その2 「神の神託」
巫女、カエデの姿は、凛としていた。
漆黒の髪に白と朱の衣、どこか神聖な空気をまとっている。
私たちをじっと見据えたまま、口を開く。
「…異国の方々が無断で入れば、捕らえられてしまいます」
その声音は静かだったが、拒絶ではなく警告の響きを含んでいた。
「捕まるって……なんでよ?」
レーナが首を傾げる。
「義国は長く鎖国を続けております。それはもう何十世代も前から……外の国の者を“禍を呼ぶ存在”として恐れているのです」
「じゃあ……入国するのは無理なのか」
ランがしょんぼりと耳を伏せた。
私は一歩前に出た。
「この国に、あるモノを探しに来たんだ。なんとかならないかな?」
カエデの瞳がわずかに揺れる。
「探し物、ですか?」
カエデはしばらく黙って考えていた。
「……私は、少し興味があります」
「興味?」
「ええ。外の国の話を、私は一度も聞いたことがありません。この国で“外の風”を知ることは許されていませんから。だから、もしあなた方がそれを語ってくれるのなら……」
カエデは小さく微笑んだ。
「お手伝いします。都の中を案内しまーー」
「まった!会ったばかりのあなたを信用していいわけ?」
珍しく、レーナが人を疑うような目をしていた。
「この国で、私たちは“禍”なんでしょ?」
「……そうですよね」
カエデは小さく頷き、まっすぐに私たちを見つめた。
「正直にお話しさせていただきます」
外から来た私たちを助ける――それは命を賭けるほどの行為だ。ただの好奇心だけで動けるはずがない。
レーナが疑問を口にしたのは、当然のことだった。
「実は、この場所に来たのは“神託”が降りたからなんです」
「神託?」
ランが目を丸くした。
「はい。私たち天霧家に伝わる“神の言葉”です――『西の海より、異国の客人が訪れる。導き、守りなさい』」
「……神託、ね」
レーナが腕を組む。
彼女の表情は少しだけ和らいでいた。
「その神様って……女神アルカナ?」
私が問うと、カエデはゆるく首を振った。
「女神アルカナ……ですか? そのお名前は初めて聞きました。私たちが崇めているのは“創造神”――この世界の始まりに、空と海と大地、そして命の流れを創られた神様です。“天創大神”と呼ばれています」
「へぇ……異国になると神様も違うんだね」
(あれ……赤龍は、女神が地上世界を作ったと言ってなかったっけ?)
「天創大神の神意が、時に“神託”として巫女に降りるのです。けれど……今回、神託が降りたのは二百年ぶりなんですよ」
「二百年……ずいぶん昔だね」
「ええ。だから私たちも戸惑いました。けれど、神の言葉ならば従うまでです。私はあなた方を導くことに、迷いはありません」
その瞳は澄んでいて、芯の強さを感じさせた。
巫女としての誇りと使命が、そこに宿っている。
「わかった、カエデさんを信じるよ。疑ってごめん」
「いえ、お気になさらないでください」
カエデは柔らかく微笑んだ。
「それより、よろしければお名前を伺っても?」
「あ、名乗るのが遅くなってごめんね。私はエレナ。こっちは…」
「レーナよ」
「ランです。よろしくお願いします」
「なるほど……不思議ですね。義国でも珍しくない名です。異国の響きが少ないのは幸いでした」
カエデの声は穏やかだが、その奥には警戒の色があった。
「じゃあ、早速案内を――」
「あっ、お待ちください」
カエデが手を上げ、真剣な表情を見せる。
「ご案内する前に……あなた方のその姿では、すぐに目立ってしまいます」
「目立つって、そんなに?」
レーナが首をかしげる。
「はい。義国では和装が基本とされています。それと、髪や瞳が明るい者は“異なる魂を宿す者”として恐れられます……この国は皆、黒髪に黒眼なんです…」
「和装ってのはよくわかりませんが、金髪金眼、青髪青眼、灰髪灰眼の猫耳…」
ランが指差しで確認する。
「……私たち、完全にダメですね」
「…はい」
カエデは頷くと、静かに言葉を続けた。
「お手伝いするってお話したばかりですみません……和装はどうにかできますが、髪と瞳の色をどうにかしないと入国は難しいです」
私は腕を組み、考え込んだ。
ふと、鋼鉄製のカゴの中の旅荷物が目に留まる。
「そういえば……女将のヘルダさんから『変わった服があるから、きっと役に立つから入れておくよ』って言われてたな」
荷物を開けると、中から丁寧に畳まれた衣が出てきた。黒地に深紅の花模様が刺繍された、見事な着物だった。
「織物…?ですね」
カエデが目を丸くし、着物を調べる。
「義国の古い染めの技法に近い……まるでこの国の衣のようです」
「あ、私の方にも入ってる!」
レーナの荷物にも水色の着物が入っていた。
「…偶然ではないですよね」
ランが首を傾げる。
彼女には緑色の着物だ。
カエデは着物を手に取り、布地を確かめるように撫でた。
「義国の伝承には“西の海を超えた人"の噂があります。もしかすると……」
「なるほどね」
私は、着物を肩に掛けた。
「エレナさん、似合ってます」
ランが嬉しそうに手を叩く。
カエデに手解き受けながら、私たちは着物を着る。
「袖が長いですけど、涼しくて動きやすいです」
「髪はどうされますか?」
