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その7 「依頼と行方不明」

 静と動――その二つを合わせた動きは、思った以上に理にかなっていた。

 これまでガムシャラに相手に向かって、咄嗟の判断力と膂力変換魔法を使って斬りかかっていたが、これを私は"動の意識"と名付けた。それに対して、心を落ち着かせ、“静の意識"を保ちながらの攻撃を取り入れる事で、斬撃の速度も切れ味も増した。


 (なるほど……これ知ってたら色々な場面で役に立っただろうな……静動の意識とでも名付けるか)


 木刀を納め、軽く息を整える。

 一筋の汗が首筋を伝い落ちるのを感じた。

 けれど、護衛のケイはまだこちらを睨みつけている。目に宿るのは――悔しさか、あるいは怒りか。


 (……なにか、気に障ることでもしたかな?)


 沈黙を破ったのは、ムサシ将軍だった。


 「見事であった、エレナ殿」


 「お褒めにあずかり、光栄です」


 「其方の剣技――まさしく優美」


 将軍の声は穏やかだった。

 だが、その奥には探るような雰囲気を感じた。


 「……ケイ、下がって良い」


 「はっ」


 ケイは仏頂面のまま、静かに後ろへ下がった。


 (あの顔、完全に納得してないな……)


 「ふっ……あやつも腕は立つが、あの師範には一度も勝てておらぬ。ゆえに余計に、お主を敵視しているのかもしれぬ。少し血の気も多い。私からもよく言っておこう」


 「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


 「エレナさん、お疲れ様です」


 「いえ、大丈夫です」


 建前上、私は“護衛”――つまり下の立場。

 カエデに対しては、ここでも礼を崩さないようにする。


 ムサシの背後に並ぶ家臣たちが、何か言いたげな顔でこちらを見ていた。

 だが、将軍は軽く手を上げ、それを制した。


 「其方達も下がっておれ。剣の話をする」

 

 その一挙手一投足で、場の空気が再び静まり返る。

 この人が国を支配している理由が、少しわかる気がした。


 「さて……カエデ殿」


 ムサシの声が低く響いた。


 「彼女はある“探し物”をするために異国から来たと申したな――」


 カエデは頷き、正座のまま背筋を伸ばした。


 「はい。彼女は“ヒヒイロカネ”を探しております」


 (……異国の事も話してたのか)


 模擬戦の最中、二人が何か話していたのは見えていた。


 「ヒヒイロカネか……」


 ムサシは顎に手を当て、少し考え込むように目を細めた。


 「それならば、この義国に現存しているものは、すべて三鶴城家が管理している」


 「……ということは?」


 「外へ出すことは――かなり難しいな」


 「……そうですか」


 カエデの声には、わずかな落胆が混じっていた。


 だが、ムサシの表情が少し和らいだ。


 「とはいえ、何もないわけではない……一つ提案がある」


 「提案?」


 カエデが顔を上げる。


 「その実力を買っての話だ――大海獣封印の遺跡を確認する任務に、彼女を使ってみてはどうか?」


 「……遺跡を、ですか?」


 「うむ。巫女たちだけでは危険だが、彼女が同行すれば、鬼に金棒、確認は容易かろう」


 カエデがこちらを見つめる。

 その瞳に、不安と信頼が入り混じっている。


 「……エレナさん、どうですか?」


 「はい。問題ございません」


 迷いなく答えた。

 この国の事情は複雑だ。

 けれど、動かなければ何も変わらない。


 ムサシの口元に笑みが浮かぶ。


 「よかろう。その任務を成し遂げた暁には、褒美として“ヒヒイロカネ”を授けよう。ふさわしい報酬だ」


 「……ありがとうございます、ムサシ将軍」


 「私からも感謝いたします」


 カエデも深々と頭を下げる。


 「よい。では、これにて評議は終わりとする……カエデ殿、母上の説得も忘れずにな」


 「はい。必ずや」

 

