その9 「二人の旅立ち」
レーナとコンビを組んで、二ヶ月が経過した。
私達は冒険者ギルドの依頼をこなしつつ、旅費を貯めていった。
レーナは、蒼龍撃退の報酬として帝国から金貨十枚を受け取っていた。私も滅多に目にすることのない額だが、金貨は高価すぎて市場では使えない。
「金貨かぁ、久しぶりにみたよ」
「勇者一行って各国から援助受けてたんでしょ?それでもあまり見ないもんなの?」
「援助は銀貨メインだったんだよね」
「なによ、王様ってケチくさいのね」
「ははは…」
「でも、これ使えないのよね。帝都にいけば換金ができるらしいけど」
私とレーナは、BランクかCランクの魔物退治や護衛依頼をこなしつつ、時間が余ったらDやEランクも受けていた。
合間に診療所のエレナちゃんと薬草採取に出かけたりもした。それについては、報酬を貰わなかった。
気がつけば、私はBランクまで上がり、Aランクのレーナとコンビってだけで、この街の冒険者達から一目置かれる存在となった。
「見ろよ、あれが蒼天と猛獣使いのコンビだ」
「怖ぇ、あの蒼天でさえ猛獣使いには従うらしい」
「私、Cランク冒険者を殴り飛ばしたのを見たわ」
(…猛獣使い…レーナが猛獣ってことか……)
そんな噂が流れるほど、私たち二人の立ち回りは注目されていた。
あれから、紅い瞳の魔族は現れなかった。
奴はどうして退いたのか、今持って謎だ。
それと魔族の動向についても調査した。
新生魔王軍などという話は未だ聞かない。
まぁ、その単語を出してないからと言う事も考えられる。
だが、魔人は世界のあちこちにまだ多く出現しているらしい。
頭を失った奴らが単独で行動できると思えない。
「――まだ何かが、この世界のどこかで蠢いている気がしてならないんだよな」
旅の準備も順調に終わりつつある頃、レーナの育った村であるギアナ村に向かった。
レインとレーナを育てた叔母さんと会うためだ。
私は叔母さんにも、知りうる限りのことを伝えた。
そして、私が勇者だという事も……
叔母さんは、少し潤んだ目で私を見つめ、静かに言った。
「……エレナさん、あなたの覚悟はよくわかりました。レーナも貴方についていくと言ってますし、レーナが納得しているのだから、私が言うことは何もありません」
その優しい言葉が、胸に染みた。
そう言われて、ギアナ村を後にした。
「レーナ、ありがとうね。私の我儘に付き合わせちゃって…」
「気にしなくていいわよ、私も叔母さんに挨拶して旅に出たかったから」
「優しい人だったね」
「私は、叔母さんには返しきれない恩がある。それは育ててくれた事、魔法を教えてくれた事、世界の事を教えてくれた事、生きて行くための方法を教えてくれた事、本当にたくさん」
「…旅が終われば、戻ってきて返せばいいさ」
「ふふ、そうね、そうすると思うわ」
夕暮れの空に、村の鐘の音が静かに響いていた。
翌日ーー
私たちは、診療所へと向かった。
エレナちゃんと、お別れをするためだ。
診療所の扉を開けると、声が響いた。
「わっ、エレナさん!レーナさんも!」
診療所の奥から駆け寄ってきたエレナちゃんは、元気そうで、何より笑顔だった。
彼女の背後では、お母さんが優しく微笑み、お父さんも診療所の棚を整理していた。
「お母さん、もう大丈夫なんですね」
「はい。まだ重い物は無理だけど、家事や店の手伝いくらいはできるようになりました。……本当にお世話になりました」
お母さんは、深々とお辞儀を私たちにしてくれた。
エレナちゃんは、制服姿のまま、くるりと一回転して見せる。
「学校に毎日行ってるよ!遅刻もしてないの!」
「それは立派だね。レーナ、見習ってくれ」
「はぁ!?私は大人なんだから朝に弱くても許されるの!」
私たちは小さく笑い合いあった。
「エレナちゃん、私達は明日旅に出る。だからお別れに来た。」
エレナちゃんは少し涙目だ。
彼女にはいずれ旅に出る事は伝えていた。
それでも、別れは寂しい。
「名前が同じだけで揶揄われるなんて、おかしな話だよね」
私はしゃがんで、エレナちゃんの目線に合わせた。
「名前って、自分で選んだものじゃないけど……両親が願いを込めてつけてくれた、大事なものなんだ。だから、誰に何を言われても胸張っていいんだよ」
「はい!」
「それにね、私は“エレナ”って名前、すごく好きなんだ。お父様とお母様がつけてくれた名前だからね」
