表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/132

その4 「義国の剣術」

  翌朝ーー。

  目を覚ますと、畳の部屋に柔らかな朝日が差し込んでいた。


 「……ん、畳で寝るのは前世ぶりか…」


 思わず前世の記憶が滲み出る。

 体を伸ばして縁側に出ると、既にカエデが掃除をしていた。


 「おはようございます、エレナさん。よく眠れましたか?」


 「おはよう、いい感じに疲れが取れたよ」


 「それは良かったです。今日はお時間があれば、街を少しご案内しようと思います」


 「うん、ぜひ」


 朝稽古を終えたランが顔を出した。


 「レーナさんは、まだ寝床ですね」


 「いつものことだから……」


 「いえ、あの人を甘やかしたらダメです。私が起こしてきます」


 そう言うとランは双剣をしまい、すたすたと部屋の奥へ消えていった。


 「不思議ですね。ランさんのほうがお若いでしょうに、精神的にはすっかりお姉さんですね」


 「ランは本当にしっかりしてるからね。何度も助けられてるよ」


 そんな話をしていると、奥の部屋から声が響いた。


 「もう!せっかく寝てたのに!最近、私に当たり強くない!?」


 「ドワーフ王国で言いましたよね!もう遠慮しませんって!」


 「……そうだったかしら……ぶつぶつ」


 何やら揉めているようだが、ここはランに任せよう。


 朝食を終えると、カエデの案内で天霧の街へ出た。


 この天霧の街は、義国でも最大の首都で、およそ百万人が暮らしているという。

 義国は大小の島々からなる国で、多くは無人島。一部の島にだけ人々の暮らしが根づいているそうだ。

 この天霧のような大都市は三つ。他はすべて島ごとに小さな集落が点在しているらしい。


 ちなみに、カエデに見せてもらった地図には、やはり私たちの故郷のあるアルファスト大陸の記載がなかった。


 「鎖国を何世代と続けるとこうなるんですね。今では義国の外に国があるなんて知ってる人を探す方が難しいかもしれません」


 「それは私たちも同じさ。向こうでも義国は地図にないよ……それにしても驚いたな。天霧の人の数は、バイエルン帝国の五倍もあるのか」


 「そちらの大きな大陸と違い、島国ですから人が首都に集まりやすいのでしょう。無人島が多いのは、移り住む方々が後を絶たないからですよ」


 昨日は気づかなかったが、朝の光に照らされた街並みは整然としており、どこか荘厳な静けさを湛えていた。

 通りには行き交う人々の衣擦れが心地よい。その光景に、私は思わず息を呑んだ。

 人々は穏やかな笑みを浮かべながらも、歩調が乱れることはない。その光景には、長年培われた秩序と誇りのようなものが感じられた。


 「……ねぇカエデ、この国の人たち、みんな姿勢がいいね」


 「はい。義国では“剣で礼儀と心の在り方を学ぶ”のです」


 「剣で?ということは剣術みたいなことを皆がしてるの?」


 「はい、剣術ですね。私も少し習いました。近年では“剣道”と呼ぶ人もおります」


 「私、それ見てみたいです」


 ランは興味津々だ。


 「私も気になるな。道場とかないの?」


 「ええ、ありますよ。私が教わった道場が近くにあります。師範とも面識がありますから、見学だけなら」


 「私は興――」


 「ぜひ行きたいです!」


 レーナが言い終える前に、私とランが同時に答えていた。


 そこから少し歩くと、立派な門構えの道場が見えてきた。

 黒い瓦屋根に、白壁の門柱。掲げられた看板には――


 『天心一神流』


 なんと、漢字だった。


 この世界の言語は人族も魔族も共通語で、義国も同じだった。だが、“漢字”を目にするのはこの世界に来て初めてだった。


 「カエデ、この文字は?」


 「あの文字は“神代文字”です。大海獣が現れる以前から、この義国に伝わる古い文字なんです。今では読める人がほとんどいません」


 「へぇ……面白いね」


 「ちなみに“天心一神流てんしんいっしんりゅう”と読みます」


 「天心一神流……かっこいいな」


  中に入ると、広々とした道場の中央で木刀の音が響いていた。

 私たちは入り口付近に座り、正座をした。


 「エレナさんは正座がお上手ですね。それも貴族教育ですか?」


 「え?あぁ、そうだね」


 「ちょっとラン邪魔だからもう少しそっちに…」


 「レーナさんの足が邪魔なんですよ」


 「お二人ともお静かにされてください」

 

