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転生勇者と裏切りの聖女〜魔王討伐から始まるエレナの戦い〜  作者: WAKUTAKU
第5章 深き渓谷の国、ドワーフ王国
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その5 「ランの決意」

 朝の冷たい空気の中、私は双剣を握りしめていた。


 眠っているエレナさんと、寝言がうるさいレーナさんを起こさないよう、静かに宿を出てきた。


 昨日、ゴーレム戦で足を引っ張ってしまったことが、胸に重く残っていた。


 町の広場に立ち、深く息を吸い込む。

 朝が早い事もあり、人の通りはない。

 夜露の匂い、鳥のさえずり、ひんやりとした風。

 双剣を構え、ひと振り、またひと振り。

 兄上に叩き込まれた型を思い出しながら、何度も何度も繰り返す。


 汗が額を伝う。

 呼吸は荒く、腕も重い。

 それでも型を止めるわけにはいかなかった。


 (エレナさんみたいに強くなりたい。そして、私もいつか――)


 そう心に刻んで、私は再び双剣を振り下ろした。


* * * * *


 私は獣神ヴォルグの末娘として生まれた。

 私には腹違いの兄姉もいて、都では「獣神の血を引く者」として一目置かれる存在だったが、所詮は血筋が良いだけだ。


 物心着く頃から兄上に剣を教えてもらい、十二歳になる頃には戦士団に入って、深淵の森の巡回に参加するようになったが、弱い魔物くらいしか相手をさせてもらえず、お飾りの戦士だった。


 獣神の父は厳格で、圧倒的な力を持っていた。

 都の皆が心から父を慕っていたわけではないが、その力に逆らえる者は誰一人いなかった。

 それは家族である私もそうだ。


 "この都では圧倒的な力を持つ獣神の意見が全て"


 そう教えられ育ってきた。

 勇者が魔王を討伐した後、バイエルン帝国から一方的に交易を切られた上に、深淵の森にはまだ魔人が徘徊し、私たちは常に緊張を強いられていた。


 そんな時――父はバイエルン帝国に宣戦布告をする事を決定した。反対意見もあったが、護衛隊と戦士団は父に従うだけだった。


 反対意見の中には、私が居た。

 父は宣戦布告の理由を詳しく教えてくれなかった。


 でも、同じ人族と血を流すなんて、間違っていると父に何度も訴えたが、頑なな意志は揺るがなかった。 都の上役たちも議論の場に集められたが、結局誰も父に逆らえず、戦の流れは止められなかった。


 戦争を止めるためには、まずバイエルン帝国で何が起こっているのかを知るべきだと思った。

 私は決意し家を出た。

 変化の魔法でヒューマンに姿を変え、単身帝国へ潜入した。


 潜入したばかりの頃、クラウベルク伯爵の一人息子、ユリウスが誘拐される場面に居合わせたのだ。私は彼を救い出し、夫妻の元へ送り届けた。

 ユリウスが一生懸命説明してくれた事もあり、夫妻は私を温かく迎え入れてくれた。

 やっぱり――ヒューマンの中にも、信じられる人たちはいる。


 私の素性や事情を話すと、身分を隠しながらメイドとして屋敷に置いてくれることになった。私はその厚意に甘え、伯爵家で日々を過ごした。

 伯爵は戦争を回避したいと願っており、帝国が皇帝派と貴族派に分裂していること、現皇帝の力が強大で逆らえないこと、先日の誘拐事件は貴族派への嫌がらせで、恐らく皇帝派の仕業だと話していた。


 そして――獣人族の宣戦布告と同時に運命の出会いが訪れた。


 クラウベルク伯爵の提案で、負傷したメイドの代わりに冒険者を雇うことになった。

 依頼を出すため冒険者ギルドに行くと、蒼天の魔法使いを見かけ、猛獣使いって二つ名の人とコンビを組んでいると知った。

 私は二人と共に屋敷で働くことになった。


 二人に出会えた時、私は父を説得できるかもしれないという希望を抱いた。屋敷で共に過ごす中で、彼女たちがただの冒険者ではなく――圧倒的な本物の力を秘めた存在であることを肌で感じた。


