その20 「さようなら、ドワーフ王国」
鐘が一つなり、冷たい空気を染み渡らせるような朝。
ヒルダの工房は、いつも通り鉄と火の匂いに満ちていた。
「できただわ、嬢ちゃんたち」
肘に煤をつけたヒルダが、どすんと作業台に包みを置いた。包みがほどかれるたび、朝焼けの光が金属に跳ねる。
「――まずは魔法使いの嬢ちゃん、杖だわさ」
レーナがそっと両手で受け取る。
青の主石に、赤と黒の小さな水晶石が対になるように嵌め込まれていた。金具は熱に強い合金へと換装されていた。
「赤は攻撃出力を底上げ、黒は魔力の制御補助。青は今まで通り増幅だわさ。金具を耐久性の高いものに変えてる。王級の魔法くらいまでなら耐えられるわさ。あんたの暴れ馬みたいな魔力でも、手綱が利くようになっとるだわさ」
「……すごい綺麗――ありがとう!」
「次、獣人族の嬢ちゃん」
ランの前に置かれたのは、双剣。刃文が深く美しい。握りは掌になじむ革に巻き直されている。
「お前さんの今の力量に合わせて少し重く調整した。切れ味も上がったし、折れにくくなっとるだわさ」
「はいっ……!ありがとうございます!」
ランはぱぁっと顔を輝かせ、尻尾――いや、心の尾が見えるくらい喜んだ。
そして、ヒルダは私を見る。
私の右手に修理の叶わないオリハルコンの小手。
「ヒューマンの嬢ちゃんは……保留。ヒヒイロカネを見つけたら、ワタシャが責任持って打つだわさ」
「その時はよろしく」
胸の奥に、すこしだけ冷たい穴が残る。
ヒルダはふいに鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「……それと…これから海を渡るんだろう?元気で帰ってくるんだわさ!」
「もちろん。また来ますよ」
私たちはヒルダのぶっきらぼうな好意を、真っ直ぐに受け取った。
装備の強化費用を支払い、宿屋に一旦戻る。
ーーその日の夜。
私たち三人がドワーフ王国を発つことが決まった事で、ドルガンの知り合いたちが送別の宴を開いてくれた。
集まったのは、宿屋の向かいにある食堂にいつも顔を出していた面々。
近所の職人たちや戦士団の仲間も混じり、笑い声と酒の香りが絶えない。
もちろん、ヘルダさん、ヒルダさんも一緒だ。
バレッタさんは「年寄りは辞めとく」との事で不参加となった。
王様との謁見で手合わせをした三人の屈強な戦士たちの姿もあった。
ランの周りには、万引き未遂の件で知り合った子供たちの姿があった。すっかり打ち解けたようで、彼女の隣では少年少女たちが楽しそうに話している。
「ラン姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「うん。でもまた来るよ。そのときは、みんな立派な戦士か職人になってるかな?」
「もちろん!」
――そんな声が聞こえるたびに、ランの耳が嬉しそうにぴくぴく動く。
子供たちの保護者も来ており深々とランに頭を下げていた。
短い滞在だったが、ランはこの国にしっかりと“絆”を残したようだ。
その絆が、いつか獣人族の都のためになるだろう。
一方、レーナはというと、ほぼ毎晩のように酒を飲んでいた常連のドワーフたちと豪快に笑い合っていた。
「レーナ、もう一杯どうだ!」
「いいわね!今夜は飲み納めよ!」
彼女の周りには、もう空のジョッキがいくつも転がっている。まるでここが第二の故郷になったかのようだ。
そして私はというと――
ドルガンの隣席に座っていた。
最初は二人で静かに食事をしていたのだが、途中からドルガンが戦士団の三人を呼び寄せ、気がつけば、屈強な男たちに囲まれて食事をする形になっていた。
「姉さん、あの時の手合わせ忘れられません!」
「姉さん!今度はもっと鍛えて挑みます!」
「じゃあ今度は手加減なしだな!」
どうやら私、すっかり“姉さん”ポジションらしい。
思わず苦笑していると、隣のドルガンが静かに杯を傾けていた。
その横顔には、どこか決意を秘めたような光があった。何かを伝えようとしている、そんな気がした。
楽しい宴の夜は更けていった。
笑い声、酒の香り、杯を交わす音。
誰もが別れの寂しさを紛らわせるように、語り、歌い、笑っていた。
レーナは潰れた鍛冶職人の肩にもたれ寝ている。
ランは子供たちに囲まれながら、膝の上で眠ってしまった小さな少女の頭を撫でている。
その光景に、私はふと胸が熱くなった。
この短い滞在の中で、確かに“絆”が芽生えていたのだと実感した。
――そして夜が明けた。
炉火亭の前では、すでにドルガンが待っていた。背筋を伸ばし、腕を組んでいるその姿は、いつも通りの堅物だ。けれど――どこか表情がやわらかい。
「赤龍の谷まで、俺が送る」
「助かるよ、ドルガン。ありがとう」
私が笑顔で礼を言うと、ドルガンは咳払いをして視線を逸らした。
