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その11 「帝都騒乱」

 私は借り受けた馬で、森の細道を駆け抜けていた。


 この馬は賢い。

 足場の悪い場所を的確に避け、最短の道を選び、まるで私の焦りを察しているかのように走る。


 「お前、すごいな!本当に疾いよ!」


 夜明け前、一つ鐘が鳴るよりも早く、帝都の南門が視界に入った。


 門の外では、鎧をまとった騎士団が忙しなく行き来し、槍や弓を整えている。戦の匂いが、肌を刺すように漂っていた。


 「おーい!」


 見知った門番に声を掛けると、彼らの表情が一瞬驚きに変わる。


 「エレナさんだぞ!」と誰かが叫び、馬はすぐに足を止めた。


 短く事情を説明すると、門番の兵士は苦々しい顔で言った。


 「皇帝陛下の勅命だ。帝国は獣人族との戦争に突入する事になった」


 その言葉に胸が重くなる。

 遺産奪還のため獣人族はもう止まらないだろう。


 伯爵様が屋敷にいると聞き、私は馬を兵士に預け、迷わず走り出した。


 「その馬、預かり馬だから大事にしてくれ!」


 帝都の大通りは、まるで別の街のようだった。露店はすべて閉ざされ、商家の扉には閂がつけられ、通りを行くのは避難を急ぐ市民と、武具を整える騎士団ばかり。


 「市民は北東の方へ避難しなさい!」


 金属の擦れる音と、怒号、馬蹄の響きが、緊張を煽る。


 屋敷に辿り着くと、執事のロバートが私を出迎えた。


 「伯爵様はおられますか!」


 「エレナさん戻られたのですか!? 旦那様は陛下へ戦の準備を報告するため、先ほど城へ向かわれました」


 「くそ……入れ違いか!」


 息を整える暇もなく言葉を重ねる。


 「獣人族はもう出立していました」


 ロバートの顔に影が差した。


 「……そうですか…早く旦那様に報告を…ユリウス様は?」


 「ランと共にいます。私は先に帝都へ戻りました。……奥様にお伝えください。ユリウス様は、彼なりに考えて行動して頑張っております。と」


 「……わかりました。お気をつけて」


 それだけ言い残すと、私は再び城へ向けて全力で駆け出した。石畳を蹴る音が乾いた空気を裂き、髪と外套が後ろへ大きくなびく。

 街角を抜けるたびに兵士や市民の驚きの視線が突き刺さるが、構ってはいられない。


 前方に、深緑のマントを揺らす長身の男――クラウベルク伯爵の姿が見えた。


「伯爵様!」


 呼び声と同時に、私は風を裂くような勢いで距離を詰めた。


 伯爵が振り返るより早く、私は彼の隣に並ぶ。


 「エレナ!?もう戻ったのか?」


 「私だけ馬で一人戻りました。それよりご報告があります。獣人族が進軍する理由がわかりました。彼らの遺産を帝国が奪ったのが原因です」


 その言葉に、伯爵の表情が凍った。


「……何だと?そんなこと、私は聞いていないぞ」


 怒りと驚愕が同時に浮かび、深い皺が額に刻まれる。


「残念ながら……事実です」


「わかった…城へ向かう。そなたも来てくれ」


 私たちは並んで駆け出す。

 道の両脇は閉ざされた露店、戸口を固く閉めた家々。すれ違う兵士たちは皆、槍や弓を抱え、顔に緊張を宿している。


 やがて城門が視界に入り、防衛兵たちの怒号と武器のぶつかる音が耳を打つ。


 「城が騒がしいな」


 私と伯爵は急いで城へ向かう。


 その時――


 「ドォン!!」


 城の方向から轟音が響き渡った。

 地面が震え、熱と衝撃波が押し寄せ、肺の奥まで焼けた空気が流れ込む。

 城壁の一角から黒煙が立ち昇り、石片が火花のように舞い散っていた。


 伯爵が鋭く息を吐く。


 「あれは中庭だ!」


 私たちは顔を見合わせ、城門へ駆け込んだ。


 城門の中は、熱気と鉄の匂いが鼻を突いた。


 廊下の奥からは怒号と剣戟の音が反響し、兵士たちが慌ただしく走り回っている。

 石畳を蹴りながら、伯爵と私は音のする方へ進む。


 角を曲がった瞬間、視界が開けた。

 広々とした中庭――だが、戦場と化していた。


 鎧に身を包んだ兵士たちが、巨大な獣人族と刃を交えている。

 その獣人族は金色の獅子の立て髪を持ち、竜のような尾と、鍛え上げられた太い獣人の腕を備えていた。

一振りの爪が地面をえぐり、兵士ごと槍を吹き飛ばす。


 それを高みから、その光景を見下ろす男がいた。

 金糸の衣に身を包み、宝石を散りばめた冠を戴く

 ――バイエルン帝国皇帝カール・フォン・バイエルンだ。

 眉一つ動かさず、まるで見世物を眺めるかのような視線を獣神に向けている。


 「……初代獣神の遺産を返せ、皇帝」


 低く響く獣神の声が、中庭全体を震わせた。

 その眼光には、獲物を捕らえた捕食者のような執念が宿っている。

 

