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その8 「遺跡調査と魔族」

 私とサエは森の中を歩き続け、霧の濃い谷を抜けた瞬間、見渡す限りの抉れた灰色の岩肌が見えた。

 風もなく、ただ息を潜めているように見える。

 

 「ここが、封印の遺跡です」

 

 朽ちかけた柱と、苔に覆われた石造りの建物。

 二千年前に造られたという――大海獣の封印遺跡。


 「ここが……」


 「記録ではこの谷で、初代将軍と巫女が大海獣と三日三晩戦い続けたそうです」


 「じゃあ…あの抉れている岩はその時の……」


 「はい、戦いの激しさがよくわかります」


 サエは慎重に足を進め、石壁に刻まれた文字をなぞる。それは神代文字“漢字”だった。


 『封魔の社』


 (サエが言う封印の遺跡とは違うな)


 私は首を傾げる。


 「どうかされましたか?」


 サエはそんな私を見て尋ねてきた。


 「サエ、ここ………封印の遺跡じゃなくて封魔の社って書いてあるよ」


 「え……?エレナさん神代文字が読めるのですか?」


 「え?あ、あぁ少しだけどわかるよ」


 その封魔の社が近づくごとに、空気が重くなっていく。胸の奥に圧がかかるような感覚――魔力の密度が高いのがよくわかる。

 だが、それはもっと奥、社の奥から感じる。


 「封魔って書いてあるからさ、大海獣の遺跡とは違うんじゃない?」


 「いえ、代々ここが遺跡だと語り継がれています…でもエレナさんの言う事が本当なら、どこか違うところにあると言うことですよね……」

 

 中央には、巨大な丸い石が鎮座している。その丸い石の縦に走る亀裂から、青白い光がかすか漏れている。


 「このヒビ…魔力が漏れてる。これが海獣や魔物活性化の原因……?」


 「ヒビがありますね。確認します。少し離れていてください」


 サエが跪き、両手で丸い石に触る。

 その瞬間、足元の地面がかすかに震えた。


 ――ヌルリ。


 石の影から、何かが這い出てくる。

 水をまとったような半透明の体で、魚と蛇を掛け合わせたような魔物。

 その目は赤色で、まるで理性が失われている。


 「下がって、サエ!」


 私は剣を抜き、魔物の体を切り裂く。

 だが、液状の体は斬ってもすぐに再生する。


 「再生……!火で焼く!」


 サエを下がらせ、私は魔法を唱える。


 「ーー火炎弾!」



 火炎弾が当たると魔物は悲鳴をあげ炭になった。


 「サエ、大丈夫!?」


 「……ええ、大丈夫です…あれは…本で読んだ事があります。大海獣の眷属です」


 サエはそのまま膝をつき、倒れ込む。


 「まだ存在しているなんて思いもしませんでした」


 その瞬間、丸い石が低く唸るように震えた。

 そして、石の中央が青白く輝く。

 私は剣を構えるが、光は収まり、音も消えた。

 ――まるで、何かが目を覚ましかけて、また眠りについたように。


 「今の光はなんだ?」


 「私も初めて見ました」


 サエは恐る恐る丸い石を見る。


 「さっきの魔物、この石の裏から出てきたよね?」


 「はい、私もそう見えました」


 大海獣の眷属とされる魔物が現れた辺りを、私は軽く剣の柄でノックする。


 コン、コン


 乾いた音――中が空洞だ。


 「ここ、空洞になってる」


 「知りませんでした……何があるんでしょうか」


 「……あの魔物は、これを守ってたのかも……降りてみようか」


 私とサエは、無言のまま視線を交わして頷いた。


 石畳の隅に、人の手が入るほどのわずかな隙間がある。

 私はそこに指を差し込む。何かスイッチのような物が付いている。


 「よいっしょ……!」


 と力を込めて持ち上げた。


 「……エレナさん、力強いですね」


 「あ、これでも冒険者だからね」


 (しまった、膂力変換魔法を使っちゃった……)


