その11 「最古の存在」
――意識が戻った。
「……ここは……」
鈍い痛みを感じながら、私は上体を起こす。
「…そうだ、レーナのうっかりで罠に落ちたんだ」
ーーー
「ーーエレナ!」
仲間達の声が遠のきーー無防備に宙を舞う感覚。
底が見えず、ただ暗闇へ引きずり込まれる。
(これはマジでやばい……!)
壁に手を伸ばすが、指先は虚空を掻くだけ。
腰の剣を抜き、壁に突き立てようとするも、岩肌は硬く弾かれ、減速はできなかった。
(このままじゃ……!)
思い切って魔力を練る。
「――火炎弾!」
真下に向かって炎を叩きつける。
轟音と熱風が逆巻き、落下速度が一瞬和らいだ。
火球の閃光が暗闇を照らし、底が見えた。
「もう一発!火炎弾!」
今度は全力で。
爆炎が地を薙ぎ払い、衝撃波が体を押し上げる。
その瞬間、膂力変換魔法を防御へ最大出力で使う。
それでも完全に勢いを殺し切れず、私は岩盤へと叩きつけられた。
「……ッ、ぁ……」
ふっと意識が飛んでしまった。
* * * * *
ーー目を覚ました私は、すぐに体をチェックする。
膂力変換魔法のおかげで、どうにか骨は折れていないらしいが、全身が軋む。
「レーナめ、後でとっちめてやる」
火炎弾の残滓が岩壁を赤々と照らし、揺らめく炎光の中で体を確かめる。
至る所に痣が浮かび、呼吸のたびに痛みが走った。
「……回復、しとくか」
私は両手を胸に当て、息を整える。
「天に住まう女神アルカナよ、我が願いは傷つき倒れた仲間を、その癒しの光で立ち上がる力を与えたまえ『癒光』」
淡い光が全身を包み、痛みがゆるやかに引いていく。深呼吸をして、ようやく立ち上がれた。
「まだ、痛みがあるな…私の下手くそな回復魔法だとこんなもんか…」
火炎弾の残滓が残る中、暗闇の中を見渡す。
どこまでも広がる岩壁、果ての見えない天井。
(……いったい、どのくらい落ちたんだ?)
前世で学んだ“自由落下”の公式が頭をよぎる。
だが、秒数を計っていたわけでもない。
無意味な思考だと思い、考えるのをやめた。
「まさか、あんな罠があるとは…とりあえず……みんなと合流しないとな」
レーナのように土魔法で階段を作りながら上を目指そうとも思ったが、私は彼女のように土魔法が上手くない。間違って崩落の危険もある。
炎の明かりが揺らめく中、私は深淵の奥へと歩みを進める事を決めた。
火炎弾の余熱がまだ周囲を照らし、赤黒い岩肌が揺らめいていた。
その炎の残穢がふっと揺れた瞬間、私は気づいた。
(……風?)
地下深くに落ちたはずなのに、炎は酸欠で消えることなく燃え続けている。
空気が循環している証拠だ。
どこかに外界へと繋がる道がある。
炎の揺れは一定の方向へと流れていた。
「……よし、風の来る方へ進もう」
私は剣を杖代わりにして立ち上がり、ゆらめく炎を頼りに、一歩ずつその闇の奥へと足を踏み出した。
闇の中を進むと、やがていくつもの分かれ道に出た。どの道も同じように黒く口を開け、音もなく不気味だ。
「……さて、どうしたものか」
私は右手を掲げ、指先に小さな火を灯した。
――パチ、と小さな炎が生まれる。
炎は真っ直ぐ立ち上り、次の瞬間、かすかに揺れた。どこかへと抜ける空気の流れがある。
私は全ての分かれ道に指先をかざす。
ある分かれ道の方で炎が靡いた。
「……こっちだな」
慎重にその道を選んだ。
空気が流れている限り、この先には出口があるはずだ。
風の向かう先を辿っていくと、壁がきらりと光を返してきた。近づいてみると、それは赤く透き通る鉱石――紅水晶だった。
「……紅水晶石か。杖に使う黒水晶石とは違うけど、これも持ち帰れば役立つかもしれないな」
私は腰の袋に慎重に欠片を収めた。
勇者の剣を鍛えることはまだ決まっていないが、素材はあって困ることはない。
さらに奥へ進むと、湿った風が肌を撫でた。
滴るような水音の先に水脈を見つけた。
けれども、ただの地下水にしては妙に温かい。
「……温度が高いな」
壁に触れると、ほんのり熱を帯びている。
洞窟全体も次第に暑さを増していた。
汗が額を伝い落ちる。
紅水晶石の赤が炎のように揺らめき、ただの鉱脈ではない気配を告げている。
「これは…地熱?……もしかして火山とかあるんじゃ?」
息を整えながら、私はさらに奥へと足を踏み出した。
紅水晶石の光を背に、さらに歩みを進める。
けれど、妙なことに気づいた。
「…そういえば…魔物の気配がしない」
耳を澄ましても、羽音ひとつない。
さっきまでコウモリが飛んでいたが、ここには一匹もいなかった。
まるで、生き物そのものが息を潜めているかのようだ。
「谷が深すぎるから……なのか?」
だが、それだけでは説明できない。
後方の紅水晶石の赤い光、熱を帯びた空気――そして、生き物すら寄せつけない静けさ。
不安が胸をかすめた。
まるで、この先に“何か”が待ち構えているようで。
先を進むと、急に視界が開けた。
巨大な空洞――まるで地下に隠された闘技場のような場所だった。
前世で野球観戦をよくしたが、その球場がすっぽりと入ってしまうくらい巨大だ。
足を踏みしめると、地盤が不自然に沈んでいる箇所があった。
一見すると段差にしか見えない。
だが目を凝らすと、それは“何かの足跡”にも思えた。人間や獣のものではない。あまりにも巨大すぎる。
「…これ…足跡だよな……」
胸がざわつき、空洞の端へと歩み寄る。
そこには、牛や鹿の骨、そして翼竜の白い骸が山のように散乱していた。
「……翼竜を餌に……」
翼竜は高山にしか棲まない。私も本でしか見たことがない生物だ。それが、ここには無惨に転がっている。骨の一部には焼け焦げた跡すら残っていた。
冷たい汗が背を伝った。
「これは……本当に、やばいところに来てる気がする……」
正体がわからない。
ここまで巨大な足跡を残す魔物だ。
戦うにしても、この暗さでは視界が悪すぎる。
剣も魔法もまともに扱えない。
(こんな場所で戦うわけにはいかない……!)
