っている魔人が次々と私の存在に気づき、その場の空気が変わった。魔人の一体が、低い声でうなりをあげ私を指差した。
「ウガガッ!!」
剣を構え、冷たい眼差しを魔人に向ける。
クラウ・ソラを握りしめ、メイドの言葉が再び力となって燃え上がる。その一歩、その決意が、戦場の流れを変えようとしていた。
右手に「クラウ・ソラ」を、左手には魔力を宿し、戦場に飛び込んだ。盾を持たない私のスタイルは、俊敏な動きと斬撃、魔法で敵を圧倒するものだった。
最初に目に入ったのは、大剣を振り回す巨漢の魔人、鋭い殺気を纏う刃が振り下ろされる。
「遅い!」
私は跳躍し、大剣をギリギリでかわすと、すかさず「クラウ・ソラ」を振り抜いた。剣は魔人の肩口から深く食い込み、そのまま首筋を断ち切る。巨体が鈍い音を立てて崩れ落ちた。
次に目に入ったのは、向かって左に居る巨大なハンマーを振り回す別の魔人。左手に魔力を集中させる。
「―火炎弾!」
小さな炎の玉が一瞬で膨れ上がり、轟音と共に魔人の胸に直撃した。火炎弾はハンマーを握っていた魔人に命中し、燃えながら後方に飛ばされた。
その隙を見逃さない。
ハンマーの魔人の足元で倒れこんでいた騎士に駆け寄り、片膝をつく。
「天に住まう女神アルカナよ、この者に再び生きる力を与え癒しをもたらしたまえ、癒しの光」
柔らかな光が左手から溢れ、駐在騎士の傷を塞いでいく。顔を歪めていた騎士が、驚いた表情を浮かべながらエレナを見上げた。
「私は駐在騎士団のノーム……き、君は…」
手早く回復を終え、彼の話を聞く事なく、再び剣を構えて立ち上がる。次々と襲いかかる魔人を、驚異的なスピードと技術で斬り伏せていく。
クラウ・ソラが放つ白銀の輝きと、火の魔法が融合した演舞のような攻撃に、魔人たちは怯み始める。
5体を倒したところで、他の魔人は撤退を始めた。勝ち目がないと悟ったのだろう。
私は剣を下ろし、深く息を吐いて叫んだ。
「追撃はしない!この場から去れ!」
駐在騎士の多くは傷つき倒れている。
戦いの終わりを感じながら、辺りを見回した。
団員達はその光景を呆然と見つめていた。
「信じられない」
ある団員が言葉を漏らす。
「元気な者は怪我人を見てあげて、そして早く街へ戻って医者か教会へ!」
そう伝え、駐在騎士団に背を向け、静かにクラウ・ソラを消した。
誰かの声が聞こえる前に、戦場を後にする。周囲の視線を背中に感じながら静かにその場を立ち去ろうとした。
「待て……!」
先程、治癒したノームという男が声を上げたが、足を止めずに歩いた。まるでその声を聞いていないかのように、迷いなく街道へ向かって歩みを進める。
「君は……」
その言葉は途中で途切れる。2年前、彼は魔人から殺されそうになった時に勇者に助けられた時の事を思い出した。
「…そうか、勇者はやはり勇者だな」
ノームはそう呟くと他の団員に撤収の指示を下した。
私にはもう迷いや後悔はない。
背を向け歩く姿が彼らには強烈に映り、彼女の背中を見送る。ただの旅人ではないことは明白だった。
しかし、誰も追おうとはしなかった。
ーーそれが数日前の話だ。
また街道を少し外れ、森の中を彷徨い歩いている。
勢いに任せて戦いに参加したはいいが、正体が露見していないか内心ではドキドキしている。
ふと空を見上げると夜になり星たちが瞬いている。夜空を見上げてその美しさに見惚れるのはいつ以来だろうか。
「勇者ではなく、私は冒険者として人助けをしながら旅を続けよう。そしていつか、リサの前で真意を問いただす時に再び勇者を名乗ろう」
勇者エレナと名乗る時は、リサと戦う時だと心に誓った。
「リサ…必ず貴方に会いに行く。」
これで第1章が終わりとなります。
次話から第2章で過去編となります。
エレナが勇者に選ばれ、旅に出るまでを描くつもりです。
暖かく見守って頂けますと幸いです。
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