その6 「ドワーフ王国は監視付きで」
吊り橋を渡ったあとは、特に魔人や魔物に襲われることもなかった。だが、進むにつれて岩肌が目立つようになり、それが高く切り立ち、空が狭まっていく。まるで谷そのものが私たちを試しているかのようだ。
やがて視界の先に巨大な石造りの門が現れた。
高さは十メートルを優に超え、厚みは城壁にも匹敵する。壁の表面には戦斧や盾を模した文様が彫り込まれ、強固な鉄の装飾が施されている。
まるで一つの山がそのまま門になったかのような圧迫感だ。
「ここが……ドワーフ王国の入り口……」
ランが思わず息をのむ。
門の前には、ヒューマンの商人や旅人の列が続いており、私たちも最後尾に並んだ。
つい二日前まで、巨大ゴーレムのせいで吊り橋が封鎖されていたが、"とある冒険者がたまたま通りかかって討伐"したらしく、今では行き来できるようになった。
もちろん、その"冒険者"とは私たちのことで、たまたま通りかかったわけじゃないが、ドワーフ王国には討伐者の名は伏せられている。
「どうして、ゴーレム討伐者の名前は秘密になったの?」
レーナが首をかしげる。
「……政治的な都合だってさ」
私は声を落とした。
「彼らもゴーレム討伐隊を出しては、全て返り討ちだったそうだ。冒険者がたまたま通りかかって討伐した事にしたのは、もし正式な依頼で帝国側の冒険者、しかもヒューマンが成果を挙げたと大々的に広めると気位の高いドワーフ王国側はいい気がしないだろ?」
「なるほど、そういうことね」
「帝国としても、ドワーフ王国の作る武具は上質だから、ご機嫌取りをしたいんだよ」
ドワーフ王国との付き合い方は慎重なのか、めんどくさいところに来たな。
「止まれ!」
低い声が響き、私たちは歩みを止めた。
屈強なドワーフ兵が警備しており、槍と斧を手に、私達をを睨みつけている。
「ここより先はドワーフ王国だ。旅人よ通行の証を示せ!」
私はバッグから、ジーク皇帝が発行した私たちの身分証を取り出す。
兵の一人がそれを受け取り、じっくりと目を走らせる。
「……本物の印だ。確かに帝国の証だ」
警備兵達が小さなざわめきを起こす。
だが次の瞬間、レーナが一歩前に出た。
「私はAランク冒険者、蒼天の魔法使いレーナよ!そして、帝国の身分証がある、これがただの旅ではない事くらい察してもらえないかしら!」
「ちょっ…余計な事を言うな」
胸を張るレーナの頭から、ぴょこんとアホ毛が元気よく跳ねた。
「なっ……!? Aランクだと!?」
「本当にあの“蒼天”か!?」
兵士たちがざわめき、空気が一変する。
「…なるほど、ただの旅人ではないのは理解した。帝国の身分証も確かに認める。しかし――Aランク冒険者ーーしかも有名な蒼天の二つ名を持つ者が同行しているなら、我らとしては目を離すわけにはいかん」
「えっ?」
レーナが目をパチクリさせている、
そのやりとりを断ち切るように、背後の扉が軋みをあげた。
そこから現れたのは、分厚い鉄鎧をまとい、背に巨大な戦斧を負った屈強なドワーフだった。無骨そのものの顔立ちで、眉間に皺を刻み、こちらを射抜くような眼光を向けてきた。
「静まれ!」
その一声に、場の空気が一瞬で引き締まる。
「俺はドルガン。王国の戦士にして門の監督だ」
鋭い眼差しで私たちを順に見据え、低く言い放った。
「身分証も冒険者の肩書きも認めよう。だが、高ランクの冒険者には好き勝手させられん。滞在中は俺が同行する」
「レーナが余計なこと言うからめんどくさくなったじゃん!」
「さすがレーナさん、やってくれましたね」
エレナとランの抗議に、レーナのアホ毛がしゅんと垂れ下がった。
「心配するな、同行するだけだ。宿屋まではついていかんし、行きたいところは選ばせてやる」
腕を組んだまま、ドルガンはまるで石像のように動かず言い放った。
(……めんどくさいな)
この堅物ぶりは旅の目的に問題が起こらないか心配だ。
「はぁ……じゃあ、よろしくお願いします」
「ヒューマンの女二人、獣人族の女一人、ドワーフ王国への立ち入りを許可する!」
揉めても仕方がない。私たちは互いに顔を見合わせ、渋々ながらもドルガンの同行を受け入れることにした。
「なぁドルガン監督さ……」
「…だろうな…」
門番の兵士達が何やらコソコソと話をしているが、私は気にもせず歩みを進めた。
門をくぐった瞬間、鼻をつくのは鉄と油の匂いだった。目に飛び込んできたのは、岩肌を削って築かれた巨大な通路。その両脇では、ハンマーを振るう音や金床を打つ甲高い音が絶え間なく響いていた。
「すごい……帝国とはまた違った壮観さですね」
ランが思わず声を漏らす。
建物はすべて石造りで、窓から炉の赤い光がちらちらと漏れ、煙突からは煙が立ちのぼっている。
通りを歩くのは背の低い屈強なドワーフばかりで、誰もが工具や鉱石を抱え、忙しそうに行き交っていた。
酒場の前を通れば、エールの香ばしい匂いと笑い声が飛び出してくる。だがすぐ隣では、鍛冶場から火花が散り、真っ赤に焼けた鉄を打つ姿が見える。
――まさしく「職人の国」と呼ぶにふさわしい光景だった。
「おおっ、あの串焼き、美味しそう!」
「レーナさん、まだ宿も決めてませんよ」
ランがレーナの襟を掴んでいる。
「いいじゃない、エレナ買おう!」
「……無視…」