私は呼吸を殺し、元の道に戻る。
途中に、人ひとりが身を潜められそうな窪みを見つけていた。そこに滑り込むようにして身を隠す。
「……とにかく、一旦隠れよう」
岩肌が背中に当たり、汗ばんだ肌をさらに熱した。
二十分くらいだろうか落ち着いた頃に、耳を澄ませば、奥の暗闇から「ドゥン……ドゥン……」と重い振動音が響き、地面が小刻みに震えだした。
岩肌の隙間から吹きつける風は、灼けるように熱を帯びている。
やがて、紅蓮の光が闇を裂いた。
巨大な影が、洞窟いっぱいに広がる。
――紅き鱗、揺らめく炎を宿した瞳。
(…龍……!)
私は必死に息を殺し、気配を消す。
気がつかれたら戦闘になる。
そう本能が告げていた。
(ドルガンが話していた南方の赤龍だ…)
赤龍は立ち止まり、鼻先をこちらに向けた。
低い唸り声とともに、熱風が窪みに吹き込む。
――嗅がれている。
「……チィッ」
隠れているはずなのに、あの瞳が私を真っ直ぐ射抜いた。
炎の唸りと共に、隠れていた窪みに紅蓮のブレスが吐き出された。
「――っ!」
私は咄嗟にクラウ・ソラを顕現させ、刃に魔力を纏わせて正面に構える。
灼熱の息吹が剣にぶつかり、爆ぜるような音を立てて拡散した。
熱風が吹き抜け、髪の毛と服の端がじりじりと焦げる。
(くっそ!見つかった!)
炎の海の向こう、紅き巨影が私を値踏みするように見据えていた。
赤龍の咆哮が、空気を揺さぶった。
熱風が押し寄せ、皮膚を焼く。
息をするだけで喉が焦げつきそうだ。
「…とりあえず…やるしかない!」
私はクラウ・ソラを顕現させ、魔力を膂力へと変換した。
赤龍が大きく息を吸い込んだ。
またブレスが来る――炎の奔流!
「はぁぁぁッ!」
剣を横に振り抜き、魔力を纏わせた刃で炎を切り裂く。それでも熱が襲い、髪の毛の端が焦げた。
(……まずい。このまま真正面からやり合ったら焼き尽くされる。なんとか逃げる隙を作って、ここから逃げないと!)
赤龍は翼を広げただけで突風を生み、巨体に似合わぬ速さで迫る。
尾が薙ぎ払われ、岩壁が粉々に砕け飛ぶ。
私は壁を蹴って跳躍し、竜の胸めがけて斬りつけた。
魔王も切り裂いた一撃――しかし。
「っ……硬い!?」
刃は鱗に弾かれた。
赤龍の瞳が細まり、楽しげに燃える。
巨腕が振り下ろされ、衝撃波が走る。
地面が爆ぜ、私は吹き飛ばされた。
体が痛むけれど、止まれない。
「まだまだ……!」
立ち上がり、魔力を極限まで込める。
赤龍の体を駆け上がり、空中で体をひねりながら横薙ぎに振り抜く。
「はぁぁぁぁッ!」
紅の鱗が砕け、赤龍の胸を斜めに裂いた。
鮮血ではなく、赤い魔素の霧が迸る。
切れた――!
確かな手応えが腕に伝わった。
(……いや、まだだ!)
追撃が来ると思い、私はすぐさま剣を構える。
しかし赤龍は動かない。
ただ、ぎらつく双眸で私を射抜いていた。
その圧力に思わず息を呑む。
「…っどうした!来ないのか!」
自分を奮い立たせるように叫んだその瞬間、洞窟全体を震わせる低い声が響いた。
『……ほう。只者ではないな。貴様、何やら常人とは異なる“運命”を背負って生まれてきたな』
その声は耳からではなく、直接胸の奥に響いてくる。
赤龍は口元をわずかに吊り上げ、笑みとも威嚇ともつかぬ表情で牙を覗かせた。
『……気に入った。戦いはここまでだ。血を流すより、貴様の話を聞こう』
燃える瞳が、試すように私を見据えていた。
ただの魔物ではない――知性を宿した“最古の存在”の視線だった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
レーナが作動させた罠によって、谷底へ真っ逆さまに落ちてしまったエレナ。そこで待ち受けていたのは、この地に君臨する最古の存在、赤龍。
熾烈な戦闘の末、赤龍は彼女に言葉を投げかける。
果たして赤龍は勇者エレナに何を伝えるのか――!?
次話は9/23火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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