その17 「外の世界」
翌朝ーー。
レーナとランを伴い、私たちはドルガンに導かれてドワーフ王都北エリアへと向かった。そこには王国一の老獪と呼ばれる賢者が住んでいるという。
「エレナばっかりずるいわ。私も王様に会いたかった!」
「レーナさんは悪名高い魔法使いだから、呼ばれなかったんですね」
「なによ!ランは最近意地悪ばっかり言う!」
「二人とも仲良くなったな」
「……蒼天よ、王に会わせられないと思ったのは、俺の判断だ。すまぬな」
「……いじわる」
軽口を交わしながらも、道のりは穏やかだった。
「ドルガン、ありがとうな。いろいろと気をつかってくれて」
「いや、俺は何もしておらん……全ては王のおかげだ」
そう言いながらも、ドルガンの頬は赤く染まっている。
「なになに?ドルガンは何かしてくれたの?」
レーナが悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「…蒼天には関係のないことだ」
「えぇー、エレナだけ。私にも教えてよー」
「レーナさんは、ウザいから教えてくれませんよ」
「またランが意地悪言う!」
レーナは半分涙目になって、私とドルガンは思わず苦笑する。
(いつの間にかレーナに対して辛辣だ。何かあったのか?)
そんなやり取りを続けながら歩いていくと、やがて視界の先に重厚な石造りの屋敷が現れた。苔むした壁に覆われたその佇まいは、王都の喧騒とはかけ離れた静けさを放っている。
「……着いたぞ。ここだ」
ドルガンが低く呟くと、私たちの胸に、自然と緊張が走った。
「先に言っておくが、これから会う方は七百年生きていらっしゃる王国の相談役。粗相の無いように……特に蒼天」
「だから、なんで私に注意するのよ!そんな失礼しないわ!」
「まぁまぁ、レーナは大人しくしててくれるよな」
「…それなら良いが…」
彼が重々しく扉を叩く。
「王国門監督役のドルガンです」
中から、年輪を刻んだような、しゃがれた声が返ってきた。
「……入るだよ」
扉は厚く重く、ドルガンが両手で押してようやく開いた。一歩足を踏み入れると、独特の重苦しい空気が漂ってくる。
部屋の中央のテーブル。その奥に、深い皺と白髪を誇るドワーフの老婆が座っていた。鋭い眼光が、私たちを一瞥するだけで値踏みしているように感じる。
「こっちへおいで。ほら、座るだよ」
「ドルガン、あんたは私の隣、ヒューマンの嬢ちゃん達は向かいに座るだよ」
有無を言わせぬ迫力に、私たちは従うほかなかった。
「ワタシャ、王国の相談役を務めるバレッタ。……よく来ただよ」
ドルガンがすぐに頭を垂れ、紹介を始める。
「バレッタ様、こちらがエレナ、レーナ、ランでございます。王より紹介の書状を賜りました。これが書状です」
バレッタは目を細め、書状を一瞥したあと、私たちをじっと見た。
「……なるほどねぇ。三人ともまだ嬢ちゃんの面影を残しているが、普通の人生を送ってきた顔じゃないだね」
「!」
バレッタは一人一人指差し始めた。
「亡国の勇者、龍を退けし魔法使い、そして獣神の娘……珍しい取り合わせだこと」
低く言い放つ声に、私たちは息を飲んだ。
私は口を開き、頭を下げる。
「初めまして、エレナと申します。こちらはレーナとランです」
レーナとランも頭を下げて一礼した。
「ふむ……気楽にしんさい。今日は東の島国について聞きたいんだろ?」
「はい。東方の島国について、お話を伺いたく参上しました」
「……義国」
「義国……?」
思わず問い返す。
「そう呼ぶらしい。ワタシャは二百年前、その国の者と会ったことがあるだよ」
「二百年前に……交易があったのですか?」
「まぁ、待ちんしゃい」
バレッタは手を上げて遮る。
「まずは知っときな。あの国へ行くには海を渡らにゃならん。だが海に海獣が出る。龍の数倍はある化け物だよ」
「そ、そんな怪物がーー」
ランは思わず声を上げたが、バレッタは薄く笑みを浮かべただけだった。
「龍を退けた嬢ちゃんよ。何故、龍が“守護者”と呼ばれるか知っておるか?」
「…え?…いや…」
「龍はエルフより古き者であり、人族や魔族には干渉せん。だが、東西南北に座して、この世界を……外の世界からアルファストを守ってきたんだよ」
「外……?」
ドルガンが眉をひそめる。
「外の世界とは、どういう意味だ」
「文字通りよ。このアルファスト大陸の外にも大陸や島、国がある。海を越えれば、海獣や別の人族もいるだよ」
「……!」
