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転生勇者と裏切りの聖女〜魔王討伐から始まるエレナの戦い〜  作者: WAKUTAKU
第5章 深き渓谷の国、ドワーフ王国
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その12 「魔人との遭遇」

 「……エレナ、どこまで落ちたのよ」


 レーナさんが普段の軽口をすっかり失い、落ち着きなく周囲を見回していた。


 足音が響くたびに、谷底へと続く岩壁が鈍く反響する。


 「レーナさん、そんなに歩き回ったら危ないです」

 

 心配して声をかけるが、彼女は冷静さを欠いているように見えた。


 「だって……あの罠を作動させたのは私なのよ……私のせいで……!」


 唇を噛みしめ、か細い声が漏れる。


 (珍しい……レーナさんがこんなに焦ってるなんて)

 

 普段は喧嘩したり、呆れさせたりしているけれど、レーナさんにとって、エレナさんは大事な人なんだろう。そう感じる。


 「蒼天よ、落ち着け」

 

 ドルガンさんが低く、岩を砕くような声で言う。


 「焦っても勇者は戻らん。足跡や痕跡を見逃せば、それこそ会えなくなるぞ」


 「……そんなのわかってるわよ!」

 

 レーナさんが声を荒げる。


 「エレナは必ず生きてる」


 「そうですよ。あのエレナさんがそう簡単に死んだりしません。きっと大丈夫です!」


 「うむ、大丈夫だ。勇者を信じろ」


 三人の言葉は不思議と同じ想いを宿していた。


 高所が苦手なはずのレーナさんが、今は率先して前を歩いている。その背中は強がっているように見えた。


 やがて、ドワーフが作った石階段は途切れ、絶壁のような岩壁が行く手を阻んだ。


 「ここからは私が」


 レーナさんがしゃがんで手を壁に触れると、岩壁に頑丈な足場が突き出すように形作られた。まるで大きな板を張り付けたような足場だ。


 「蒼天、お前は便利な魔法が使えるな」


  ドルガンさんが感嘆の声を漏らす。


 「レーナさんは旅に慣れていますからね。いろんな魔法が使えるんですよ」


 「別に…ただ必要だっただけよ」

  

 私が補足すると、レーナさんは小さく呟いたが、それ以降は無言で進む彼女に、私もドルガンさんも声をかけられない。


 (いつものレーナさんじゃないな……)


 エレナさんが罠にかかってからというもの、ずっと落ち着きを失っているように見える。焦りと自責の念に押し潰されそうになっているのだろうか。


 その時だった。


 「ギィィィィィ!」


 甲高い鳴き声とともに、岩陰からブラッドバッドが群れをなして襲いかかってきた。

 鋭い牙を剥き、翼を広げて旋回する。


 「くっ……!」


 私もドルガンさんも剣を振るうが、素早い飛行相手には攻撃が届かない。


 「…邪魔ね」


 レーナさんが杖を突き上げ、氷の槍を放った。鋭い氷柱が群れを一掃し、魔物たちは壁に叩きつけられて消えていく。


 だが、いつものお調子者の勝利宣言もなく、レーナさんはただ無言で先を進んだ。

 私とドルガンさんは顔を見合わせる。

 心配は募る一方だった。


 それからも数度、ブラッドバッドやストーンバッドの群れに襲われたが、レーナさんの魔法でどうにか切り抜けた。無言で魔法を放ち魔物を討伐する姿は、少しだけ怖い。


 やがて――私たちは谷底へと辿り着いた。


 上を見上げると、遥か遠くに青空が小さく覗いている。

 しかし、足元はすでに薄暗く、陽が少しでも傾けば闇に閉ざされるのは時間の問題だった。


 (陽が沈む前に、エレナさんを見つけないと……)


