その3 「波乱のメイド生活②」
メイドとして働き始めてから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
私はすでに屋敷の仕事にも慣れ、最近ではグレタさんから細かな指示を受けることもなくなっている。
日々の業務を淡々とこなしていた。
「エレナさんが、一人で三人分の働きしてくれるから助かります」
そう言われるたび、なんだか複雑な気持ちになる。
私の相棒が"あれ"だからだ……
そんな中、私の仕事が最近一つ加わった。
伯爵様と奥様の間には、7歳の一人息子「ユリウス様」がいる。病弱というわけではないが、少々気弱で、身体を動かすことも苦手な様子。
そんなユリウス様が屋敷の裏庭で木剣を振る私をこっそり見ていた事があったらしい。
「……ぼく、剣を教えてもらいたいです……」
伯爵夫妻の了承を得て、簡単な剣の構えや体の使い方を教えることに。
「剣は、腕力だけじゃなくて足と腰。力の流れを意識して」
リリサや兄様に昔教えられていた時のように、優しく、でも真剣に教えた。
「君は只者じゃないな」
心配になって訓練を見ていた執事のロバートさんがつぶやいていた。
「エレナさん……もしかして、本当はすごい人だったりするんですか?」
「いや、そんな事はないよ。私はただのBランク冒険者だから」
ランも目をキラキラさせて私が只者じゃないような事を旦那様に話していた。
翌日ーー
「エレナさん、今日も剣の稽古……いいですか?」
ユリウス様が、ほんの少しだけ顔を上げて聞いてくるようになったのは、三回目の稽古の頃だった。
最初は視線も合わさず、声もか細かったのに。
今では、私の前で軽く木剣を振ることもできる。
「うん、いい構えだよ。その調子!」
「……えへへ、ありがとう」
笑顔を見せるようになった彼に、私はふと、過去の自分を重ねてしまう。
剣を握ったばかりの頃、リリサや兄様に褒められた日のことを。
「大丈夫、きっと強くなるよ」
その日から、ユリウス様の中に小さな自信が芽生えたように感じた。
次は、私の相棒、レーナの仕事についてだ。
レーナは、相変わらず何かしらやらかしているが、最近ではロバートさんやグレタさんに怒られることも減ってきた。怒られなくなったというより、単に諦められているだけかもしれない。
そんな調子のレーナは、何か“やらかす”前になると、アホ毛がピンと逆立つ。帽子をかぶっていても関係なく、ぴょこんと飛び出すその毛は、意思を持っていると私は思っている。
ある日ーー
私は庭の掃除中にふと視線を上げると、レーナが日向で大の字になって寝転んでいた。
「……おい、仕事中だろ」
思わず声をかけかけて、ため息で終える。
まさか本気で昼寝してるんじゃ――
「気持ちいいよー、エレナも寝よ?」
「……何言ってんだか」
この日は、アホ毛は反応していなかった。
その日の昼食後ーー
「お茶、淹れるね」
「あ、レーナさんやめっ」
そう言って席を立ったレーナは、次の瞬間、棚の上に置いてあったティーセットを豪快にひっくり返した。
ガッシャーン!!
「またか…」
「うわ、ごめんなさい。トレイが……重心がね……」
「レーナさんは、もう動かないでください!」
ランが即座に片付けを始めた。
この時は、「お茶、淹れるね」の時にアホ毛がパッと跳ねていた。
更に料理をさせてみた日ーー
焦がす、燃やす、素材の正体が分からない奇怪なものを混ぜる。
ランが勇気を出して味見したものの、口に入れた瞬間、表情が青ざめ、手が震え「エレナさんもどうぞ……」と袖を掴まれたが、私は全力で拒否した。
この時は、料理中ずっとアホ毛が跳ねていた。
ーーだが、彼女の評価が変わる日がある時やってきた。
クラウベルク伯爵夫人が大切にしていたペンダントが屋敷内で忽然と姿を消した。ペンダントは亡き母から受け継いだもので、絶対に失くしてはいけないものだったという。
「奥様、申し訳ございません。どこにも見当たらないです……。」
悲しそうな夫人を前に、私たち使用人は大慌てで屋敷中を探すも見つからない。屋敷内に盗人が入った可能性も疑われ、空気は一気に緊張する。
そこへ、レーナがペット達を引き連れて扉を開けて現れた。
「この屋敷にいる動物達に聞いてみましょう!」
そんな事を言うとペット達に話しかけ出した。
「金色にキラキラした、こう……首からぶら下げるやつ。どこかで見なかった?」
「わん!わん!」
「にゃー」
あれこれ聞いて回るレーナ。
最終的には、ペンダントが「洗濯物の中に落ちて、洗濯干し場の近くに落ちていた」ことが発覚した。
