その13 「赤龍が語る真実」
その瞳には、悠久を生きた知恵の光が宿っていた。
『……そう警戒するな…我から名乗ろう。我は赤龍ーー人族から南方の守護者と呼ばれている。さて、貴様の名は?』
「私は…エレナ、冒険者だ」
『…我を謀るのは辞めた方が良いぞ……ただの冒険者ではあるまい?』
赤龍の瞳がギラリと光っているように見えた。
「……十五歳の時に女神の啓示で、勇者に選ばれた者だ」
『おお、やはりか。魔王を討伐した二代目勇者……なるほど、その剣と瞳の光は凡百の人間ではないと思ったぞ』
「今は髪の毛を染めている。あの白銀の髪色がどうも嫌で………龍とこうして言葉を交わせるなんて驚きだな」
赤龍は目を瞑り頷いている。
『ふん、言葉などは枝葉よ。そんな事はどうでも良い。我が聞きたいのはお前の話だーー例えば、異世界とかな』
赤龍は鋭い爪で、まっすぐ私を指差した。
「!?異世界って……」
『そう驚くな。異世界人など珍しくもない。百年に一度は迷い込んでくるものだ。最も我も会った事があるのは二、三人だ。百年前に一人、この谷よりさらに南の地で出会った。我に多くを語り、退屈な時を慰めてくれた』
「……」
胸の鼓動が早まる。
赤龍がじっと私を見つめてくる。
『ふむ、お前は何か重い運命を背負っておるな』
「……」
『ふはは、そう警戒するな!ほれみろ、攻撃の意思は無い。では聞かせろ、お前の前世の世界のことをな』
赤龍は喉の奥で笑い、熱気を孕んだ息を吐く。
岩肌がびりびりと震えているが、穏やかな雰囲気を感じた。
「……わかった。じゃあ話そう」
私はクラウ・ソラを小手へ戻し、赤龍の巨大な瞳を見上げて腰を下ろした。
『ほぅ、器用な奴だ。そして度胸もある。では、語れ、“冒険者エレナ”。前世から今に至るまでを』
「……私は、前世の世界で男として生きていた。両親は医者で、幼いながらも両親を誇りに思っていた。でも紛争地帯で戦闘に巻き込まれて両親は亡くなった。それから成長して家族ができた。妻と子供が二人、普通に働いて、普通に生きてたけれど、両親の血なのか性格なのか、人助けをよくしていた。最後は子供を助けるために事故で死んだみたいだ……」
『男か……なるほど、だから口調が態度が粗野なのだな。今代の勇者は上流貴族出身と聞いていたが、納得だ』
「よく言われるよ。でも、こっちの話し方が性に合ってる」
『ふん、我もその方が話しやすいぞ』
「前世の世界は、国によって争いはあった。でも、私がいた国は平和で、戦争なんてほとんどなかった。それと魔族なんて居ないし、人族はヒューマンだけの世界だ」
『争いがない?争いを好むヒューマンがそれほど静かに暮らせるものか?』
「完全な平和じゃない。事件もあったし、災害もあったし、戦争もたまに……でも、住んでいた国では、食べる物や住む場所に困ることはなかった」
『……贅沢な世界だな。この世界とはもっと具体的にどう違う?』
「そうだな……“乗り物”があって、遠くまで行けた。車とか、飛行機とか、この世界の馬車よりも速い」
『車……飛行機……』
赤龍が少し考え込んでいる。
『百年前に会った異世界の男も、似たようなことを言っていたな。ただ、そやつの言う車はまだ誰もが持てるものではなく、金持ちの道楽のような物だと言っておった』
(…もしかして、その男は昭和の人間…」
『白と黒しか映らぬ"てれび"を見ていたとも言っていたな。家に一台あるだけで誇らしかったと』
「そうか…それは私が生まれる二十数年前の時代だな」
『情報を得るには新聞や雑誌しかなかったと語っていたぞ』
「そうだろうな。私の時代では誰でもポケットの中に小さな箱を持ってて、世界中の情報を得られるようになってた」
『……たった二十数年の違いで……そのヒューマンの世界はそこまで進むのか。恐ろしい生き物よ』
「私は子供の頃に漫画やアニメをよく見てた。特に“友情・努力・勝利”って王道の物語が好きで。仲間を信じて努力を重ねれば、最後に勝つ――それが心の支えだった」
『友情、努力、勝利……ふむ。女神の啓示よりもよほど真っ直ぐな掟だな。お前の強さの根はそこだな?』
「そう…かもしれない」
『その、あにめ、まんがというのが気になるぞ』
「あぁ…なんというか、絵に台詞が書いてあって物語が進むんだ。前世では龍は架空の生物で存在しなかったけれど、アニメや漫画だと龍も登場してたな」
『なに?そうなのか…異世界の龍を是非観てみたいぞ』
