その7 「王国でのひととき」
軽く散歩を終えた私とランは、夕暮れに染まる石畳の通りを歩き、宿屋へと戻った。
ドルガンは「宿舎に戻る」とぶっきらぼうに言い残し、背中を見せた。明日の一つ鐘が鳴る頃に再び迎えに来るとのことだ。
必然的に私たちが動けるのはその後になる。
部屋の扉を開けると、レーナは布団に潜り込み、気持ちよさそうに眠っていた。小さな寝息とともにアホ毛がふわふわ揺れている。
「本当によく寝るよな」
私は苦笑しながらベッドに近づく。
「レーナさんはまだ子供なんですよ」
ランが肩をすくめて笑う。
「ははっ、確かにそうかもしれないな」
布団を軽く叩きながら呼びかける。
「おい、レーナ。もう夕飯の時間だぞ」
その瞬間、レーナはぱっと飛び起きた。
「ご飯!?ご飯行きましょう!!」
切り替えの速さに、私とランは思わず顔を見合わせて笑った。
夕食は宿屋の目の前にある食堂でとるように、女将のヘルダに案内されていた。
夕闇に包まれ始めた石の街に、食堂の明かりが温かく漏れている。
食堂へ足を踏み入れると、むわっとした熱気と香ばしい肉の匂いが漂ってきた。
石造りの広い空間には長い木のテーブルがずらりと並び、屈強なドワーフ達が肩をぶつけ合いながらエールを酌み交わしている。
壁際の大きな炉からは肉を焼く音が響き、天井近くまで煙が立ち上っていた。
「おぉ、宿泊者か!空いてる席に座んな!」
厨房から豪快な声が響き、分厚い鉄鍋を片手で持ち上げた料理人がこちらを見て笑った。
私たちは空いている席に腰を下ろした。
飲み物は――木のジョッキに注がれたエールか、素焼きの壺に入った水しかない。
「……酒と水しかないのか」
私は思わず呟いた。
「そりゃそうよ、ドワーフの国では、それが当たり前だもの」
レーナが当然のように言いながら、さっそくジョッキを両手で抱え上げる。
「えっ!?じゃあ、子どもは……?」
ランが驚いた顔をした。
「ドワーフの子どもは薄めたエールを飲むそうよ」
「ランは水でいいんじゃないか?」
すぐに料理が運ばれてきた。
分厚く切られた鹿肉のステーキに、味付けは岩塩のみ。付け合わせは黒パンと硬めのチーズと申し訳程度の野菜だ。
「わぁ……シンプルですね」
ランが恐る恐るステーキをナイフで切る。
「シンプルだからこそ、肉の旨味がわかるのよ」
レーナは迷わずエールを掲げて、近くのドワーフ達と乾杯していた。
「ぐびぐび……ぷはぁっ!」
「おぉ、なかなか飲むじゃねぇか!ヒューマンの嬢ちゃん!」
レーナの周りにはすぐに笑い声が集まり、あっという間に輪の中心になっている。
彼女のああいうところは正直すごいなと思う。
私は水を選んだ。
口に含むと、鉄の匂いが漂う。
(うーん……前世の水と比べるとこの世界の水は癖があるよなぁ)
「エレナさん、水にしました?」
ランが頬を赤くしながら尋ねてきた。
「うん?ラン間違ってエール飲んだだろ?」
「…いえ…そう…ですね。これが大人の飲み物」
どうやら彼女はうっかりエールを口にしてしまったらしい。ほんの少ししか飲んでいないのに、耳まで赤くなっている。
「ラン、顔が赤いぞ。あとは水にしな」
「あ、ありがとうございます!」
私はステーキを一口頬張った。塩気が強いが、肉の旨味がしっかりしていて思った以上に美味しい。
旅の疲れがじんわりと溶けていくような気がした。
食事も終わり宿屋に帰る事をレーナに促す。
「じゃあまた飲みましょう!」
すっかりドワーフ達と意気投合したレーナが食堂から先に出て行った。
私は料理人にあいつの追加料金を確認する。
「…あの、追加代金は?」
レーナが大量に飲み食いしたからな、余計な出費がかかってしまった。
「あぁ、あのくらいなら宿代に含まれるから気にするな!」
あれだけレーナが飲んだのに宿代に含めてくれるとは恐れ入った。
「ご馳走様でした」
私はお礼を伝えて、酔ったランを抱えて食堂を後にした。
「エレナさん、迷惑かけます」
部屋へ戻り、風呂に入る。
部屋の奥に石造りのお風呂場があった。
小さな浴槽かと思いきや、三人が余裕で入れるほどの広さで、岩壁からちょろちょろと湯が流れ込んでいる。
「わぁ……部屋にこんな立派なお風呂があるなんて」
ランが目を丸くしている。
「ドワーフにとって風呂は大事な文化らしい。仕事で泥や煤にまみれることを誇りにして、その日の汚れを落とすのが最高の喜びなんだって」
私は昔聞いた話を思い出して口にした。
「へぇ〜だからあそこに石鹸がたくさん」