「……まさか、レーナさんにこんな特技が…」
「レーナ、ありがとう、本当に……」
この一件をきっかけに、レーナの伯爵家内での信頼が少し上がった。
「ふふん、私が本気を出せばこんなもんよ」
ドヤ顔のレーナに、私は少しだけ感心した。
この時、アホ毛は跳ねていなかった。
間違いなく、この毛はやらかす時だけ跳ねている。
正直、怖い。
私は、その毛を見る度に身構えてしまうようになってしまった。
それからレーナには、この屋敷のペットの世話係という"唯一の適性"が見出された。いまや犬猫たちに囲まれて悠々自適な“別業務”を満喫していた。
なぜか、屋敷のペットたちの懐きようは異常だ。私を含め、屋敷の人間よりも断然レーナに懐いている。やっぱり心が子供だからなのだろうか――いや、単に動物の仲間と思われているのかもしれない。
もう一人のメイド、ランとは毎日の寝食を共にするから仲良くなった。
彼女はまだ十四歳で、成人前だ。
両親が亡くなり困り果てていたところ、グレタさんに声をかけられた。家事ができた為、この屋敷に一年前に雇ってもらえたそうだ。
ある日、レーナが悪戯っぽく言った。
「ねえ、ランが離れの小屋でなにかコソコソしてるよ?」
気になって覗いてみると、ランは小さな布に丁寧に刺繍をしていた。うさぎや猫の模様が並び、驚いた私にランは頬を赤らめた。
「……かわいいもの、好きなんです。蛇とかカエルも、全部」
意外な一面に、私は思わず微笑んでしまった。
昼休憩の時間。三人で中庭のテーブルを囲み、温かいお茶を飲む。
「お二人といられるのも、あと半分になっちゃいましたね……」
ランがぽつりと呟いた。
「寂しくなるけど、また来るからさ。またお茶しよう」
「……本当ですか?」
「もちろん!」
「私も賛成! そのときはお菓子持ってく!」
ランは一瞬、驚いたように目を丸くした後、小さく「ありがとうございます」と囁いた。
その頬には、ほんのりと紅が差していた。
心地よい風が吹き抜ける中、私はふと思った。
――こんな日々が、ずっと続けばいいのに、と。
*****
そんな事を考えていた矢先に侯爵様が来訪された。
私はお茶をお出ししたあと、静かに部屋を出た。
……だが、重苦しい空気が気になり、扉の陰で耳を澄ませた。
「獣人族のスパイが、この街に入り込んでいるらしい」
低く、冷ややかな声が聞こえた。
「陛下からの勅命で、君に会いに来た。獣人族が宣戦布告してきたのは知っておるだろう?」
「もちろんです、侯爵」
「君が匿っている獣人族の娘を、陛下に渡しなさい」
クラウベルク伯爵は眉一つ動かさず、静かに問い返す。
「何のことですかな、侯爵」
「この屋敷の娘――ラン。彼女は獣人族の長、“獣神の娘”なのだろう?帝国側も馬鹿ではない。数年前から獣族の都に密偵を送り込み、得た情報から外見的特徴を突き止めた。魔法か魔法組かわからんが、ヒューマンを装っているのがわかるそうだ。屋敷に来た時期と、長の娘が行方不明になった時期も一致している。……君も、帝国に逆らいたくはあるまい?」
私は胸の奥がざわついた。
(やはり……)
ランの雰囲気には確かに獣人の“気”を感じる瞬間があった。けれど、彼女はただ必死に、この屋敷で生きようとしている――密偵なんかじゃない。
私は、それを知っている。
「それと――勇者エレナの件についてもだ。獣人族の動きと、彼女が魔王を討った時期は同じだ。裏で繋がっているのではないか?」
(は?…そんな話になってるのか?)
「まあ、所詮は憶測だがな。だがランを渡すかどうか――三日後までに決めろ。いいな"三日"だ。これは陛下の勅命だ。逆らえば、どうなるか――」
「侯爵、当家のメイドに獣人族はおりません」
伯爵は、微動だにせず言い切った。
「……そうか。だが、期日までに回答を頂きに再び参るぞ」
何かを納得したように、侯爵は踵を返した。
部屋に静寂が戻る。
私は胸に手を当て、早鐘を打つ鼓動を抑える。
――三日の間に何かがあるのは確実だ。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
メイドとして働く事に慣れたエレナとレーナですが、
帝国内で不穏な動きがある事を知ってしまいました。
エレナはどう動くのでしょうかー!?
次話は8/5火曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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