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その4 「伯爵の願いと覚悟」

 バナード侯爵との面談をこっそり立ち聴きした日の翌日。私だけ、クラウベルク伯爵に呼び出された。


 「エレナ、勘の鋭い君の事だ。わかっていると思うが、昨日の侯爵との話の件だ…立ち聞きしていたのだろう?」


 「はい…立ち聞きしていました。申し訳ありません」


 「良い、元々、巷で有名な冒険者"猛獣使いエレナ"にだけ話すつもりだった。さぁかけなさい」


 「……はい」


 (その二つ名が広まっているのか……レーナが陰で“猛獣”なんて呼ばれてたから、私まで巻き添えにされたんだろうな。正直、かっこよくないからやめてほしい……)


 私は伯爵の目の前に座った。


 「どこから話そうか……そうだな、君なら予想がつくと思うが、私にも敵が多くてな…一年前、ユリウスが誘拐されそうになった事があった。犯人は…恐らく皇帝派の者だ。たまたま出会したランが助けてくれた。ユリウスは眠らされており覚えていない。行く宛のないという彼女を、私は獣人族と知りながら屋敷で雇うと決めた。ランに恩を返すためだ…この事は妻とロバートやグレタは知っておる」


 「なるほど、そういう経緯だったんですね」


 「しかし、最近になって前皇帝時代まで友好関係にあった獣人族が帝国に宣戦布告をしてきた。開戦は近いうちに行われる可能性がある。冒険者ならば知っているだろうが、獣人族には獣神と呼ばれる長がいる。獣神が獣人族の全ての決定権を持っている。現帝国内で獣神と交流があったのは、前皇帝と当時宮廷魔導士だった男だけだが、二人ともこの世にはおらん」


 ーー驚いた。

 旅の途中でレーナに聞いた話だが、彼女の父親は帝国の宮廷魔導士だったそうだ。今出てきた宮廷魔導士はレーナの実父だろう。

 そして、獣人族の宣戦布告。

 私が知る限り彼らは力が強いけれど、争いは好まないはず。魔族と戦うという意味では同士のはず。


 「獣人族が宣戦布告をしてきたのは、ランが帝国に誘拐されたと思われての事なのでしょうか?」


 「いや、ランの話を聞く限り、単なる家出だそうだ。父親が帝国との戦争を行おうとしている事への意見の対立によるものらしい。ランは反対していたそうだ」


「なるほど、それならば、ランに獣人族との和平の架け橋になってもらう事は難しいですね…」


 「あぁ……昨日の話でわかったと思うが、ランの父親が…その獣神なのだ」


 そう、そこには驚いた。

 獣人族の姫と私はメイド仲間として、仕事をしていたのだ。


 「娘の件でなければ、考えられるのは――現皇帝がヒューマン以外を“神に認められなかった劣等種族”と考えるような方でな。獣人族との交流をすべて打ち切ったのも、そういった考えから来たものだ。だが、それだけで宣戦布告してくるような獣神ではないと私は思っている。何か他に理由があるはずだ」


 「私は差別は嫌いです。それと宣戦布告の件も同じ考えです。安易過ぎると思います」


 この世界ではヒューマンだけが女神の啓示を受けて成人として認められる。他種族はそれに対して、妬みのような感情を持つが、ヒューマン側も彼らを劣等種と罵る人もいる。

 どこの世界も種族が違うと面倒な事になる。


 「私もだ。種族が違うからと差別するのは好かん。我が家は古くから獣人族と付き合いがあったからな。尚の事だ。とりあえず宣戦布告の理由は置いておこう」


 「それでは、ランを捕えようとしている帝国にはどんな理由があるのでしょうか?」


 「なに…簡単な事だ。人質にするつもりだ」


 クラウベルク伯爵の顔に怒りの表情が窺える。


 「私に、このお話をされた理由はなんでしょうか?」


 「メイドの数が足らなくなったのは偶然だ。しかし、人手が足らないのも事実という事で、Aランク依頼として冒険者ギルドへ依頼を出した。ギルドにランを使いに出していたのだが、ランには自分が信頼できる冒険者を連れてくるようにと伝えていた。ランを獣人族の都に送ってもらいたくてな」


 「それでレーナを見つけて、私たちがご依頼を受けたという事ですね」


 「そうだ。ランは、蒼天の魔法使いの顔を知っていたようだった。蒼龍を撃退した彼女とその仲間なら大丈夫だろうと思ったそうだ。まぁ念のため君たちのことは調べさせたがね」


 (……そうか、ランは、レーナのことを“蒼天の魔法使い”だと見抜いていたのか)


 そんな考えを巡らせていると、伯爵が私をじっと睨んできた。


 「エレナ、君が冒険者登録した時期と勇者エレナが行方をくらませた時期が一致する事は置いておこう」


 「…ありがとうございます」


 (……気づかれていたか。やはり本名で活動するのはダメだったかな)


