その3 「義国の内情」
神社の側には大きな豪邸が立っていた。
カエデはどうぞと言わんばかりに案内してくれる。
私達は、縁側に腰を下ろし、湯気の立つ茶を前にしていた。竹林を渡る風の音がかすかに聞こえてくる。
カエデは静かに湯飲みを置き、三人に向き直った。
「……街をご案内する前に、お三方には、まずこの国の事情を知っておいて頂きたいのです」
湯気の向こう、巫女の瞳は静かに光を宿していた。
「義国には、『天霧家』と『三鶴城家』という二つの家が並び立っています。この二家が“神と剣”の均衡を保ち、国の秩序を支えてきました」
「神と剣…ですか?」
ランが首を傾げる。
「三鶴城家は“剣”、つまり治安と軍を担います。天霧家は“神”、政治と祈りを司る家系です。本来は互いを補い合う関係で、どちらが欠けても国は成り立たない――はずでした」
カエデの声には、かすかな痛みがあった。
「けれど最近、その均衡が崩れ始めています。現将軍・ムサシ様は、神託も神の存在も否定しておられるのです」
「何故、否定するの?」
「…はい…『祈りでは国は守れぬ。剣こそが国を強くする』――それがムサシ様の言葉です。近年、海獣や魔物の凶暴化、異常気象が続いていますが、ただの自然現象だと断じています」
「…意見が割れているんですね」
ランが小さく頷いた。
「はい。たしかに、祈りの効果が薄れてきたのも事実なんです。封印している“大海獣”――その封印が緩んでいる可能性がありまして…瘴気が漏れ出ていると思われます…」
「…大海獣」
レーナが少し嬉しそうだ。
見てみたいとか言わないだろうな。
「海を支配していたとされる古の存在です。二千年前、初代将軍と初代巫女が“神の剣”――でその封印を施したと伝えられています。それが今、少しずつ揺らいでいる」
「……その、神の剣で再封印できないの?」
私の言葉に、カエデは目を細めた。
「…はい、神の剣は私たちに伝えられておりません」
カエデの瞳が少し涙ぐんでいる。
「ムサシ様は、天霧家を“異端”として排除しようとしています。けれど、私たちは剣を取れません……祈るしかできない。だから、神の神託で、あなた方のような“外の風”が来ると知った時は嬉しかった……この国に変化が訪れると――」
「……高圧的な将軍なんだな」
小さく苦笑した。
「あ…なんか父を思い出します……」
ランは少しだけ頭を抱えた。
「なるほどね、理屈っぽい男は嫌われるのよ」
レーナが茶をすする。
こいつは今の話わかっているのだろうか。
「……レーナさんはもう少し理屈っぽくなってもいいと思いますよ」
ランが笑顔でレーナを茶化した。
そのやり取りに、カエデはふっと笑みをこぼした。
「それに……私は信じたいんです。天創大神様は、まだこの世界を見捨ててはいないと。ただ……お三方をここにお連れすることは、母には話していません。私の前任にあたる巫女は母でして、“祈りこそがすべて”の人ですから」
「現巫女のカエデとは、考え方が合わないんだね」
「はい……母も頑なで……」
カエデは少し目を伏せ、湯呑みに映る灯りを見つめた。炎の揺らぎが、そのまま彼女の胸の揺れを映すようだった。
「うんうん、お母さんとは仲良くしましょう」
レーナだけが、いつもの調子で頷いている。
カエデは思わず吹き出し、そして柔らかく笑った。
「ふふ……そうですね、努力してみます」
少しの沈黙のあと、カエデの声が再び真剣さを帯びた。
「三鶴城家の下には、義国内の治安維持を担う"捕物隊"(とりものたい)がございます。お三方も、彼らに睨まれないよう、どうかお気をつけください」
「……あっちの国での騎士団みたいなものか」
私は、レーナに視線を向けた。
「レーナ、目立つなよ」
「わかってるわよ……エレナこそ、悪い癖でトラブルに首を突っ込まないようにね。ここには“ヒヒイロカネ”を探しに来たんだから」
「ヒヒイロカネ……?」
カエデが小さく目を見開いた。
「お三方のご用事は、ヒヒイロカネを求めての旅なのですか?」
「そう。新しい剣を作りたくてね」
私は真剣な眼差しで答える。
「……なるほど。ならば、なおさら慎重に動かねばなりません。ヒヒイロカネは、この国でも“神の金属”として崇められております。欠片が見つかっただけで大騒ぎです。ちなみに今ある物は全て三鶴城家で管理されております」
「それは…まためんどくさそうね……」
レーナが頭を抱えた。
「探すのに手間取りそうですね」
「そうなりますね」
カエデは苦笑した。
「ですが、現巫女の方針として、あなた方を導かれし客人として扱います」
「それってつまり……協力してくれるってことか?」
「ええ。突然です。国内には私の協力者もいます」
カエデは微笑んだが、静かな覚悟が宿っていた。
(……なんだか、また面倒ごとに巻き込まれそうだ)
私たちは無事に義国へ入国できたが、ヒヒイロカネを手に入れるまで前途多難となりそうだと感じた。
「そろそろ夕食にしましょうか」
「やったー!お腹空いたのよね」
「レーナさん、少しは遠慮して下さいね!」
その夜は、神社の縁側で簡素な食事を囲んだ。
温かな湯気と木の香りが心地よい。
私たちはカエデに自分たちの世界ーー帝国、獣人族の都、冒険者ギルド、そして、魔族のことを語って聞かせた。
カエデは興味深そうに相槌を打ちながら、
時折、湯飲みを口に運びつつ、目を輝かせていた。
「なるほど……そんな決まりがあるなんて。本当に不思議なことですね。それと魔族ですか…怖い世界ですね」
「こっちから見ても、義国は不思議だよ。静かで、息が深いっていうか」
