その3 「ゴーレム退治、依頼開始」
宿屋でしっかりと休んだ私たちは、一つ鐘が鳴る前――まだ朝もやが残る時間に町を出発した。
ブレイザーと馬車を宿屋に預け、徒歩で渓谷を目指す。
草原の朝はひんやりと冷たく、吐く息が白くなる。遠くで黒鳥が鳴き、静かなはずの景色に不穏な気配を添えていた。
道中、ウォーウルフの群れが深い草むらの影から飛び出してきた。ツヤツヤの黒の毛並みに赤い眼。獲物を見つけた肉食魔物の目だ。
「ラン、左から二匹!」
「任せてください!」
ランが双剣を閃かせ、素早く二匹の首筋を切り裂く。血が地面に散るより早く、私とレーナの魔法が残りを一掃した。
「ふぅ…なんか魔物多くない?」
剣を収めながら呟く。
ここまでで、ゴブリンとオークにも出くわした。
さらに進むと、今度はスライムが道を覆っていた。ぬるりと光を反射しながら、青々しい色の体がぴちゃり、ぴちゃりと音を立てて近づいてくる。
「こういうのはまとめて――《サンダー》!」
レーナの雷の槍が地面を貫き、スライムたちが黒い煙を上げて消滅した。
魔物がかなり出てきたが、私たち三人にとっては準備運動にすぎないレベルだ。
やがて、岩肌がむき出しの渓谷が姿を現した。
谷底から吹き上げる風が冷たく、ひゅうひゅうと不気味な音を立てている。
その谷をしっかりとした木製の吊り橋が繋いでいる。
「……あの先にゴーレムが出るんですね」
ランがごくりと唾を飲み込む。
「行こうか、二人とも準備はいい?」
私たちはうなずき合い、吊り橋の方へと足を進めた。
一旦、吊り橋の手前で足を止め、ゴーレムについて確認した。
この世界のゴーレム――それは岩がそのまま人型になって動き出したような魔物だ。表面は鋼鉄よりも硬い岩肌に覆われ、巨体から繰り出される一撃は小さな門くらいなら粉砕する。魔法耐性も持っており、並の攻撃魔法はほとんど通用しない。魔人すら上回る力があり、単体で十体以上の魔人を相手取れるほどだ。
私が魔王城で見たゴーレムは、少なくとも身長五メートルはあった。
「レーナはゴーレムと戦ったことあるの?」
「あるわ……かなり苦労した」
レーナは肩をすくめながらも、表情が引き締まっていた。
(珍しく顔が引き締まってるな)
「ランは?」
「私は噂程度しか聞いたことないです……」
「こうしようか、ランは足元を、私は上半身を攻撃」
私も少し緊張していた。
なかなか出会す魔物ではないからだ。
「気を引き締めていこう。橋を渡り切ったら注意」
私たちは互いにうなずき合い、吊り橋を踏み出した。
橋を半分ほど渡ったところで、一番後ろを歩いていたレーナがぴたりと動きを止めた。
「どうした?」
私が声をかけると、彼女はぎこちなく振り返り、青ざめた顔で言った。
「わ、私……こんな高いとこ苦手なの……」
「なんだ、高所恐怖症なのか?」
(なるほど、あの顔は怖くて強張ってたのか)
「こうしょきょう?…それがなんなのか知らないけど、とにかく怖いの!足が震えるの!」
「そういうのを高所恐怖症って言うんだよ」
ランが首をかしげ、興味深そうに口を挟んだ。
「レーナさんにも怖いものがあるんですね?」
「ほんと、可愛いとこあるじゃん」
私が笑った瞬間、レーナの目が吊り上がった。
「笑ってないで!手を繋いでー!」
「はいはい、お嬢ちゃん、手を繋いであげます」
「エレナ…あとではっ倒すからね」
「そんなこと言うなら置いていくよー」
「待って!ごめんなさい!」
レーナは涙目で私の手をぎゅうっと握ってきた。
谷底から吹き上げる冷たい風が彼女のマントをはためかせ、丈夫とはいえ風で揺れる吊り橋が余計に不安を煽っているらしい。
ランと私はつい顔を見合わせて笑ってしまった。
ようやく吊り橋を渡りきった。
レーナはその場にぺたりと座り込み、肩で大きく息をしていた。
「……や、やっと渡れた……」
「おつかれ。よく頑張ったな」
私とランが苦笑しながら水筒を差し出す。
――その瞬間だった。
ズゥゥゥン……!