 私たちのやり取りを他所に、張りつめた空気の中、師範と思しき壮年の男が、二十人ほどの門下生に稽古をつけている。

 その立ち姿は、まるで一本の剣のようにぶれがなかった。


 「師範」


 カエデが立って一歩前に進み、静かに頭を下げた。

 男は木刀を脇に立て、ゆっくりとこちらを振り向く。


 「おや……天霧の巫女殿ではないか。久しいな」


 「はい、師範。ご無沙汰しております」


 「そちらの三人は?」


 「天霧神社で新たにお手伝いをしてくださる方々です」


 カエデは自然に私たちを促した。


 「私はエレナ。こっちはラン、そしてレーナです」


 「こんにちは」


 「ど、どうも……」


 レーナは慣れない正座でぎこちなく頭を下げた。


 師範の視線が私たちの腰元に止まる。


 「……ふむ、お二人とも剣を帯びているのか」


 その目は鋭くも温かかった。

 私たちの動きを見ただけで、素人か熟練かを見抜くような目だ。


 「はい。私とランは剣を使うことはありますが、正式な“剣術”というのは習ったことがなくて……」


 「なるほど。興味をお持ちというわけですな」


 「ええ。先ほど街を歩いていて、この国では剣を心として学ぶと聞きました。それで、ぜひ見てみたいと思いまして」


 「ほう……」


 師範の口元がわずかに緩む。


 「そう、"剣を心とす"義国の剣術の基本だ」


 その時、カエデがそっと口を添えた。


 「彼女たちは、遠い島の集落から来た方々です。義国の文化に触れてもらえたらと……」


 「遠い島か……なるほど、道理で…」


 師範は腕を組み、私たちを一瞥した。

 その目は試すようでいて、どこか期待を含んでいた。


 「ならば――どうだろう。見学だけでなく、一本ずつ、木刀で試してみぬか?」


 「えっ……私たちが?」


 「うむ。力試しではない。心の在り方を知るための挨拶だ」


 静まり返った道場の空気が、ぴんと張り詰める。

 ランが小さく頷き、私も息を整えた。


 「はい、ぜひ、学ばせてください」


 師範は満足げにうなずくと、木刀を二振り、私たちの前に差し出した。


 ――義国の剣、その重みを確かめる時が来た。


 最初は、ランが呼ばれる。

 普段は双剣を扱う彼女だが、ここでは木刀一本を両手に構えている。

 少し重そうに木刀を持ち直しながらも、その瞳にはいつもの闘志が宿っていた。


 「では……ラン殿、お願いします。ルール等わからないと思われる。中央から初めの合図でお好きなように動かれなさい」


 師範が静かに告げる。


 「はい、わかりました」


 対するは、道場の若手門弟の中から選ばれた一人の女性。腰まで伸びた黒髪を後ろで結び、白い道着の背筋は真っすぐ伸びていた。その所作に無駄はなく、ただ立っているだけで剣士としての風格が漂う。


