その20 「いざ、ドワーフ王国へ」
怪我をしていたメイド達が全員復帰した事もあり、私とレーナは、冒険者ギルドへ依頼完了の報告に向かった。
「お二人とも依頼完了という事でお疲れ様でした。エレナさんはイメチェンですか?お似合いですよ」
「ありがとう!そう、気分転換のためにね」
「それと、エレナさんは勇者には会えなかったんですか?」
「私?いや、ご存知の通り怪我して寝込んでいたから…」
「あ…残念でしたね。名前が同じだからお会いしたのかと思っていました。相棒のレーナさんはだいぶご活躍されたみたいですね」
「そうよ、私が居なければ勇者も負けてたでしょうね」
レーナは腕を組んで踏ん反り返っている。
皇帝陛下の計らいで、冒険者ギルド内では「勇者と蒼天の魔法使いが怪物を討伐した」ということになっており、Bランク冒険者エレナはただの負傷者扱い。
……上手く誤魔化してくれたもんだ。
「やばいわエレナ!この銀貨の数!」
レーナが袋の中を見て目を丸くする。
「部屋に戻ったら分けるからな」
「獣人族三百人を相手にした私の方が多いのは当然よね」
「私から借金してた分は引かせてもらうぞ」
「なによー!ケチくさいわね!」
勝手に言ってろ、という気分で私はギルドを後にした。レーナはここに来るまでの間にもあれこれ買い食いをしていた。
(あいつの胃袋はどうなってんだ。)
帰り道に武器屋へ立ち寄ったが、どの剣も私の力に耐えられそうにない。
レーナが腕を組みながらぽつりと言った。
「ねぇエレナ。逆方向になるけど、一度ドワーフ王国に行ってみない?あそこなら伝説級の鍛冶師がいるわ。クラウ・ソラを実体の剣として扱えるようにする方法があるかもしれない」
ドワーフ王国――バイエルン帝国の南東、険しい渓谷の向こうにある鍛冶と鉱山の国。古の時代から名剣や魔導具を作り続け、人族も獣人族も、時にはエルフすらも頼る技術力を誇る国だ。
私は少し戸惑った。そこはイグニス王国との国境近く、私が転移したリレトの森の南に広がる渓谷――そして、ブレイジング領の近くだったからだ。
「どうする? 嫌ならやめてもいいのよ」
「かなり遠回りになるな……いや、行こう。武器は必要だし……お墓参りをしたいから」
レーナは少しだけ目を細めた。
夢か幻かわからないけれど、助けてくれた家族にお礼を伝えたい。
「そう。エレナが大丈夫なら、いいけどね。ちなみに私の杖もドワーフ王国で作られた物らしいわ」
「その杖、出来がいいもんな。」
クラウベルク邸に戻ると、私たちはランに次の行き先を伝えた。
「じゃあ、新しい剣ができるんですね!見てみたいです!」
ランは目を輝かせている。
「まぁできるかはわからないけどね。これまで使ってきた剣もドワーフ製があったし、ダメな可能性の方が良い高いと思う」
「私、ドワーフ王国は初めてだから楽しみです」
そんな話をしていると、レーナが出かける支度を始めた。
「じゃあ、私、皇帝に呼ばれてるから」
「え、レーナだけ?」
「私はAランク冒険者様だからね。特別にお礼がしたいんでしょ。夜には戻るわよ」
――彼女が何の用事で呼ばれたのか、想像はついていた。
だが結局、レーナが屋敷に戻ってきたのは夜明け近くで、私とランが朝食の席に向かった時には、すでに暴食女――いや、レーナがパンを頬張っていた。
「あら?遅いわね」
「遅いわねじゃないだろ。昨日帰ってこなかったんだぞ。待ってたんだよ」
「それはごめんなさい。少し考え事してたら、城の客間で寝ちゃってたのよ」
「……まぁいいけど。皇帝とは良い話できたのか?」
レーナはパンをちぎりながら肩をすくめる。
「まぁね。今度ちゃんと話すわ」
私はそれ以上は深く聞かず、ランと一緒に席についた。
香ばしいパンの匂いと温かいスープの湯気が、ようやく日常に戻ってきたことを感じさせてくれた。
同時に――そろそろ旅支度を整え、この屋敷を離れる時が近いことも悟らせる。
朝食を終えた私たち三人は、テーブルに地図を広げ、今後のことを話し合った。
決まった目的は五つ。
・ドワーフ王国でエレナの使える剣を探す。
・新生魔王軍の情報を集める。
・回復ができる魔人を調査する。
・ブレイジング領でお墓参りをする。
・そして魔王城へ向かう。
「魔王城がそのまま使われているとは限らないけど……そこに行けば何かわかる気がする」
「でも遠いですから、よく準備しなきゃですね」
「このパーティーは食費かかるから頑張りましょうね」
「食費は各自で管理しよう。レーナがお金なくなっても助けないというルールを今決めた」
「ちょっと!?ひどいわね!ねぇランは助けてくれるわよね?」
「え?あ、私もエレナさんに賛成です」
「裏切ったわね!?」
地図の上で次の行き先を決めながらも、屋敷の食堂には終始笑い声が響いていた。
「楽しそうな声が聞こえるわね」
クラウベルク伯爵夫人が、使用人用の食堂に姿を見せられた。
「夫人、おはようございます」
「ご機嫌よう。何をそんなに楽しそうに話しているのかしら」
「いえ、旅の旅費は各自で管理して、レーナが困っても助けないって話です」
「それは良い事です。レーナさんももう大人なんですから、しっかりしなさいな」
「はい……」
(めずらしいな、言い返さないのか?)
