その8 「親友の妹とコンビ」
翌朝、一つ鐘の音で私は目を覚ました。
鏡を覗き込んだ瞬間、息を呑む。
――左側の髪が、銀色に光っていた。
「……そっか。レーナの魔法弾を喰らったせいで、染色魔法が剥がれたんだっけ…フード被ってたから誰にも見られてないよな…」
レーナに続きエルバラとかいう魔族と交戦し、疲労困憊だったため、宿屋までの記憶が朧気だ。
でも、フードを被ってたのはなんとなく覚えてる。
私は小さくため息をつき、再び茶色に染め直す。
髪が元の色を取り戻すのを確かめ、木のバケツを手に井戸へ向かった。
汲み上げた水を部屋に持ち帰り、体を拭う。
(そういえば、レーナに傷を治してもらったんだっけ……つけられた相手から回復してもらうのも変な感じだな)
――あの氷の雨、竜巻の熱気がふと脳裏をかすめ、思わず肩をすくめた。
(昨日の戦い…ギリギリだったな。私、弱くなってるーー?)
汚れた服を残った水で洗い、荷物から別の服を取り出して着替える。
鏡を見て、息を整える。
そろそろ二つ鐘が鳴る頃だ。
(……約束通り、レーナにきちんと伝えなきゃな)
私は足を踏み出した。
先日、エレナちゃんと昼食を共にした食堂へ向かった――レーナと向き合うために。
食堂についた私は、思わず目を見開いた。
「……あ、おそーい!」
なんと、レーナがもう席にいて、私が先日食べた"タコの入ってないたこ焼き"を頬張っている。
「もぐもぐ……先に食べてるわよ。だって、ものすごくお腹空いてるの、私」
「……食べてから話せっての」
肩をすくめて、私も席につく。鉄板で焼かれる鶏肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
私はいつもの甘いコーラと鉄板鶏肉料理を注文する。
「まずは腹ごしらえ、だな」
「そうね。……あ、このたこ焼き美味しいわよ」
ひとまず私たちは、静かに食事を楽しんだ。カラン、と食器が鳴った頃、レーナが真剣な顔でこちらを見つめる。
「で? 姉さんのこと、いろいろ教えて」
私は息を整え、ありのままを話し始めた。
――初めて会ったのは、魔人が大量に湧くと噂された迷宮だったこと。
――彼女の魔法がどうしても必要で、旅の仲間に勧誘したこと。
ーー彼女はソロの冒険者で多くのチームから勧誘されていたが、いつか妹が追いついてくるからと断り続けていたこと。でも多くの冒険者や市民を助けていたこと。
ーー仲間になってくれたが、彼女の方が戦闘も旅も経験豊富のため、私たちが足を引っ張ったこと。
――私は勇者だから、仲間の間には遠慮や隔たりがあった。でも、レインだけは違った。同い年の友達のように接してくれたこと。
――掴み合いの喧嘩もした。けれど数日後には、また笑い合っていたこと。
――妹のことを、よく嬉しそうに話してくれたこと。いつか紹介するからと言ってくれたこと。
最初、レーナは小さく笑ったり、頷いたりして聞いていた。だが、私が魔王城の話をすると、レーナの目から大粒の涙がこぼれた。
「……姉さんは、すごいなぁ……」
一瞬、レーナが小さな女の子に見えた。
私の中には、あの日、レインを救えなかった後悔が、今も心の奥に刺さっている。
「魔王城への侵入も、魔王への最後の一太刀も、レインがいなければ届かなかった。……でも、最後は、リサに……」
言葉を詰まらせる私を、レーナは黙って見つめていた。やがて、かすれた声で言う。
「……捏造か……私も騙されるなんて情けないわ」
「………」
「まぁ、いいわ。真実は聖女様に聞きましょう」
私は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
「わかってもらえてよかった……ありがとう、レーナ」
レーナは黙ったまま、テーブルの上に視線を落とした。涙の跡が頬を伝っている。その表情を見て、私もようやく、少しだけ救われた気がした。
レーナがコップを置き、少し真剣な目で私を見た。
「で、エレナ、これからどうするの?」
「当面は旅費を貯めたいかな」
私はコップの中の氷を揺らしながら答える。
「それから、前の旅で回っていない国を回ろうと思ってる。……私は、前の旅自体が誰かに仕組まれたものじゃないかって、そんな気がしてるんだ」
言葉にすると、胸の奥の不安がわずかに疼く。
レーナは、じっと私を見たあと、ふっと笑った。
「なるほどね。じゃあ私も賛成。旅費なら、私と回ればすぐに貯まるわ」
「ふふっ……Aランク様々だね」
「じゃあ、旅費稼ぎは二人で動く事にしましょうね。これで私とエレナはコンビね」
「そうだなぁ、よろしく相棒」
私たちは軽口を叩き合いながらも、心のどこかで決意を新たにしていた。
「あの魔族、新生魔王軍とか抜かしてたわね」
