その8 「ドワーフの鍛治師」
朝食を終えた私は、ドルガンに声をかけた。
「ねぇ、ドルガン。知っている武器屋に連れて行ってくれないかな?」
「武器屋…数軒は知っている。だが――」
彼は顎に手をやり、少し考えてから続けた。
「お前に合うような剣があるかどうかは保証できんぞ。ドワーフの剣は重さや癖がある」
「これを持ってもらえたらわかると思う。これより、硬くて丈夫な金属の物がほしい」
「どれ、見せてみろ」
私はドルガンに剣を渡した。
渡すとドルガンは眉をピクリと動かした。
「…片刃なのに重いな…だが、ドワーフ王国製の剣だな?これより硬い物か…わかった。知っている鍛治屋へ連れて行こう」
「助かるよ」
そう言うと、横でレーナが口を開いた。
「だったら、私も聞きたいことがあるの。この杖を作ったドワーフを探してるのよ」
そう言って、彼女は青水晶の杖を取り出した。
ドルガンの目が細められる。
「……ふむ。妙な造形だな。少なくとも俺は見たことがない」
彼の指が、杖の木材の細工や青水晶の埋め込みをなぞる。
「頭の水晶は私が後からつけたの」
「なるほど…だが、装飾は華美、強度も精度も高い。……これは本当にドワーフの仕事か?」
「どういうこと?」
「いや、ドワーフの作る物にしては美麗すぎる。ドワーフの作るものは少し無骨なところがある。だが、これは美しい」
レーナは肩をすくめた。
「私も詳しくは知らないの。ただ『ドワーフ王国製』としか聞いてなくて、作った本人に会いたかったのよね」
「……なるほど」
ドルガンは腕を組み、しばし沈黙した。
「どちらにせよ、俺の知っている鍛冶屋を訪ねてみるがいい。王国内でも古株のひとりだ」
「助かる!」
思わず私は頭を下げた。
ドルガンはわずかに鼻を鳴らした。
「勘違いするな、お前達に同行するのは俺の仕事だ。それにーー」
彼は一瞬だけ視線を逸らし、低く呟いた。
「ドワーフの鍛治屋や武器屋はワシより堅物が多い。ワシがついていかないと話すら聞いてくれん」
(……無骨だけど根は優しいな)
私たちはドルガンの後ろ姿を追い、石畳の広がるドワーフ王国の街並みを歩き出した。
岩肌を削って造られた街は、建物も道も頑丈そうな石造り。通りには炉の煙や鉄の匂いが漂い、職人たちの威勢のいい声が響いていた。
「おう、ドルガン!」
「今日も仕事か?」
「女将は元気か?」
通りすがるドワーフたちが次々と声をかけてくる。彼は表情ひとつ変えず、低い声で短く返していた。
――けれど、そのやり取りを見ているだけで、彼がどれだけ人望を集めているのかが分かる。
(……ドルガンは街の人達から信頼されてるんだな)
そんなことを考えていると、横から妙な匂いが漂ってきた。
「レーナさん……それ、何ですか」
ランが指差すと、レーナはもう両手に焼き鳥串を何本も抱えていた。
「え?見れば分かるでしょ。焼き鳥よ焼き鳥!炭火でじゅうじゅう焼いて、タレがしみ込んでて最高なのよ!」
「いえ、焼き鳥なのはわかります。朝食さっき食べましたよね…」
タレが滴って石畳にポタポタと落ちている。
「……いつの間に買ったんだ?」
「レーナさん、タレがたくさん垂れてます」
「ふぁいほうぶ」
「食べてから喋れ!」
頬をふくらませながらも、レーナは幸せそうに串を頬張っていた。
(……後で一本貰おうか)
「ここだ」
ドルガンの声に顔を上げると、石造りの堂々とした建物の前に立っていた。
宿屋から南方面に歩いた場所にある鍛冶屋。分厚い扉の向こうから、カキン、カキンと鉄を打つ規則正しい音が響いてくる。炉の熱気が扉越しにも伝わってきた。
「ワシが先に入って話をつけてくる。お前らはここで待っていろ」
「わかった、お願いするよ」
ドルガンは重い扉を押し開け、煙と火の匂いに包まれながら鍛冶屋の中へと消えていった。
「……レーナ…それ一本くれ」
「いやよ」
「お願い!レーナ様」
私は手のひらを合わせて頬につけ、お願いのポーズをした。
「…仕方ないわね。この私がケチくさいと思われても嫌だし」
「ありがとう、レーナ様」
「エレナさん…」
焼き鳥を食べつつ待っていると、ドルガンが鍛冶屋の中から顔を出した。
「入れ。それと気を悪くするなよ。ここは少し変わり者ドワーフだ」
中へ入ると、熱気と金属の匂いに包まれた工房だった。炉の赤い光に照らされて、鉄槌を握る女ドワーフがこちらを振り返る。逞しい腕に革の前掛けをかけ、額には汗が光っている。
「ほう、ヒューマンと獣人族の娘とは珍しい組み合わせだわさ」
彼女は槌を置き、こちらへと歩み寄ってきた。
「こんにちは、私はエ――」
「待ちぃな」
名乗りかけた私の言葉を遮り、女親方は無骨な指を差し出した。
「アンタらの手を見せな。言葉は不要だわさ」
「え?」と戸惑う私の手を強引に取ると、ざらついた親指で掌をなぞった。