 焦燥と不安が胸を掴む。


 谷底は不思議な場所だった。


 足元は歩きやすいほど平坦で、ところどころに黒や紅の水晶石が散らばっている。地上から降りてきたはずなのに、下へ進むほど空間が広がっている。

 まるで、何か巨大な魔物のために用意された舞台のように。


 「谷底まで来たのはドワーフも含めて我々が初めてだろう。あの足場でさえ作るのにかなりの時間を要してきた」


 ドルガンさんが低く呟いた声は、広い空洞に反響して不気味に響いた。


 「エレナが落ちた付近まで戻るわよ」


 「……そうですね」


 私たちはレーナさんが作った階段を降りてきたが、そこは落下した穴から遠く離れてしまっていた。本当なら落ちた穴の岩場を利用して階段を作るはずだったが、ドルガンさんの忠告で断念したのだ。


 「洞窟の中は不安定な岩場が多い。あの落盤がその証拠だ。外の足場の方がまだ安全だ」


 その判断は正しい。

 けれど……レーナさんが最初に無理をしようとしたのは、やはり冷静さを欠いていた証だろう。いつものレーナさんならそこまで無理をしようとしない。


 歩き続けるうちに、さらに奇妙なことに気づいた。

 あれほど執拗に襲ってきたコウモリ型の魔物が、一切現れなくなったのだ。


 「……魔物がおらんな」


 「はい。これは……他にもっと強いものがいる可能性が高いです」


 「お前もそう思うか……だが…」


 ドルガンさんが顎で前方を指す。


 レーナさんは無言で杖を握りしめ、前だけを見据えて歩いている。冷静差を欠いて突き動かされているのは明らかだ。止めようとしても無駄だろう。


 だからこそ、私とドルガンさんは警戒を強めるしかなかった。


 「はい、私も耳を澄ませておきます」

 

 索敵に関しては、私は誰よりも自信がある。

 ……けれど、不安は拭えなかった。


 その時だった。


 谷が緩やかにカーブしている先。

 暗がり岩場の中で、確かに“何か”が動いた。


 「レーナさん!そこ、何かいます!」


 叫んだ瞬間、私とドルガンさんは反射的に駆け出していた。

 暗がりの谷底で、岩肌がざわりと揺れた。

 薄暗いカーテンのような魔法障壁が空に消えていく。


 次の瞬間――三十体もの魔人が姿を現した。

 全身を何かの魔法で覆い隠し、潜んでいたのだ。


 「なっ……魔人!?」


 ドルガンさんが思わず声を荒げる。


 「なんでこんなところに……!」


 レーナさんの額に冷や汗が浮かんだ。

 谷底は狭く、大規模魔法は味方を巻き込む危険がある。魔力を絞り、小さなファイアボールをいくつも作り出すと、立て続けに撃ち放つ。


 轟音と共に二体の魔人が吹き飛ぶ。だが、土煙の中から別の魔人がすぐさま飛び出してきた。


 「……あれは……」


 私は目を凝らす。

 魔人たちが振るうのは、精緻な紋様が刻まれた剣や、重厚な鋼鉄のハンマー。


 ――間違いない。ドワーフ王国で鍛えられた武器だ。


 「なぜ魔人がドワーフの武器を……!」


 ドルガンさんが歯噛みする。

 答える者などいるはずもなく、魔人たちは無言で殺意を剥き出しに襲いかかってきた。


 「ぬんっ!」


 ドルガンさんの大斧がうなり、迫り来る剣を弾き飛ばす。だが反撃のハンマーが肩を掠め、鮮血が散った。


 「んっぬっ!」


 「ドルガンさん!」


 私は叫びながら双剣を構える。

 修行で鍛えた双剣さばきで一気に飛び込み、連撃を浴びせた。

 硬い皮膚が裂け、魔人が苦悶の声を上げる。


 (やれる!修行の成果だ!)