「三人とも、また来てちょうだいね」
炉火亭の女将――ドルガンの母ヘルダが手を振りながら笑った。私たちは頭を下げて、再び深海の谷を目指す。
王都の石畳を抜けるあいだ、通りの鍛冶や鋳造工たちが次々に声をかけてくる。
「今日で旅立つんだってな!またこいよ!」
「レーナ!また酒でも飲もうぜ!」
「ドルガン、しっかり見送ってこいよ!」
鉄と火の街は、いつもより少し賑やかに感じた。
そのたびに、私たちは笑顔で手を振り返す。
レーナは口の端を上げ、ランは両手を高く掲げて応える。
深海の谷の対岸、岩肌の向こうで、紅い影が身じろいだ。大気が震え、熱が満ちる。
『よく来たな、エレナと仲間たちよ』
空気が焦げるような熱を帯び、赤龍がゆっくりと降り立つ。
翼膜が陽を遮り、その巨体が谷を覆った。黄金の瞳が、私たち三人を映す。
「待たせたな、赤龍」
『ふん。無論だ。そうなるよう仕向けたからな』
赤龍は鼻を鳴らし、どこか楽しげに喉を鳴らした。
……予定通りだという事か。
「装備は整った。私たちを東へ――海の向こうへ運んでほしい」
『承知。風はよい。今なら半日で運べる』
「は、半日!?そんなにかかるのか?」
『そうだ。だが安心せよ。ずっと背にしがみつく必要はない。そこにあるカゴに入れ。我が持っていってやる』
ドワーフ達が作ってくれたのか、鉄製のカゴが置いてある。
「そ、それって……もし手を離したら終わりじゃん……」
『がはははっ、大丈夫だ。ほれ肩に下げられる』
赤龍の豪快な笑いに、レーナの顔が引きつる。
「む、無理……落ちたら死ぬ……」
レーナは、ぶるぶる震えていた。
「手を繋いでもレーナさんは安心できませんね」
ランは苦笑し、私は肩をすくめる。
「よろしく頼むよ、赤龍」
『うむ、任せておけ』
荷物をカゴに詰め込み、赤龍の前に整列する。
ドルガンは一歩前に出て、私たちを見つめていた。
その表情は、いつもの堅物なものではない――どこか、決意をしたような男の瞳だった。
ドルガンは一歩前に出て、私たちを見つめていた。
その表情は、いつもの堅物なものではない――どこか、決意をしたような男の瞳だった。
そんなドルガンが、私の前まで歩み寄ってくる。
「エレナ、話がある」
「ん?どうした、改まって」
「……全てが終わったら、ドワーフ王国に立ち寄ってくれないか?」
「うん?もちろん!立ち寄らせてもらうよ。ドルガンには本当に世話になったしな」
「……うむ。その約束だけでも、俺は嬉しいぞ」
その言葉と共に、初めて見る柔らかな笑みが浮かんだ。
「ドルガン、笑ったの初めて見たな」
「おっと……つい、緩んでしまった」
「いいじゃん。堅物なドルガンもいいけど、笑顔も似合ってるよ」
その瞬間、ドルガンの顔がみるみるうちに真っ赤になった。
レーナが横でくすりと笑い、ランも微笑んでいた。
ドルガンは私と話し終えると、二人の前に歩み寄った。
「レーナとラン、世話になったな」
「っ!初めて名前呼んでくれましたね!」
「どういう風の吹き回しよ?」
「お前たちには世話になった。……俺は一回り、ドワーフの戦士として成長できたと思う。感謝する」
ドルガンは、レーナとランに深々と頭を下げた。
「エレナには、伝えたの?」
「いや……お前たちの旅は、まだまだ続くだろう。変な邪魔をしたくなかった」
「そう。それがドルガンの判断なら、私は何も言わないわ」
「全てが終わったあと、俺はエレナに会うつもりだ。その時に伝える」
「ドルガンさん、きっとまたここに来られるように、私たちも頑張りますからね!」
「うむ。……暫しの別れだ。元気でやれよ」
レーナとランが何を話したのか、私は遠くから聞き取れなかった。
けれど、二人の表情には寂しさと温もりが入り混じっていた。それは、ドルガンも同じだった。
「それでは、赤龍様――三人を頼みます」
『うむ、ドルガン。見送りご苦労だ』
赤龍は巨大な翼を広げ、風を巻き上げながら空へ舞い上がった。
その瞬間、谷に響く轟音と共に、私たちは次の旅路へと踏み出した。
ドワーフ王国でも、確かに“出会い”があった。
――義国では、どんな出来事が待っているのだろうか。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
第5章、ついに完結です!
エレナたちがドワーフ王国を旅立つ場面、そしてドルガンの“秘めた想い”の結果が描かれました。
堅物だった彼の初恋と成長――そして赤龍と共に、エレナたちの新たな旅が始まります。
次話は10/9木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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