「……ほう、よく剣を握り込んだ痕。斬り込みの衝撃で骨まできしんでる。あんた、膂力変換魔法使ってるだわね?」
私が驚いていると次にランの手を取る。
「こっちは……双剣か。刃の衝撃が両の指に残ってる。踏み込みは鋭いが、まだ力が浅い。鍛錬の途中ってとこだわさ」
最後にレーナの手を取る。
「……ほぉ?」
眉をひそめて掌をじっと見つめた。
「杖の跡、表とは違い手の平は硬いから鍛錬しているな。だが……杖の水晶が自分の力についてきていないからイラついているーー」
「っう…」
レーナはぐっと言葉を詰まらせた。
女親方は分厚い腕を組み、私たちを鋭く見据えた。
煤で黒く染まった頬に刻まれた皺は、炉の熱と鍛冶場の年月を物語っている。
「言葉なんざいらんよ。手を見りゃ、その者が何を握り、どんな血を流してきたか全部わかるだわさ――特に金髪の嬢ちゃん、アンタの望みは“ただの武器”じゃ応えられないんだろう?」
その眼光に、私は息を呑んだ。
「……はい、その通りです」
彼女は口の端をつり上げ、豪快に笑った。
「ふん、やっぱりな。――よし、名乗るだわさ。ワタシャ、ドワーフ鍛冶師ヒルダ。見込みのある嬢ちゃん達の話なら、じっくり聞いてやるだわさ」
「あ、ありがとうございます!」
私とレーナは互いに視線を交わし、ドワーフ王国に来た理由を語った。
「金髪の嬢ちゃんは、膂力変換魔法に耐えられる武器を求める。青髪の嬢ちゃんは杖を打った鍛冶師を探してる――そういうことかい?」
「はい、その通りです」
「……膂力変換魔法ねぇ。普通の剣でも十分持つはずだが?」
「それが……持たないんです。実際に見てもらえますか」
私は昨日の散歩中に購入した金属の棒を取り出す。
胸の奥から血管に魔素を巡らせ、一気に膂力変換を発動する。
バキィィッ!!
鋼鉄の棒が悲鳴を上げ、手の中で無惨に砕け散った。金属片が床に飛び散る。
ヒルダとドルガンの瞳が大きく見開かれる。
「な、なんと……っ」
ドルガンが思わず声を漏らす。
ヒルダは一瞬絶句したあと、腹の底から笑い声を上げた。
「はぁっはっは! こりゃ傑作だ! 嬢ちゃん、この鋼を握力で壊す奴なんて聞いたことがねぇさ!ドルガン、あんたなんか、この娘に本気で抱きつかれたら腰が粉みじんだわさ!」
「伯母上!縁起でもないことを言うな!」
「……おば?」
私とランが揃って驚きの声を上げた。
その横で、レーナがニヤリと笑う。
「やっぱり似てると思ったのよ。女将さんとも瓜二つじゃない」
「炉火亭に泊まってるのかい?女将のヘルダは妹さ。ワタシャが姉ってわけだわさ」
(豪快な姉妹だな)
「……で、金髪の嬢ちゃん。正直に言おう。ドワーフ王国で一番硬い剣を持ってきたとしても、アンタの力には長く耐えられん」
「そっか……」
思わず肩が落ちる。
ヒルダはすぐにレーナへと視線を向けた。
「さて、青髪の嬢ちゃん。アンタの杖だが――それを打った鍛冶師なら知ってるよ。もっとも、五十年も前に死んじまったがね」
「……もう、この世にはいないのね」
レーナの手に握られた杖が、ほんのわずか震えた。
「伝説の鍛冶師ドルド。生前に何本か、似た造形の杖を打ってたのを見たことがある。ワタシャでも真似できるかどうか怪しい腕前だわさ」
重苦しい沈黙が落ちる。
「………」
レーナは唇をかみしめ、私は金属の欠片を見下ろした。
「え、えっと!」
慌てて声を上げたのはランだった。
「エレナさんもレーナさんも、そんなに落ち込まないでください…私が強くなりますから!」
彼女の必死な声に、私とレーナは顔を見合わせた。
「……ありがとう、ラン」
「ほんと、良い子ね。ちょっとエレナにも分けてほしいくらい」
「おい」
私が睨むと、レーナはアホ毛をぴょこんと揺らして知らん顔をした。
「……金髪の嬢ちゃん、まだ見せるものがあるんじゃないかい?」
ヒルダの鋭い眼差しに、私は静かにうなずいた。
「……わかりました。レーナ、ラン、あれを出すよ」
レーナとランは短く頷く。
私は右腕のオリハルコンの小手に意識を集中させた。
銀の光が脈動し、次の瞬間――
「顕現せよ、クラウ・ソラ!」
眩い光が散り、空気が震えだした。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
ドワーフ王国で目的の剣を探そうとしますが、やはり一筋縄ではいきません。
レーナも杖の強化をしたかったようですが、製作者は既に亡くなっておりました。
鍛治師のヒルダにクラウ・ソラを見せますが、果たして、エレナは自分の新しい剣を手に入れることができるのでしょうかーー!?
次話は9/18木曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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