表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/132

その5 「義国での生活」

 義国に来てから一週間。


 赤龍は回復したのだろうか。

 呼びつける用事もないので笛を使う事はないが、気になる。

 

 (そろそろ会いに行ってみるか……)

 

 ここでの生活は、午前に天霧神社の掃除や買い出し、午後は天心一神流の道場で稽古。

 そんな規則正しい日々が、いつの間にか心地よくなっていた。


 「エレナ殿、力を抜きなさい。意識を静かにする事で間合いが取れやすくなる。そして、剣を振るという意識を無くす事で最速の動きができる」


 師範の声が静かに響く。

 私は木刀を握る手を緩め、深呼吸をした。


 “静”の剣。


 それは、これまでの戦場で培ったいわゆる“動”の剣とはまるで違う。

 こちらの剣術は、心を澄ませることで、最速の攻撃を行う。

 しかし、性格なのか力を込めて剣を振ってしまう。


 「……難しいな」


 「私もです。でも……この静けさ、落ち着きますね」


 隣のランが、額の汗を拭いながら微笑んだ。

 彼女はこの“静”の剣に、意外なほど向いている。

 私のように即考え勢いで動くタイプではなく、呼吸を合わせるのが上手い。


 私は目を閉じた。

 心を鎮める。

 息を殺して間合いを計っていた。

 風が止んだ瞬間ーー木刀をすっと動かした。


 「なるほど……こういうことか」


 その一瞬に、心が研ぎ澄まされた気がした。


 「今の動き……悪くない」


 師範が静かに言う。


 「ありがとうございます。師範」

 

 「エレナ殿とラン殿は元々筋が良い。すぐにできるようになる」

 

 子供の頃に父様やリリサに褒められた時と同じように、修行に対してワクワクする感覚が蘇ってきた。


 午後の稽古が終わると、神社ではカエデが子供たちに文字を教えていた。

 縁側に腰を下ろして、その様子を眺める。

 墨の匂い、畳の感触。

 懐かしいようで、どこか落ち着く。


 「お疲れ様です、エレナさん、ランさん。剣術は慣れましたか?」


 「うん。力を抑えるって難しいね。でも、何か掴めそうな気がする」


 「それはきっと、“心”が静まってきた証ですよ」


 カエデは微笑みながら、湯飲みを差し出してくれた。温かいお茶の香りが、疲れた身体に染み渡る。


 「義国では、剣と心は一つとされています。剣を学ぶことは、己の心を整えることなんです」


 「なるほど……最近穏やかなのはそのせいか……」


 「たしかに最近、レーナさんを怒鳴りませんね?」


 「……そんなに怒鳴ってないと思うけど…」


 「エレナさんの国では静という考えがないと仰っておりましたね」


 「うーん……あるにはあるけど、力がすべてって感じかな。勝つために剣を振る。静かに戦うなんて考えたこともなかった」


 「ですが、エレナさんの中には確かに“静”がありますよ」


 「え?」


 「時々、話していると……そんな風に感じます」


 カエデの言葉は不思議と私の心を見透かす。


 その日の夜。

 風呂から上がり、三人で縁側に並んで夜風に当たった。

 レーナは相変わらず食べ歩きの話ばかり。


 「ねぇ聞いてよ! 今日、街で食べた串焼きが最高だったの!」


 「……それ、昨日と同じ店だろ?」


 「だって美味しかったのよ!」


 「食べることに全力投球ですよね、レーナさん」 

 

 ランが呆れ顔で肩をすくめる。


 「私の座右の銘は、生きる事は食べる事だもん!」


 「はいはい、もう好きにして……」


 私はそんな二人を見ながら、夜空を見上げた。

 この義国の空も、アルファストの空も、そして前世で見た空も、どこか似ている。


 「この空も誰かが見ているのかな……」


 ふとそんな言葉が漏れた。


 「なになに?遠い目で物思いに耽って?」


 レーナがニタニタと笑っている。

 正直その笑顔は気持ち悪い。


 「その笑顔、気持ち悪いからやめた方がいいぞ」


 「!?……キモチワルイですって…」


 (言いすぎたかな?でも本当のことだし)

 

 夜風が少し冷たく感じてきた。


 カエデが廊下の向こうから静かに歩み寄ってきた。


 「お三方にお話があります。2日後、都で“評議”が開かれる事になりました」


 「評議?」


 「ええ。三鶴城家と天霧家が集う会議です。……母が不在のため、私と準巫女の三人で参加します。エレナさんにお頼みしたいことがあります」

 

