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その12 「エレナvs.獣神ヴォルグ」

 中庭の木が大きく軋み、音を立てて倒れた。

 その瞬間、私と獣神ヴォルグは同時に地を蹴った。

 爪と剣が交錯し、火花と空気が弾けた。

 獣神の爪は金属のような硬さだ。


 (――爪がなんでこんなに硬いんだ!)


 伝わる衝撃からして、私は力負けしている。

 ヴォルグは愉快そうに牙を剥いてきた。


 「なにがおかしい!」


 横薙ぎの剣を避けられ、私は構え直す。

 だが奴は私の間合いから軽く跳躍し、口から紅蓮の塊を吐き出した――ファイアボールだ。


 「火炎弾!」


 咄嗟にこちらも魔法を放つ。火と火がぶつかり合い、爆ぜる熱風が肌を焼く。


 「ほう、見事だ」


 獣神の目が鋭く細められる。


 「皇帝を守ったときも、今の相殺も、すべてが最短の動きだ。初撃は最短で我の手首を狙っていたな。ヒューマンにしてはなかなかだ」


 「……」


 「貴様、冒険者ランクは?」


 「Bだよ」


 「……その動きでBか。ヒューマンの目は節穴だな」


 「嬉しい事言ってくれるね!」


 地面を強く蹴った。剣が淡い光を帯び、左腕へと最速の一閃を放つ――が、金属を叩くような音と共に、鋭い爪一本が刃を止めた。


 「なっ……!」


 (まただ、私が得意な一撃必殺の剣を指先ひとつでいとも簡単に…)


 「だが、狙いがつまらん」


 次の瞬間、獣神の左足の蹴りが横薙ぎに迫る。かろうじて体を捻って避けるが、その風圧だけで地面の砂利が舞い上がり、体が揺れる。


 体制を整えつつ地面に着地した。


 「貴様、我を殺そうと向かってきてないな」


 「…友達の家族を殺したくはないからだ」


 一瞬睨み合った後――獣神の姿が消えた。


 「っ!?」


 四方から足音。右、左、前、後ろ。全てが同時に迫る。背筋を冷たいものが走る。


 (――後ろ!)


 反射的に振り向き剣を横に構え、爪を受け止める。

 衝撃が腕に走る。


 「お、重っ!…魔法剣!」


 即座に炎を纏わせて弾き返し、炎の斬撃を叩き込むが――


 「そんなものは効かん」


 獣神の体どころか毛皮にすら、傷がつかなかった。


 「本気で来ないと我には傷がつかんぞ!」


 力も速さも、魔法耐性すらも持ち合わせている。

 普通なら絶望する場面だ。


 だが――


 (おかしいな。負けているのに、少し楽しい)


 胸の奥で、戦いの高揚感が湧き上がる。


 本気を出しても大丈夫な相手ーー膂力変換魔法を使う事にした。

 血流が早まり、耳の奥で自分の心臓の鼓動が爆音のように響く。


 獣神へ向けて最速の踏み込み――火炎を纏わせた刃が獣神の肩口を裂き、赤い血が飛ぶ。


 「やるじゃねぇか」


 口元に笑みを浮かべた獣神。その声に重なるように、私は叫ぶ。


 「まだまだ!」


 足裏から全身へ、膂力変換魔法で生み出した膨大な魔力が一気に体中の血管を駆け巡る。


 剣と爪が幾度も交錯し、火花が中庭に散った。

 今や速度も力も、互いに一歩も譲らない。剣先が爪を弾き、爪が刃を裂く。

 衝撃が腕を抜けて背骨まで響くが、それでも前へ。


 「くっ……!」


 渾身の突きをヴォルグが受け止めた瞬間――

 鋼の悲鳴のような音が響き、私の剣が根元からひび割れる。


 「武器がなくなったらどうする!」


 次の一撃で、刃が半ばから折れ、金属片が宙を舞った。


 「……ちっ!」


 握りしめた柄を投げ捨て、私は即座に拳を固める。

 ヴォルグの爪と拳をぶつけ合い、足技を交えた近接戦に切り替える。


 爪が拳に、蹴りを受ける腕が軋む。

 何度も何度もお互い攻撃と防御の繰り返し。

 獣神は笑いながら獣のしなやかさで反撃してくる。


 「な、なんだあの戦いは……!」


 遠巻きに見ていた騎士団が息を呑む。


 「剣がなくて格闘でも互角……」


 砂と血飛沫が舞う中、二人の影が何度も交差し、石畳に亀裂が走っていく。


 さらに踏み込む――が、視界が揺れ、呼吸が浅くなる。


 (あ、やばい。思ったよりダメージが…)


 思えば、馬を降りてから、帝都内を走り回り、ここに来るまでの間にも膂力変換魔法を使っていた。


 (使いすぎたかーー)


