その9 「ヒビ割れたクラウ・ソラ」
眩い光が散り、空気が震えた。
やがてそこに現れたのは、水面のように透きとおる淡い水色の刀身を持つ剣。鍔と柄は白銀に輝き、日本刀を思わせるすらりとした直刀だった。
鞘などなく、その姿は剣そのものとして顕現する。
「……!こいつは……」
ヒルダのごつい手が震えている。
「クラウ・ソラ……伝え聞く勇者の剣でねぇかい…まさか本物をこの眼で見る日が来るとはな。という事は、金髪の嬢ちゃんが勇者エレナだわさ!?」
横でドルガンもごくりと喉を鳴らした。
「はい、私が勇者エレナです」
ヒルダは一歩、また一歩と近づき、刀身を覗き込んだ。
「水色の刃に、白銀の鍔と柄…この美しさ…これは人の手で打ったものじゃないわさ。女神か、あるいはこの世ならぬ存在が鍛えたものだ……」
ヒルダはかなり興奮気味だ。
「あの……女神が作った物じゃないんです…これ」
私は剣を握り直し、真っ直ぐにヒルダを見た。
「どういうことだわさ?」
「私がいつも身につけているオリハルコンの小手に魔力を注いで剣にするんです。アクセサリー職人がアクセサリーを作る時に金属に魔力を流し込んで形を変えますよね…あれです」
ヒルダが呆気に取られている。
「ドワーフ王国に来た目的は、これを戦う時だけじゃなく、常に剣として扱えるようにしたくて来たんです…」
ヒルダの瞳に、鍛冶師としての炎が宿った。
「…はははっ…なるほど、アクセサリー職人な。そんな方法で剣を作るなんて考えた事なかったわさーーじゃあ嬢ちゃんの望みは“ただの武器”じゃなく、“この剣の常時実体化”だわさね?」
彼女は深く息を吐いた。
「正直言って、ドワーフ王国で一番硬い鋼でも、この剣のようにはならんだわさ。だが――挑む価値がある」
ヒルダの口元が、職人らしい獰猛な笑みに歪む。
「勇者の剣を常在の剣とする……いいね。ワタシャの鍛冶師人生を賭けてみる価値があるだわさ」
「……嬢ちゃん、その剣をもっとよく見せてくれないか」
ヒルダが手を差し伸べる。
私は静かに頷き、クラウ・ソラを掲げた。
青白く輝く刀身を、ヒルダはまるで宝物のようにじっと覗き込んだ。
その表情がふいに険しくなる。
「……この刀…ヒビが入ってるだわさ」
「やっぱり……気づきましたか」
私は苦笑しながら、剣をランプにかざした。
「先日のゴーレム退治……コアを破壊した時についた傷なんですよ」
「ゴーレム退治だと!?じゃあ、お前らが――」
驚愕したドルガンが声を荒げかけるが、ヒルダが睨みつけた。
「うるさい、ドルガン!」
ドルガンがシュンっと少し小さくなったように見えた。
再び剣に視線を戻し、ヒルダは静かに言った。
「このヒビは剣の状態で入って、小手に戻しても同じ傷が刻まれている……うーん…いずれは折れる可能性あると思うだわさ」
「……修復は無理そうですか?」
「うん、無理だ。アンタの魔力とオリハルコンが合わさった奇跡のような代物だ。他人の手で“治す”なんて無理だわさ。別の素材と混ぜて別の小手に打ち直すか、新しい剣にするか、どっちかだわさ」
胸が重くなる。
この世界に来て、ずっと共に戦ってきた剣。
仲間であり、家族のような存在。
それを別の剣にするだなんて……。
「オリハルコンなんて金属は私もこの小手くらいしかみた事がない。同じ伝説級ならヒヒイロカネ、ミスリル、アダマンタイトがあるが、どれもワタシャは見たことがないだわさ」
沈黙する私に、ヒルダはゆっくりと言葉を紡いだ。
「嬢ちゃん……その剣はな、アンタと同じように戦ってきた。ならばきっと、“新しい姿になってでも力になりたい”と思ってるはずだ。ワタシャには、そう言いたげに光って見えるんだわさ」
私は唇を噛み、クラウ・ソラを見つめた。
「……少し、考えます」
「それでいい。答えは急ぐもんじゃない」
ヒルダは頷き、今度はレーナへ視線を移した。
「青髪の嬢ちゃん、その杖も見せてみな」
レーナはヒルダに杖を渡す。
「はい」
「……水晶は後付けだね?うーん、これならワタシャにでも強化できるだわさ」
「ほんと!?だったら、この杖を通してもっと魔力を扱えるようにしたいの」
「材料がいるね。ドワーフ王国の南方に“深海の谷”ってのがある。底がどこまで続くかわからんほど深ぇ谷だわさ。そこに“黒の水晶石”が眠ってる。谷底まで行かずとも、砕けて欠片が拾えるはずだわさ」
「黒の水晶石…谷…」
「ただし、注意しな。どうしてあんな場所にあるのかは誰にもわからないんだわさ。その周囲には強ぇ魔物が棲みついてるとワタシャ思っている。命懸けになるのは覚悟しときな」
炉の炎がぱちりと弾け、赤い火花が宙に散った。
エレナもレーナも、言葉なく視線を交わす。
次の行き先が、はっきりと決まった瞬間だった。
だが、ヒルダの話を聞きながら、ランが少し勇気を出して口を開いた。
「あの、ヒルダさん……私の双剣も、新しいものに替えられませんか?もっと強い武器なら、エレナさんやレーナさんの足を引っ張らずに戦えると思うんです」