私達は頭が追いつかなかった。
赤龍から女神の実在を聞いたばかりだというのに、今度は“外の世界”――そして、龍よりも巨大な海獣の存在。
「王から聞いたが、勇者は“ヒヒイロカネ”を求めているそうだね?」
「あ、はい……」
「悪いことは言わん。諦めなさい。海を渡るのは無謀だよ」
「……」
「それに、お前たちにはこの大陸で果たすべきことがまだあるんだろう?死ぬことはないだよ」
「……はい」
しかし、ドルガンが食い下がってくれた。
「バレッタ様、それでも……エレナの剣にはヒビが入っている。オリハルコンやヒヒイロカネでなければ直せない……戦いを続けるために必要なのです」
「…そうかい……」
思案顔のバレッタに、私はふと口をついた。
「赤龍に……連れて行ってもらうのは、どうでしょう?」
バレッタの瞳が細く光った。
「勇者、あんた赤龍に会ったのかい?」
「はい……友人になりました」
バレッタは目を瞑り語り出した。
「…ほう……あの龍は人族が好きだからねぇ。本来ならお互い干渉せずだが、どうしても関わるだよ……ワタシャも昔、何度か話したことがあるよ」
「ドルガンも話に来いと誘われていたよな」
「ドルガンもか…そうか、赤龍か……頼めば飛んでくれるかもしれん…」
「あの…話が飛びましたが、二百年前のお話も聞いて大丈夫でしょうか?」
ランが右手を挙げて、バレッタに問いかける。
「そうじゃったな…義国との交易が二百年前にあったわけじゃない。人がひとり流れ着いたのさ。助けたのはワタシャだよ」
「流れ着いた……?」
「そうだよ。彼らの国は漁業を生業としているそうだ。漁の最中に海獣と鉢合わせ、命からがら逃げ延びて漂着した……少し風変わりな男だったが、強さは本物だったよ…」
「…もしかして、その人が……」
「そうだ。そいつがこちら側で十五歳になり、勇者に選ばれた。勇者の嬢ちゃん、あんたの前任だね」
「赤龍はそこまで教えてくれませんでした」
「あの龍は大事な事を伝えず、後日また会いに来るよう仕向けるだよ。性格が悪いこって」
「…その……義国にも、女神の啓示や庇護はあるのでしょうか?」
「あぁ、女神と呼んではいないようだが、十五歳で成人の儀を受けるらしい。同じことだよ」
「ということは、外の世界もやはり女神の統治下あるのですね」
ドルガンが顎に手を当て、うなずいた。
「そうじゃ。結局、地上世界はどこであれ女神の庇護下にある。それは変わらん。だが、魔族は居ないそうだよ」
「そうですか…魔族が居ない…」
「嬢ちゃん達がどうしても義国に行きたいなら、赤龍にワタシャからも頼んでやろう。嬢ちゃん達の行き着く先を、この目で見てみたいんだよ」
バレッタが細めた眼をこちらに向けてきた。
「!…バレッタ様には……未来を視る力があるのですか?」
「いや、ワタシャに見えるのは“感じ”だよ。観ることはできん。ただ……三人の行き着く先があまりに眩しくて、輪郭が見えない。こんなことは今までなかった……だからこそ、見届けたいと思っただよ」
「……」
「赤龍のところへは、このドルガンと共にワタシャが行く。三人は旅の支度しな」
「はい。ありがとうございます。十五日後に二人の装備が完成すると思います」
「細かい事はドルガンから伝えるだよ」
「はい!」
私は深く、礼をした。
バレッタは口元をほころばせる。
「義国の人間も、そうやって丁寧に頭を下げる風習があるそうだよ」
義国……日本のような国なのだろうか。
その地を訪れる日が来るのだと思うと、胸の奥に熱いものが湧き上がった。
(楽しみだーー)
バレッタ邸にドルガンを残し、私たち三人は宿屋へ戻る事にした。ヒルダさんに言われた装備の強化まで、十五日ほどの猶予がある。
二週間と少し長期になるが、ドワーフ王国をもう少し楽しもうと私は思った。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
ドワーフ王国の相談役としてバレッタと面会したエレナ達は、この世界アルファスト以外大陸が海を渡った先にある事を知りました。
東方の島国"義国"とはどんなところなのでしょうか。
そして、その先に何が待ち構えているのでしょうか。
次話は10/4土曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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