その18 「ランの休日」
バレッタ邸での話し合いから数日後。
依頼している装備の強化が終わるまで、私たちはドワーフ王国でのんびり過ごすことになった。
私は獣人族のラン。
言葉だけではなく、力でも獣人族を守れる存在になりたくて、エレナさんとレーナさんに同行して旅をしている。
そんな私は今、一人でドワーフ王国の街を散策していた。
エレナさんから道具屋へ誘われたけれど断った。
一人で歩きたい理由があった事もあるが、もう一つの理由がある。でもそれは、エレナさん自身が気づくべきことだから、私の口からは言わない。
朝早く、エレナさんはすでに出かけていた。
一方、レーナさんはいつものように二つ鐘が鳴るまで夢の中……ほんとうによく眠る人だ。
ドルガンさんは私の事を信じてくれたのか「単独行動を許す」と言ってくれた。
レーナさんは単独行動を許して貰えていない。
数日前、エレナさんとドルガンさんが武器屋に行った時、私はレーナさんと二人で昼食に出かけた。
……高所で手を引いた事が原因なのか、やけに甘えてくるようになった。不思議な人だ。年上なのに。
しかし、彼女はわがままで傍若無人。
街を歩けばやらかしの連続だ。
売り物のガラス細工を割る、串焼きを勝手に食べようとする、人にぶつかっても謝らない。あげく、小さなドワーフの子供と本気で喧嘩しそうになる。
周りを見ないから転ぶし……私は途中で本気で単独行動しようとしたけれど、逃がしてくれない。
そして、毎回頭のアホ毛がぴょんぴょんと跳ねている。あれは生き物なのだろうか……
「次に問題を起こしたら、年上だと思いませんからね」と釘を刺したら「別にいいわよ」といつも通り。
一人で旅をしていた時、この人どうしていたのだろうか……。
極めつけは城門前だった。
通りすがりに門兵さんの手がちょっと顔に当たっただけなのに、レーナさんは本気で喧嘩を始めようとしたのだ。私は必死に止めたけど、もう疲れて先に宿に帰った。
少し遅れて戻ってきた彼女は「拿捕されそうになったから逃げてきた」と悪びれず言い、さらに「どうして助けてくれなかったの」と責めてきた。
私は正直に「めんどくさくなったからです」と返したら――「酷い」とか帰宅したらエレナさんに泣きついていた。
……うん、明日からレーナさんの扱いは雑にしよう。
こうやって問題を多々起こすレーナさんにドルガンさんも頭が痛そうだ。各所から苦情が来ているようだ。
話を戻して、宿を出たのは、一つ鐘を過ぎた頃だった。向かう先は、深海の谷へ向かう途中に見かけて気になっていた場所。宿から歩いてすぐの距離にある。
歩きながら思う。
交易の町では、獣人族の姿をちらほら見たけれど、この国では驚くほど獣人族を見かけない。
それでも、ドワーフ達は私を見ても驚かない。
ドルガンさんのおかげなのだろうか。
ドワーフ王国の道は石畳で整えられていて、歩きやすい。森や湿地帯を抜けるのに比べれば、少しくらい足の裏が痛くなるのは気にならない。
雨が降れば泥にまみれる我が都の道とは大違いだ。
「いつか、この石畳を都にも持って帰れたらな……」
そんな考えが頭をよぎる。
思えば、交易の町でも学ぶことが多かった。
獣人族の都は再び帝国との交易を再開したけれど、それは森の外に限られている。
もし、都の内部でも本格的に交易ができるようになったら――暮らしは大きく変わるだろう。
けれど、獣人族には「商人」と呼べる者がいない。育成が必要だ。
私はこうして旅の途中で「都に役立つかもしれないもの」をノートに書き留めている。
"メモをする"という習慣をエレナさんに教わった。
思ったこと、気になったこと、学んだこと――なんでも記録して、あとで考える。
エレナさんもかつてはそうしていたのだという。
あの人は本当に頭が良い。決断は早く、行動も迷いがない。けれど決して独りよがりではなく、悪い結果にならないように周囲に気を配っている。出会ってまだ数ヶ月だけど、私にとっては頼れる年上のお姉さんだ。
逆にレーナさんは……年上なのに、どうにも妹みたい。エレナさんとよく口喧嘩をするけれど、それはまるで姉妹げんか。しかも、レーナさんの方がよく甘えている。
……けれど、先日の谷で罠にかかったエレナさんを見て、本気で動揺していたレーナさんの姿は忘れられない。冷静沈着な彼女が、あんなふうに取り乱すなんて。
数ヶ月一緒に旅をしても、まだ見えない部分はあるのだと思い知らされた。
――そんなことを考えているうちに、目的の店に着いた。
そこは魔法具のアクセサリー店。
獣人族の女性は装飾品を好む者が多い。私もその一人だ。
店内に入ると、いかにもドワーフらしい、無骨な指輪やネックレスが並んでいる。剣や金槌を模したペンダントまである。
