その5 「変化(へんげ)の魔法」
陽が昇る前、私たちは帝都の南門に到着した。
クラウベルク伯爵の手配で、既に馬車と御者が到着していた。
この帝都は、皇帝の居城を中心に、東西南北それぞれの城門を伯爵以上の貴族が管理している。
南門を管轄するクラウベルク伯爵の計らいで、私たちは密かに帝都を出る手はずとなっていた。
――だが、城門に到着して問題がひとつ起きた。
「いやだ!ぼくもお父様とお母様と一緒に帝都に残る!」
ユリウスが、大粒の涙をこらえながら叫んだ。
「ユリウス、わかってくれ。帝都に残るのは危険なんだ」
「でも、エレナに剣を教わったから……ぼく、お父様の役に立てるよ!」
伯爵と奥様は口を噤み、息子を見つめていた。
迷いと愛情が入り混じった、複雑な瞳で。
私は膝をつき、ユリウスと目線を合わせた。
「ユリウス様。……たしかに、帝都に残ればご両親のそばにいられます。でも、それは“安心”ではなく、“危険”の中に自ら残る行為です。これを勇気とは言いません」
「……ぼく、強くなったつもりだったんだ。でも、まだ駄目なの?」
「いいえ、今のユリウス様だからこそ、一緒に来て欲しいのです。あなたがこれから本当に強くなるために、そして、獣人族の都へ行く事は、将来きっと役に立ちます」
ユリウスはしばらく黙っていたが、やがて手の甲で涙を拭うと、小さく頷いた。
「……わかった…行くよ。エレナの言うことを信じる」
「ありがとう、ユリウス様」
立ち上がって、そっと彼の頭に手を置いた。
「お父様、お母様……ぼく、旅に出て強くなって帰ってくる!」
「うむ、ユリウス。しっかりな。エレナの言うことをよく聞いて……」
「……はい!」
「エレナだけじゃなくて、私のことも、ちゃんと見ておくのよ」
レーナがにこやかにウィンクした。
「…………」
微妙な空気が流れ、誰も何も言えなかった。
私とレーナ、ユリウスは馬車に乗り込む。
ランは最後に、伯爵夫妻と別れの挨拶を交わしていた。
「本当にお世話になりました。このご恩、一生忘れません」
「いや、助けてもらったのはこちらの方だ。ラン、本当にありがとう」
「奥様もどうかお元気で……ロバートさん、グレタさん、みんなにもお礼を」
「ラン。私は、種族が違えど、貴方を家族のように思っています。またどこかで――必ず会いましょう」
「はい……!」
ランは、涙をこらえながら深々と頭を下げた。
きっとこの屋敷は、彼女にとって第二の家みたいなものなのかな。
――いいな。そう思った。
私はもう、故郷も家族も、全部失ってしまったから。
「ではエレナ、頼んだぞ」
伯爵のその言葉に、私は静かに頷いた。
「お任せください」
私たち四人を乗せた馬車は、帝都を出発し、南部の深淵の森を目指して進み始める。
その奥に――獣人族の都がある。
南門を抜け、朝霧の残る街道を馬車はゆっくりと進んでいた。 森まで半日かからないそうだ。
帝都南部は、きれいに整備された街道で、魔物もほぼ出てくる事はない。
道中、ランが馬車の前方に座り、御者に指示を出している。彼女がこの旅の案内役だ。
「ラン、今日から道案内よろしく頼むよ」
「うん……エレナさん、本当に同行してくれてありがとう。それと……私が獣人族だってこと、隠しててごめんなさい」
少し俯いたランの耳が、かすかに赤く染まっているのが見えた。
私は小さく首を振る。
「いや、気にしなくていいよ。なんとなくだけど、違和感はあったからさ。隠してたのは仕方ないよ」
「父は頑なで、今回の宣戦布告について詳しい事情はわからないんです。理由を尋ねても『お前は知らなくていい』の一点張りで…まだ子供扱いされてるんです」
(それ、なんかわかるな。親にとっては、子供はいつまで経っても子供なんだよね)
そんな話をしているところ、ドヤ顔女が割り込む。
「私はランが獣人族って気づいてたわよ。エレナは鈍いけどね」
「……」
なぜかマウントを取ってくるレーナに、思わず半目になる。
(こいつのこういうところが、たまにウザい)
「まぁ…レーナは動物に好かれるから、そういう勘の鋭さがあるのかもね」
「違うよ、ラン。こいつは動物のように本能だけで生きてるだけ」
「わからなかったくせに!」
「はぁ?ケンカ売ってんのか?」
私とレーナはバチバチと視線をぶつけ合う。
馬車の中に不穏な空気が漂い始めた、そのとき。
「ま、まぁまぁ…二人とも……ユリウス様が泣きそうだよ」
ランが慌てて声を上げる。
ちらりと横を見ると、ユリウスが今にも涙をこぼしそうな顔で私たちを見ていた。
「あっ、ご、ごめんなさい、ユリウス様! ほら、レーナも謝って!」
「いやよ、私悪くないもん」
