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その9 「エレナvs.ゲール」

 私は獣神化しているゲールと対峙している。


 「二人を残して、残りはあの女を殺しなさい」


 獣神化したゲールが鋭い爪でサエの方を指差した。


 「っ!」


 何かの機材の後ろから魔族たちがぞろぞろと現れる。その数、五、六……いや、八だ。


 「……させないよ」


 私は封印していた膂力変換魔法を解き放った。

 身体の奥から熱が爆ぜるが、静の意識の修行の成果なのな、頭と視界がクリアで動きやすい。

 次の瞬間、私は風を切り裂いて駆け、剣を一閃した。


 ズバンッ――!


 魔族たちの首が、まるで糸を断つように飛んだ。

 血飛沫すら空気に溶け、彼らの体は音もなく崩れ落ちる。


 「……エ、エレナさん、すごい……」


 サエは腰の刀を抜こうとしていたが、私が全て片をつけていた。

 驚愕と安堵の入り混じった瞳でこちらを見ている。


 「サエ、巻き込んでごめんな」


 「大丈夫です……もう少し離れてますね」


 「……あぁ、助かる」


 私は一歩前に出て、ゲールと向き合った。

 その巨体からは、獣のような熱気と魔力が渦巻いている。


 「ヒューマンの体といい、獣神化といい……お前、何者なんだ?その“力”は、リサが教えてくれたと言ってたな」


 「貴方に話す義理はありませんよ」


 ゲールの声は低く響き、岩壁を震わせた。

 私は深く息を吸い、怒りを静かに押し殺す。

 怒りに任せて突っ込めば、今までと同じ。

 だが、今の私は“静”を知っている。


 ――感情を凍らせ、集中を研ぎ澄ます。


 「……そっ。まぁいいや」


 剣を鞘に納めた。


 「死ぬギリギリまで痛めつけて、吐かせてやる」


 ゲールの口角が上がった。


 「やれるものなら、やってみて下さい」


 私は、右手のオリハルコンの小手に左手を添え、魔力を流す。

 私だけの剣ーークラウ・ソラを顕現させた。


 「…きれい」


 そのサエの言葉の瞬間、洞窟の天井から水滴が落ちる――。


 ポタリ。

 その音を合図に、二人の姿がかき消えた。


 ゲールの動きはさっきよりも速い。

 獣神化によって筋力と反応速度が格段に上がっている。

 だが――遅い。


 「っ!」


 右の爪が横から迫る。私は剣を両手に持ち替え、斜め下から切り上げた。

 金属が擦れるような甲高い音が響く。


 火花が散り、空気が焦げる。


 「ほう……ヒューマンが、ここまで反応するとは」


 「……こっちは、がっかりだよ」


 私は足を滑らせ、地を蹴った。

 静の意識のまま、膂力変換した力を最大にする。

 剣が描く軌跡は風のように、そして一撃ごとに重みを増していった。


 獣神化したゲールは、拳と爪を振り回して応じる。

 金属と爪の衝突音が何度も洞窟に響き、壁の苔が散った。


 「ぐ……ぬぅっ!」


 「…この程度か。次はーー!」


 私の一言にゲールが怒りに任せて腕を振り上げた。

 その瞬間――私は踏み込んだ。


 視界のすべてがスローモーションのように見え、重たい腕が振り下ろされるよりも、私の動きが早かった。


 「――はぁぁぁッ!」


 右手に持ったクラウ・ソラで突きの構えをとる、そのまま一直線に剣先がゲールの腹を貫く。

 鈍い衝撃が腕を通して伝わり、熱い血飛沫が頬を打った。


 「ぐっ……うはぁぁぁ!」


 洞窟の壁に反響する呻き。

 ゲールの顔が苦痛に歪んだ――が、その口元には、なぜか笑みが浮かんでいた。


 「うぅっ……はははは……! さすがですね……!」


 変化が解けて腹部を押さえながら、血を滴らせたままゲールは立っていた。胸元からは黒い蒸気のようなものが漏れ出している。


 「どうやら……魔王討伐の時よりも、腕を上げているようですね」


 「――また、リサに会って戦うつもりだからな」


 「貴方ごときが……リサ様に敵うとでも?」


 「敵う敵わないじゃなくて、なんであんな事をしたのか真実を問うため。そして、必要なら戦うだけだ」


 ゲールの目が細められる。

 その奥には、信仰に似た――いや、ほとんど狂気に近い熱が宿っていた。


 「彼の方を傷つけた貴様如きが……!」


 ゲールの声が低く響き、洞窟全体の空気が震える。

 怒りに染まったその表情には、理性など微塵も感じられなかった。


 「……」


 胸の奥がざらつくように痛んだ。


 (傷つけた?誰が……?まぁいい、痛めつけて吐かせる)


 私は再び剣を構えた――が。


 「女神アルカナよ、彼の者に神罰を与えるために力の顕現を求める―『神撃雷しんげきらい』!」


 「っ!?魔法!?」


 ゲールの詠唱と同時に、天井を突き破るような轟音が鳴り響いた。

 洞窟の上空――否、地上から直接、真紅の雷光が落ちてきたのだ。

 まるで天の怒りそのもの。


 「っく!!」


 私はクラウ・ソラを掲げ、落雷を受け止めた。

 剣が焼けつき熱を帯びる。

 腕が痺れ、全身に電流のような衝撃が走った。


 (やばい……!王級魔法……!喰らったら一瞬で消し炭にされる!)