「あぁ、それは私も気になる。後で冒険者ギルドで情報を拾ってみようか。でも慎重に聞いた方が良いかもしれない」
「なんで?」
「人族側にもまだ知られてない情報かもしれないし、私は人族側にも魔族に手を貸してる人がいるんじゃないかと思ってる」
「…なるほどね、そうね、慎重に調べましょう!」
(それと、何故急に退散したのか…考えても仕方ないけれど)
魔族のことについてはひとまず調べてから考えようと思う。まずは旅立ちの資金だ。
食事を終え、私たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。依頼の報告と、報酬を受け取るためだ。
昼下がりのギルドは、依頼の出入りでざわめきに満ちていた。
革鎧の冒険者が酒場奥で笑い、受付の前では数人が列を作っている。
私とレーナもその列に並び、やがていつもの受付嬢の前に立った。
「あら?レーナさんとエレナさん。依頼はいかがでしたか?」
「とりあえず、オークを五体討伐しました。他は見つけられませんでした」
「なるほど……そうですか。オークについては、当面調査が必要ですね」
「ええ。調査依頼が出るなら、私たちで受けられますよ」
「エレナさん、ありがとうございます。上と相談しておきますね。……あ、こちらが報酬です。銀貨二十五枚、確かにお渡しします」
「ありがとうございます」
受付嬢が小袋を差し出す。手にずしりとした重みを感じて、私は思わず笑みをこぼした。
「それと、お二人がオークを討伐した平原で、大規模な戦闘があったと報告がありまして……レーナさん、何かお心当たりは?」
「なんで私だけなのよ!?」
受付嬢は困ったように眉をひそめ、手元の書類をめくる。
「いえ、以前にも……観光地の湖を――」
「あ、あれは強い魔物がいたから仕方ないのよ!」
「討伐は感謝しますが……湖まで消えたと報告が……」
レーナはぷいっと横を向いた。
受付嬢も私も、思わず苦笑するしかなかった。
「レーナ、そんなことやってたのか?」
「……だって魔物が湖から出てこなかったんだから……」
(……こいつ、ちょっとしたバーサーカーじゃないか?)
私が内心で引いていると――。
「あ、その顔! 今、絶対『とんでもない奴を仲間にした』って思ったでしょ!?」
「……そんなこと、ないよ」
「お二人はコンビを組まれるのですか?」
「ええ。お互いソロですし、ちょうどいいかと思いまして」
もちろん、本当の事情はすべて胸の内にしまっておいた。
「なるほど……エレナさんがレーナさんを見張ってくれると、こちらとしてはありがたいですね」
「ちょ、ちょっと! それは――!」
私は慌ててレーナの口を軽く塞ぎ、耳元で小声で囁いた。
「(ここは黙っておいて……! 面倒なことになるから)」
レーナはむっとしながらも、渋々頷いてくれる。
「あ、でも実際は大規模な戦闘にはなってませんから。おそらく別の案件だと思いますよ」
「……そうですか。エレナさんがおっしゃるなら大丈夫でしょうね」
私は小さくため息をついた。
――魔族のことや、あの場での戦いなんて、口が裂けても言えない。
「それと、こちらもお伝えしないと。今回の依頼達成をもって、エレナさんはDランク昇格となります。おめでとうございます」
「……あっ、そうでしたね!ありがとうございます!」
勇者時代はランクなんてなかったからな。
勇者様はお好きになさって下さいって感じだ。
「当分の間、街に滞在されるのですか?」
「はい、旅費を稼ぐつもりです」
「わかりました、引き続きよろしくお願いします」
依頼完了の証明書をもらい、私は受付嬢に挨拶してその場を離れた。
「ランクアップよかったわね」
レーナが少し不満げだ。
「あぁ、まぁ高ランクのレーナがいるからあまり関係ないけどね」
「そうでしょ、そうでしょ」
さも自分のおかげだと言わんばかりだ。
レーナの扱いがなんとなくわかってきたな。
「さて、明日からの依頼を探して、お金を稼ぎまくりますか!」
「了解!」
私たちは笑い合った。
けれど胸の奥では、これからの旅と、まだ見ぬ真実を探す決意が燃えていた。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
休日ですので、連続で投稿させて頂きました。
第3章はあと1話で終わりとなります。
第4章もほぼ既にストーリーは出来上がっておりますので、引き続き火曜木曜土曜22時更新を継続し、土日は連続投稿するかもしれません。
活動報告でご連絡させて頂きます。
次話は7/29火曜日に公開予定です。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
"感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。




