その3 「束の間の休息」
瞼の裏がほんのり明るくなり、ゆっくりと目を開ける。
カーテンの隙間から差し込む陽の光。
どうやら朝のようだ。
「ん~……よく寝た……体だる……」
頭は冴えているが、体が重い。張り詰めていた心も、少しだけ緩んだ気がした。
ぐぅぅーー
「…お腹が空いたな」
脱ぎ散らかした服を着て、髪色を確認し部屋を出る。
階段を降りると、数人の宿泊客が朝食を摂っていた。端の席に座ると、朝食が珍しいビュッフェ形式だと気づく。
パン、ハム、チーズにマーガリン、スープもある。
私は食事を取りに行き、静かに席に戻る。
スープをすすり、パンをかじる。
何度かパンもスープもおかわりした。
――じんわりと温かさが染みわたる。
平和な日常が、ここにはある。
「あまり食べ過ぎても申し訳ないから、ここらでやめておくか」
食後、そそくさと部屋に戻り服を見る。
皺と血と泥でひどい状態だ。
「服、買わなきゃな…地味で目立たない……ちょっと可愛いのがあれば…」
支度をして部屋を出たそのとき――
「お客さん」
食堂で見かけた少女が、何か包みを持って立っていた。
「昨日、一日中部屋から出てなかったけど大丈夫ですか?」
無垢な瞳に戸惑いつつも、私は苦笑いする。
「大丈夫。ちょっと疲れてただけだから……」
(丸一日!?…まさか…もう二泊したってこと?)
彼女が慌ててパンを差し出す。
「朝食たくさん食べてましたよね!まだ、足りないかなと思って、余りだけど食べて!」
まだ少し温もりの残る3つのパン。
「ありがとう。助かる」
受け取ると、彼女は安心したように笑った。
「外出お気をつけて」
その笑顔に、少し安心した。
私は静かに宿を後にする。
背中に残る少女の視線を感じながら――
「私、丸一日寝てたのか…」
1日以上経過していた事に驚きつつも、宿を出た私は、周囲を警戒しながらゆっくりと歩き出した。フードを深く被り、顔を隠す。大通りから少し外れた場所ではあったが、人通りは多く、どこか落ち着かない。
表通りに出ると、露店の活気ある声と子どもたちの笑い声が響いていた。人混みに紛れながら視線を泳がせ、できるだけ目立たないよう通りの端を歩く。そんな中、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「…焼き鳥の匂いだ」
気づけば足は屋台へ向かっていた。目の前の炭火では鶏肉が焼かれ、油がじゅっと火に落ちて弾けているのを眺めていた。
「姉ちゃん、一本銅貨一枚だよ!」
親父の声に促され、私は小声で答える。
「……十五本ください」
「……姉ちゃんが一人で食うのかい?」
焼鳥屋の親父は、首を傾げて私を見る。
ーー焼き鳥を手に広場の隅に腰を下ろし、パンと交互に食べる。甘辛いタレの味が舌に広がり、ほんの少しだけ、心が満たされる気がした。
食後、街角の手配書が目に入り、ふと立ち止まる。 そこには、私の凶悪化した似顔絵が貼られていた。
「……こんな怖い顔はした事ないんだけど…」
逃げ出してまだ約六日。なぜこれほど早く広まっているのか。基本的に人の足か馬が郵便の手段のはずなのに不思議だ。
胸の奥に不安が募るが、考えても答えは出ない。
自分の怖い顔の事は忘れて、気を取り直して洋服店に向かう。
旅人用の目立たず動きやすい服を選ぶ。
茶色のシャツ、控えめな装飾の赤いチェックのスカート、歩きやすいブーツ、深い青色のフード付きのコートを購入した。
ワンポイントでリボンを購入した。
宿に戻り、汚れた古い服を暖炉で燃やす。父からもらった特注の装備だったが、今の私には不要だ。
髪を再び茶色に染め、新しい服に袖を通すと、鏡の中には「勇者エレナ」とは似ても似つかない、どこにでもいる街娘が映っていた。
「……よし、これなら大丈夫」
ちょっとだけ笑みが漏れる。逃亡中とはいえ、新しい服を着て鏡を見ると少し気分が上がる。
ベッドに寝転び、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。
――コン、コン。
突然、扉がノックされる音がして、私は体を起こした。
部屋でダラダラ過ごしていると、突然、扉がノックされた。心臓が跳ね、冷や汗がにじむ。
(……誰?)
息を殺して耳を澄ませると、ノックがさらに強くなった。
「帝国騎士団だ。開けろ」
低い声に仕方なく扉を開けると、鋼の鎧をまとった騎士が立っていた。
「勇者らしき女がこの街にいるという情報があった」
騎士は私をじっと見つめる。
「……髪色が違うな。旅の商人?いや冒険者か?」
私は小さく二度頷いた。
それだけで騎士は興味を失ったように立ち去っていく。
その後、宿の亭主に聞いたところ、騎士団は昨夜あたりから街の外部者を調べて回っているらしい。
(……もう少し滞在するつもりだったけど、長居は危険だな)
私は荷物をまとめ、使わないものは暖炉で処分した。翌朝すぐに出られるよう、購入したカバンに必要なものだけ詰めておく。
夜、次の行き先をぼんやり考えているうちに、意識が沈んでいった。
翌朝ーー
亭主の娘さんに挨拶できないまま宿を後にすることになる。
「悪いな姉ちゃん、娘は買い出しに出ててな」
(パンのお礼、言いたかったけど……仕方ないか)
亭主に会釈し、裏通りを抜けて街の西門へ向かう。騎士団の目を避け、裏路地から街道へ出ると、空はどこまでも青かった。
自由を感じるはずの景色――けれど胸の奥に、まだ重さは残っていた。
城塞都市パラナでは、束の間の休息ができたが、未だ私の心に黒い影を残したままだ。
「これからどうしようか」
私はそう呟き、まっすぐ前を見て歩き出した。
お読み頂きありがとうございます。
逃亡したエレナに、これから事件が起こります。
果たして、エレナはどうなるのでしょうかーー
新しい服は、センスのない私にはどんなものにして良いのかわかりません。良い案が浮かべば、そこは編集していくと思います。
暖かく見守って頂けますと幸いです。
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