ドルガンはというと、横目でちらりとこちらを見たものの、何も言わず歩調を崩さない。ただ、その大きな背中からは無言の圧が伝わってきた。
(このままじゃダメだ。コミュニケーションを取ろう)
「ねぇ、ドルガンさん、外から来た人でも泊まれる良い宿を知らないかな?」
私は両手のひらを合わせ、そのまま頬にくっつけてみせた。子供が眠る前にするような仕草だ。
「ねぇ、あのポーズ」
「似合いませんね」
レーナとランが私のポーズに何か言いたげだが、無視する。
ドルガンは無骨な顔をこちらに向けたが、すぐ前を見直す。
「……ドルガンと呼べ……あるにはある。商人や冒険者が泊まる宿が表通りに五つ。だがどちらも喧噪が激しい。静けさを求めるなら裏通りの“炉火亭”だ」
「へぇ、詳しいんだね」
「…仕事だからな」
会話はそこで途切れたが、素っ気ない言葉の奥に、何やら恥ずかしさを感じる。もしかすると気を配ってくれているのだろうか。
「じゃあ、せっかく教えてもらったから、そのオススメの“炉火亭”にしよう」
「……案内してやる」
そう言いつつも、ドルガンの歩幅はほんのわずかに緩んでいた。
石畳の道を抜けると、木と石で作られた立派な宿屋が見えてきた。煙突からは白い煙が立ち上り、扉の上には「炉火亭」と刻まれた木の看板が掲げられている。
「ここだ」
ドルガンが足を止め、重い扉を押し開ける。
中から現れたのは恰幅のいい女性――年季の入った前掛けをかけた女将だった。
「あらまぁ、ドルガンじゃないの。今日は仕事でなくてお客を連れてきたのかい?」
「……母よ、そうだ客人だ」
(ってことは、ここは……実家!?)
レーナが肘で私を突き、くすっと笑った。
「ねぇエレナ、二人ともそっくりね」
「……たしかに双子みたいだ」
ドルガンは渋い顔をしながらも、私たちを中へ案内した。
暖炉の火がぱちぱちと音を立てる温かな空間。木の香りが漂い、旅の疲れを癒すのに十分な雰囲気があった。
「ここなら困った事があっても母で対応できる」
そう言う彼の声はいつもより小さく、どこか気恥ずかしそうだった。
「まぁまぁ、息子がヒューマンと獣人族のお嬢さん方を連れてくるなんて初めてだよ」
「母よ、余計なことは言うな」
ドルガンは私達と目を合わせてくれない。
(……この人、もしかして恥ずかしがり?)
「はじめまして。私たち、しばらくドワーフ王国に滞在させてもらいます」
私は礼をすると、母親はぱぁっと顔を輝かせた。
「これはご丁寧に、お名前は?」
「エレナです。こちらがレーナ、そしてランです」
「みんな綺麗な名前だねぇ。我が宿へようこそお越しになられました。私は女将をやっておりますヘルダと申します」
「ドルガンのオススメでこちらに宿泊させていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「当宿屋をご指名頂きありがとうございます。お部屋はまだ空きがございます。ドルガン、ちゃんと面倒見るんだよ!」
「そ、そんな必要など……」
「この子は真面目なんだけどねぇ、女の子と話すとすぐ固まるのさ」
ドルガンは頭を抱えた。
私は思わず笑いをこらえきれなかった。
「ふふっ……じゃあ一部屋お願いします」
「そうさね!精一杯もてなすから、ゆっくりしていきな」
暖炉の火がはぜる音の中、私たちは女将ヘルダの案内の下、客室へと案内された。
部屋に荷を置き、ようやく一息ついた。
石造りの壁はひんやりとしていたが、窓から差し込む夕陽がそれを柔らかく染めている。旅の疲れがじわりと和らいでいく気がした。
「なぁ、少し街を歩いてみないか?」
窓の外を覗き込みながら提案した。
「私は疲れたから寝まーす」
レーナは既に寝転がっている。
「私はついて行きます!」
ランは元気よく手を挙げた。
ランと二人で部屋を出ると、玄関前で腕を組んだまま待っている影があった。
「……外出か?」
ドルガンだった。
「そう、散歩したい」
「蒼天は部屋か?外に出るなら俺も行く」
そう言って先に歩き出す。
(真面目だなぁ、この人……)
石畳の通りに出ると、夕暮れの王国は活気に満ちていた。鍛冶場からは赤々とした火の粉が舞い、鉄槌の音が響き渡る。市場では香辛料や鉱石を売り買いする声が飛び交い、汗を流す職人たちの逞しい姿があちこちにあった。
「わぁ……全部石造りなんですね」
ランが目を輝かせる。
「職人の国って感じだな」
私は深呼吸して、鉄と油の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
(前世の仕事でにこんな職場を見学したなーー懐かしい)
こうして私たちは、無事にドワーフ王国へ入ることができた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
ドワーフ王国に入国したはいいですが、レーナのせいで監視付きとなりました。
無骨な男ドルガンの登場です。
そして、エレナは新しい剣を見つける事ができるのでしょうかーー!?
次話は9/14日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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