 「私からの願いだ…明日、ユリウスとランを連れて、レーナを含めた四人で獣人族の都へ向かってくれないだろうか。ランは帝国と獣人族の和平への架け橋になろうとしてくれている。念のため、ユリウスも帝都に残すのは危険だ…もちろん依頼の報酬も給金も旅の旅費も私が出す」


 「ユリウス様まで?それに、伯爵様のお立場が危うくなりませんか?」


 「私の方は自身でなんとかする。心配するな」


 「……全員で逃げるわけにはいきませんか?」


 (私は、伯爵を含めて皆を助けたい)


 「それはダメだ、私は貴族だからな。妻とも既に話はしておる。ユリウスを危険から遠ざける事とランを送り出すための時間稼ぎが、我々にできる役目だ」


 そこまでの覚悟がある人を無理やり連れて行くわけにはいかないな。


 「少しお時間を頂いてもよろしいですか?レーナと話してきます」


 「無論だ」


 伯爵室を辞そうとしたそのとき、ふと後ろから声がかかった。


 「エレナ」


 「……はい」


 「ユリウスとランを守ってくれ。そして、和平への道を繋いでほしい。それが――私の願いだ。勝手だが、君は受けてくれると信じている」


 その声には、いつもの穏やかな貴族の顔とは違う雰囲気を感じた。


 私はその視線を真正面から受け止め、しばし言葉に詰まった。


 「……わかりました」


 そう答えたとき、自分でも驚くほどの静かな覚悟が胸に満ちていた。


 (…私も戦争は回避させたい。だが、獣神がそう簡単に決定を変えてくれるだろうか)


 この旅が、私にとって“勇者”であった日々以上に重い意味を持つことになる。


*****


 「ーーという訳なんだけど、レーナの意見を聞きたいな」


 私はレーナに伯爵から聞いた事全てを話した。


 「……私、ランが獣人族って知ってたわよ」


 「!…そうなのか?」


 「?当たり前じゃない?彼女の気配はヒューマンではなかったし、でも…そっか」


 レーナはなんだが少し嬉しそうだ。喜ぶところじゃないよな?

 あ…そうか、私が知らなくて自分が知ってたから、嬉しいのか。


 「で?どうする?獣人族の都行ってみる?」


 「エレナはどうしたいの?」


 「私は…当然行くよ」


 「なら決まりね。私はエレナについていくと決めてるからね。それに獣人族の都なんて行ってみたいに決まってるじゃない!」


 「レーナありがとう。じゃあ伯爵様に伝えてくるから、旅の準備を少しずつ進めてて」


 「りょーかい!」


*****


 「伯爵様、私とレーナでランを獣人族の都に連れて行きます。私も戦争は回避させたい思いです。ユリウス君にも良い経験になるのではないでしょうか」


 「おぉ、そうか、感謝する」 


 「獣人族の都に行って問題を解決したら、屋敷に戻ります。皆さんのことも私は心配なので…」


 「いや、それはいかんぞ。私と妻は拘留される可能性がある。そこへのこのこ君がやってくるのはいかん」


 「クラウベルク伯爵様、私はもうお世話になった方々を失うのは嫌なのです。実家のあったブレイジング領のような事は二度と……」


 「そうか、君は生まれ故郷がもう無いんだったな…」


 「獣神を説得して、こちらに帰ってきます。バナード侯爵様は伯爵様を心配されておられるご様子でした。恐らく何かしらの手助けをして頂けるのではないでしょうか?」


 「バナード侯爵は、前皇帝時代は政敵だったのだ…だが、現皇帝の時代となり、彼の多くの同士や敵が現皇帝に排除されてしまった…それを快く思ってないようだ。私の屋敷へ来てくれるような仲ではなかったが……彼にもいろいろと思うところがあるのだろう」


 「そうでしたか……では、明日の朝早くに出発します」


 「三日経つまでに何か行動を起こせと言うことだろう。明日、馬車なども準備する。ランとユリウスには昼にでも話そう」


 「はい、よろしくお願いします。私とレーナはすぐにでも動けるように旅の準備をしておきます」


 「頼んだぞ」


 「お任せください」


 翌朝ーー

 静かな朝靄のなか、私たち四人は人気のない裏門から屋敷をあとにした。

 鳥のさえずりだけが、旅立ちを見送ってくれていた。

 読者の皆様、いつもありがとうございます。

 日常会は終わり、当分の間はシリアスな状況が続くかもしれませんが、レーナの存在がきっと癒しになると思います。

 次話は8/7木曜日22時に公開予定です。

 お盆休みは毎日投稿できるようにしたいのですが、もしかしたら2日に1回となるかもしれません。

 活動報告でご連絡させて頂きます。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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