その2 「同じ名前の少女」
胃袋を満たした私は、ギルドの掲示板を見つめながら考え込んでいた。
Eランク冒険者の受けられる依頼は、一つ上のDランクまで。Cランク以上の高ランク依頼は、ランクを上げるか、上位の冒険者とパーティーを組まない限り受けられない。
低ランクの報酬は、一人でも受けられる分、高くても銀貨五枚程度。
チリも積もればとは言うけれど、旅費を稼ぐには時間がかかる。
(……悩んでても仕方ない。一人でできる依頼をやるしかないか。前の旅は王様や領主達が資金援助してくれたから楽だったな。)
そう思い、掲示板に貼られた依頼をざっと見渡していくと、ひときわ目立たない紙が目に留まった。
【Dランク依頼】薬草採取および護衛
内容:指定の薬草を特定地点で採取。
未成年の依頼人の護衛を兼ねる。
報酬:銀貨五枚
「なになに……銀貨五枚…薬草採取に護衛…これは簡単そうだな」
私はその依頼書を剥がし、カウンターの受付嬢の元へと向かった。
「すみません、こちらの依頼を受けたいんですけど…」
「……あっ、エレナさん。登録したばかりなのに、もう依頼を?」
受付嬢は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに対応してくれた。
「この依頼の発注者は十二歳の少女で、お母様が倒れてしまい、お父様が看病でつきっきり……。その娘さんが代わりにお父様の診療所で使う薬草を集めようとしてるようです」
「そっか、ご両親想いのいい子だね」
「そうですね。採取場所は森。危険は比較的少ないですが、この辺りは狼系の魔物が稀に出現します。依頼主が未成年なので、どうか無理のないように護ってあげてください」
(…意外と簡単に受けさせてくれるんだな、魔物討伐の実績とか確認しないんだ?…それに…)
「了解です!……ところで、ランクの低い依頼が結構余ってますね?」
受付嬢がメガネをクイッと左手で動かす。
「気づかれましたか。この街のギルドは、高ランク報酬が高めなんです。だから、高ランク依頼ばかりが人気で……。そのぶん、低ランクの依頼は残りがちなんですよ」
「なるほど。そういう事情なんですね」
「…ギルドとしては低ランクの処理も進めてほしいのですが……こほん…それでは、依頼主の方を面談室にお連れします。ご案内まで少しだけお待ちください」
受付嬢の手際よい書類処理で、私の最初の依頼が正式に受理された。
(さてさて……パッパと終わらせたいものだ。)
テーブルで珈琲を飲んでいたところ、受付嬢に声をかけられた。
通された面談室の扉を開けると、中にいたのは長い栗色の髪を丁寧に編み込んだ、きちんとした身なりの少女だった。
彼女は緊張した面持ちで椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「こんにちは、私が依頼主のエレナです。十二歳で、父は街医者です。よろしくお願いします」
私は一瞬驚いたが、すぐに笑って右手を差し出した。
「奇遇だね。私もエレナ。同じ名前だね!」
少女はぱちくりと目を瞬かせ、少しだけ表情を和らげた。
「え……ほんとうですか?」
「うんうん。同じ名前同士、よろしくね」
そっと握手を交わした。
「母が倒れてしまって……父はそちらに付きっきりなんです。でも、必要な薬草が足りなくて。私も採取の手順は分かるけど、一人で森には……」
「大丈夫、私がちゃんと護るし、手伝いもできるから」
少女は驚いたように私の顔を見て笑ってくれた。
小さい頃、ギルバート兄様から薬草採取や種類については教えられた。それが役に立つことになるとは。
翌日、依頼主であるエレナちゃんと城門前で待ち合わせをして、並んで街道を歩いていた。
朝の空気はまだひんやりとしていて、鳥たちのさえずりが耳に心地よく響いている。
「今日はいい天気ですね」
隣で歩くエレナちゃんが、少し緊張した声で話しかけてくる。
「そうだね、絶好の採取日和だね」
私は笑って返すと、少女の肩から下がった革の薬草袋に目をやった。しっかりと中身を整理しているあたり、几帳面で真面目な子なんだろうな。
「エレナちゃんは薬草、詳しいんだね」
「はい。小さい頃から父に教えられて……。あ、でも戦いは全然ダメなんです。だから、エレナさんが受けてくれて本当に助かります。」