 持ち上げた石畳を見ると、たしかにスイッチのような構造がある。


 「サエ……もしかしたら、丸い石の光はこの石畳が開閉できるようになるための仕掛けだったんじゃないか?」


 「すみません……本当に知らなくて……」


 「いや、気にしないで…それより下を」


 石畳の下からは、かすかに冷たい風が吹き上がってくる。

 覗き込むと、下へ続く階段があった。


 「私が先に行くね」


 「お気をつけください」


 私は先頭に立ち、サエがその後に続く。

 足元は真っ暗だが、遠くの方に、ゆらゆらと灯る火が見えた。二人で慎重に歩を進める。


 「この先、通路があるね。行ってみようか」


 壁に沿って古い松明がいくつも並び、足元を淡く照らしていた。


 (火が灯ってるってことは、誰かがここに……空気も流れてるってことか)


 少し歩くと、急に空間が開ける。

 大きな広間――その奥には、巨岩のようなもので蓋がされているところがある。


 私とサエは息を呑む。


 「あれが本来の封印の遺跡なんじゃないか?」


 「こんな空間があるなんて知りませんでした」


 私たちは通路を下り、巨岩の方を目指す。


 「エレナさん、あそこ……誰かいます」


 「……しっ、静かに」


 目を凝らすと、蓋のそばに数人の影があった。

 彼らは低い声で何かを話している。

 火の明かりが揺れるたびに、姿がぼんやりと浮かび上がる。


 「静かに、近づこう」


 二人で頷き、足音を殺して少しずつ距離を詰めていく。

 そのとき――耳に届いた声に、思わず息を止めた。


 ……この声、聞き覚えがある。


 「…おや?ネズミが紛れ込んでいるようですね」


  その声を聞いた瞬間、背筋が凍りついた。

  低く、鼻で笑うような調子――聞き覚えがある。


 「貴方がなぜここに?勇者エレナ」


 火の明かりの向こう、青髪と黒衣に白衣を重ねた男がゆっくりと振り向いた。

 仮面の奥で光る瞳。背後には、魔導装置のような筒がいくつも並んでいる。


 「……魔導博士ゲール」


 「赤龍のとき以来ですね。なるほど…入り口に置いていた大海獣の眷属を倒したのは貴方でしたか」


 淡々とした口調。だが、その奥に潜むのは明確な敵意だ。


 「この国の味方やらがやってくると思っていたのですが…そうですか…貴方も義国に来ていたのですね。てっきり故郷にでも帰ったのかと思っておりましたよ」


 「…どうしてここに……」


 「察しがいい貴方ならもうお分かりでしょう?大海獣――古代の力を、我が主の指揮下に置くためですよ。蘇らせてアルファスト大陸に連れていきます」


 ゲールが一歩、岩の封祷石へと近づく。

 その表面には、最近つけられたと思われる細かなヒビが走っていた。


 「その傷は、お前がやったのか?」


 「この岩を壊して封印を解くつもりでした。ですが、想像以上に頑丈でしてね。少しだけ傷をつけるのが精一杯でした」


 ゲールは薄く笑いながら、杖の先でひび割れた石を軽く叩いた。金属のような音が響く。


 私は一歩、前へ出た。


 「……ちょうどいい、聞きたいことが山ほどある」


 「私は貴方に用はございませんよ」


 ゲールの声は冷たく、しかしどこか愉悦を含んでいた。その表情が私の神経を逆撫でする。


 「おや?こんな狭いところでやりますか?」


 私は、腰の剣を鞘から抜いた。


 「お前はすぐに逃げるからな。ここなら逃げ場はないんじゃないか?」


 「虫ケラが、よく吠えますね。前回逃げたのは貴方たちの方でしょう……お前達、下がって続けろ」


 部下の魔族に何か指示を出している。


 「サエ、ごめん、下がってて」


 私は振り返らずにサエに伝えた。


 「……わかりました。エレナさん、お気をつけて」


 サエを背に下げ、私は構えを取った。

 深く息を吸い――静の意識を保つ。

 頭の中が澄んでいく。目の前の世界が、ゆっくりと動いて見えそうだ。