 カエデは一呼吸おいて、私の方をまっすぐ見た。


 「エレナさんには、国の内情を見て頂ければと思います。それと、護衛をお願いできますか?」


 義国の政治と信仰を司る二つの家――三鶴城家と天霧家。その両者が直接顔を合わせるとなれば、国の未来を左右するほどの重要な会議になるのだろう。

 そして、神託を受けた現巫女として、カエデが呼ばれるのも当然のことだった。


 「もちろん。私でよければ、喜んで」


 そう答えると、カエデはほっとしたように小さく微笑んだ。


 「ありがとうございます。形式上は“従者”という立場でお越しいただきます。ただ、もしもの時に護衛を一人だけ同行させるのが慣例なんです」


 「なるほどね。だったら、ちょうどいい役目だ」


 「……ひとつだけ。話し合いの流れ次第では、エレナさんが“異国の人”だと明かすかもしれません」


 カエデの声音は静かだったが、その瞳の奥には決意の色があった。


 「ヒヒイロカネの件で、何か情報が出るかもしれません。少しでも道を開くために」


 「わかった。判断は任せるよ」


 「……ありがとうございます。なんとか手がかりを掴んでみせます」


 そう言った時、カエデの横顔が一瞬だけ寂しげに見えた。


 「じゃあ、レーナとランは留守番ね」


 「はい、私は道場で鍛錬してます」

 「私は、美味しいものを探す旅にでます」


 レーナの即答に、思わず笑ってしまう。


 「よろしくお願いします。エレナさん」


 「任せて」


 こうして、私はカエデの護衛として“評議”へ同行することになった。



* * * * *



 評議の日が訪れた。

 義国の政治と信仰を司る――三鶴城家と天霧家が、一堂に会する日だ。


 評議は三鶴城家所有の屋敷で行われる。

 神社のように厳かな佇まいの建物。

 中へ入ると、中央には二十人ほどが座れそうな大きな円卓が据えられ、整然と座布団が並べられていた。

 私はカエデのすぐそばに控え、護衛として立つ。

 準巫女の二人はその両隣に座り、静かに息を整えていた。この二人は準巫女という役割だが、実際は護衛と兼ねているらしい。一人は道場で一緒に訓練している顔見知りだ。


 「エレナさん、カエデ様をよろしくお願い致します」


 「はい、任せてください!」


 準巫女の一人である彼女の名前は、サエ。私と同い年で仲良くなった。たまに模擬戦もやるけど、彼女の居合の速さは師範並みだ。私も負けてないけど、静の動きでは完全に負けている。


 「カエデ様、先日、エレナさんは師範と再び模擬戦をされました」


 「え、それは聞いていませんね。どちらが勝たれましたか?」


 「それが……エレナさんです」


 「えっ!」


 カエデが驚き、後ろを振り向いた。


 「あ、いや、でも道場の基礎である"静"の動きを使わなかったし、ルール……規則違反だよ」


 「道場の門下生みんなでびっくりしました」


 「いえ、あの師範に勝てたんですね……エレナさん素晴らしいです」


 「いや、本当、規則違反だから」


 そう、規則違反というか卑怯な事をしてしまった。

 師範の速い剣戟を交わすのが精一杯で、私はつい膂力変換魔法を発動させてしまった。

 一瞬、私の速さが変わり、師範は驚いたのだろう。


 (あれは、私の負けだよ)


 やがて、廊下の向こうから足音が近づいてきた。

 その気配だけで、場の空気が一気に張り詰めた。


 「三鶴城家御一行、入場――」


 襖が静かに開く。

 先頭に立つのは、鋭い眼光を放つ一人の男――ムサシ将軍。


 (…あれが、ムサシ将軍様か……)

 

 その背筋はまるで刀身のようにまっすぐで、纏う気配が尋常ではない。

 彼の後ろには、家臣三名と護衛一名。

 合計で五人の一団が入室すると、場の空気がさらに重くなった。


 「カエデ殿、久しいな」


 席に着くや否や、低い声で言葉を投げる。


 「お母上…カナエ様は今日は来られぬと聞いたが」


 「ムサシ様、お久しぶりでございます。母は現在、天霧家所有の島にて祈祷のため外遊しております」


 「そうか」


 彼の鋭い視線が、こちらへと移った。


 「……そちらの護衛は見慣れぬ顔だな?」


 「はい。新しく雇いました。エレナと申します」


 「エレナです。お見知りおきください」


 私は軽く頭を下げた。


 「雇われ間もなく護衛……相当な腕前と見えるが?

 「仰る通りです。彼女は天心一神流の師範に模擬戦で勝ったことがございます」


 カエデの言葉に、室内が一瞬ざわめいた。

 扇子の音が小さく響く。


 「待てカエデ殿、その娘が“あの師範”より強いと申すのか?」


 ムサシ将軍の左隣に座る男が、鋭い目つきで私を指した。


 「はい。模擬戦ではございますが、師範は彼女から一本を取られたと聞いております」


 「俄かには信じがたいな……」


 ムサシ将軍の背後に控えていた護衛が、一歩前に出て私を睨みつける。

 その視線には、敵意と好奇心が入り混じっていた。


 (……カエデ、あんまり目立たせないで…それとも何か考えがあるのかな…)


 心の中でそう呟く。


 「失礼。彼は天心一神流の門下生だった男でな。私が気に入り、道場を辞めさせて護衛にしている。腕は確かだ」


 ムサシ将軍は静かに笑った。


 「いずれ、一戦交えてみたいものだ」


 「ムサシ様、お戯れを……」


 カエデが柔らかく頭を下げる。


 「わかっておる。だが、剣の道を行く者としては、気になる」


 ムサシ将軍は扇子を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


 「では――評議を始めよう」


 その一言で、室内の温度がわずかに下がった気がした。静寂が広がり、蝋燭の炎が小さく揺れる。


 (始まった……)


 私は姿勢を正し、カエデの背を見つめた。

 

 いよいよ、義国の評議が始まる。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

天霧神社での日々を経て、エレナたちはついに義国の中枢へ。

三鶴城家と天霧家――二つの権力が交わる場で、巫女と将軍、そして異国の勇者エレナが出会いました。


次話は10/19日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い致します。


エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

"感想"ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