レーナは先に服を脱ぎながら、にやにやしている。
「え、えっと……三人一緒に入るんですか?」
ランは頬を赤くし、視線を泳がせた。
「恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいのは最初だけよ。ほら、ほら!」
レーナが容赦なくランの服を脱がそうとする。
「きゃっ、ちょっとレーナさん待ってください!」
結局、三人並んで湯に浸かることになった。
湯気が立ち上り、石の壁に反射してゆらゆらと揺れる。
身体に染み込む温かさが、一日の疲れを溶かしていくようだった。
「ふぅ〜、生き返る……」
私がつぶやくと、レーナが大きく頷いた。
「でしょ?旅は風呂が命よ!あぁ明日もご飯が美味しく食べられるわ」
「……レーナさんはご飯の方が命ですよね…」
ランが苦笑しながらも、ようやく肩の力を抜いたように見えた。
私は湯の表面を軽く撫でながら思う。
(ドワーフ達は汚れて働いて、風呂で洗い流して、また翌日汚れる。その繰り返しこそが誇り……か。なんだかいい文化だな)
しばらくの間、三人で湯に浸かり、笑いながら今日の出来事を振り返った。
湯に浸かり、しばしの静けさが広がったその時。
レーナが、ぽつりと余計な一言を放った。
「ランはまだ成長途中って感じだけど……年齢的にエレナはもう見込みないわね。成長期終わりかしら?」
「……は?」
私のこめかみがぴくりと跳ねる。
「ちょ、ちょっとレーナさん!」
慌てるランをよそに、私は湯船から立ち上がった。
「それって、私の体を刺して言ってるのか?」
「え〜?ただ一般論を言っただけよ」
レーナは口元に手を当て、わざとらしく目を逸らす。
「レーナ……!」
湯気の中、私はレーナにじり寄った。
「ひっ、やめなさいよ!お風呂で暴れる気!?」
「殴られるか、沈められるか、どっちがいい?」
「選択肢が最悪なんですけど!?」
「お、落ち着いてください二人とも!」
ランが両手を広げて慌てて割って入る。
「お風呂でケンカしたら危ないです!」
私は鼻で息を吐き、再び湯船に沈む。
「……ふん、今日のところはランの顔を立ててやる」
「……それはこっちの台詞よ」
その様子を見て、ランは小さくため息をついた。
(レーナさんだけじゃなく、この二人は、放っておくとすぐに子供みたいになるんだから……)
湯上がりの体を拭きながら、私はため息をついた。
「はぁ……余計に疲れた気がする」
「それはエレナが怒りっぽいからよ?」
「……お二人とも、ほんとに仲がいいんですね」
ランの苦笑混じりの一言で、その場はようやく収まった。
部屋に戻ると、湯の温もりと旅の疲れが重なり、布団に潜り込んだ瞬間、すぐに眠気が押し寄せてきた。
レーナは寝言で「次は肉を倍盛りで……」と呟きながら大の字で寝ている。
ランは「おやすみなさい」と小さな声で言い、静かに目を閉じた。
――そして夜は更けていった。
* * * * *
翌朝ーー。
窓から差し込む朝の光で目を覚ますと、まだ部屋はしんと静まり返っていた。
隣ではレーナが布団をかぶったまま、すやすやと寝息を立てている。
すでに起きていたランは、荷物の整理をしながら「おはようございます」と笑顔を見せた。
階下に降りると、朝食の準備が整っていた。
焼きたての黒パンに塩気の効いたハム、温かなスープ――質素だが滋味深いドワーフの朝食だった。
「うまいな」
「ほんとですね……こういうのも好きです」
先に朝食を食べていると、レーナが起きてきた。
「…ちょっと、起こしてくれてもいいんじゃない!」
文句言いつつも、席に座り食事を口にしていた。
やがて、宿の入口から重い足音が響いた。
現れたのは、無骨な表情を崩さないドルガンだった。
「準備はできているか」
「おはよう、ドルガン。朝ごはん終わったら行きたいところがあるんだ」
「……うむ」
短い返事とともに、彼の鋭い眼差しがこちらを見据える。
こうして、私たちのドワーフ王国での最初の一日が始まった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
ドワーフ王国での食事やお風呂は三人にとって良い休憩になったようです。
迎えにきたドルガンと一体どこへ行くのでしょうかーー!?
次話は9/16火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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