 「では、エレナ殿、いずれ我にも異国の話を聞かせてくれ」


 将軍は立ち上がり、背後の家臣たちを伴って静かに屋敷を出ていった。


 去り際、彼の背中から感じたのは、武人としての威厳と――わずかに滲む、人としての“迷い”だった。


 「私が異国の人間だと将軍に話してよかったの?」


 そう伝えるとカエデは深々と頭を下げた。


 「勝手にすみません。師範は義国でも名のある剣士だったんです。その師範に勝利した事のあるエレナさんにムサシ将軍は興味を持たれました。将軍も今の地位に就く前に道場に通っておられました。それと、異国についても実は興味がお有りなのです。」


 「なるほど、そういうことね」


 「はい、それでは天霧神社へ戻りましょうか」


 ムサシ将軍の事を語るカエデから、どこか柔らかい優しさを感じた。

 


* * * * *


 「カエデのお母さんってどんな人なの?」


 私は天霧神社への帰り道にカエデに尋ねた。


 「母は、頑固ですね。悪く言えば保守的で変わるのを嫌います」


 「そういう感じね。お父さんは?」


 「父は私が物心つく前に亡くなったそうです。だから記憶にもないんです」


 「聞いてごめんね」


 「いえ、お気になさらないで下さい」


 カエデも私と同じで家族を亡くしていることを知った。私の場合は、物心もついていたし、記憶もある。カエデのように記憶になければ、思い出す事もないのだろうか。


 私たちは天霧神社へ戻ってきた。

 日も傾き始め、神社の庭に吊るされた灯籠が淡く光を灯し始めている。

 その静かな光景とは裏腹に、神社の空気はどこか落ち着かない。


 「エレナさん、ちょっといいですか!」


 駆けてきたランが、息を弾ませて声を上げた。


 「どうした?」


 「レーナさんの行方がわからなくなりました」


 私は思わず眉をひそめた。


 「……え?」


 ランは焦った様子で言葉を続ける。


 「カエデさんたちが外出されたあと、遊びに行くって言って出ていったんですけど、それっきり戻らなくて……お昼も食べていませんし、夕方になっても帰ってこないんです。何かあったに違いありません!」


 「……あいつが昼飯抜きとか、あり得ないな」


 思わずため息が漏れる。


 「でも……もしかしたら、外で食事されたのでは?」


 「いや、それはないな。あいつは何がなんでも“タダ飯”は食べに帰ってくるタイプだ」


 「……なるほど」


 カエデは少し考えたあと、真剣な表情に変わった。


 「わかりました。準巫女たちに捜索を頼みます」


 「ありがとう。私とランも街の方を探してみる」


 神社を出ると、天霧の街はすでに夕焼けに染まっていた。通りを歩く人々の影が長く伸びている。屋台の明かりがともり始め、焼き魚の匂いが漂ってきた。

 けれど、どこにもレーナの姿はなかった。


 陽が完全に落ちたころ、私たちはようやく神社へ戻った。


 「……見つからなかったな」


 「はい……レーナさん、どこに行かれたのでしょう」


 ランの顔に不安の色が浮かんでいる。


 「Aランク冒険者のレーナだから、そう簡単に危険な目には遭わないと思うけど……」


 「そうだといいのですが」


 カエデも胸の奥に小さな不安が残っている。


 「とりあえず、ラン。悪いけど、明日はここに残って、レーナ捜索をお願いするよ。三日四日空ける」


 「え?エレナさんはどこへ?」


 「ムサシ将軍からの依頼で、大海獣の封印遺跡に行く」


 「お一人で行かれるおつもりですか?」


 驚くカエデに笑って答えた。


 「大丈夫。ひとりでも何とかなるさ」


 「……一人同行者をつけます……」


 カエデが心配そうに提案してくれた。


 「それはありがたい」


 「道案内と封印の状態を調べられる者をつけます」


 「ありがとう。頼りにしてる」


 その夜、私たちは地図を広げ、必要な道具や食料を確認した。灯明の光に照らされたカエデの横顔は、張り詰めて見えた。誰も口には出さなかったが――


 翌日、昼過ぎ。


 「じゃあ、あとは任せた。ラン」


 「はい、任せてください」

 