 やがて、エレナさんに伯爵が事情を明かし、ユリウスを含めた四人で都へ向かったが、父や戦士団はすでに出立した後だった。

 エレナさんもレーナさんも戦争回避に多大な協力をしてくれた。いくつかの戦いを経て……ついに二人の協力によって、帝国と獣人族の戦は回避された。

 

 その戦いの中、本当の強さとは、"強さと想い"の両立が必要なんだと私は悟った。


 父も獣神という立場の者として、獣人族を守りたかったのだろう。頑なな父の気持ちが少しわかった。

 父も力だけではなく、獣人族への強い想いがあったからだ。

 それが"本当の強さ"に繋がると思った。


 私は決めた。

 エレナさんとレーナさんと旅をする。

 強くて人を導く力を持つエレナさんの背中を追いかけて、私も変わりたいと思ったからだ。


 だが――先日のゴーレム退治。

 私は結局、力不足で足手まといになってしまった。

 悔しかった。情けなかった。

 だからこそ、私は決心した。


 私は強くなる。

 必ず――。


* * * * *


 修行を終えた私は、朝靄の残る街路を抜けて宿屋に戻った。

 扉を開けると、静かな室内には寝息が響いている。 どうやら、エレナさんもレーナさんもまだ眠っているようだ。


 (昨日の戦いで疲れていたんだろうな…)


 布団の端から、そっとエレナさんの寝顔を覗き込んだ、その時。


 「人の寝顔を覗き見るのは感心しないぞ」


 私は思わず飛び上がりそうになった。

 エレナさんは目を開けてこちらを見ていたのだ。


 「え、起きてたんですか!?」


 「朝早くから外出するのはいいけどな、休むのもまた訓練のうちだぞ」


 その声はいつものように落ち着いていて、でもどこか優しかった。


 「……はい、わかりました」


 「おはよう、ラン。修行お疲れ様。少しは疲れ取れたか?」


 「はい、大丈夫です」


 「そっか、よかった!」


 そう言ってエレナさんは柔らかく笑った。その笑顔に、胸の奥が少し温かくなる。


 (エレナさんって不思議。元は貴族の令嬢のはずなのに、仕草や話し方がどこか男の人みたい感じる時がある…粗野なのとはまた違う)


 「?どうした?」


 「いえ、なんでもありません」


 「それならいいけど――ほら、レーナ!起きろ!」


 隣の布団に視線を向けたエレナさんは、容赦なく布団を引きはがした。


 「うぅん……あと二つ鐘後に起こして……」


 「うるさい、今起きろ!」


 むくれるように丸まるレーナさん。

 確かに彼女には人としておかしいところが多いけど、エレナさんのレーナさんへの扱いは厳しい姉のようだ。


 「夢の中でステーキをあと三枚は食べたかったのに……。あ、ラン。おはよう」


 「お、おはようございます、レーナさん」


 「……グゥー……グゥー……」


 「座ったまま寝直すな!」


 エレナさんの手がぱしんと頭を叩き、ようやくレーナさんはしぶしぶ目を開けた。


 宿屋の食堂は、パンとスープの香りで満ちていた。旅人や商人たちのざわめきが響く中、私たち三人はテーブルを囲んでいた。


 「ラン、見た?さっきのエレナの暴力。私、いつもああやって起こされるのよ。かわいそうでしょ」


 レーナさんはスープをすすりながら、憤慨したように訴える。


 「いつも二つ鐘が鳴るまで寝るのやめろよ。予定が狂うんだぞ」


 エレナさんはパンをちぎりながら冷静に返す。


 「いいじゃない。昼まで寝るのが私の心情なの」


 「その腐った心情を燃やしてやりたい」


 「残念、私の心情は不変ですから!」


 レーナさんは勝ち誇ったようにスプーンを振り上げ、またスープを啜った。


 (ほんと、無駄口ばっかりだ…)


 エレナさんは相手にせず、黙々と食事を続ける。

 けれど、レーナさんはそんなのお構いなし。エレナさんが黙っていても楽しそうに食べ続けていた。


 私はパンに蜂蜜をつけながら、思わず苦笑する。


 (この二人って本当に正反対なのに、どうして一緒にいられるんだろう)