 私は気合でさらに足を斬りつけた。魔人がよろめき、そこへレーナさんの氷槍が突き刺さる。黒い血が飛び散り、魔人は地に伏した。


 「やった!」


 ……だが。


 「……え?」


 倒れた魔人の身体が淡く輝き始めた。裂けた皮膚が蠢き、みるみる傷が塞がっていく。砕けた骨が音を立てて繋がり、胸を貫かれたはずの魔人が、再び立ち上がった。


 「馬鹿な……回復魔法だと!?」


 ドルガンさんの顔色が変わる。


 「し、深淵の森で見た……回復する魔人……!」


 背筋が凍りつく。絶望感が押し寄せた。


 「くっ…魔力が……上手く練れない……!」


 レーナさんの魔法の炎は弱まり、焦りに震える。

 ドルガンさんは息を荒げ、私の手も汗で濡れていた。


 ――勝ち目がない。

 頭にそんな言葉がよぎる。


 (でも……足手まといになりたくない。どうしたらいい…父上……)


 私は父の姿を思い出した。

 “初代獣神化"

 エレナさん達の旅に同行すると決めた日に、父から教わった。だが、完全な変化はリスクがある。

 完全に変化せずに力を途中で留める。

 そうすれば――。


 毎朝の修行を思い出す。

 夜明け前の冷たい空気の中で双剣を振り続けた日々。汗で濡れた髪が頬に張り付き、手のひらは何度も豆だらけになった。


 「焦らず、コツコツとやれば力はつく」


 木陰で見守ってくれていたエレナさんの声が脳裏に響く。


 「獣神の血が流れている貴方はいずれAランク冒険者になれるわ」


 その言葉を笑顔で話してくれたレーナさんの顔が浮かんだ。


 私は一歩下がり、息を大きく吸い込む。そして獣神の血が震えるように、喉の奥から咆哮を解き放った。


 「ウォォォォォ!!」


 「ラン!?」


 「獣人族の娘…!?」


 腕と脚が膨れ上がり、髪が逆立つ。牙と爪が伸び、尻尾が揺れた。肉体が熱を帯び、力が溢れる。


 「成功した……!」


 次の瞬間、私は魔人の群れに飛び込んでいた。

 双剣が閃き、二体の首を同時に刎ね飛ばす。

 黒い血飛沫が舞った。


 「これなら……戦える!レーナさん、私とドルガンさんが前を抑えます!その隙に魔法を!


 「蒼天、お前は魔力を整えろ!」


 「……ラン、ドルガン……」


 レーナが深呼吸し、かすかに震えていた手を構え直した。

 再びいくつもの火弾が生まれ、轟音と共に魔人を吹き飛ばす。


 「やった! 残り二十体……!」


 だが、倒れたはずの魔人の身体がまたも輝き、立ち上がる。

 黒い血が蒸発し、何事もなかったように武器を握る。


 「嘘……!」


 私は目を見開いた。


 「これじゃ…キリがない!」


 レーナの声が震える。


 暗闇の谷底に、絶望の気配が濃く広がっていった。


 前方の魔人数体が胸を大きく膨らませ、灼熱の息を吐き出そうとしている。


 「やばい!ラン、ドルガン――私のそばに!」


 私はドルガンさんと共にレーナさんの元へ駆け寄った。


 次の瞬間、魔人たちの口から灼熱の炎が吐き出される。轟音と共に、炎の奔流が押し寄せた。


 「ウォーターウォール!!」


 レーナさんが必死に詠唱し、目の前に水の壁を展開する。蒸気が一瞬で立ち込め、視界が白く霞んだ。


 ――だが、水の壁は少しずつ削られていく。

 ジリジリと迫る熱気。水の障壁が破られるのは時間の問題だった。


 「くっ……これ以上は……!」


 レーナさんの声が震える。額から滴る汗は、魔力の消耗を物語っていた。


 その時だった。


 『――グォォォォォォォォォォォッ!!!』


 大地を震わせるほどの巨大な咆哮が谷底に轟いた。

 それはただの音ではない。熱の嵐をまとった咆哮は、ブレスを掻き消し、魔人たちの動きを一瞬にして止めた。


 視界の向こうに、紅き巨影と共に――。


 「……エレナさん!?」


 熱風を纏ったその姿は、私たちに希望の光をくれた。

 読者の皆様、いつもありがとうございます。

 三十体もの魔人に囲まれ、窮地に追い込まれるランたち。

絶体絶命の中、ついにエレナと赤龍が姿を現します。

次回は、少し前に時間が戻って、勇者と古き龍との対話が始まります。どうぞお楽しみに!


 次話は9/25木曜日22時に公開予定です。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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