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その7 「緋眼の魔族襲来」

 私の目論見は外れたが、レーナの肩が上下している。

 額を伝った汗が頬を流れ落ちた。

 レーナも疲れているようだ。


 「レーナ、君の姉さんは、君が才能豊かな魔法使いだと話していたよ。私もそれがよくわかった!」


 私はゆっくりと、瓦礫を踏みしめながら一歩ずつ距離を詰めた。

 

 「……姉さんが!?」


 「あぁ、レインは貴方の才能が羨ましかったって、そう話してたよ」

 

  「ふん……嘘ね。姉の方が才能ある魔法使いだった。私はそれを追いかけただけ……ずっと、追いつけなかった。」


 レーナの顔に、さっきまでとは違う、どこか寂しげな笑みが浮かんだ。


 「あなたの姉……レインの事は、心から大切に思ってた。私の親友だった」


 「ならどうして殺したのよ!」


 「……私がレインを助けられなかったのは事実だ。でも本当に彼女は、光の聖女に殺された。私は…その真実を伝える為に、ギアナ村の近くまで来た。わざわざ自分が殺した姉妹のいる村に来ると思うか」


 「………」


 レーナの視線が揺れた。ほんの一瞬だけ、その瞳に迷いが宿ったのを私は見逃さなかった。


 「レーナ! 私と一緒に、真実を求めるための旅に出ないか?」


 戦いの場に連れ出すのは気が引ける。

 だが、彼女となら……。


 (私ひとりでは辿り着けない真実が、彼女となら見えるかもしれない。)


 「……私が……エレナと旅に……」


その呟きには、迷いと、ほんのわずかな希望が滲んでいた。


*****


 たしかに、彼女とは仲良くなれそうな気がする。

 少し歳上だけど、友達になれるかもしれない。

 そもそも診療所のエレナちゃんを助けてくれたような人が、本当に人を殺すだろうか。

 冷静に考えたら、そうは思えない――。

 私ーーかなり頭に血が上ってたようね。


*****


 「エレナ、貴方が殺していないという証拠は、どこにもない」


 「……そうね、その通りだ」


 「もし、貴方が嘘をついていたなら、その時は……私が貴方をこの手で斬る」


 「ああ。その時は抵抗しない。私の首を刎ねてくれて構わない」


 「……いいわ、交渉成立ね。その覚悟にね」


 その言葉を交わした瞬間、胸の奥にほんのわずかな光が灯るのを感じた。


 だが――その直後だった。


 私の背後から、地を揺るがすような「ドン!」という轟音が響いた。

 思わず振り返る。そこに現れたものを見て、息を呑んだ――。


 「……なによ、この気配……」


 土煙の向こうから、空気を裂くような圧が迫ってくる。

 やがて視界が晴れ、その姿が露わになった。


 ――“あの時”。

 リサの隣にいた、緋眼の魔族。


 「……っ!」


 胸の奥が焼ける。

 私は理性を削ぎ落とされ、我を忘れて剣を握り直した。


 「おまえぇぇぇーーー!!」


 刃を振り下ろす私の攻撃を、魔族は伸びた五本の爪で軽々と受け止めた。

 爪が鉄を裂くような嫌な音を立てる。


 「久しぶりだな、勇者エレナ」


 「お前……!」


 「ふん、話が通じてないぞ。勇者のくせに」


 「――エレナ!」


 レーナの声が飛ぶと同時に、私はハッとした。

 鍔迫り合いを振りほどき距離を取る。

 その直後、レーナの放ったファイアボールが魔族を襲う。


 しかし、緋眼の魔族は軽やかに跳躍して避けると、口の端を吊り上げた。


 「エレナ、あれは……魔将ね」


 「魔将……でも、違う。私はあいつに……っ!」


 唇を噛みしめ、鉄の味が広がる。


 「初めましてだな、多彩の魔法使いレインの妹――蒼龍を撃退して"くれた"蒼天の魔法使いレーナ。」


 「……"くれた"って、どういう意味かしら?」


 「人族は愚かだから気づかぬのだろうが……東方を守護する蒼龍は、我らにとって邪魔でしかなかった。それを撃退してくれたおかげで、しばらく龍は姿を見せまい。――地上を侵す我らにとっては、ありがとうだな。」