彼女は真剣な瞳で双剣を差し出した。
だがヒルダは一瞥しただけで、首を横に振った。
「……アンタはまだ、その剣を“十分に扱えていない”わさ。未熟な腕に新しい刃を与えても、刃に振り回されるだけだ。まずは今の双剣を手足のように使いこなしてから言うんだわさ」
「……っ!」
ランは唇を噛みしめ、肩を落とした。
「武器に頼ろうとする気持ちは分かる。だが強さは武器に宿るんじゃない。使い手の魂に宿るんだ」
その言葉は厳しかったが、決して突き放すだけではなかった。
「はい……」
ランは小さく返事をし、拳をぎゅっと握った。
ヒルダが口の端を上げた。
「ドルガン、嬢ちゃん達を深海の谷まで案内しな」
「……あぁ、当然だ、ワシはこいつらの監視役だからな」
「ふん、監視ねぇ。この三人はあんたより強いさね。本当は娘っ子と話したかっただけじゃないのかい?」
「な、何を馬鹿な!」
ドルガンの耳が真っ赤になる。
「あれあれ〜?図星じゃないの?」
レーナがにやりと笑った。
「黙れ!」
その横で、ランはまだ落ち込んだ顔をしていた。
彼女は本当に真面目だからフォローしないとね。
私はそっと肩に手を置く。
「ラン、強さはこれから積み重ねればいい。私も最初はそうだった」
「……はい。頑張ります」
「素材獲れたらすぐに持ってくるのだわさ!」
ヒルダさんに別れを告げて、炉火亭に戻った。
女将のヘルダが部屋に夕食を用意してくれていた。
大皿に盛られた炙り肉と香ばしいパン、そして水の入った木のジョッキ。心の底から温まる食卓だ。
「お姉さんのヒルダさんに会いましたよ」
私が言うと、ヘルダは手を止めて微笑んだ。
「そうかい。あの子は気難しいけど、腕は王国でも随一、ちゃんと話はできたかい?」
「はい、色々教えてくれました」
「ならよかった。あの子は鍛冶のこととなると、つい厳しくなるんだよ…でも本当は優しいんだ」
女将の言葉に、昼間のヒルダの真剣な眼差しを思い出す。
(似てるな、この姉妹……)
レーナは肉を頬張りながら「似てる似てる」と笑っていた。
夕食を終え、風呂を済ませた私たちは、翌日に備えて早めに床についた。
* * * * *
翌朝――。
まだ空が淡く明るみ始める頃、宿の扉を叩く音がした。
「準備はいいか」
現れたのはドルガンだった。
私たちは準備が完了していた。
彼の案内で宿を出ると、そこには信じがたい光景があった。
馬の代わりに用意したと言うのが、甲羅に鞍をつけられた巨大な亀だったのだ。
「ドワーフ王国ではこいつらが脚代わりだ。見た目より速いぞ」
そう言うと、ドルガンは慣れた手つきで亀を操った。
ゴトゴトと岩道を進む亀の背は意外にも安定していて、やがて思った以上の速度で草原を駆け抜けていく。
「亀なのに早すぎないですか!」
ランが驚くと、ドルガンは鼻を鳴らした。
「そういえば、ゴーレムを討伐したのはお前らだと聞いたが、帝国側からは依頼外で冒険者が討伐してくれたと聞かされた。それは本当か?」
「あぁ、そうだね。ゴーレムが居ると邪魔だろうから討伐しただけさ。私とレーナはそれぞれ過去にゴーレム討伐した事があるから、簡単だったよ」
「むっ…そうか。我らもまだまだ力が足らんな。だが、勇者と蒼天と獣神の娘ならば仕方あるまい」
「まぁ気にするなよ。たまたまゴーレム退治を経験してたからさ」
「うむ」
そんな会話をしているうちに、正午を迎える前、私たちは目的地にたどり着いた。
この国の亀は恐らく世界最速の亀達だ。
「谷に着いたぞ」
岩肌の裂け目が大きく口を開けている。覗き込んでも底が見えない、深淵のような暗黒。
「ここが――深海の谷だ」
ドルガンの低い声が、谷に吸い込まれるように響いた。
私たちの目の前には、切り立った断崖が大地を裂き、底知れぬ闇を抱えていた。
「こんな深い谷は初めて見たよ」
深海の谷――名の通り、底は見えず、真っ黒な虚無が広がっている。
巨大な亀から降りた私とラン、レーナは思わず言葉を失っているし足が震えている。
「こ、こ、こ、こんな高いところ無理……」
そうだった、レーナは高所恐怖症だ。
その沈黙を破るように、谷底から吹き上げてくる冷たい風が頬を撫でる。
私はその暗闇を見つめながら、一抹の不安に襲われた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
まずレーナの杖の強化をするために、深海の谷へやってきたエレナ達。
高所恐怖症のレーナは深い谷を前に震えています。
彼女達は目的の黒の水晶石を見つける事ができるのでしょうかーー!?
次話は9/20土曜日22時に公開予定です。
今週も土日連続投稿致します。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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