その2 「波乱のメイド生活①」
クラウベルク伯爵家のメイドとして、短期アルバイトをする事になった私たちは、三人の屋敷関係者と顔を合わせた。
執事の名はロバート。五十代後半と思しき渋い顔立ちで、動作の端々に剣士のような風格が漂っている。かつて、戦場にいたのではないかと疑いたくなるほどの気迫だ。
メイド長はグレタ。年齢は三十代後半で、背筋をまっすぐに伸ばしたその所作は隙がなく、経験豊かなベテランの風格が漂っていた。言葉少なだが、そのひと言ひと言に厳しさと重みが宿っていた。
そして、唯一怪我をしていない現役メイドの少女、ラン。彼女は十四歳で、明るい雰囲気をまとい、猫の耳のように跳ねた髪が特徴的で、勤め出してまだ一ヶ月という事らしい。
「冒険者ギルドの依頼で参りました、エレナと……」
「レーナです!」
「「お世話になります」」
ロバートが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「クラウベルク伯爵様は無駄を嫌われるお方。使用人の数も必要最小限とされている。故に、今、君たちの力が必要なのだ。怪我人が戻るまでの二ヶ月――心して働くように」
「「はい!」」
この日は挨拶のみで、本格的な業務は翌日からとなった。
私たちはその夜から、伯爵邸の一室に泊まらせてもらえることになった。金の尽きかけた私たちには、まさに地獄に仏だ。
「いいか、本当に粗相するなよ。下手したら侮辱罪で死刑になるからな!」
「その時は、エレナ助けてくれるでしょ?」
「いやだ、私は助けない」
「えぇ、ひどくない?」
そんな話を交わしつつ食事を終え、風呂を借りてから早めに休むことにした。
翌朝――。
私はメイド服に身を包み、姿鏡の前に立っていた。
(…まさかメイド服を着る事に……)
すべての発端は、レーナが「メイド服が着てみたかった」という、いつもながらのノリで依頼を勝手に受けたことだった。逃げ場を失い、私は成り行きでこの屋敷で働く羽目になったのだ。
ふと視線を落とすと、黒と白の清楚な制服が目に入る。ヒラヒラしていた少し恥ずかしい。
でも、脳裏に浮かぶ一人の女性の姿があった。
リリサ。
かつて私の家に仕えていた、優しく、そして凛とした元冒険者のメイドだ。
「エレナ様、魔法というのは理屈よりも“感覚”を信じるものですよ」
その口調も所作も、すべてが美しかった。魔法の師でもあった彼女は、私に多くのことを教えてくれた。今の私があるのは、彼女の教えのおかげだ。
「リリサ……会いたいな」
私は、誰にも聞こえないよう小さくつぶやいた。
「失礼します……」
部屋の扉がそっと開き、ランが顔をのぞかせた。
「わっ……すごいです! お二人とも、すごくお似合いですよ!」
レーナは得意げに腰に手を当てる。
「ふふん、見る目あるわね!」
鏡に映る自分の姿に、私も少しだけ満足してはいた。
「改めて、私がランと申します。これから二ヶ月、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
「では、メイド長のところへ行きましょう。お仕事の説明がありますので」
グレタは既に廊下に待機していた。厳しい視線で私たちを見据える。
「さて、昨日ご挨拶しましたが改めまして、当屋敷でメイド長をしているグレタと申します。お二人には今日からしっかり働いてもらいます。冒険者とはいえ、ここではクラウベル伯爵家のメイド、心得違いのないように」
そう言って、彼女は改めて私たちを見回す。
「まずは屋敷の基本的なルールを説明します。何より大切なのは“自覚”です。屋敷に仕える者として、言葉遣いや所作、立ち居振る舞いには常に気を配ること」
「自覚、ですか?」
私が聞き返すと、メイド長はゆっくりと頷いた。
「そう。屋敷に仕える者として、言葉遣いや振る舞いには十分注意すること。特に、伯爵様や来客の前では、決して無礼を働かぬように」
「ふむふむ、なるほどですね!」
レーナはやる気満々だが、どこか的外れな事を考えていそうで、心配だ。
「業務内容は清掃、調理補助、接客など多岐にわたります。最初は戸惑うこともあるでしょうが、仕事は容赦なく与えられますので、覚悟してください」
「心得ました!」
レーナとの付き合いは、もう少しで半年になる。
最近になって気づいたことがある。
……こいつ、何かやらかす前は、帽子の上からでもアホ毛が主張してくる。
まるで、あの跳ねた毛だけが別の人格を持っているみたいに、くねくねと動き出すのだ。
(あれって……警告サインなんじゃない?)