 だが、皇帝は軽く片眉を上げただけだった。


 「遺産?何のことか、私にはわからぬな」


 涼しい声が、戦場の喧騒とは不釣り合いなほど冷ややかに響く。


 獣神は一歩踏み出し、鼻先で空気を嗅ぐ。


 「……嘘だ。この城から、確かに魔法具の波動を感じる」


 その言葉に、中庭の空気が一層重くなった。


 「たかが獣人族ごときが我が城に攻め込むなど、生きて帰れると思うな」


 両者の視線が交錯し、互いに譲らぬ意志が火花を散らす。


 兵士たちは汗と血にまみれ、必死に獣神の足を止めようとしているが、その巨体は容易には揺らがない。


 そこへ、私と伯爵は中庭に駆け込んだ。

 兵士たちの間をすり抜け、砂と血飛沫を踏みしめながら前へ進む。


 耳に飛び込んできたのは、獣神と皇帝の対峙する声だった。


 「貴様が放っている兵は揺動か」


 「そうだ。部下たちは囮。我が狙うはただ一つ――お前の首と初代獣神の遺産だ、皇帝」


 「……ちっ、獣風情が」


 その直後、周囲にいた兵士たちが一斉に獣神へ飛びかかった。だが、瞬きをする間もなく、彼らは爪の一閃で吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられる。


 獣神の巨体が皇帝へと跳びかかろうとした。

 

 その瞬間――


 「――ッ!」


 私は剣を抜き、皇帝の前に飛び出した。

 鋭い爪と刃が火花を散らし、鍔迫り合いとなる。


 伯爵が息を呑み、皇帝は一歩も退かずに私を見据える。


 「貴様は誰だ?」


 「陛下、このような格好で申し訳ありません。私はクラウベルク伯爵に雇われた冒険者エレナと申します」


 「ほう、貴様が――あの噂の……」


 (あの噂って、何のことだ?)


 「陛下、恐れながらお下がりください。獣神は私が抑えます」


 「貴様が獣神を……よかろう、任せる」


 「ありがとうございます」


 鍔迫り合いの火花が散り、互いに力を押し返し合った末、獣神は後方へ飛び退き、私は窓の直下へ降りた。


 正面から対峙する獣神の瞳は、黄金の刃のような鋭さを帯びている。


 「貴様、冒険者風情が我を抑えるとは……面白い」


 「いや、面白くはないよ。こっちは必死だ」


 呼吸を整えながら、私は一歩も引かずに睨み返す。


 「それより、その遺産は本当にこの城にあるのか?」


 獣神は、鼻で笑うように低く息を吐いた。


 「貴様がそれを知ってどうする?」


 「貴方の娘、ランが……必死でこの戦争を止めようとしている。私は、その手助けをしている。それだけだ」


 その名を聞いた瞬間、獣神の瞳が僅かに揺れた。


「ランが……どこに行ったかと思えば、ヒューマンと一緒だったとはな。お前はランの仲間というわけか」


 「そうだ。貴方の娘は戦争を止めようとしている。友達の願いだ。手伝いたいと思っている」


 「生意気な…」


 「陛下の命は取らせない。ここで退いてもらえないだろうか?遺産は、私とクラウベルク伯爵が責任を持って獣人族に返却する」


 「……それは無理だな。私はもうヒューマンを信じない」


 その答えに、私は柄を握り直した。


 「ならば……戦うしかなさそうだな」


 「伯爵!陛下を安全なところまでお連れください!」


 私は叫びながら、視線を獣神から逸らさない。


 伯爵は一瞬だけこちらを見やり、短く言った。


 「……頼むぞ、エレナ」


 その声に力をもらうように、私は剣を握り直す。


 伯爵は数人の兵士を引き連れ、皇帝のもとへ駆け寄った。

混乱の中、鎧の金属音と怒号が交じり合い、場内の空気は一層重く張り詰めていく。


 中庭の中央、獣神と私は互いに距離を保ったまま、ただ相手の呼吸と足の動きを探る。


 沈黙が、耳の奥で脈打つ心臓の音を際立たせる。


 ――バキィッ!


 突如、私の脇にそびえていた大樹が、根元から音を立てて倒れ込んだ。


 舞い上がる木屑と砂埃が視界を覆った瞬間――


 私たちは、同時に動いた。

 読者の皆様、いつもありがとうございます。

 いよいよ、エレナと獣神の戦いとなります。

 

 次話は8/15金曜日22時に公開予定です。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナ達を暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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