 ゲールの笑い声が響く。


 「ふはははは!私の使える最強魔法です!そのまま灰になりなさい!!」


 赤い光が洞窟を覆う。

 私は必死に魔力を剣へ注ぎ込み、雷を受け止め続けた。


 「ぐ……ぐぎぎぎ……っ!!」


 腕が焼け、視界が白く染まる。


 「エレナさん!」


 (……ダメだ……このままじゃ……)


 そのときだった。


 ――天井が割れ轟音が響いた。


 「なっ!? 私の魔法が……掻き消えただと!?」


 洞窟の上空を突き破ったのは、真紅の炎と蒼い魔力だった。巨大な影が差し込み、熱風が渦巻いた。


 「間に合ったわね」


 涼やかな声。

 そして、低く唸るような声が続いた。


 『エレナよ、奴とは“共に戦う”と話したであろう』


 「――赤龍!それに……レーナ!」


 炎と蒼光が交差する中、二つの影が現れる。

 赤き鱗の巨体、そして蒼髪をなびかせた少女。


 「赤龍殿と蒼天の魔法使い……久しぶりですね」


 ゲールが薄く笑う。だが、焦りが混じっていた。


 「二人とも……なんでここに……!」


 『ふん、あやつがこの国で何かこそこそ動いておる気がした。それで空を巡っていたら、蒼天を見つけてな。話していたところで、あの赤い雷だ』


 「ピンチに駆けつけたってわけ。派手にやってるじゃない、エレナ」


 「……そうか。助かった、二人とも」


 『ふむ……礼には及ばん』


 「あぁ。本当に助かったよ」


 赤龍は低く唸り、巨大な瞳でゲールを見据えた。


 「さて、蒼天よ。貴様がやるか、我がやるか、どうする?」


 レーナは一歩前に出る。

 その瞳には、燃えるような決意が宿っていた。


 「……エレナ、せきちゃん。ここは、私にやらせてもらえないかしら」


 「えっ? せ、せきちゃん?」


 『ふむ……よかろう。では蒼天、任せたぞ。エレナ、我らは後ろの娘を連れて下がる』


 「えっ?あ…あぁ…まだ私もやれるーー」


 「エレナ、いいから任せて!」


 レーナの瞳には何かの決意が見て取れた。


 「わかった…サエ、こっちに来て」


 「えっ、えっ、な、なにが……!」


 『我に掴まれ』


 赤龍が翼を広げ、私とサエをその背に乗せる。

 強烈な風圧とともに、戦いの場から少し離れる。


 「赤龍……レーナは何を…」


 『あやつの意思だ。見守るのも仲間の役目よ――何やら、ゲールとは因縁があるようだな』


 「レーナと……ゲールが……そういえば聞きたい事があるとか前に…」


 赤龍の眼光が鋭く光る。

 その瞳は洞窟の奥――レーナとゲールの戦場を見据えていた。


 『我の見立てだと、恐らくーーーーーー』


 赤龍が言いかけたその瞬間、

 雷鳴が轟き、洞窟全体が再び震えた。

 ただの音ではない。魔力の衝突が空気を震わせているのだ。


 「レーナ……!」


 視線の先、蒼白い閃光と赤黒い瘴気が交錯する。

 そこに立つ二人の影――蒼天の魔法使いレーナと、獣神化したゲール。

 炎と雷、二つの魔力がぶつかり合い、光と闇の渦が生まれていた。


 「貴方……その仮面、取りなさいよ」


 レーナの声は冷ややかで、しかしその奥には怒りの色が宿っていた。


 ゲールは一瞬沈黙し――そして、嗤った。


 「……ふ、ふはははは。何を言うかと思えば。この仮面は、我とリサ様との“友好の証”だ。おいそれとは脱げん!」


 「そう……じゃあ、力づくで“外して”あげるわ」


 レーナの指先が光った。

 次の瞬間、雷鳴が轟き、獣神化したゲールの顔面に直撃した。


 「ッグォォォォォ!!!」


 赤黒い仮面に亀裂が走り、破片が散る。

 蒼い光がその破片の間を走り抜け、地を焦がした。


 「あら?痛かった?ごめんなさいね」

 

 レーナは涼しい声で言い放つ。


 「貴様っ……!仮面を……!!」

 

 怒号が響く。


 「仮面がない方が、良い男よ」


 口元に浮かんだ不敵な笑み。

 雷光に照らされたレーナの顔は、まるで蒼い女神のようだった。


 ――そのとき、赤龍が低く唸った。


 『……運命なのかわからんが、残酷だな』

 

 「…どう言う事だ?」

 

 『うむ……』


 赤龍は目を細め、低く言葉を続けた。


 『ゲールとレーナ――あやつらは、親子だ』


 「は……?」


 思わず声が漏れた。


 「でも、レーナのお父さんは……昔亡くなったって……」


 『遺体は見つからなかったのだろう?恐らく、誰かに操られておる。あるいは……その“リサ”の手によって蘇らされたのかもしれぬ』


 「そんな……」


 雷鳴が再び洞窟を揺らす。

 レーナの表情は、少し怒りに満ちていた。

 その瞳には、戦いの熱とは別の――涙に似た光があった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は10/26日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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