 足がもつれた瞬間、腹部に鈍い衝撃。

 獣神の拳がめり込み、肺から空気が押し出される。


 宙を舞い、石畳を何度も転がる。

 息が詰まり、視界が滲む。立ち上がろうとするが、膝が震えて言うことをきかない。


 「これで終いか?」


 獣神の声が、地を踏みしめる音と共に近づく。


 (……立てよ、私の体)


 歯を食いしばり、拳を握り直す。

 肩も腹も痛む、呼吸も荒い、片膝をつきながら立ち上がる。

 それでも尚ーー私の口元には笑みが浮かんでいた。


 「……当然、まだやる」


 獣神がわずかに目を見開き、次いで口角を上げた。


 「ほう……面白い」



 私と一定の距離をとったところで、獣神ヴォルグはぴたりと足を止めた。


 (格闘は不利だ……だが、ここで《クラウ・ソラ》を顕現させれば、正体が――)


 迷いが脳裏をかすめた、その瞬間だった。


 ――ザシュッ!


 目の前の石畳に、一振りの剣が鋭く突き刺さる。


 「!」


 「エレナ! 新しい剣よ!」


 ぱっと振り向くと、黒いローブと青い髪をはためかせて立つレーナの姿。

 その余裕の笑みに、胸の奥が一気に軽くなった。


 「レーナ! そっちはどうなった!?」


 「決まってるじゃない、護衛隊も戦士団も引き返したわ」


 その一言で、獣神の顔がみるみる険しくなる。


 「何……!? それは本当か!?」


 「本当よ。獣人族の皆様には都にお帰りいただいたわ」


 「……」


 獣神は黙り込み、瞳の奥に怒りが宿る。

 レーナの隣には、一人の屈強な獣人族の男が立っていた。


 「ガング!!貴様、おめおめとその女に着いてきたというのか!」


 「父上……申し訳ない。この魔法使い一人に、我らは敗れた……圧倒的な程に…」


 「馬鹿な!あの人数で負けるなど、考えられるか!」


 「すまない……だが、事実だ。彼女の方が強かった。それだけだ」


 親子の言葉が鋭くぶつかり合う中、レーナは腰に手を当て、ふんぞり返った。


 「というわけで、獣神さん。もうやめて、一度都に帰らない?」


 レーナかふんぞり返ったまま、獣神に問いかけた。


 私は突き刺さった剣の柄を握りしめ、問いかける。


 「そういうことらしいけど……どうする?」


 獣神ヴォルグは一瞬だけ目を閉じ、低く唸るように息を吐いた。


 そして、燃えるような眼光でこちらを見据えたまま、叫ぶ。


 「――ならば、もう遠慮はいらんな!お前らを皆殺しにした上で、遺産を持ち帰る!!」


 「っ!?」


 中庭の空気が一変する。


 ヴォルグが両腕を天へと高く掲げ、獣の咆哮のような声で何かを唱え始めた。


 次の瞬間――


 ズガァァァンッ!!


 漆黒の雷光が天から落ち、ヴォルグの身体を直撃する。凄まじい閃光と轟音に、周囲の兵士達も耳を塞いだ。石畳が砕け、土砂と火花が混じった煙が渦を巻く。


 「なっ……なんだ!?」


 目を細めても、煙の向こうは何も見えない。

だが――空気が、重くなる。息が詰まるほどの威圧感。背筋に冷たいものが走った。


 煙の中で、何か巨大な影が蠢いた。

 咄嗟に私は防御の姿勢を取る。

 だが――


 ドゴォォンッ!!


 凄まじい衝撃が身体を直撃し、宙を舞った。

 次の瞬間、私はレーナたちの横の石壁に叩きつけられる。肺の中の空気が一瞬で抜け、荒い息が漏れた。


 「エレナ!!」


 レーナの声が耳に届く。


 「……いや、大丈夫……」


 必死に立ち上がるが、まだ視界は揺れていた。


 煙が晴れていく。

 そこに現れたのは――


 黄金色のたてがみを持つ、巨大な獅子。

 人の背丈の三倍はあろうかという筋骨隆々の体躯。

 その瞳は燃えるような金色に輝き、ただ立っているだけで地面が震える。


 「あ……あ……あれは……!」


 震える声でガングが呟く。


 「初代獣神様のお姿……」


 「「初代……の姿?」」


 私とレーナはお互い声か重なり合った。

 ガングは両手を握りしめ、恐怖に体を震わせている。


 「これは……」


 私は剣を握り直し、思わず苦笑する。


 「結構ヤバめだな」


 次の瞬間、初代獣神の咆哮が帝都全域に響き渡った。


 読者の皆様、いつもありがとうございます。

 次話は8/16土曜日22時に公開予定です。

 レーナvs.獣神如何だったでしょうか?

 この戦い、もうしばらく続きます。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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