その3 「蒼天の魔法使い」
依頼を終え、街に戻った私たちは、ギルド近くの食堂で昼食を取ることにした。
焼きたてのパンに、香ばしいスープ。
それにとろけるようなチーズの載った肉料理。
そして、なんとこのお店、コーラがある。
少し炭酸弱めで甘いけど、間違いなくコーラだ。
懐かしい味の記憶が蘇る。
大事な仕事から解放された反動か、エレナちゃんは、すっかり昼食に夢中だ。
この可愛さに免じて、ここは私が奢るしかない。
だが──その平穏は、あっけなく破られた。
「おいおい……見ろよ。手配中の“勇者”と同じ名前のガキがいるぜ」
通路側の席から、粗野な笑い声が響く。
私たちの隣のテーブルに座っていた、三人組の冒険者の一人が、下品な声でこちらを見た。
エレナちゃんはビクッと肩を震わせる。
「国家転覆を企んだ裏切り者の勇者と同じ名前なんてよ……恥ずかしくて外も歩けねぇよなぁ?親の顔が見てみてぇもんだぜ。どうせ親の病院もヤブなんだろう?」
(なんだこのモヒカン頭達は…)
──がたん!!
椅子を押しのける音が響く。
「お父さんとお母さんの悪口を言わないで!」
立ち上がったエレナちゃんの瞳には、怯えと怒りが混じっていた。
(…うん…うん?……私のせいか……)
だが男たちは笑いながら立ち上がる。
「へっ、生意気なガキが。ちょっとお仕置きを──」
私が拳を出そうとした、その瞬間──
バシャッ!
冷たい水の音が響いた。
(…魔法!?)
三人の頭から足先まで、見事に水が降りかかっていた。
「……何だぁ!?」
驚く男たちの声。
私も反射的にエレナちゃんを引き寄せた。
「ダサいわね」
その場にいた全員がその声の方を見る。
青色の髪が肩にかかり、黒いローブをまとって、広い鍔の尖り帽子の少女。
年齢は私より歳下に見えるが、目には落ち着いた鋭さが宿り、妙な威圧感がある。
水の魔法を使ったのは、間違いなくこの子だ。
「……貴方たち…みっともないわよ。子供をいじめて何が楽しいの? それでも冒険者?」
涼しい声が静かに食堂を支配する。
「レーナさんっ!」
エレナちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「やっほー、久しぶり。元気にしてた?」
レーナと呼ばれた魔法使いが、片手をひらひらと振る。
「知り合い?」
「はい。父の診療所に、よく手伝いに来てくれる魔法使いのお姉さんです」
一方、水をかけられた男たちは怒りに震えている。
「な、何しやがる……!」
だが、1番後ろにいる仲間の一人が彼に耳打ちした。
「あいつ……蒼天の魔法使いレーナだ。Aランクの……あいつはやべぇ」
「おいおい、あれ見ろ……青髪に黒いローブ」
「まさか……あれが蒼天の魔法使い……」
「ああ、龍殺しの魔法使いだ」
「やめとけ、殺されるぞ」
絡んできた男たちは一気に静まり返った。
「どうする? 外で続きをする?」
レーナは黒いローブの裾を翻しながら、涼しげにそう告げた。
「……ちっ、ここらで勘弁してやるよ」
男が舌打ちをしながら、踵を返そうとした──その瞬間。
──ドゴォッ!!!