だから今も、レーナの頭のてっぺんで、ピンッと跳ねたそれを見ると、私は無意識に身構えてしまう。
こうして、私たちのメイド生活が始まるのだった。
三日後――。
レーナは、やはりやばい女だった。
「レーナ、そこの皿を落とさなように!」
「誰にいってるのかしら?私だっ……わわっ!?」
ガッシャーン!
高価そうな銀のティーセットが、音を立てて床に散らばる。
「やったな……」
「ちょっと、バランスが悪くて……あはは」
「笑ってる場合じゃないから!」
ランも、呆れたように肩をすくめていた。
「レーナさんは……何もしないで見ててください」
「はいっ!」
別の日ーー。
私が廊下を拭いていると、どこからか「ひゃっ」という情けない叫び声が聞こえてきた。嫌な予感がして声のした方向に駆けつけると、レーナが全身泡まみれになっていた。
「な、なにしてんの!?」
「掃除よ、掃除!……たまたま洗剤を多く入れすぎただけよ!」
泡だらけの廊下に、滑って転んだらしき跡がくっきり残っている。しかもその先では、足を取られたランが四つん這いで床を這っていた。
「……レーナさん、せめて注意書きしてからやってください……」
「いやだって、時間がないと思って……効率を考えたら……」
「泡で床がツルツルになって滑るって、わかるでしょ普通は!」
完全に戦犯の顔だった。
しかもレーナの頭の上では、例のアホ毛が今にも踊り出しそうな勢いで跳ねている。
「ねえ、ラン…怒らないで?」
「もう……動かないで下さい!」
(……もう完全に見限られてる)
メイド長のグレタも手を焼いているようで、レーナがいるところには姿を表さなくなった。
私はというと、子供の頃にリリサの働きぶりを見ていたこともあって、自然と手が動く。おかげでグレタからも感心された。
「あなた、本当に冒険者? うちに就職しない?」
「いえ、私は臨時なので……」
今だけの仕事だと、そう割り切っていた。
けれど――。
「エレナさん、その言葉遣いは改めてください。ここはクラウベルク伯爵家です」
ロバートが鋭い視線で釘を刺してくる。
(なんかこの人、ずっと私のこと監視してる感じがするんだよなぁ)
レーナがこっそり耳打ちしてくる。
「エレナ、いつかぶん殴っちゃうんじゃないかとハラハラしてる」
ニヤニヤしながら、私を揶揄ってくる。
「私は誰かさんと違って、大人だよ」
「前に雑魚冒険者ぶん殴ってたじゃん」
「それとこれは別」
私はそっと溜息をついた。
その夜ーー。
夜の部屋では、三人で並んで布団を敷き、毎晩のようにおしゃべりをしていた。
「レーナは働いてないのに、なんでそんなぐっすり寝られるの?」
「毎日、全力で……生きてるからよ……すぅ……」
(もう寝てる……)
夜の平穏が、ほんの少しだけ心を和ませてくれるが、私は仕事を一つ忘れていら事を思い出した。
「浴場の掃除当番を任されていたのをすっかり忘れてた!」
「ランは先に寝てて!すぐ終わらせるから」
「エレナさん、サッと済ませていいですよ!」
「わかったー!」
風呂場に到着すると、お湯だけは抜いてあった。
湯船の縁に視線を落としたとき、異物が目に入った。
「……毛?」
細く長い、灰と茶が混じった毛が数本、湯船の底に落ちている。
「犬や猫……じゃない。太さが違う……」
まるで昔見た獣人族の体毛のような……。
その予感が、的中するのは、そう遠くない未来のことだった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
旅費を全て使い果たしたエレナ達は、伯爵家でメイドとして働く依頼を受けました。
でも働くだけと簡単に終わるわけありません。
彼女達はこれからどうなるのかーー!?
次話は明日8/3日曜日22時に公開予定です。
お盆休みは連続投稿したいと思っております。
突発性難聴のため、お盆休みは療養ですね。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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