間話 「三人の冒険者①〜ある男の旅立ち〜」
バイエルン帝国東方にある城塞都市パラナ。
イグニス王国との国境近くにあり、数年前まで魔王軍の前線基地に近かった。
そのため、高い城壁のような頑丈な壁に守られており、たくさんの冒険者や帝国騎士団が常駐している。
俺は、この街の騎士団駐在長ノームという。
バイエルン帝都で騎士団に入団し、今では故郷のこの街で駐在長をしている。
俺は、数ヶ月前のある出来事をよく思い出す。
俺は選抜した団員を率いて、街道沿いに現れた魔人の群れ討伐へ出撃した。しかし、魔人の力に圧倒され、討伐隊は瞬く間に追い詰められた。
手が震え、部下が倒れていく。
どうしたら良いのかわからなくなった。
ーーその時だった。
強い風が吹き抜け、淡い茶色のマントが視界に入った。白銀の剣を持った一人の女が、迷いなく魔人の中へ飛び込んでいったのだ。
女は軽やかに剣を振るい、魔法を使い、魔人たちを倒していく。その剣筋は力よりも意志があった。
戦場を知る者の動き――それも、命を懸けた事のある戦い方だった。
俺は言葉を失った。
その動き、その立ち姿、何よりもあの鋭い眼差し。
記憶の奥底に焼きついている“あの人”と重なる。
二年前ーー。
魔族の前線基地を叩くために多くの騎士団員や冒険者が雇われた事があった。
その中心にいたのは、二百年ぶりに現れたという"勇者"だった。
「全員聞いて!前線基地を叩けば、帝国内の魔族の数は一気に減ります!力を合わせましょう!」
陣頭に立つ勇者は、勇者物語から出てきた勇者そのものだった。
白銀の長い髪に、赤と黒の貴族服、ヒューマンの中でも一際目立つキレイな顔立ち。
誰もが彼女と一緒なら戦える。
そう思える存在だった。
だが、魔族も一筋縄ではいかず、多くの冒険者や戦士が死んでいった。俺もその内の一人になりかけるが、勇者に命を救われた。
このときと同じだった。
剣を振るう度に、誰かを守りたい助けたい。そんな目をしている。そして、どこか悲しそうな顔。
魔人たちが倒れると、女は追撃はせずに魔人たちがいなくなるのを待っていた。
声をかけようとしたが、女は足早に去っていく。
名も告げず、背中だけを残してーー。
駐在詰所の窓から見える空は、あの日と同じ色をしている。
「……間違いない。あれは勇者エレナだ」
そう呟く声は、誰にも届かない。
俺は机に手をつき、深く息を吐いた。
何度も助けられた者として、何ができるのかをずっと考えている。
最近、罪人扱いとなっていた勇者エレナだが、ようやく誤解を解かれたらしい。
先日の新皇帝即位で、捕縛命令は撤回された。
魔将の暗躍を暴き、その討伐に尽力したのが――勇者エレナと、Aランク冒険者蒼天の魔法使いだったそうだ。
やはり、彼女は罪人なんかじゃなかった。
……バイエルン帝国は、昔はいい国だった。
獣人族の都とも、ドワーフ王国とも仲が良かった。
だが、先代皇帝に代わってからは様子が一変した。
“ヒューマンこそ真の人族”
なんて妄言を吐き、他種族を切り捨てた。
俺たち騎士団も、民も、それに逆らえなかった。
勇者が戦って守ったはずの国は、いつの間にか歪んでしまった。
そんな国を救い、魔人から二度も救われた俺としては、何か手助けをしたい。せめて、彼女が何を想い、どこへ向かっているのかを知りたい。
風の噂で、蒼天の魔法使いがドワーフ王国へ向かったと聞いた。あの国に行くという事は、武具の調達かもしれない。
「勇者とその魔法使いは、今も仲間として行動しているのだろうか」
ドワーフ王国への道には、最近ゴーレムが現れ、何組もの冒険者が討伐に失敗している。
勇者は行方不明。蒼天は消息あり――。
ならば、追うならそちらだ。
「……恩を返すために何か行動を起こしたい。そのために冒険者にか…」
そう呟いて、自分で苦笑した。四十を過ぎて、若い頃の夢をまた考えるとは。
父の後を継いで冒険者になるのが夢であった。
けれど、俺や兄を一人で育ててくれた母を残しては行けない。
父は幼い頃に亡くなった。
俺も兄も当時ら幼く、記憶にはない。
「母さん、ただいま」
家に帰ると、母は笑顔で迎えてくれた。
温かなスープの香りが部屋を満たす。
「今日もご苦労さま」
「うん。今日も平和そのものだ」
……言い出せなかった。
騎士団を辞め、冒険者として旅に出たいなんて、
母に言えるはずがない。
そんな折だった。
――ドンドンッ。
玄関を叩く音が響いた。
扉を開けると、部下のザックが息を切らせて立っていた。
「ご夕食中に申し訳ありません!西門に魔人が出現!三体です!現在、副長以下十名が対応中」
「……三体だと?すぐに行く。母さん、鍵を閉めて家から出ないでくれ」
「ノーム……気をつけて」