私は無言で彼に近づき、左拳を彼に向けた。
鈍い音と共に男の身体が吹っ飛んでいった。
扉がばたりと開き、そのまま外に転がっていく。
他の仲間達も転がった彼を追うように逃げた。
食堂に、更なる静寂が訪れる。
「……え?」
エレナちゃんの小さな声が、空気を震わせた。
レーナという魔法使いも目を開いて驚いている。
「私、いじめっ子って嫌いなの」
私は笑って肩をすくめると、もう一度席に戻ってスープを口に運んだ。
「ぷっ……くくっふふ」
レーナはくすくすっと笑いだした。
レーナは、まだ涙目のエレナちゃんのそばへ歩み寄り、膝をついた。
「エレナ、勇敢だったわね。でも、無理はしちゃダメよ。お父さんとお母さんが、悲しむから」
「……ごめんなさい」
エレナちゃんは、唇を噛んで俯いた。
レーナは優しくその頭を撫でて、にこりと笑う。
そんな二人のやり取りを横目に、焼鳥串を口に運ぶ。冷めないうちに、食べておきたかった。
「……貴方、強いのね」
ふいに、レーナがこちらを向いた。
「良いパンチね、スッキリした」
「いや、なんというか……単に、いじめっ子が嫌いなだけさ」
私はコーラで喉を潤しながら、肩をすくめた。
「レーナさん、この人はね、今日の依頼を受けてくれた冒険者さんなの。しかも──私と同じ名前で、“エレナさん”って言うの!」
「っ……エレナ……」
レーナの目がわずかに細くなる。
一瞬だけ、空気が張りつめた気がした。
「そう……同じ名前が二人も。偶然ってあるものね」
(あれ?一瞬、目が鋭くなった?)
私は、内心ひやひやしながら笑顔を保つ。
「そうでしょ! エレナさんね、すごく優しいし、強くて頼りになるんだよ!」
エレナちゃんは無邪気に話し続ける。
その様子を見たレーナは、ふっと目を細めて、再び微笑んだ。
「そう……じゃあ、私もお邪魔していいかしら?」
(…バレてない…大丈夫…かな?……)
「もちろん。一緒に食べようじゃないか」
「ふふ、じゃあ遠慮なく」
レーナはイスに腰を下ろし、テーブルの一角に加わった。
食堂の片隅で、私たち三人は静かに食卓を囲んでいた。
「レーナさん、さっきの水って魔法だよね?」
「呼び捨てでいいわ、エレナさん。うん、ちょっと魔法で水を飛ばしただけ」
「……じゃあ私もエレナでいいよ。レーナ、さっきの人たちも言ってたけど、その年齢でAランクってすごいね」
「ありがとう。姉もAランクだったの。私は叔母から魔法の基礎を教わって──独り立ちしてから、運良く高ランクのあるパーティーに入って“蒼龍”を撃退したの」
「…お姉さんも……すごいな。蒼龍って、あの“東方の守護者”?あれ討伐できるんだ?」
「いいえ、討伐じゃなくて“撃退”。少し傷を負わせたら逃げちゃった。でも、それ以来“龍殺し”なんて呼ばれて……ちょっと迷惑ね」
(すごいな、私達勇者パーティーは蒼龍とは戦わなかった。まだ見ぬ強者ってたくさんいるんだろうな)
「それでもすごいよ。そのパーティーの話、また今度聞かせてよ」
「ええ、いつでも。ところで、エレナさんは旅の途中なの?」
「うん。旅費を稼ぎたくて、しばらくこの街にいるつもり」
そんな話をしている最中に、レーナがにっこり笑って、私たちの皿に残った串を指差した。
「そっちの食事、もう食べないならもらっていい?」
「……エレナさん、気をつけてください。レーナさん、かなりの大喰らいなんです」
「失礼ね、私は成長期なの」
笑いながら串を頬張るレーナ。その食べっぷりに、さすがの私も目を丸くする。
(……この世界で、私より食べる女の子に初めて出会ったかも)
肉を頬張りながらも、レーナはどこか楽しそうで、エレナちゃんもそんな彼女につられて笑っていた。
どこか不思議で、でも心地いい食卓だった
お読み頂き、ありがとうございました。
エレナちゃんに続き、レーナと新キャラがこの章で出てきました。
エレナの一人旅もこれで終わるのかーーー!?
次話は7/22火曜日22時に公開予定です。
エレナの応援を引き続き宜しくお願い致します。
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