「…私は絵心が無いから難しいな…」
『……残念だ…話を戻すか…この世界に来てからはどう過ごした?』
赤龍はうなだれている。そんなにショックなのか。
「事故死した後に……この世界で目が覚めたら、五歳の少女ーーこの体になっていた。その時から、この世界のことを調べたり、魔法や剣の修行を始めた」
『五歳で魔法か……随分と早いな』
「前世に魔法がなかったから、使ってみたいっていう好奇心だ。生まれた家には、両親と、兄が三人、姉が二人。それに、付き人のメイドも一人いて……平和な生活を送っていたよ」
懐かしさに胸が詰まる。けれど、私は続けた。
「十歳になる頃にはブレイジング領では負けなしだった。領地の騎士たちを相手にしても、誰も私を止められなかった」
『ほぅ……やはり並の人間ではない』
「そして、十五歳の誕生日に女神の啓示を受けて……勇者に選ばれた」
赤龍の瞳が鋭く細められる。
「旅に出て仲間を増やし、数えきれないほど多くの人を助けて……魔王を討伐した。けど――家族も、仲間も……すべて失った」
息を呑む。胸の奥が軋む。
「仲間の光の聖女ーー僧侶リサに裏切られた。仲間を皆殺しにされて、その罪を私に着せられた」
『……なるほど。お前の背にかかっている“運命の重さ”の正体はそれか』
「一度は……全てから逃げて、ひっそりと生きようと思ったんだ。でも……どうしてもリサに会って、なぜあんなことをしたのか真実を知りたくて……だから、旅を続けている」
握った拳に力がこもる。
「今は……仲間二人と旅をしている。獣神の娘ランと、蒼天の魔法使いレーナ。二人となら、また戦っていける。そう思っている」
『うむ、蒼天か…蒼龍を撃退した魔法使いだな?』
「あ、すまない。その件については……もし気を悪くしたなら謝る」
『いや、我は気にしておらん。龍同士でも力比べなど、昔から繰り返されてきたこと。むしろ気になる事があるが置いておこう』
(レーナに何かあるのか?)
『面白い話だった。まだ聞きたい事は多いが…我からも話そう。そうだな……女神のことだ』
「女神アルカナ……?」
『あれは気まぐれで、わがままな女よ。信用するな』
「…女神に会った事があるのか?」
『…大昔に一度だけ……お前を勇者に選んだのは女神で間違いない。だが、その意図までは我にもわからん。おそらく何か企みがある』
「……啓示を受けたとき、声が聞こえた『ようやくここまできた』と…どういう意味だと思う?」
『……わからぬ。ただ、女神は己の盤上で人間を駒のように動かす。女神の啓示がそれだ。お前は特別な駒なのだろう』
「……」
『我ら龍は女神を敬愛してはおらん。女神に創造されたわけではないからな。だから啓示も加護も受けぬ。だがな……あの女神の性格を考えると、本来ならもっと積極的に世界へ介入し、自分の思うままに形作っていてもおかしくはない。そうせぬのには、何か理由があるはずだと我は考えている』
「その理由とは?」
『恐らく……“魔王”の存在だ』
「魔王…」
『……この地上には女神アルカナが在る。ならば対となる地下世界“魔界”には魔神が在るのだろう。人族と魔族の均衡……それがこの世界の根幹だ』
「あ……いま一緒にいるドワーフが、エルフから似たような話を聞いたと言ってた」
『エルフは長寿で賢い。何千年もの時を使い、地層を調べ、魔素を計り……知識を積み上げているのだろう』
「女神アルカナと魔神……二人の神は仲が悪いのだろうか?」
『神と名のつく者の事など、我にも分からん。ただ、女神も魔神も“予定外”の事態に振り回されているのではないかと我は考えている』
「予定外…それが"魔王"?」
『そうだ。あれが現れる以前、人族と魔族は戦の火種を抱えつつも均衡を保っていた。だが魔王が姿を現した途端、その均衡は崩れ、人族は一方的に蹂躙された』
「……」
私は息を呑み、赤龍の言葉に耳を傾けた。
『魔王こそ、女神と魔神の双方にとっての“イレギュラー”だったのではないかと考えている。だから女神は勇者を作り出した。だが初代では決着がつかず……二代目としてお前が選ばれたという訳だ』
「……私が二代目として選ばれた理由は?」
『わからん。たまたま力のあるお前がよかったのか、戯れか、だが一つだけ不思議なのは――我ら龍には関わろうとしないことだ。それがどうにも我は腑に落ちん。我らに害を成そうとする人族にはそれなりの対処をしてきた……が女神から何かされる事はない』