 「双方、構え!」


 師範の一声で、場の空気が一変する。

 外の喧騒が遠のき、木刀を握る指先の感触だけが際立つ。

 お互い、道場の中央で静かに見合った。


 ランはわずかに息を整え、上段に構える。

 普段の双剣とは違う重心やバランスが取りづらい。

 それでも――やるしかない。


 「始め!」


 号令と同時に、ランが一気に踏み込む。

 床を蹴る音とともに、木刀が唸りを上げた。

 しかし相手はその斬撃を紙一重でかわし、流れるように横薙ぎの一閃を返す。


 「っ!」


 ランは反射的に身を沈め、木刀の風を頬で感じた。

 ――速い。

 所作はゆるやかに見えたのに、攻撃は稲妻のように鋭い。こんな動き、獣人族の剣にはない。


 義国の剣は、力ではなく“間合い”で戦う。

 だが今の彼女は、人の姿。

 耳も尾も動かせない――本来の感覚が使えないのだ。少しだけ動きが鈍っていた。


 「もう一度!」


 ランが踏み込み、相手も間髪入れずに前へ出る。

 木刀が交差し、鋭い音が響いた。

 二人の姿が交錯し、息を呑む一瞬。


 そのまま止まらず、二撃、三撃――

 互いの木刀が激しくぶつかり、火花のような音を散らす。

 ランは押し込むが、相手は流れるように受け流し、再び間合いを取る。


 (すごい……力で押しても崩れない)


 焦りと興奮が入り混じる中、最後の一撃が同時に放たれた。


 「そこまで!」


 師範の声と同時に、二人の木刀が止まる。

 互いの刃先が相手の頬に触れる寸前――

 ほんの数センチの距離で静止していた。


 「引き分けとする」


 道場に張りつめていた空気が、ふっと緩んだ。


 「す、すごい」

 「彼女の速さについていけるのか…」

 「島から来たってどこだ?」

 

 木刀を下ろしたランは、息を切らしながら微笑む。


 「ありがとうございました。すごかったです……まるで水の流れみたいな剣でした」


 対する女性も、礼をして微笑んだ。


 「あなたも見事でした。動きに獣の勘がありましたね」


 師範は静かに頷き、口を開いた。


 「双方、見事であった」


 道場に再び静寂が戻る。

 師範がゆっくりと前に出て木刀を手に取る。

 カエデが驚くように声を上げる。


 「師範、自ら……!?」


 「うむ。島国の剣士と手合わせできる機会など滅多にない。ぜひ一太刀、願いたい」


 私は一瞬迷うが、すぐに頷く。


 「……わかりました。お手柔らかに」


 「エレナ殿、剣において“手加減”という言葉は無用。本気で」


 その一言で、場の空気が一変する。

 私は道場の中央、師範の目の前に構えた。

 

 お互い礼を交わし、構える。


 (……本気…でも魔力は使わず、この体の本気で…)


 「始め!」


 木刀がぶつかる。

 私の踏み込みは速いが、師範はまるで風のようにいなす。

 力任せに振るうたび、空を切り、次の瞬間には相手の刃先が喉元にある。その繊細な動きに、彼女の背中を汗が伝う。


 (速い……でも違う、これはただの速さじゃない。呼吸、間合い、気配そのものが読まれてる)

 

 私は下段に構え直す。

 師範が微かに頷く。


 「良い目だ。その構え、独学ではないな?」


 「ええ……兄が私の師です」


 師範が踏み込み、木刀が再び鳴る。

 だが、今度は私の足が自然と動いた。

 呼吸を合わせ、相手の気を読む――“剣で語る”感覚。


 一瞬、二人の刃が交錯した時、師範の口元がわずかにほころぶ。

 二人の木刀が同時に振り下り、乾いた音が響く。


 「…そこまで…だな」


 師範から終了の合図だ。


 二人とも膝をつくようにして止まっていた。

 ほんの紙一重、どちらの勝ちとも言えぬ距離。

 師範が息を吐き、静かに木刀を下ろす。


 「見事……剣に迷いがない」


 「……ありがとうございます。でも、まだまだです」


 「いいや、剣とは己を知るためのもの。お主はすでに“剣を通じて世界を見ている”。それは容易なことではない」


 カエデとラン、そして門弟たちが息を呑んで見つめる中、私は師範に深く頭を下げた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

今回は義国での文化交流回――エレナたちが“剣術”という新たな技と精神に触れます。

異国の地で出会う価値観の違い。

力で切り開いてきたエレナが、「剣の心」を学ぶことでどう変わっていくのか。


次話は10/18土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い致します。


エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

"感想"ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