夫人はこつこつとヒールの音を立てながら私の横に来られた。
その横顔には、どこか懐かしそうな影が差していた。
「エレナさんのお母様……お名前は、もしかしてエレオノラさんではありませんか?」
「そうですけど……母をご存知なんですか?」
確か夫人の年齢は、私よりかなり上だったよな。
なかなか子宝に恵まれず、やっと生まれたのがユリウスだと以前執事のロバートさんに聞いた気がする。
「ええ、やはり。髪の色を見て思い出しました。最も彼女はもう少し明るい金髪でしたね。彼女とはイグニス王国とバイエルン帝国の交易のための騎士団手合わせで、二度だけ剣を交えたことがあるのです。とても強い剣士でした。あなたはその血を引いているのですね」
「夫人も……剣を使えるんですね!?」
「ええ、私は若い頃、騎士団に所属していましたのよ。今はもう前のようには行きませんが…」
夫人は少し懐かしむように微笑んだ。
次に視線はレーナへと向けられた。
「レーナさん、陛下から伝えられたと思いますが、あなたのお母様は剣士でしたが、とても優秀な方でした。お父様や当時の皇帝陛下を、陰でよく支えておられました。亡くなられた時は……本当に気の毒でした」
「……ありがとうございます、夫人」
「ランも二人の姿をよく見て、しっかり頑張りなさい。そして、またこの屋敷に戻ること」
「はい、奥様。ありがとうございます」
「それでは、また後ほど」
夫人は静かに部屋を出て行かれた。
ヒールの音が遠ざかるまで、私たちはしばし無言のまま、その背中を見送っていた。
夫人を見送った後、私たちはそれぞれ役割を分けて旅の準備を始めた。
明日の朝には出立するつもりだ。
ーー準備もほぼ終わり、三つ鐘が鳴る頃――クラウベルク伯爵から呼び出しを受けた。
「エレナ、帝国だけでなく獣人族の都も……君には返しきれない恩ができたな」
伯爵は深く息を吐き、静かな声で続ける。
「君がいなければ、このまま魔族の思う壺で戦争が続いていただろう。帝都だけでなく、国全体が危機に陥るところだった。本当に感謝している」
「いえ、伯爵。皇帝陛下からすでにお礼を言われています。どうかお気になさらないでください」
「……ありがとう。帝国貴族や臣民は、今や勇者エレナを応援している。だが――まだ身分を隠さなければならないのかね?」
私は少し考えてから答えた。
「勇者の名を使えば便利ですが……今は、普通の私として旅をしてみたいのです」
伯爵はしばし黙し、やがてわずかに微笑んだ。
「なるほど……ならば何も言うまい。出立は盛大にせずというのも理解している。陛下からもくれぐれもよろしく伝えるようにと言われた」
「はい。陛下にもどうぞよろしくお伝え下さい」
「それでは、夕食の席でまた話そう」
「はい、楽しみです」
その夜、クラウベルク伯爵邸ではささやかながらも豪華な晩餐が用意された。
「さぁ、どんどん食べなさい!」
伯爵がワインを手にしながら笑みを浮かべる。
「伯爵様、もう十分すぎるほど食べてますよ」
ランが困った顔で横を見やると――そこには肉の山を前に満面の笑みを浮かべたレーナの姿があった。
「うっま! ここの料理人、やっぱり最高ね!」
彼女の勢いに料理人たちが目を丸くし、伯爵夫人はくすりと笑みを漏らした。
食事の合間、ユリウスが私の前に座り、真剣な表情で言った。
「僕、もっと強くなります。そして、エレナのことは師匠と呼ばせてもらうからね」
まだ幼さの残る顔に宿る決意に、私は頷くしかなかった。
「期待してるよ、一番弟子」
やがて晩餐も終わりに近づく頃、伯爵が立ち上がった。
「エレナ、レーナ、ラン……今回は本当にありがとう。心ばかりのお礼として、これを受け取ってほしい」
そう言って差し出されたのは、旅費としての資金袋と、渓谷地帯の古い地図だった。
「陛下に頼んで探してもらったドワーフ王国までの地図と路銀だ。危険な道だと聞いているが必ず帰ってきてほしい」
「伯爵……ありがとうございます。必ず無事に帰ってきます」
その夜はお開きとなり、私たち三人は用意された部屋で各自早めに睡眠をとる事にした。
翌朝ーー。
まだ朝靄の残る中庭に、馬と馬車が用意され、一行は出発の準備を整えていた。
獣人族の都から帝都まで私を連れてきてくれた馬がこの旅の仲間となってくれた。
ランの使用人だった虎耳の女性から譲り受けた。
「ブレイザーこれからもよろしくな」
「ヒヒィィーン」
ブレイザーとは、私が生まれたブレイジング領では炎のように駆けるという意味がある。
彼にはぴったりの名前だ。
クラウベルク伯爵夫妻は正装で見送りに立ち、ユリウスはランの手をぎゅっと握りしめた。
「必ず……戻ってきてね」
「はい、必ず」
二人は何故か既に熱々のカップルに見える。
「エレナ、またいずれ会おう」
「はい、伯爵様もお体に気をつけて」
伯爵が私から少し離れると、夫人は私に近づき、母親のように優しく抱きしめた。
「どうか気をつけて、エレナさん……」
「ありがとうございます、伯爵夫人。行ってきます」
レーナが馬上から大きな声を上げた。
「さぁ出発よ! 次はドワーフ王国!」
私たちは手を振るユリウス、クラウベルク伯爵夫妻、執事のロバート、メイド長のグレタ、見送りの人々に応え、馬車を進めた。
こうして――新たな旅が始まる。