「……この話を、他の誰かに伝えたことは?」
『いや。貴様が初めてだ』
「……なぜ私に?」
『気まぐれだ……いや、それだけではない。我は貴様を気に入った。いや、“冒険者エレナ”を気に入った。この世界に何かしらの変化をもたらす存在、そう思えたからだ』
「くすっ……ただ身の上話をしただけで、そう思うのか?」
私は小さく笑みを零した。
『そう、そういうところだ』
赤龍は喉を震わせ、洞窟を揺るがすような豪快な笑いを響かせた。
『そういえば貴様、剣を探していると話しておったな?…二百年前の勇者のことを知っているか?』
「いえ」
『東方の島国の出だった。剣は伝説の金属――ヒヒイロカネで鍛えられ、死後その国に収められたと聞く。』
「ヒヒイロカネ……」
『そうだ。剣を探すためにいずれ島国を訪れてみよ。初代勇者の真実がそこに眠っているかもしれん』
赤龍は重く息を吐いた。熱風が洞窟を揺らす。
「………あの…赤龍様は、新生魔王軍とかいう単語を聞いた事はない?」
『ふむ……赤龍で良いぞ。我も貴様をエレナと呼ぼう。――その名は知らぬ。だが、この谷にも妙な魔人が現れるようになったのは確かだ』
「妙な魔人?」
『あぁ。回復を繰り返し、しかも口から炎のブレスを吐くやつだ。我も最初退治した時に驚いたわ』
「……やっぱりか」
『…こういう言い方は語弊があるが、エレナが魔王を討った頃からだな。あれ以来、谷に現れる魔人が変質しておる。』
「やはり……魔王討伐の後からか」
『新生魔王軍とやらは知らんが……四魔将と名乗る者なら、我が目の前に現れたぞ』
「四魔将……! どんなやつだ?」
『うむ……仮面をつけた、青髪の男だった。気味の悪い魔力を纏っていたな』
「……あいつか」
『知っておるのか?』
「あぁ、数ヶ月前に会った。やっぱり奴が……」
『ふはは! 得体の知れぬ男だったが、我が邪魔らしいくてな、主人のためにと随分と威勢を張っておった。話を聞く前に叩き返してやったわ!』
私は"主人"の部分が引っかかったが、赤龍の笑い声が洞窟に響き渡り、天井の岩片がぱらぱらと落ちた。
「もう一つ、聞きたい事がある……」
私はゆっくりと視線を上げた。
『なんだ? 話してみろ』
赤龍の瞳がわずかに細められる。
「前世の私は……事故で死んだと思うけれど……異世界を渡る方法はないのか」
『……ほう』
低く唸るような声が、熱気とともに洞窟に響く。
『貴様、前世の世界に戻りたいのか?』
「……この十八年、前世に置いてきた家族をずっと気にしてる。妻と、子どもたち……顔も声も、まだ思い出せる。でも戻る方法なんてわからないから、この世界で生きてきた。この世界が自分に無関係だとは思えないけど……それでも、もし戻れる方法があれば……」
赤龍は長い尾をゆらりと動かし、しばし黙した。
『……なるほど、家族か。我にはわからぬ感覚だが、人族は家族を“己の半身”のように思うと聞く。貴様の迷いは、その“半身”を置いてきたことにあるのだな』
赤い光を帯びた瞳が、私の心の奥底まで覗き込む。
『だが、すまぬな。異世界を渡る方法は我にもわからぬ。世界の壁は我ら龍にも超えられぬのだ』
「……そうか……いや、教えてくれてありがとう」
私は、胸に重く沈んでいた言葉を、初めて誰かに打ち明けた。この世界で最も神に近い存在と思った赤龍に――本当に悩んでいた事実を、今、やっと。
『………さて、話は後にするか……外で貴様の仲間が魔人と戦っておるようだぞ』
「みんなが……!」
『行くか勇者よ。いや、エレナ。我の背に乗るが良い』
赤龍の背に身を乗せ、炎の奔流と共に駆け出した。
仲間の元へ――再び。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
赤龍の口から語られたのは、勇者という存在の意味、そして女神が人間を駒のように扱っているかもしれないという衝撃の指摘でした。
エレナが選ばれた理由と、勇者の宿命の裏にある何かが、少しずつ見え隠れしはじめています。
次回は――仲間達の元へエレナが戻ります。
次話は9/27土曜日22時に公開予定です。
翌日9/28も更新させて頂きます。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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