「はああ?」
再び火花が散りそうになったが、ユリウスが両手を広げて制止した。
「ぼ、ぼくは気にしてませんから!ケンカしないでください!」
その必死な姿に、思わず二人で顔を見合わせ、同時に吹き出してしまった。
「ははは……ユリウス様、ありがとうございます」
「それと"様"はいらないよ!旅の仲間だからね」
「わかりました、ユリウス」
そんなやり取りをしながら、私たちは深淵の森の手前までやってきた。
森の奥はまだ薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
ランが馬車の御者台から戻ってきたとき、レーナが早速食いついた。
「ねえラン、そのヒューマンの姿って、魔法で変化してるの?」
魔法に目がないレーナが、興味津々といった顔で身を乗り出す。
「はい。ヒューマンに変化するための魔法です。姿だけじゃなく、気配や匂いもある程度隠せるように調整されていて……」
「へえ〜、気配まで?それって逆もできるの?つまり、私たちが獣人族の姿に変身するのは?」
「えっ、逆って……ヒューマンが獣人化、ってことですか?」
「そうそう、そっちの方が目立たなくて済むでしょ?特に私は“蒼天の魔法使い”だから、世界的に有名すぎて、目立っちゃう」
ランは少し困ったように笑った。
「うーん……逆はやったことありません。でも、レーナさんなら、見た魔法をすぐ再現できそうですよね?」
「あら、よく分かってるじゃない。私は魔法の天才だからね!」
「はいはい…調子に乗るなよ」
エレナがぼそっと呟く。
「だって、エレナはそういう魔法ぜったい苦手でしょ?」
「……はあ? 誰が苦手だって?」
(…こいつ…私を完全に舐めてるな)
ランが苦笑いしながら説明を続けた。
「この魔法は、“なりたいヒューマンの姿”を明確にイメージして、それを自身に魔法として流し込む感覚です。たぶんレーナさんなら応用できると思います」
「やっぱりイメージ系魔法かぁ〜。……ふふっ、試してみよっと」
アホ毛が唐突に出てきた!
レーナが何かやらかす!
「…えいっ!」
レーナが、私に向かって両手を突き出した。
「ちょっ――!?」
パッと淡い光が私の身体を包む。何かが変わった感覚がする。私は反射的にレーナに掴みかかった。
「なにするんだ!」
「まぁまぁ、落ち着きなさいって。……自分の頭、触ってみ?」
「は?」
訝しみながら、恐る恐る自分の頭を撫でてみる。すると――もふもふとした柔らかい感触が指先に触れた。
「……え?」
馬車の窓ガラスに目をやると、そこに映っていたのは――赤毛の猫耳を生やした私だった。
「な、なにこれっ!?」
「ふふっ、私オリジナル変化魔法だけど、うまくいったみたいね!ちなみに耳は髪の毛が変化した感じかな。尻尾は洋服の繊維が変化してる」
レーナは口を押さえて爆笑している。
「ちょ、ふざけんな!これ、どうやって戻すの!?」
「しばらくしたら解けると思うから安心して。気に入ったら常用してもいいのよ?」
「するかっ!」
やれやれ、とため息をついたその時、今度はレーナがくるりとユリウスの方を向いた。
「よーし、ユリウスは黒猫にしてあげましょうか!絶対似合う!」
「え、ぼ、ぼく!?」
「にゃんこビームっ!」
彼女が勢いよく手を振ると、ユリウスも魔法に包まれ――
「わぁ……!」
黒い猫耳と、しっぽがぴょこんと生えたユリウスが現れた。まんまるな目で自分の姿を確かめている。
「か、かわいい……」
私は素直に呟いてしまった。
「でしょ?でしょ?じゃあ次は私~♪」
レーナが自分自身に魔法をかけると、青みがかった髪に合う、美しい青毛の猫耳が生えた。
「うーん、完璧!さすが私って感じ!」
「……ほんとに今日は絶好調だな」
呆れながらも、どこか笑ってしまう。
「ランは……うん、元の姿でいいわよね?」
「え? わ、私は……はい、元の姿だと知られているので、お願いします……」
ランは少し困ったように笑っていた。
「にゃんこビーム!」
レーナは嬉しそうに、ランにも魔法をかけた。
「この魔法がどの程度で解けるのか調べて、森に入ろうか」
私達は、時間をおいて森の中に入ることにした。
読者の皆様いつもありがとうございます。
獣人族の都へ向かうエレナ達。
メイドの次は、猫耳です。
猫が好きなので、出したかったストーリーです。
次話は8/9土曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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