 朝食を食べ終えると、自然と話題は今後の予定へと移っていった。


 「さて、明日まで宿屋は抑えたから、今日はこの町で旅支度をしようか。お金も結構手に入ったしな」


 エレナさんがそう言うと、レーナさんの目が輝いた。


 「ゴーレムを倒したのは私の功績が大きいから、分前は私が7割くらいでいいわよ」


 「このお金は私が旅費として管理するから」


 エレナさんがそう言うと、レーナさんはまたむくれていた。


 先日のゴーレム退治や魔物討伐で、銀貨が五十枚以上も貯まった。もともとここまでの道中で、ほとんどお金は使っていないから、旅費としてはそこそこ貯まったと思う。


 「とりあえずレーナにはこれだけ渡すから、非常食を買ってこい。夕方には戻れよ」


 「やった!行ってきます!」


 お金を貰うとレーナさんはさっと宿屋を出ていった。私たちも続いて宿屋から外出する。


 私は薬草や毒消草を少し買い足し、武器屋で砥石も見て回った。エレナさんはというと、布屋で服と下着を選んでいたようだ。


 「これなんか似合うんじゃないですか?」


 「……ランは誰かさんと違ってセンスいいな」


 「えへへ」


 そんなやりとりをしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。


 宿屋には私達が先に戻っていた。

 レーナさんは干し肉やチーズ、保存パンを両手いっぱいに抱えて戻ってきた。


 その日の夕食は、焼いた魚と温かいシチュー。

 街の喧騒も次第に静まり、夜の帳がゆっくりと下りていく。


 「明日からまた長旅だし、今日は早めに休もうな」


 「賛成!」


 「はい!」


 私たちは部屋に引き上げ、明日からの旅に備えて眠りについた。


* * * * *


 翌朝ーー。

 身支度を整え、私たちは宿屋を出た。


 吊り橋は馬車が通れる造りではなかったため、馬のブレイザーと馬車は宿に預けることになった。ブレイザーは鼻を鳴らし、不満そうに足を踏み鳴らしていた。――あの馬は、人間のように表情豊かだ。


 「レーナが起きないから、もう二つ鐘が鳴る頃になったじゃないか!」


 「仕方ないじゃない。私の体はたくさん寝ないと回復しないのよ」


 「今度起きなかったら置いていく」


 「ひどいわ。でもねぇラン、この人いつもこう言うのよ。でも結局は起こしてくれるんだから」


 「わかりました。今度から私も手伝います。爪で引っかきますね」


 「ランまで!?……もういいわよ!」


 そんな軽口を交わしながら、私たちは吊り橋へとたどり着いた。


 「……ねぇラン、手を繋いでくれるかしら」

 

 レーナさんは小声でそう言った。

 そうだ、この人は高いところが苦手だった。


 「わかりました。でも黙って着いてきてください」


 「……はい」


 私はレーナさんの手を握り、へっぴり腰の彼女を導いた。エレナさんはもうとっくに向こう側で腕を組んで待っている。渡り切ったとき、レーナさんはもうぐったりしていた。


 「ここがゴーレムを倒した場所でしたけど……残骸、残っていませんね?」


 「恐らく、体を形作っていたのは岩じゃなく魔力。魔素になって消えたんだろう」


 「そうなんですね。不思議です」


 エレナさんは右手のオリハルコンの小手をじっと見つめていた。


 「エレナさん?どうされました?」


 「ん? いや、なんでもないよ。さ、先を急ごう」


 私は頷き、疲れ切ったレーナさんを促した。


 「ほら、レーナさん。行きますよ」


 「まってぇ……まだ腰が抜けて……」


 そうして私たちは再び歩き出した。


 渓谷の向こうにあるのは、古き鍛冶の国――ドワーフ王国。

 

 この旅はまだ始まったばかりだ。


 エレナさんとレーナさん、この二人と共に歩む限り、私は必ず強くなれる。


 そしていつか、この旅そのものが、私にとってかけがえのない財産になるのだと信じている。

 読者の皆様、いつもありがとうございます。

 今回は、前章で仲間となったランの視点から物語を描きました。

 獣人族という、「言葉だけではなく強さを示さなければ意見が通らない」一族で育った彼女。

 都にいた頃は「獣神の娘」という特別な立場ゆえに、本当の意味での強さを知ることはありませんでした。

 そんな彼女にとって大きな転機となったのが――エレナとレーナとの出会いです。

 この旅でランがどう変わっていくのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。


 次話は9/13土曜日22時に公開予定です。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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