 レーナが目を細めた。


 「……どういうことか、捕まえて白状させてあげる」


 そんなレーナの話を他所に私は緋眼の魔族にきりかかる。


 鋭い爪と剣が何度も火花を散らした。

 レーナが魔法で横から援護する。

 緋眼の魔族はしなやかに舞い、レーナの氷の矢を紙一重で避けると、逆に影のように消え――私の背後に現れた。


 「速いっ!」


 反射で振り向きざまに剣を振ると、爪と剣がぶつかり合い、火花が闇を照らした。

 その隙にレーナが風の刃を放つ。

 だが、緋眼の魔族は踊るような身のこなしでそれをかわし、爪先が地面を裂く。


 「これでもっ!」


 私は踏み込む。膂力変換魔法で脚力を強化した一歩が、夜気を震わせた。

 クラウ・ソラが稲光のような軌跡を描き、彼女の胴を狙う。

 緋眼の魔族は、爪を交差させて受け止め、後方に跳躍した。


 「まだよっ!」


 レーナの土魔法が瞬時に起動し、緋眼の魔族の着地点を岩槍が突き上げる。

 その刹那、体を霧のように変じ、岩槍をすり抜けて反転。

 霧から実体化した瞬間、血色の光を宿した目がこちらを射抜く。


 「っ、厄介な……!」


 私が身構えると同時に、爪が突風を巻き起こすような連撃となって襲いかかる。

 クラウ・ソラで必死に弾き返すが、腕に浅い傷が走り、熱い血が滴った。


 「さすが勇者と蒼天の魔法使い……だが!」


 緋瞳の魔族の声とともに、周囲の闇が一瞬濃くなる。

 影が増えたかのように錯覚するが、それは高速の残像だ。

 レーナが即座に防御障壁を張り、私は剣を低く構えた。


 一歩も引くつもりはない。


 私とレーナは視線を交わす。言葉はなくとも、互いに次の行動を悟った。


 「フレイムランス!」


 炎の槍が夜を裂き、私はその後を追うように踏み込む。

 爪で槍を払ったが、その瞬間私は背後を取っていた。


 「はあああっ!」


 剣と爪が再び火花を散らす。鍔迫り合い。

 私の方が力は上で、緋瞳の魔族を弾き返す。


 「チッ……!」


 緋瞳の魔族は後方に跳び距離を取るが、胸が焼けるように上下している。

 対する私も、わずかだが息を荒げている。


 夜風が一瞬、静まった。


 「……あれ、ただの魔将じゃないわね」


 レーナが低く呟く。


 緋瞳の魔族は爪を舐め、口角を吊り上げる。


 「フフ……気づくのが遅いわね。私たちは、リサ様の下に集った魔族。その力をリサ様のために使うと誓った」


 その言葉に、胸の奥が凍りつく。


 「新生魔王軍――四魔将の一人。吸血族の女王、エルバラ」


 「四魔将!?吸血族!? 大昔に滅んだって本で読んだんだけど……!」


 「愚かな……私たちは滅んでなどいない。ただ、魔界の奥地で静かに暮らしていただけ」


 血のように緋い瞳が、月明かりに妖しく光った。

 しかし、エルバラは舌打ちをし、瞳を細める。


 「……なるほど。やはりただでは終わらない。だが――今はここまでだ」


 「待て!新生魔王軍とはなんだ!?」


 その私の一言のあと、彼女は夜の闇に溶けるように姿を消した。


 残されたのは、焼け焦げた大地と、ひび割れた氷柱だけだった。


 「……っはぁ」


 私はその場に膝をついた。

 レーナも同じように、肩で息をしながら、座り込む。


 「……連戦疲れたな?」


 「……本当ね、しかも吸血族だって?」


 「あんなのがまだ居たんだな。世界は広いな」


 「……ええ、わたしもそう思う」


 互いに言葉を交わす余裕もなく、しばし風と煙の音だけが耳に残った。


 やがて、私は空を仰いだ。星が瞬いている。

 ――この世界に、まだ知らない強敵がいる。


 「……レーナ」


 「なに?」


 「とりあえず……今日は野宿して、一度街に戻ってからも休もう。身体がもたない」


 「……そうね。私も、同意見」


 ふたり、ゆっくりと立ち上がる。足元はふらついたが、それでも無言で並んで歩き出した。


 昨日、野宿した場所まで戻り、レーナに土のかまくらを出してもらい、私たち二人は寝た。

 

 翌朝も二人で無言で歩き続け、街が見え始めた頃、レーナがぽつりと呟く。


 「……明日、話を聞かせて。姉さんのこと」


 「……ああ、必ず」


 私達は明日の二つ鐘が鳴った後に、初めて会った場所で食事を取る約束をした。


 その約束を胸に、私たちは夜風に吹かれながら、ゆっくりと宿屋へと戻っていった。


 こうして、二人の長い三日間は幕を閉じた。

 読者は皆様、いつもありがとうございます。


 レーナとの戦いは激しさを極め、お互い一歩も引かない。これから二人はどうなるのかーー!?


 次話は明日、日曜日に公開予定です。

 第3章が終わる予定です。

 引き続き宜しくお願い致します。


 エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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