 「いくぞ…」


 地を蹴った瞬間、風が爆ぜる。

 剣閃が走り、火花が洞窟の壁を照らした。


 ゲールは杖を捨て、自身の右手を掲げる。

 その腕がみるみる肥大化し、漆黒の爪が伸びた。


 「貴方、その剣では本気を出せないでしょう?」


 「……どうかな!やってみないとわからないぞ!」


 ガキンッ――!

 刃と爪がぶつかり、甲高い音が洞窟に反響した。

 風圧で砂埃が舞い、灯りの火が揺れる。


 「この義国で何を習ったかは知りませんが、私には敵いません」


 「…お喋りな男は嫌われるぞ」


 私は膂力変換魔法を使わず、筋肉の感覚だけで剣を振るう。身体の重心が自然と低くなり、動きが研ぎ澄まされていくのがわかった。


 ――静の剣。

 力ではなく、心で制す。


 ゲールの爪が斜めに振り下ろされた。

 私は半歩ずれて、その腕を刃で払う。

 金属音のような音と共に、右腕が裂けた。


 「ぐ……イギャァァァァァ!」


 爪が根本から切れた。


 「いつも紳士的に振る舞うくせに、叫び声はずいぶん醜いんだな!」


 私は間髪入れず、掌に火を灯した。


 「――《火炎弾》!」


 火炎弾が炸裂し、ゲールの胸を焼く。

 その瞬間、私は飛び込み、左下から斜めに切り上げた。


 「ッッ!」


 赤い飛沫が宙を舞い、岩肌を染めた。

 放った火炎弾が散って地面を照らす。


 (……血が赤い?)


 驚きで、ほんの一瞬だけ動きが止まる。


 魔族の血は紫――。

 だが、今目の前で飛び散っているのは、紛れもなく人の赤だった。


 「お前……人族なのか?」


 「ふ、ふ……ふははははは!」


 ゲールが笑い声を上げた。

 その笑いは、どこか壊れたように響く。


 「みくびっていました。えぇ、みくびって……ここまでやるとは思いませんでしたよ……勇者エレナ殿」


 焦げた外套を引きずりながら、ゲールはゆっくりと後退する。その瞳には、恐れではなく――興味が宿っていた。


 (まだ、何か企んでる……)


 ゲールが口角を上げる。

 その目が、狂気の光を宿した。


 「みくびってしまったお詫びに――リサ様から授かった“力”の片鱗を、お見せしましょう」


 「……リサから……?」


 その名を聞いた瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。血の気が一気に引く。


 ゲールは口の端をつり上げ、静かに呟いた。


 「ふふ……あの方はお優しい。人の理を超える“神の肉体”を、我らに与えてくださった」


 そう言った次の瞬間、ゲールの身体が――異様に膨れ上がった。


 バキバキバキッ……!


 骨が軋む音。筋肉が膨張し、肌の下で何かが蠢いている。

 服が裂け、黒い毛が全身を覆っていく。

 腕と足が異様に長く伸び、手の先の爪が鋭く湾曲する。


 「……っ、その姿は……」


 私は息を呑んだ。

 人族でも魔族でもない――それはまるで、獣そのものだった。


 「ふははははは! そう、“獣神化”だ!」


 咆哮が洞窟に響き渡る。

 風が吹き荒れ、炎が一瞬でかき消えた。


 「リサ様が教えて下さった!力だ!我が身に宿った!もはや魔でも人でもない、神に近づいた男だ!」


 「……リサが、そんなことまで……!」


 その姿を見た瞬間、私は理解した。

 ――これは、ただの敵ではない。

 リサの力が、この世界そのものを変え始めているのではないかーーそう思った。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は10/25土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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