「それはきっと、国民性ですね。義国の人々は基本的に争いを好みません。落ち着いた人が多いのかもしれません」
(たしかにアルファストの国はどこも忙しない気がするな)
食後の灯が落ち、虫の音が夜の帳に溶けていった。
カエデの自宅――いや、正確には神社の客間に通された私たちは、長旅の疲れを癒すように畳の上に腰を下ろした。
「お三方、よろしければお風呂をどうぞ。温泉となっております」
そう言ってカエデは、静かに襖を閉めた。
お風呂は神社の裏にある大浴場だった。
どうやら客専用のようで、私たち三人しか使用者はいない。木造の天井は高く、湯気が白く立ち込めている。岩風呂のような湯船からは、かすかに硫黄の香りがした。
「ふぅ……生き返る〜」
レーナが湯の中で手足を伸ばし、全身を沈めて気持ちよさそうに息を吐いた。
「はぁ……やっぱり日本風のお風呂は最高」
思わず前世の癖でそう呟いてしまい、ランが首を傾げる。
「にほんふう?」
「あ、いや、こっちの言葉で言うなら“懐かしい感じ”ってとこかな」
「いつの間にこっちの言葉を勉強したのよ」
そんな話をしていると、案の定、レーナがこちらを見てにやりと笑った。
「ねぇ、エレナ。あんたさ、相変わらずスタイルいいわよね」
「は?何急に」
「ほら、腹筋とか。なんか無駄に引き締まってる。まるで男みたい。」
「戦士だからね。当たり前だよ」
「……胸はないけどね」
レーナがボソリと呟いた。
「何か言った?」
「いいえ、別に…」
その様子に、ランがついに口を開いた。
「レーナさんは、引き締まってませんよね」
「……え?」
「全体的に、だらしない体です」
「な、なっ……!?」
レーナが湯を跳ね上げる勢いで立ち上がった。
「誰がだらしないのよ!」
「レーナさんです。いつも食べて寝るの繰り返してですもんね」
ランはきっぱりと答えた。
その冷静さが逆に火に油を注いでいる。
「ちょっとエレナ!何とか言ってよ!」
「えぇ……いや、ランの言ってることも一理あるし……」
「!?」
「ごめんごめん。でも……その辺のお肉、もうちょっと減らしてもいいかも?」
「ぐぬぬぬ……!」
レーナが真っ赤になって湯の中に沈む。
私は笑いをこらえきれなかった。
風呂を上がると夜の風が、障子越しにそっと吹き抜けた。
私たちは布団に入り、少し話をすることにした。
外からは虫の声が聞こえる。
「義国の話、どう思った?」
私が口を開くと、ランが少し考えるように顎に手を当てた。
「そうですね……帝国や獣人族の都の時のように、話が単純ではありませんし。天霧家はアルファスト大陸の人たちより、神様への信仰が厚いですよね。お互いが国民のために動いているようですが……」
「そうだよな。私たちが間に入ったところで、アルファストでは“勇者”の肩書きがあったけど、この国では通じない。カエデの手助けは簡単じゃないね」
「うーん、ご飯足りない……ぐうぐうぐう」
レーナはすでに夢の中のようだ。
「レーナは相変わらずだな。そういえばラン、最近レーナへの扱いが雑じゃない?」
「えっ?……いえ、ドワーフ王国で、ヒルダさんの作業が終わるまで自由時間があったでしょう?あの時、私、レーナさんと二人で街に出たんですよ」
「……嫌な予感しかしない」
「案の定です。いろんなところでやらかして、門兵と喧嘩までして……」
「ははは、それはレーナらしいね」
「だから言いました。“次に問題を起こしたら、もう敬わないし、年上扱いしません”って」
「でも?」
「翌日、ドワーフの子供達と喧嘩してました。しかも魔法使おうとして……止めました」
「……そっか。ランも苦労してるな」
「はい……。あ、そういえばエレナさんはドルガンさんとの外出、楽しかったですか?」
「うん、いろんな所に連れてってもらったよ。主に武器屋とか道具屋とかだけど」
「ドルガンさん、頑固だけどいい人ですよね。いつのまにかお互い名前で呼び合う仲になってましたし」
ランは、どこか意味ありげに笑っている。
「そうなんだよね。気づいたらそうなってた。まあ、いいよ。距離が近くなってさ」
「でも、きっとドルガンさんはエレナさんのこと、好きですよ」
「えっ? いやいや、そんな……私、話し方も男っぽいし、貴族らしくないから話しやすかっただけだよ」
「確かに貴族らしくないですもんね」
「こら」
私はランの布団に手を突っ込み、思いきりくすぐった。
「ちょっ、やめてください、あははっ……!」
「生意気なやつはこうだ!」
「ちょっと! うるさくて眠れないんですけど?」
レーナが枕を投げてきた。
「あ、ごめん」
「すみません」
「ほんともう…子供じゃないんだから…」
結局、私たちは笑いながら布団に潜り込んだ。
「……寝ようか」
「はい。おやすみなさい」
夜風が障子を揺らした。
(ドルガンが私を好き?そんなバカな……それに……私は…この世界でーーーーーー)
前世の家族の笑顔を思い浮かべながら、私は静かに目を閉じた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
エレナ達は、ようやく義国という新たな地に辿り着きました。
文化も価値観も違うこの国で、果たして“ヒヒイロカネ”を手に入れることができるのでしょうか。
次話は10/16木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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