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その1 「森を彷徨う勇者」

 魔王城から転移して二日後ー


 私は、森の中を一人彷徨い歩いている。


 使用した転移の魔法具は、あの場所から最も遠いところに転移する道具だ。初めて使ったが、遠くに逃げられたのだろうか。


 茂る木々の間を抜けるたびに、葉が顔や腕を掠め、湿った土の匂いが鼻を突く。既に日は落ちて辺りは真っ暗だが、寒さを感じる余裕はなかった。


 仲間を殺した光の聖女ーー僧侶リサから逃げ出した事が、私の足取りを重くする。


 (情けない話だ、おめおめと逃げ出して…)


 リサの狂ったような微笑みと冷たい眼差しの両方が脳裏に焼き付いて離れない。


 「あの映像……私が本当にやったのか…」


 答えの出ない疑問や情けなさが頭を占めている。


 川を見つけたので、そこで水分補給をする。


 お腹も空いたし、少しだけお腹も痛い、そんな状況も関係しているのかもしれないが、少しネガティブになっている。


 (まぁ砂漠に転移しなかっただけよしとするか)


 血が足りないのか、体が思ったように動かない。

 少しの休憩を挟みながら寝ずに歩き続けた結果、なんとか森を抜けて街道に出る事ができた。


 霧が立ち込める山道が視界に広がり、木々の隙間に、見覚えのある古びた建物の輪郭がぼんやりと浮かび上がった。


 「あれは……」


 足を止め、目を凝らす。


 所々色の違う木材で補修されている屋根、扉の横に置かれた壊れた樽や薪――ちょうど二年くらい前に立ち寄った山小屋に間違いなかった。


 自然と足が早まる。この小屋があるという事で自分がどこにいるのかはっきりとわかった。


 足音を立てずに小屋に近づく。


 (……誰かいる?)


 一瞬、警戒心が走る。扉の隙間から、かすかに漏れる灯りが見えた。それを確認すると同時に、心の中に生まれた安堵感は霧散してしまった。


 (冒険者かな…今は誰にも会いたくないな…)


 休憩する未練を振り切るようにその場を後にした。


 しかし、小屋のおかげでここがイグニス王国と隣国のバイエルン帝国の国境付近にあるリレトの森だとわかった。かつて旅の途中で立ち寄ったことのある街が森を抜けた近くにあるはず


 バイエルン帝国は、私の生まれ故郷であるイグニス王国の隣国であり、このリレトの森はちょうど国境沿いにある大きな森だ。この森にはある特徴があって

 

 「またスライムか、本当に、もう…」


 出現する魔物がスライムばかりなのも実はリレトの森ならではである。

 疲れもあるから戦わず、スライムを無視して進む。


 あの小屋から街までは、普通に歩けば一日だったはずだ。


 街が近づく前に、髪に染色の魔法をかける。この白銀の髪色は『勇者エレナ』を連想させる目立つ特徴のひとつ。


 (ふぅ、これでバレないだろう)


 誇らしかった髪色を茶髪に染め、腰まであった髪の毛を肩口あたりまで切った。切った髪の毛を魔法で燃やして、髪を指で軽く整え、無言で街の門を目指す。


 歩き続けて一日半経過したところで、街の門が見えてきた。


"城壁都市パラナ"

 この街は、魔王軍の基地に近かったため、高い城壁のような頑丈な壁に守られており、帝国騎士団が常駐している。冒険者や商人が多いため宿屋も多く、身を隠すにはちょうどいい。


 街道を馬車で通行していた商人に交渉し、金貨2枚で旅人用のマントを購入して、護衛の冒険者として検問を一緒に通過させてもらう事にした。この世界の商人はお金があればだいたいの事は協力してくれる。


 騎士団の検問は、簡易的な検査だけで済んだ。もちろん"勇者エレナ"とは名乗っていない。私は武器を持参していないので容易だった。


 だが、身バレするのを恐れて、にぎやかな場所を避け、目立たない宿を選ぶ事にした。門からある程度離れた場所で商人と別れ、裏通を目指す。


 「ここにしよう」


"宿屋ヒカゲ"

 ボロボロの看板に、くたびれた旗が揺れている。

 色褪せた木製の看板には、かつての店名が辛うじて読み取れる。


 ここが、この街で一番安い宿――おそらくだが…


 扉を押し開けると、薄暗い室内に油灯の明かりが揺れる。埃っぽい匂いと、古びた木材の軋む音。


 カウンターの奥に立つのは、無愛想な顔つきの亭主だった。肩幅が広く、年季の入ったエプロンを身につけている。大きな腕を組みながら、こちらを値踏みするような視線を向けてきた。


 「宿泊かい?」


 ぶっきらぼうな口調だが、面倒な態度ではない。ただ、慣れていない旅人なら、少し圧倒されるかもしれない。


 「うん、三泊。朝食と風呂付きの部屋はあるかな?」


 私は亭主が立っている机に向かいつつ、宿泊日数を答えた。


 「風呂ありで三泊朝飯付きなら銀貨三枚だ。部屋は空いてる」


 よかった、お風呂がある部屋が空いていた。懐から銀貨を三枚取り出し、カウンターに置いた。亭主は無造作にそれを掴み、ざらりと指先で確かめると頷いた。


 「部屋は二階の左奥だ」


 簡潔な言葉に、小さく息をつきながら階段へと向かった。


 「ありがとう……」


 ぼそりと呟き、ふと視線を横に向けると足が止まった。

 階段脇の壁。そこに、何枚もの手配書が貼られていた。


 剣を持った盗賊、凶悪な放火魔。

 その中に、見覚えのある顔があった。

 ――元勇者エレナ。


 全身の血の気が、さっと引いていく。


 『魔王討伐後に仲間も惨殺し、国家転覆の疑いあり』


 視線を逸らし、何事もなかったかのように階段を登る。2階に上がると歩く度に少し軋む音が聞こえる。


 指定された扉の前に立ち、ドアノブを回して部屋に入ると、疲労が一気に押し寄せる。扉を閉め、施錠の魔法をかけた。


 部屋に入ると左端にお風呂とトイレの扉がある。

右端にようやく、ベッドが目に入る。


 (横になろう。何も考えずに眠りたい)


 靴、コート、上着、スカートと乱雑に捨てて、頭からベッドに落ちて沈み込む。長年使われたことで弾力を失った薄い布団の感触、それすらも心地良い。


 瞼が重くなり、そのままゆっくりと閉じていく。

 身体はもう限界で、まるで水に沈むように、私は静かに眠りへと落ちていった。

 続きを掲載させて頂きました。

 至らない点等あると思いますが、暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しすぎて飛び跳ねます。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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