その1 「帝都迷走記」
クラウベルク伯爵様の応接室には、金で縁取りが施された窓辺から午前の日差しが差し込んでいた。
香のたかい紅茶が湯気を立て、銀のティーセットが卓上で静かに光を放つ。
私は軽やかな足取りで客人のユリウス侯爵様の前へと進み、滑らかな動作でティーカップを捧げるように差し出した。
背筋は伸び、指先には一切の無駄がない。
「どうぞ、こちらは特製アールグレイでございます」
バナード侯爵様は、目の前に置かれたカップを手に取り、一口だけ含んだ。
「……ふむ。申し分ない」
彼の視線が静かにメイドへ向けられる。
「伯爵家には、素晴らしいメイドがいるようだな。君、名は?」
メイドは少しだけ驚いたように目を見開くも、すぐに微笑を浮かべ、優雅に一礼する。
「私の名は――エレナと申します」
「エレナか……」
侯爵の眉が僅かに動く。
何か思い当たる素振りを見せたが、口にはしない。
「……よい名だ。覚えておこう」
「身に余るお言葉、恐れ入ります」
エレナは頭を下げつつも、心の中でそっと息をのんだ。
冷静沈着なメイド。
かつて"勇者"と呼ばれた私の、いまの姿だ。
そしてなぜ、そんな私が伯爵家のメイドとして働いているのか。
別に冒険者からメイドにジョブチェンジしたわけではない。
話は二週間ほど前に遡る――。
*****
二週間前ーー
帝都バイエルン。
バイエルン帝国の中心にして、巨大な城壁に囲まれた経済と軍事の要所。
レーナと二人で商業都市エルガーラを出て、この帝都に到着するまでに約二ヶ月を費やした。
道中では数多の魔物や魔人を討伐し、戦いの連続だった。
だが――。
「うわぁあぁ!見て、エレナ!この山盛りステーキ美味しそう!」
「ちょ、レーナ!また値段見てないでしょ!」
そう、旅の最大の敵は道中の魔物ではなく、レーナの胃袋だった。
「おかわり!あと三皿ちょうだい!」
そう、レーナの食欲である。
彼女は旅の楽しみは食事だと豪語し、節約という概念をまるで持ち合わせていなかった上に、大食漢だ。
「レーナ、ちょっとは予算ってものを考えてくれない?まだ、三日しか経ってないのに十日分の旅費使ってるよ…」
「食べるのが悪いっていうの? 旅に美味しい食べ物はつきもの。無くなったら狩りでもしましょう」
小さな村や宿場町に立ち寄るたび、彼女は大食いを炸裂させて予算を考えずに暴食。
結果、彼女の旅費は出発から四週間持たずに底をついた。
仕方なく、私の旅費で何とかしていたが――
「え……入国税、こんなに高いの!?」
「あーあ、エレナがきちんとお金の管理してくれないから……」
「はぁ!?いまなんて言った!」
(少しだけ、殺意が沸いた)
帝都の入国税はとんでもなく高額だった。
その額なんと、一人銀貨二十枚。
私がやりくりして貯めていた旅費は全て吹き飛び、何とか二人で入都できたものの、財布はすっからかん。
「さて、レーナ、例の物を換金しましょうか?」
「例の物って何よ?」
「わざわざこんな遠い帝都に来た目的をお忘れかい?」
「ごめんなさい、本当にわからないわ」
「蒼龍撃退の金貨だよ!あれ換金すれば、旅費問題は解決さ」
「持って来てないわよ」
「へ?」
「だから、持って来てない。叔母さんに預かってもらうようにした」
「はぁぁぁ?なんで?」
「大金を持ち歩きたくないじゃない?」
(……どうしようかな……)
さらに追い討ちのように、ギルドで魔物素材を売ろうとすると――
「帝都で活動される冒険者様は、まず“冒険者税”の納付が必要となります」
「……なるほど?」
(いやな予感…)
「それが済みますと、依頼も素材売却も可能です」
「終わったぁぁぁ……」
やむなく、私が隠しておいたヘソクリで冒険者税を支払い、命綱すら無くなる始末。
しかも帝都は物価も高く、貧富の差も激しい。
素材を売って得た銀貨など、宿に泊まるどころではなかった。
どこの宿にも泊まる事ができなかった。
「一泊銀貨十枚……焼鳥串一本銀貨一枚……」
さすがに遠い目をした私を見て悪いと思ったのか、レーナは自主的に依頼を探しに冒険者ギルドに戻った。
しばらくの間、私は外で黄昏れていた。
先程、冒険者に話を聞いたのだが、現皇帝が即位してから増税の繰り返しで、みんな困っているそうだ。
そのため、帝都の南方にはスラム街ができており、貧富の差が明確に出ている。
お金がない冒険者は、だいたいそこに寝泊まりしているらしい。
前皇帝時代は、みんな裕福とまでは行かないが、国が多くの対策をしてくれたらしい。
それら、前政権の国民への補助は全て無くなったそうだ。
勇者時代に帝都へ寄らずに旅をしたのは、こういう事がわかっていたのかもな。
何も知らないのは勇者だけ……
旅費が底をつき、どうやって帝都で生きていくかを考えていたところに――暴食女、もといレーナが、満面の笑みで戻ってきた。
