その7 「間に合わなかった和解」
私達はランの導きの下、獣人族の都への入口を通過した。
視界が一瞬、白く霞んだかと思うと、次の瞬間――私たちはそこにいた。
『獣人族の都』
まず目に飛び込んできたのは、天高くそびえる巨大な木々。どれも何百年もの時を重ねたような太さを誇り、幹の間には橋が架けられ、木の上にいくつもの家が連なっていた。木と木を渡るように伸びたその橋は、しなやかな蔦や木材で丁寧に作られており、住民たちが軽やかに行き交っている。
「まるで……森の中に浮かぶ街みたい」
私が思わず口にすると、レーナも頷きながら見上げていた。
「ふーん、悪くないわね……こんな建築、ヒューマンじゃまず無理ね」
地面にも、しっかりとした作りの高床式の家が建ち並び、こちらでは子どもたちが元気に駆け回っていた。耳や尻尾がぴょこぴょこと揺れる様子が、賑やかさを感じさせる。
木の上と地上、二層に分かれた都市――それが、この都の構造だった
ランが小さく説明してくれる。
「この都には、いま約五万人が暮らしています。昔はもっと多かったのですが……年々減ってるんです。魔族との戦いで命を落とす者もいますし、この森の生活を嫌ってヒューマンの国に出ていく者もいて……」
「……なるほど」
だからだろうか。この都のあちこちで子どもたちを抱きかかえる母親たちの姿が目についた。高床の家の下では、年配の女性が子どもたちに果実の実を配っている。
「子どもはね、ここに住まう獣人族皆が、とっても大切にしているんです。この都にとって、未来そのものだから」
そう言うランの声には、どこか誇りのような響きがあった。
それが原因だろうか、見知らぬ獣人族がウロウロしているからか、行き交う獣人族たちの視線がこちらに向く。ざわめきも感じる。
(やっぱり警戒されてるよね……)
「ヒューマンの姿のまま入った方がよかったかな?」
私はランに耳打ちした。
「いいえ、ヒューマンがこの都をうろつく事は聞いた事がありません。そうなれば護衛隊が出てくるはずです。あれは誰の一族だ?くらいに噂しているだけですよ。」
「なるほど…」
ふと周りを見渡す。
面白いなと思ったのが、右側に食品、左側に日用品と分かれてお店が作られている。
街づくりも碁盤の目のようだ。
「街や通りの作り方が面白いね」
「父が街づくりに力を入れていた時期があったらしいんです。ヒューマンの街並みを勉強したそうです。昔帝国にいた宮廷魔導士がそういった知識を教えてくれて、真似しただけらしいですが…」
ここでもレーナの父親らしき人が出てきたな。
当の本人は聞いていないけど、いつか調べたいなと思う。レインもレーナも喜んでくれるだろう。
「ここから少し奥に進みます……そこが、私の家です」
そう言って指さした先にあるその建物は、太い岩の台座の上に築かれ、まるで森そのものと一体化していた。幹のように太い柱、枝を思わせる梁、そして屋根には蔦や苔が這っていた。
「あれが……獣神の…お父さんの家?」
「はい。私の父――獣神ヴォルグが暮らしている家です」
ランの実家。
獣人族の頂点に立つ存在の家。
(あそこに、和平交渉に行くんだ……)
ふと、重たいものが胸に落ちた。
魔族との戦い、帝国との関係、そしてランの願い。
私はそっと、ランとユリウスの方を見た。
二人とも、何かを感じ取っているようだった。
「何してるの?早く行きましょう」
レーナは相変わらずと言った感じだ。
「じゃあ、行こうか……」
誰に向けたともなく、私はそう呟いた。
屋敷の前で、ランは静かに立ち止まった。
ランは一度、深く息を吸い込み――ゆっくり吐き出した。
その表情は、仲間と旅をしてきた無邪気な少女のものではない。凛とした、森の姫君の顔だった。
「……ここからは、私の本当の姿で」
そう言われレーナが右手をかざすと、変化魔法が解け、柔らかな光が彼女を包み込む。
次の瞬間、白銀の毛並みと鋭い三角の耳が現れ、背中にはふわりとした尻尾が揺れた。金色の瞳が、森の光を受けて輝く。
「……お姫様って感じになるな?ねっユリウス?」
「ぅん!ラン、ものすごく綺麗だよ!」
思わずそうユリウスが口にすると、ランは小さく笑った。
「ありがとう、ユリウス。じゃあ、行きましょう」
ユリウスは彼女に見惚れている。
重厚な木扉を押し開ける。
中に足を踏み入れた瞬間、複数の気配がこちらに集まるのを感じた。