俺は剣を手に取り、ザックと共に夜の街道を駆け出した。何故か、胸の奥が妙に高鳴っていた。
西門に到着すると、副長アインが部下を指揮しながら戦っていた。
火の粉が飛び散り、夜空が赤く照らされている。
魔人は三体。爪の一振りで石畳が抉れ、鉄の匂いが風に混じる。
「副長、冒険者ギルドへの依頼はしたのか!」
「はい!伝令を出しました!まもなく来るはずです!」
「よし、それまで持ち堪えるぞ!全員、気合を入れろ!」
魔人一体を倒すには、騎士十人が必要と言われている。
だが俺たちは、以前“あの女”に助けられて以来、対策を重ねてきた。
防御を強化し、連携を訓練し、そして――冒険者ギルドと協力体制を築いたのだ。
「怯むな!奴らをここで食い止めるぞ!」
剣を振り下ろすが、分厚い皮膚に弾かれる。
副長が吹き飛ばされ、地面を転がった。
その瞬間、夜風が切り裂かれた。
――ズシン。
音が響いたかと思うと、ひとりの影が魔人の前に降り立った。
鍛え上げられた体躯に灰色のたてがみ。
闇の中でも光を放つような金の瞳。
「待たせたな!ギルドから来た」
低く響く声。獣人族の戦士だ。
「後から魔法使いも来る。ここで仕留めるぞ!」
「助かった!感謝する!」
彼の動きは獣そのものだった。
巨体に似合わぬ速さで魔人の懐に飛び込み、拳で顎を砕く。その一撃に合わせるように、空から氷の矢が降り注いだ。
……どうやら“魔法使い”も到着したらしい。
戦況が一変した。
魔人たちは押され、やがて崩れ落ちるように倒れた。
「魔人三体、討伐完了!」
誰かが叫んだ。歓声があがる。
「勝ったぞ!」
「やったー!」
その中で、俺は剣を収め、息を整えた。
隣で獣人族の男が笑っている。
「助かった。本当に感謝する」
「気にするな。冒険者として当然のことだ」
「名を伺っても?」
男は胸を張って笑った。
「俺か?俺は獣神の次兄、ガルクだ」
「……なんと!あの獣神様の御子息を前にしていたとは!」
「ガッハハ!今はただの冒険者さ。修行の旅の途中だ」
「ガルク殿、今回は本当に助かった。ギルドへの礼は明日にでも」
「うむ、気にするな」
ガルクは豪快に笑いながら去っていった。
戦場には夜風が吹き抜け、血と煙の匂いが少しずつ消えていく。
* * * * *
夜が明けた。
俺は部下のザックを伴って冒険者ギルドを訪れた。
まだ朝が早いせいか、人の気配は少なく、酒と油の匂いだけが残っていた。
奥の席に、見覚えのある背中があった。
獣神の息子――ガルクだ。
「ガルク殿、おはよう」
「お、来たな!そんな気がして待っていたぞ」
「昨晩は感謝してもしきれない。あなた方がいなければ街は危なかった」
俺が頭を下げると、ガルクは手を振って笑った。
「気にするな!この街の協定で助け合うことになってる。それに俺の修行にもなるからな」
彼の言葉は豪快だが、どこか誇りがあった。
そのガルクの影に、小柄な女性が立っているのが見えた。昨晩、上空から魔法を放っていた――あの魔法使いだ。
「貴女は……昨夜の魔法使い殿ですね」
「ひっ……あ、はい……」
声が小さい。肩をすくめる仕草が、なんとも初々しい。
「失礼、俺は城塞都市パラナ騎士団駐在長ノームと申します。昨夜のご助力、感謝申し上げます」
「……」
彼女は小さく頷いたが、目は伏せたままだ。
「こいつは引っ込み思案でな。声も小さいし、人と話すのが苦手なんだ。名前はノノ。許してやってくれ」
ガルクが苦笑する。
「いや、俺のほうこそ声がでかいものでな。驚かせてしまっただろう」
「……だ、だ、大丈夫です……」
そんな会話をしていると、二階から重い足音が降りてきた。
「おう、昨夜の英雄たちがそろってるな」
声の主はギルド長だった。
分厚い腕と、年季の入った胸甲。長年、冒険者たちを見てきた老練な男だ。
「ノーム、昨夜はご苦労だった。被害は最小で済んだらしいな?」
「いえ、彼らがいなければどうにもなりませんでした」
ギルド長は目を細めた。
「ガルクは先日の帝都の騒ぎで、勇者と蒼天の魔法使いと共に尽力してくれた英雄だ」
「辞めてくれて、俺は呆けていただけだ」
俺は息を呑んだ。
まさか、またこうして“勇者”の名を耳にするとは。
ガルクについていけば、再び、その軌跡に触れることができるかもしれない。
「じゃあノーム、冒険者依頼料は詰所に持っていくからな」
「承知しました」
ギルド長は大きな欠伸をひとつして、のっそりと二階へ戻っていった。
場の空気が少し緩んだところで、俺はガルク殿に向き直った。
「ガルク殿……お願いがあります」
「お?なんだ突然」
「俺は、騎士団を辞めて冒険者になろうと思っている。二人の旅に、同行させてもらえないだろうか」