私は、エレナちゃんの頭を撫でながら伝えた。
「エレナさん……また来てくれる?」
エレナちゃんが不安げな目でこちらを見上げる。
私はうなずいて、小さく笑った。
「もちろん。絶対、また会いに来るよ」
「ほんとに?」
「ほんとに。……そうだ、指切りしようか」
「……ゆびきり?」
エレナちゃんが首をかしげる。
私は彼女の小さな手を取り、自分の小指を出して見せた。
「これはね、遠い国の約束の儀式なんだ。こうして小指を絡めて、“ゆびきりげんまん”って言うの。そうしたら、その約束は絶対に守らなきゃいけないんだよ」
「へぇ……なんか、ちょっと魔法の儀式みたい」
「そうかもね。さあ、やってみよう」
私はそっと、小指を差し出した。
エレナちゃんも自分の小指を絡めてくる。
「……ゆびきり、げんまん?」
「うん、“ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った”って言うんだ」
「は、針千本!?」
「おまじないだよ。ほんとに飲まなくていいからね」
くすくすと笑いながら、私たちは小指をぎゅっと絡めた。
「じゃあ、約束ね。また絶対、会いに来るから」
「うん! 絶対だよ、エレナさん、レーナさん」
そう言うと、彼女はにこっと笑って、手を振ってくれた。
私も何度も振り返りながら、診療所をあとにした。
「私、そんな儀式知らないんだけど?」
次に向かったのは、冒険者ギルド。
お世話になった受付嬢さんに、ちゃんとお礼を言わなきゃと思ったからだ。
「まぁ、お二人とも……出発されるんですね」
受付嬢さんは、少しだけ寂しそうな表情を見せた。
手続きの合間にこっそりお菓子をくれたり、何かと気を配ってくれた、優しい人だった。
「困ってる低ランクの依頼とか、ふたりでよく拾ってくれて……本当に助かってたんですよ」
「え、そんなつもりなかったんだけどなぁ」
「……エレナはともかく、私は慈善活動だったかもしれないわね」
レーナがちょっと鼻を鳴らして、得意げに言った。
受付嬢さんがくすっと笑いながら、言葉を続ける。
「いつでも戻ってきてくださいね。蒼天様、猛獣使い様、待ってますから」
「その名前で呼ぶのは辞めて!」
3人で笑い合い、しっかりと握手をして、私たちはギルドをあとにした。
そして最後は、何度も通った食堂へ。
私のお気に入り、あの鉄板鶏肉と激甘のコーラを出してくれた、あの場所。
「もう旅立ちかい?早いもんだなぁ」
大将は、腕を組んで笑いながら、迎えてくれた。
何も言わず、厨房に戻ると、いつもの料理を用意してくれた。
「たくさん通ってもらったお礼だ、俺の奢りだ!」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
食堂の料理は、どこか懐かしい味がして、私は黙って串を動かした。
大将の料理を、しばらく食べられないと思うと、少しだけ寂しい。
食後、深々と頭を下げ、食堂をあとにした。
夕方ーー
西の空がオレンジ色に染まり、街に長い影が落ちていく。
「そろそろ宿に戻ろうか」
「うん。明日は早いもんね」
それぞれの宿に戻り、私は荷物の整理を始めた。
服と薬草、最低限の食料。新しく買っておいた武器の手入れも済ませておく。
(……また旅が始まる)
思えば、この街での二ヶ月はあっという間で、必要な時間だった。レーナと出会って、レインの事を伝えられたのだから。
翌朝ーー
一つ鐘の音が鳴る頃。
私は宿を出て、西門へ向かった。
門の前には、すでにレーナがいた。
朝日に照らされた蒼天色の髪が、風に揺れている。
「……おはよう」
「おはよう、早いね?」
「ま、今日くらいはね。お互い、真実探しの旅ね」
私たちは、誰にも見送られず、静かに門をくぐった。
この商人の街エルガーラに再び戻る時は、全て終わらせた後にしたいと、私は思ったーー。
お読み頂き、ありがとうございます。
第3章その9を更新させて頂きました。
これで第3章は終わりとなります。
次章その1は、7/31木曜日に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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