カエデの視線が私の金色の髪に向く。
「……ちょっと待って。変化の魔法の応用で…」
レーナは目を閉じ、魔力を流した。
光が彼女の髪を包み込み、淡く黒く染めていく。
やがて、風に揺れる漆黒の髪と黒眼になった。
「どう?」
「…すごい…それが異国の魔法…まるで義国の人のようです」
カエデは感心したように微笑んだ。
「じゃあ、これで義国に入れるわね。二人にも魔法かけてあげるわーーーーほい!!」
レーナが私とランに手をかざす。
「お三方素晴らしい変装です。ただし、所作と言葉遣いには十分ご注意を」
「郷に入っては郷に従えってやつだな」
「……その言葉を、ご存知なんですね?」
カエデの目が、一瞬だけ遠くを見た。
それはまるで、古い記憶を呼び起こすような表情だった。
「あぁ、まぁ、私たちは旅をしているからね」
誤魔化したが、怪しいか…。
「それでは、街へご案内させて頂きます。私の住む天霧神社へ行きましょう」
谷を抜けて歩くうち、霧が晴れた。
眼下に広がる街を見て、思わず息を呑む。
瓦屋根が連なり、格子戸の家々が整然と並ぶ。
通りには着物姿の人々が行き交い、
腰に刀を差した男たちがゆっくりと巡回している。
「……まるで――」
思わず口に出しかけ、言葉を飲み込んだ。
(テレビで観たことのある江戸時代そのまま……そんな世界が本当にあるなんて)
レーナは目を輝かせて辺りを見回す。
「ねぇ見て、あの家の屋根!木の板でできてる!すぐ燃えそうね」
「レーナさん、そんなこと言っちゃダメです」
ランが小声で注意する。
「……でも、すごい。帝国とも獣人族の都とも全然違う」
通りを歩いていると、ランがふと立ち止まった。
「……あれ?」
視線の先、屋台で果実を売る青年の頭に、わずかに尖った耳が揺れた。
「獣人族もいるんですね」
ランがつぶやく。
カエデは少し驚いたように彼女を見た。
「そちらではそう呼ばれるんですね」
「え?義国では違うの?」
「ええ。こちらでは“獣他人”と呼んでおります。獣でも人でもない人、という意味です」
「へぇ……獣他人」
カエデは小さく頷くと、ランに目を向けた。
「あ、ランさん……耳を隠されていたのですね。気づかず失礼いたしました。本来なら最初にお伝えすべきでした」
「いえ、大丈夫ですよ」
ランは柔らかく微笑み、頭を下げた。
「義国の獣他人の人たちも、穏やかそうで良かったです」
「彼らは代々、この国の山林を守ってきた民です。戦も好まず、静かに暮らす方々が多いですよ」
「そうなんですね…私達と少し似てます…」
ランの目が、街角の獣他人たちに向けられた。
その眼差しには、どこか懐かしさが混じっていた。
人々は三人をちらりと見るものの、
黒髪と着物姿のせいか怪しまれることはなかった。
義国独特の静かな秩序が街を包んでいる。
カエデが立ち止まり、赤く塗られた鳥居を指さした。
「そして、これが私の住まい――天霧神社です」
長い石段が空へ続くように伸びている。
「う、うそでしょ……これ全部登るの?」
レーナが絶望の声を上げた。
「うんーー頑張れよ」
レーナを軽くあしらって先に進む。
「エレナ、待ってよー!もう!」
「あの、レーナさん、いいんですか?」
カエデに困った風に問われる。
「大丈夫。文句を言いながらも、ちゃんと登ってくるから」
案の定、数分後には息を切らせたレーナが追いついてきた。
「はぁ、はぁ……なんなのこの国、体力試験でもしてるの!?」
「まだ中腹ですよ」
ランが笑い、カエデも小さく微笑んだ。
石段を登りきると、そこには静寂に包まれた境内があった。
風が吹き抜け、鈴の音が小さく響く。
神殿の奥に、木造の社殿と古びた灯籠。
まるで時間が止まっているかのようだった。
「ようこそ、天霧神社へ。ここなら人目を気にせず休めます」
「ありがとう」
私は小さく頭を下げた。
「やっと着いたわ。もう動けない」
「じゃあ、レーナさんはそこで寝泊まりですね」
「最近…ランが私に対して当たりが強いのはなんで?」
レーナは私に問いかけたが無視した。
そして、カエデが一瞬だけ空を見上げる。
「……エレナさんの所作は、義国に通じるものがありますね?」
「えっ?あぁ、私は一応貴族の出だからね。所作は一通り習っているんだ」
「産まれた国が違うのに、エレナさんからは何故か義国に通じる雰囲気を感じます。不思議です」
カエデの表情は柔らかかった。
「……そうかな。私はただの旅人だよ」
笑って誤魔化すとカエデも小さく微笑み返した。
境内の木々がそよぎ、鈴の音が風に揺れる。
前世と似たような雰囲気の異国の地で巫女と出会い、こうして笑い合っている――それが少しだけ不思議で、心地よかった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
巫女カエデのお陰で義国に入国できました。
エレナ達一行はこの国でどんなトラブルを起こすのでしょうか!?
次話は10/14火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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