思わず身を乗り出していた。
ガルク殿は腕を組み、俺を値踏みするように見つめてくるが、その目は真剣だった。
「ちょ、駐在長!?突然何を言い出すんですか!」
隣のザックが声を上げた。
「すまんな、ザック。前から考えていた事だ」
俺は静かに言葉を続けた。
「十五で騎士団に入り、この歳までこの街を守ってきた。駐在長にもなれた。……だが、俺は冒険者になって、いつか――勇者に恩を返したい」
「恩、だと?」
ガルク殿の瞳が細まる。
「返せるかどうかはわからんが…」
しばし沈黙。
その後、ガルク殿は深く息を吐いた。
「……辞めておいた方がいいぞ。関わるなとは言わんが、勇者も蒼天も――悪い言い方をすれば“化け物”だ」
横で小柄な魔法使いが、こくんと頷いた。
「さっきギルド長はああ言ったが、俺は本当に突っ立っていただけだ。全て、勇者と蒼天が解決した。単純に、次元が違う。それに、勇者は人を助けるのを当然と思って戦っている。気にする必要はない」
「…それでもいいんだ」
「……どういう意味だ?」
「勇者がどれほどの力を持とうと、それを支える者が必要なんだと思う。俺には剣も魔法も彼女たちには及ばない。だが――各地を巡り、勇者を応援する人々を集めていけば、きっとそれが、彼女の力になるはずだ」
「………なるほど、それは良い案だな…」
ガルク殿の表情がわずかに柔らぐ。
「実はな、俺にも勇者と共に旅をしている妹がいる。名はラン。一行はドワーフ王国へ向かっているはずだ」
「なんと……妹殿が!」
「詳しいことは今は言えんが、勇者の目的も行く先もおおよそわかっている」
「それならば――俺も同行させてくれ!」
気づけば、俺は床に膝をつき、深く頭を下げていた。
ガルク殿は驚いたように目を見開き、
それから大きく笑った。
「ガッハハ!本気らしいな、ノーム。その覚悟、しかと受け取った。出発は一週間後だ!やる事済ましておけよ!」
「ガルク殿、ありがとう」
俺は冒険者ギルドを後にした。
……その夜、俺は久しぶりに早く家に帰った。
囲炉裏の火の前で、母が小さく微笑んでいる。
「母さん、話がある」
「どうしたの、ノーム」
「……俺は、騎士団を辞めようと思う」
母は一瞬、手を止めた。
薪がパチンと音を立てて弾ける。
「理由を聞いてもいい?」
「二度も命を救ってくれた人がいて、その人に恩を返したい。旅に出たとして会えるかわからないが、今、冒険者ギルドにいる人と旅に出れば会えると思うんだ」
母はやがて静かにうなずいた。
「…あなたの父さんもね、旅に出る時に同じ顔をしていたよ」
「父さんが……?」
「ええ。理由は違うけど“家族守るために強くなりたい”って言ってね。私はその背中を見送った。あの人は帰って来なかったけれど、ノームはあの人にそっくりなのよね――今度は、あなたの背中を見送るわ。けど、必ず帰ってきて元気な姿を見せてね」
「……ありがとう、必ず帰ってくる。母さん…」
その日は夕食の席では、父の話を母はたくさんしてくれた。
翌日、兄の家を訪ねた。
「兄さん、母のことを頼みたい」
「まったく……お前らしいな。けど安心しろ。俺に任せておけ。それと嫁さん探しもしてこい!」
兄は豪快に笑い、肩を叩いてくれた。
「嫁さんはわからないが、覚えておくよ」
――そして三日後。
俺は詰所に立ち、騎士団の仲間たちを前に立っていた。副長アインやザックをはじめ、数十名の部下が整列している。
「みんな、今日で俺は騎士団を辞める。この街を守ることは、お前たちに託した。俺は冒険者として旅に出る」
「ノーム駐在長!」
アインが前に出る。
「俺たちは、いつでも帰りを待ってます。あなたが戻る場所はここです!」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……ありがとう。お前たちなら、この街を守れる」
「全員敬礼!」
俺は剣を副長アインに預け、深く一礼した。
こうして、俺の新たな旅が始まる事になった。
冒険者として勇者に恩を返すための旅が――。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
物語の初期に登場したノーム。
騎士としての責務を終え、ひとりの男が新たな道を選びます。勇者へ恩を返したい。
真面目な男の旅が始まります。
――そして、彼の物語はいつか、勇者たちの運命と交わることになります。
次話は10/11土曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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