大地の奥底から響くような重低音が、谷全体を震わせた。
「な、何の音……?」
ランが息を呑み、私たちは一斉に谷の向こうを見た。
岩壁が崩れ落ちるようにして、巨人のような影が現れた。
「……でっっか!」
それは私が魔王城で見たものよりも、さらに巨大だった。
岩の塊が寄せ集まって人型を成し、頭頂は十メートルはあろうかという巨体。岩と岩がきしむたびに、ゴリゴリと耳をつんざく不快な音が鳴り、両腕を振るだけで岩屑が地面に降り注いだ。
「……こ、こんなに大きいんですね……」
ランが双剣を構え、レーナは杖を握りしめる。
「いや…前に見たのはここまでなかった…」
周囲には私たち以外の人影はない。
私は一歩前に出て、右手に左手を添える。
空気が震え、右手のオリハルコン鉄甲が光の粒子のように煌めき、私の右手の中に私の剣クラウ・ソラが顕現した。
「行くぞ!」
私がまず飛び出した。
レーナがすかさず魔法を放つ。
「《ファイアボール》!」
火球が轟音と共にゴーレムの胸に直撃した。
爆炎が広がり、岩肌を焼くように煙が立ち上る。
「せいっ!」
ランが双剣を逆手に握り、巨体の足回りに斬り込む。鋭い刃が岩と岩の隙間を狙って閃いた。
私も続けざまに胴体へと剣を振るい着地する。
クラウ・ソラの光刃が岩肌を切り裂いた――かに見えたが。
「……やはり、効いてない」
煙の中から現れたゴーレムは、びくともしなかった。
焦げ跡や小さな傷はついているが、その巨体にとってはただの擦り傷程度に過ぎない。
「グォォォォォォォン!!!」
咆哮とも地鳴りともつかぬ音が谷に響き渡る。
巨腕が振り下ろされ、地面に叩きつけられた瞬間、衝撃波で大地が裂けた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
私とランは飛び退いて難なく避けたが、周囲の地面には大きな亀裂が走り、砂塵が巻き上がる。
まるで地震のように大地全体が揺れていた。
「ちょっと! 威力がでかすぎるわよ!」
レーナが顔をしかめながら叫ぶ。
私は剣を構え直し、ゴーレムを睨みつけた。
(正面からじゃ埒があかない……)
そのとき、レーナが声を張り上げた。
「ねぇ、二人とも!私が"集合"って言うまで、時間を稼いでくれない?」
「何か考えがあるのか!」
「あるわ!」
彼女の瞳には迷いのない光が宿っていた。
私は頷き、ランと視線を交わした。
「よし、ラン、時間を稼ぐぞ!」
「任せてください!」
二人で同時に駆け出し、ゴーレムの注意を引きつけた。
ランは双剣を閃かせて足元を狙い、私は上半身を執拗に切りつける。
何度も二人で攻撃して金属を叩くような甲高い音が響いたが――やはり硬い。
「くっ…手応えがないな」
レーナは杖を地面に刺し、両手を天に掲げ、大きな魔法を使う準備をしているようだ。
「レーナ!あとどのくらいだ!」
「もうちょい!」
その間にも、ゴーレムの巨大な足が振り下ろされる。地面が砕け、衝撃で砂塵が舞い上がった。
ランは必死に避けていたが、額に汗を浮かべて動きが重くなっているのが見て取れる。
「ラン、一旦引いて!レーナのそばへ!」
「まだやれます!」
強がるランの声が響いた直後――。
ゴーレムの拳が地面を叩き砕き、その衝撃で飛び散った破片がランを直撃した。
「くっ……!」
体ごと吹き飛ばされたランは、レーナのそばまで転がる。起き上がれたものの、その表情には痛みが滲んでいた。
「ラン、大丈夫?」
「ええ、まだ……やれます……」
それでも膝が震えている。
「すぐに回復するから待ってなさい」
レーナは左手で回復魔法《癒光》を使う。
ランの体を淡い光が包み込む。
魔法を同時に複数使っているのレーナを見て、ランは悔しそうだ。
「こっちだ!ノロマ!」
私は剣を構え、ゴーレムを挑発する。
ちょっと――試したい技があった。
巨体の足を駆け上がり、腕の突起を蹴ってさらに高く跳ぶ。
頭部にまで到達した瞬間、渾身の力でその額を蹴り、さらに空高く舞い上がった。
空中で体を捻り、回転をつけて――。
「うりゃあああ!!」
クラウ・ソラが閃き、ゴーレムの左肩を大きく斬り裂いた。
「グォォォォォ!!」
岩が砕ける悲鳴のような咆哮が響き、巨体がのけぞる。
さらに、垂れ下がった左肩に魔力を込めた蹴りを叩き込む。
「ドゴォォォン!」
轟音と共にゴーレムはバランスを崩し、地響きを立てて尻餅をついた。
「集合!!」
レーナの掛け声に、私たちは一斉に跳び上がる。
私とランは、レーナが土魔法で作り出した土台を足場にして待機。
レーナは杖を掲げ、魔力を空へと注ぎ込んでいた。
「テンペストレイン!!」
瞬間、ゴーレムの頭上にだけ黒雲が渦を巻き、滝のような雨が降り注ぐ。
轟々と叩きつける雨水に、巨体が軋みながら軋み、立ち上がろうとするも膝を折った。
「この雨で体を柔らかくしようってことか?」
「そう。前に遭遇した時に試したら効いたのよ」
「ラン、ダメージは大丈夫か?」
「レーナさんが回復してくれたから……大丈夫です。すみません、エレナさんに頼ってしまって」
「いいんだよ。仲間なんだから」
滝のような雨は吊り橋の方へ流れ、谷底へと轟々と落ちていく。
「雨が激し過ぎてゴーレムが見えないーー奴はどうなった!?」
読者の皆様、いつもありがとうございます。
ドワーフ王国に向かうために、エレナ達はゴーレム討伐に向かいます。巨体で物理攻撃も魔法も効きにくいため苦戦しますが、レーナの魔法が炸裂します!
果たしてゴーレムを倒せているのでしょうかーー!?
次話は9/9火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。
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