さらに奥へ進むと、目に飛び込んできたのは「魔法具」だった。特殊な方法で水晶石に魔法を込めた道具。安価なものもあるが、高価なものは金貨百枚を超えることもある。
(――これをプレゼントしたい)
今日は、いつも支えてくれるエレナさんとレーナさんに、旅の役に立つものを贈りたいと思って来たのだから。
店の奥から、ドワーフの女性店員が顔を出した。
「おや、獣人族のお嬢ちゃんじゃないか。何を探してるんだい?」
「仲間への贈り物を探してるんです。いつも一緒に旅をしてくれる、大切な人たちへ」
「へぇ、それはいいね」
彼女は橙色の水晶石を埋め込んだ魔法具を手に取った。
「これはね、仲間が危険に陥ると光って知らせてくれる代物だ。一つに三人分の魔力を込められる。だから三つ持っておけば、それぞれの危機を互いに知ることができる」
「……そんな便利なものがあるんですか!? 」
「帝国から流れてきた品だよ」
「ちなみに……おいくらでしょう?」
「一つ銀貨十枚だ」
私は財布を握りしめた。
「うーん……ちょっと予算オーバーですね。三つ揃えるのは難しいです……」
「悪いねえ。獣人族の人は珍しいから、特別に値を下げてやりたいところだけど、商売だからね」
「大丈夫です。他の物も見せてください」
「もちろんだ。ゆっくり見ていきな!」
私は深く息をついた。
店内をゆっくり見回していると、小柄な黄色シャツのドワーフの男の子が、一つ――さっき見た橙色の水晶がはめられた魔法具を、こっそり上着のポケットに滑り込ませるのを見てしまった。
咄嗟に店員を呼ぼうかと思ったが、男の子は素早く店の外へと飛び出していく。私は「また後で来ます」とだけ店員に声をかけると、慌てて追いかけた。
幸いなことに、あの子の匂いを覚えていた。
獣人としての嗅覚はこういうときに役に立つ。
通りを少し走ると、塀の陰に数人の子どもたちが集まっているのが見えた。さっきの男の子もその中にいる。私は気配を消して近づき、彼らの会話に耳を澄ませた。
「おい、言われたものはちゃんと持ってきただろうな!」
橙色のシャツの少年が威張った声で言う。
「お前を仲間に入れる条件だぞ」
緑の服の少年がうなずく。
「まさか『無理でした』とか言うんじゃないだろうな!」
青い服の少年が詰め寄ると、万引きした男の子は震える手でそれを取り出した。
「おぉ……これが、仲間の場所を示す魔法具か」
「これで仲間にしてくれるでーー」
「はい、待った」
私はゆっくりと塀の影から出る。驚きの声が上がる。
「それ、万引きしたやつでしょ?さっきお店で見てたよ。しかも、用途が違うよ」
「獣人族だ!」
橙色の少年が叫ぶ。
いきり立つが、実際は先に押し黙る。
「か、関係ないだろ!」
青い服の子が反発するが、私の視線は冷たい。
「いいや、万引きは良くない。獣人族の都なら、万引きした子は尻叩き千回の刑になるからね?」
私がにっこりと、しかし含みのある笑いを浮かべると、子どもたちの顔色が変わった。
「これは俺らのもんだ!やっちまえ!」
青い服の子が捨て台詞を吐いて突っかかるが、三人ともぐずついていて覚悟はない。
「くらえー」
小石を投げつけてくるが、当たらなければ痛くもない。
数分の小競り合いのあと、三人は結局逃げ去った。 後ろ姿に吐き捨てるような捨て台詞が残るが、それもいつもの子どもじみたものだ。
私はため息をつきながら、男の子の肩を軽く掴んだ。
「さぁ、私と一緒にお店に返しに行こうか?」
「い、いいやだ。怒られるもん」
男の子は震えながら後ずさる。
「悪いことしたんだから、当然怒られるよ」
私は優しく言う。
「だ、だから行かないって言ってるだろ!」
男の子の言葉が早口でまくし立てられる。
私は肩をすくめ、真剣な顔で一言――
「行かないって言うなら仕方ない。お尻、出して?」
その大仰な脅しに、男の子の目がまん丸になった。
「や、や、やめてー!ごめんなさい。謝りに行くから」
男の子は目に涙を浮かべ、必死に首を振った。
「よし、それなら一緒に行こうか」
私は彼の肩を軽く叩き、歩き出した。道すがら、なぜ万引きが悪いのかをできるだけ噛み砕いて説明する。ドワーフ王国の法律までは知らないけれど、人族の国でも獣人族の都でも“人のものを勝手に取るのは悪いこと”というのは同じだと思うから。
やがて店に戻ると、さっきの若い女性の店員に声をかけた。
「あの……この子が万引きをしようとしていて。一緒に謝りに来ました」
店員は一瞬ぽかんとしたが、すぐに目を見開いた。
「あっ……ダン!?アンタ、なんてことを!」
「ひっ! ご、ごめんなさい、母さん!」
「えっ……お母さんだったんですか?」