「完璧な依頼を見つけたわ! Aランクの依頼で住み込み、しかも高報酬。屋根と食事つきよ!」
レーナは胸を張って宣言した。
まるで偉業でも成し遂げたかのような顔で。
「……内容、ちゃんと確認した?」
「え? 細かいところは……見てないけど?」
「はあ!? それ返して来なさい!」
「ムリムリ、キャンセル不可って書いてあるもん!」
絶対にロクな内容じゃない。
私はレーナから依頼書をひったくるようにして確認した。
「……ちょっとレーナ、依頼内容をもう一度だけ言って?」
「Aランクの依頼で住み込み、しかも高報酬ーー」
「ここには『伯爵家の特別依頼、期間限定メイドとして勤めてくれる冒険者募集』って書いてあるぞ」
「だって…メイド服って可愛いじゃない? 一度くらい着てみたかった…から」
「……それだけ?他には?」
「あと、報酬とかがすっごく良いでしょ?」
「他には?」
「たまたま依頼を探してたら、屋敷のメイドの一人がこの依頼書を持って来てて……その子が小さくて可愛いから、こんな小さな子がメイドやれるなら、私にもできるかなって…」
都合が悪くなると声が小さくなるレーナが、モゴモゴ言い出す。
私はじっとレーナを睨みつける。
「つまり、メイド服を着たいだけって事か?」
「まぁ……そうかも?」
開き直った笑顔が妙に腹立たしい。
まぁ、遠い目をしていて注意しなかった私も悪い。
現実的に考えると宿にも泊まれないこの状況で、衣食住付き。
断る理由はないが、本当に嫌な予感しかしない。
こうして、私はレーナに連れられ、帝都でも格式の高いクラウベルク伯爵家に足を踏み入れることになった。
そして私たちは、クラウベルク伯爵本人との面談に臨むことになった。
重厚な扉の奥、広々とした執務室に通されると、威厳ある雰囲気をまとった顎ひげの中年の紳士が静かに私たちを見つめていた。
「君たちが知っているかはわからないが――最近、帝都内で獣人族による襲撃事件があった」
伯爵の声は落ち着いていたが、その裏には怒りと警戒心がにじんでいた。
「ちょうどその時、屋敷のメイド四名が買い出しに出ていたのだ。宴の準備のために、大量の食材を調達していた最中だった」
幸いにも、彼女たちの命に別状はなかった。
怪我も軽傷で、うち一人は無事だった。
その子が冒険者ギルドに依頼にきたそうだ。
だが、他3名の回復には少なくとも二ヶ月の静養が必要とのこと。
「そのため、冒険者ギルドに一時的な人手の確保を依頼した――君たちに頼むのは、そういう事情だ」
「つまり、三人が戻るまでの間、私たち二人でメイド業務を担当する……ということですね」
私は、隣で自分の髪先をくるくると弄んでいるレーナに横目をやり、ため息をついた。
この女が、メイドの仕事なんて真面目にできるわけがない。
「君たちには、二ヶ月間、屋敷のメイドとして働いてもらう。労働に見合った給金、そして依頼報酬も用意する。執事およびメイド長の指示に従い、誠実に務めてくれればそれでよい」
「はいっ! お任せください!」
レーナが元気よく返事をする。……いや、お前、本当に理解してるのか?
私は気を取り直し、改めて伯爵に問いかけた。
「ですが……私たちは女とはいえ、出自も素性も不明の冒険者です。伯爵様のような名家の屋敷で働くには、身分不相応ではありませんか?それに、メイドの仕事には繊細さや気遣いも必要です。そんな職に、冒険者なんて荒事専門の者を……」
「二ヶ月だけのことだ。問題あるまい」
伯爵はあっさりと言い切った。
最初から断らせる気など、なかったのだろう。
「……くれぐれも、よろしく頼むよ」
「……承知しました。がんばります」
私は、胸に押し寄せる嫌な予感をぐっと押し殺して、深く頭を下げた。
――大人だからね。
断りたかった。
けれど――背に腹は代えられない。
私は依頼を受ける事にした。
*****
そして今――
完璧な所作で客人の侯爵様へ紅茶を差し出していた。
「うむ。エレナ、下がって良いぞ」
「畏まりました、旦那様」
私は扉を開けて、廊下に出た。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
いよいよ第四章に突入です。
いきなりメイドとなったエレナが出てきて驚かれたのではないでしょうか。
レーナも増えたため、少し冒険者の日常的な内容を入れたいなと思ったのですが、何故かメイドになってしまいました。
次話もご期待下さい。
明日、レーナのキャラ紹介を投稿予定です。
ご期待ください。
次話は8/2金曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
"感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。