 私は荷をまとめ、神社の鳥居をくぐった。

 空は曇りがちで、遠くの海鳴りが微かに聞こえる。


 (レーナ、どこいったかわからないけど、お前なら大丈夫だよな)


 そう心の中で呟き、私は足を踏み出した


 天霧から北へ――。


 目的地は、天霧の北部にある「天照あまてらす」の街との国境沿いにある、大海獣の封印遺跡。


 私と準巫女サエの二名で向かうことになっていた。


 出発前に、すでに検問所へ通達が行われていたらしく、各所の衛兵は私たちを見るなり、すぐに通してくれた。


 (ムサシ将軍の命令、ってだけでここまでスムーズになるのか……)


 権威の重さに、少し背筋が伸びる思いがした。


 天霧から徒歩で二日。

 馬を使えばもっと早いのだが、山道や森を抜けるには歩きの方が確実だった。


 同行するサエは、天心一神流の道場でよく顔を合わせる人物だ。

 柔らかな声と真面目な性格――そして、何より観察眼が鋭い。この任務に彼女を選んだのは、きっとカエデの配慮だろう。ありがたい話だ。


 「サエ、ついてきてくれてありがとう」


 「いいえ、こちらこそ。私はエレナさんの剣技を近くで見て勉強したいと思っていました。今回の同行は、私にとってもありがたいことです」


 「そんな大層なものじゃないよ。私は力任せに突っ込むだけ。あとは、流れと勘でどうにかしてるだけさ」


 サエはふっと笑った。


 「それがすごいのです。咄嗟の判断ができるというのは、よほど自分に自信がないとできません。きっと、数多の経験を積んでこられたのでしょう」


 「はは……お世辞でも嬉しいね」


 軽口を交わしながら、私たちは北の山道を進む。

 森の奥では、蝉に似た虫の声と、風に揺れる木々のざわめきが響いていた。

 陽射しは穏やかで、時折吹く風が心地よい。


 道中、何度か魔物が現れた。

 スライム、オーク、シルバーウルフ、コウモリ、そして小型のトロール。

 このあたりに棲む魔物は、アルファスト大陸と大差ない。


 「この辺の魔物は、そんなに強くないね」


 「はい。しかし、遺跡に近づくとどうなるかわかりません。それと、出現頻度が多い気がします。封印が緩んでいる影響かもしれません」


 サエは一瞬、表情を曇らせた。


 「大海獣が再び現れるなど、考えたくありません」


 「まぁ、考えるのは後だ。今は無事に確認するのが先決だよ」


 そんな会話を交わしながら、魔物を軽くいなし、足を進める。

 夕暮れが近づく頃、山間の道に差しかかると、遠くの空が赤く染まり始めていた。


 「今日はここで野営しよう」


 「はい。私がテントを張ります」


 「ありがとう。私は薪を拾ってくるね」


 火を起こし、乾燥肉を焼く。

 静かな夜の森に、ぱちぱちと焚き火の音が響いた。


 ふと見上げた夜空には、無数の星が瞬いていた。


 (こちらの星もキレイだな)


 そう思うと、胸の奥に少しだけ懐かしさが込み上げてきた。


 風が頬をなでる。

 炎の明かりの向こうで、サエが祈るように手を組んでいた。


 ――明日、遺跡にたどり着く。


 その先に待つものが、何であれ。

 私はただ、進むしかない。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

評議が終わったあとも、心の中には小さな波紋が残っていた。

義国の抱える闇、カエデの決意、そして――ムサシ将軍の悩み。

けれど今は、前へ進むしかない。

封印の遺跡の調査が、義国の未来と、私たちの旅の行方を変える気がしていた。


次話は10/23木曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い致します。


エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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