私が驚くと、店員は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ないよ、お客さん。うちの子がご迷惑を……」
「いえ、私は――」
言いかけたその時、店の扉が大きく開いて、ドルガンさんが入ってきた。
「獣人族の娘が子供を虐めているという報告を見回りの戦士団が受けてな。……何があった?」
「ドルガンさん!」
「おや?ドルガン、この娘は知り合いなのかい?」
「うむ。この娘は王の客人だ」
「な、なんてことだ……王様の客人に失礼な真似を……!」
「事情を話せ」
ドルガンの声は低く、しかし穏やかだった。
* * * * *
事情を聞いたドルガンは腕を組み、深く頷いた。
「なるほど……万引きして、それを仲間にするだと? 情けない。頭が痛くなるな」
「ドルガンさん、勝手に追いかけてしまってすみません」
「いや、ラン。お前のしたことは正しい。むしろ俺が謝らねばならん。……坊主」
「ひっ……」
「この娘は強い冒険者だ。もし本気で“尻叩き千回”なんてやられたら、一生まともに座れんぞ。今のうちに謝っておけ」
「ぼ、冒険者……ご、ご、ごめんなさい……」
男の子は小さな声で頭を下げた。
「本当にありがとうね、うちの子を注意してくれて」
「いえ、そんな大したことじゃありません」
「……それにしてもエレナやお前は、若いのにしっかりしてて頼りになるな」
「えっ?…ああ」
私は小さく笑みをこぼした。
私とレーナさんは、名前で呼んでくれないのに、エレナさんだけ名前呼びだ。
「エレナって呼び捨てにするくらい仲良くなったんですね。エレナさん美人でかっこいいですもんね。惚れるのは自然の摂理です」
私がそうドルガンに言うと店員のドワーフの女性もニヤニヤしながら口を挟んだ。
「ドルガン、顔が真っ赤じゃないかい!」
「な、なにを言う!ち、違う!そういうのではない!」
ドルガンは慌てて首を振るが、耳の先まで真っ赤になっている。
私はこらえきれずに吹き出した。
「ふふっ、ドルガンさんって本当にわかりやすい」
「う、うるさい!大人を揶揄うな、俺はもう行く!」
そう叫ぶと、ドルガンはそそくさと店を飛び出していった。
「……ふふ、ドルガンがあんな風になるなんて初めてだよ」
帰り際、店員は小さな布袋を差し出した。
「これは礼だよ。三人分の魔法具だ」
「えっ!? いえ、受け取れません!」
「いいから持っておきな。どうしてもって言うなら銀貨十枚でどうだい?」
私はしばし考え、深く頭を下げた。
「……それなら。銀貨十枚で買わせていただきます。ありがとうございます」
こうして私は仲間三人で共有できる魔法具を手に入れた。これならもし誰かが危険に陥っても、すぐに分かるだろう。
お店を出るとエレナさんが腕を組んで待っていた。
「あ、お疲れ……なんかあったろ?さっきドルガンが慌ててどっか行ったけど」
「いえ、大したことじゃありません。ドルガンさんがわかりやすいだけです。それより、今日はいい買い物ができました」
「わかりやすい?…まぁいいや、 何を買ったんだ?」
「ふふっ、それは宿に戻ってからのお楽しみです」
昼食の後、眠そうなレーナさんをようやく起こして、二人に魔法具を手渡した。
「お二人にいつもお世話になっているプレゼントです。これに三人分の魔力を込めれば、誰かがピンチになった時にすぐに光って知らせてくれます……三人で必ず、生きましょう」
私はそう告げ、胸の奥で小さく頷いた。
二人とも喜んでくれた。
仲間を思う気持ちを込めて買った贈り物――きっと無駄にはならないはずだ。
* * * * *
――あの後、ドルガンさんは子供達の親を呼び出して注意していた。
そして罰として、子供達は「尻叩き千回」の刑を受けることになった。泣きながら反省する様子に、私は少し安心した。
この「尻叩き千回の教え」は、やがてドワーフ王国内でも「子供の戒め」として広まっていったらしい。
こんな小さな出来事でも、未来へと何かが繋がっていくのだと、私は感じた。
ちなみに獣人族の都の尻叩きは、本当は百回なんですけどね。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
今回はランの視点で休日の過ごし方を描きました。
真面目なランならではのエピソードにしました。
彼女のこの経験が、獣人族の都の未来に繋がっていくと思います。
次話は連続更新で10/5日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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