柔らかい絨毯を踏む音が近づき、廊下の奥から影が現れる。
最初に現れたのは、狼耳を持つ背の高い男だった。
その後ろからは、虎の尻尾を揺らす女性や、狐耳の執事が次々と現れる。
彼らは一斉に深く頭を下げ、声をそろえた。
「お帰りなさいませ、ラン様!」
「ご無事で何よりでございます!」
ランは小さく頷く。
「うん、みんなお久しぶり」
そして狐耳の執事に視線を向け、問いかけた。
「ラングリード、父上はどちらに?」
一瞬、返答をためらうように沈黙が落ちた。
やがて狐耳の執事ーラングリードが、低い声で告げる。
「……ヴォルグ様は、護衛隊と戦士団半分を引き連れ、帝都へ向かわれました」
背中に冷たいものが走る。
「……何のために?」
ランの声が、わずかに震えた。
ラングリードは深く頭を下げたまま、はっきりと言った。
「バイエルン帝国に……戦を仕掛けるためです」
屋敷の空気が凍りつく。
私もレーナも、言葉を失った。
ランだけが必死に問いを続ける。
「……出立したのは、いつ?」
「昨日の朝でございます。今頃は、帝都に到着する頃かと」
その言葉は、重い鎖のように私たちの胸に絡みついた。
「彼らはどういったルートで帝国に行ったのかわかりませんか!?」
私は、ラングリードを真っすぐに見据え、問い詰めた。
「……恐らく、魔人や魔物との戦闘で消耗を避けると仰っておりました。ですから、深淵の森を迂回し、帝国の東側――砂漠地帯から攻め入るつもりかと」
砂漠地帯か……。
確かにあのルートなら森の魔物は避けられるし、砂漠と言っても小さいから難しい行程ではない。
しかし、距離は倍になるから到着まで時間がかかるはずだ。
だが――。
先ほど「もう帝都に到着している」と言わなかったか?
「森を迂回するなら、到着は早くても明後日の朝だと思う。なのに、あなたは既に到着していると……どういうことです?ほかに移動手段でもあるんですか?」
「……っ!」
彼の狐耳がわずかに揺れ、視線が泳ぐ。
「わ、私には詳しいことは……」
目を逸らした。
何かを隠しいるのか?
そう思った瞬間、ラングリードの表情が鋭く変わった。
「それより、あなた方はどなたです?見たところ、この街の住人ではありませんね」
冷たい眼差しが突き刺さる。
緊張しかけた空気を、ランの一声が断ち切った。
「彼女たちは私の友人です。無礼なことはやめてください」
「……失礼致しました」
ラングリードは一歩下がり、頭を下げた。
ランが小声で尋ねてくる。
「エレナ、今から引き返して間に合うと思う?」
「森を抜ければ可能性はある。でも……馬車がない」
「馬があればいいんでしょ?」
「……!?この国、馬いるの?」
「えぇ。私たちも護衛や移動用に飼っています。訓練を積んだ、森を抜けられる馬です」
私は短く息を吐いた。
「それなら――行けるかもしれない」
そう言った瞬間、ラングリードの狐耳がぴくりと揺れた。
(……ん?)
今の反応は、やはり何かを隠している気がしてならない。
「護衛隊は昨日の朝に発ったんですよね?」
「はい」
「獣神ヴォルグも一緒に?」
「……ええ」
即答ではあったが、視線がわずかに泳ぐ。
その一瞬の空白に、私の中で警鐘が鳴った。
「……それ、本当に同じ時間に出ましたか?」
問い詰めると、ラングリードは一歩引き、尻尾が小さく揺れた。
「……その……」
私はため息をつく。
「護衛隊よりも、獣神だけが先に出立したとかあり得ますか?」
「っ!ラングリード!?」
ランが叫ぶと彼は観念したように肩を落とし、低く答えた。
「……一昨日の朝です。ヴォルグ様は“先に行く”とだけ言い残され、護衛隊には後を追わせる形に……」
最悪だ……獣神はもう既に帝国に到着している可能性が高い。
いや、もしかすると――もう戦いは始まっているのかもしれない。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
獣人族の都をもっと探索させたかったのですが、
物語の都合上、このまま戦いになりそうです。
次話は8/11月曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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