「任せて。私がきっちり護るから」
道中は穏やかだった。時折通る商人の馬車や、旅の僧侶とすれ違うたびに、私たちは軽く頭を下げ合う。
やがて街道を外れて、小道に入ったところでエレナちゃんが立ち止まった。
「ここから森に入ります。目的の薬草は、この先の谷あいに群生しているんです」
「わかった。周囲には注意して進もう」
隣を歩きつつも臨戦態勢を取っておく。
森に一歩足を踏み入れると、途端に空気が変わる。木々が日差しを遮り、辺りは薄暗く静まりかえる。
土の匂い、湿った葉の感触、そしてどこかで動物が這う音。視界の隅で、リスが木を駆け登っていくのが見えた。
「この辺りは“シルバー草”が多く生えてます。濃い緑の葉っぱが目印で──あっ、あそこに!」
少女が指差した茂みに、確かにまとまって生えていた。
「すごいね。一発で見つけるなんて」
「ふふ、これは得意なんです」
しゃがみ込み、少女は丁寧に根元から薬草を摘み取り始めた。採取に関しては、私の出る幕はなさそうだ。
だが──異変は、その静けさの中に潜んでいた。
「……っ」
背筋を何かが走る、空気が変わった。
「エレナちゃん、そこから動かないで!」
私はすぐに声をかけ、視線を森の奥へ走らせた。
──草の向こう、わずかに揺れる影。
枝葉を押し分けて、ゆっくりと姿を現したのは、毛並みに斑点をもつ獣──ファングウルフが二頭。
ウォーウルフが進化した上位種だ。かなり素早く凶暴性も増している。
牙の長い魔物で、集団で行動する習性を持つ、厄介な相手だ。
「後ろに下がって。あの木の影に隠れてて」
「は、はいっ」
「……一匹、二匹……だけか?」
私は一歩前に出て、腰を落とす。
ファングウルフの一体が、低く唸った瞬間、私はエレナちゃんから離れるように魔物を誘う。
「こっちだよ、ワンちゃん」
一匹が飛びかかってくる。
クラウ・ソラは使えない。なら、殴るしかない。
私はその牙をかわすと同時に、右拳を振り抜いた。
飛びかかってきた一匹を、後方の木の幹まで吹き飛ばす。
ドゴォォォン!
凄まじい音が森に響く。
それを見たもう一頭は、明らかに怯えて足を止めた。怯えた二匹目のファングウルフが、甲高い咆哮をあげた。
その声に呼応するように、木々の間からさらに二匹が姿を現す。
「…ちっ…面倒な」
私は小さくため息をつくと、ゆっくりと腰を落とした。三匹の魔物が私の気配を警戒し、じりじりと間合いを詰めてくる。
(こっちの力量に気づいたな)
次の瞬間、三匹がほぼ同時に飛びかかってきた。
「──炎弾!」
私の周囲に、火球が三つ、音もなく浮かび上がる。
燃え盛る炎ではなく、赤く圧縮された魔力の球体。
「森で火属性魔法は厳禁──ならば、小さくて、鋭いのを、ね!」
小さな頃に教わった事は忘れてない。
私の手のひらの動きに合わせて、三つの火球がシュンッと音を立てて疾走した。
火の弾はほぼ同時に三体のファングウルフの額へ正確に命中し──
ボンッ、ボンッ、ボンッ。
小さな炸裂音と共に、魔物たちはその場で倒れた。
「ふぅ……終わりっと」
私は一歩下がって髪を払う。
魔物たちは、もう動かない。
「……す、すご……」
エレナちゃんは目を丸くして、ぽかんと私を見上げた。
「エレナさん、魔法剣士って聞いてましたけど……あれ、武道家じゃないんですか!? 最初の一撃とか、もう拳で木ごと──!」
(あ……やっちゃったかも)
「えっと……まぁ、冒険者やってればこのくらい、ね?」
私ははぐらかすように笑うと、彼女は目を輝かせて頷いた。
「……強い女性って、素敵です。私も、いつかあんなふうに……」
「ありがとう」
私は彼女の頭を軽く撫でてから、草むらを見渡した。
「さて、魔物もいなくなったし。採取の続き、しようか。昼までには街に戻りたいしね」
「はい! 頑張ります!」
エレナちゃんは元気に返事をして、再び薬草を探し始めた。
私は彼女を見守りながら、時折自分も手を動かす。
ギルバート兄様に教わった薬草の見分け方を、久々に思い出しながら──
兄様の優しい声、薬草を摘むときの丁寧な手つき。
幼い頃の記憶が、懐かしさと共に胸に広がる。
(昨日といい、今日といい、なんでこんなに懐かしい記憶が蘇るかな……)
エレナちゃんから見えないように涙を拭った。
太陽が頭上に差し掛かる頃、必要な薬草はすべて揃っていた。
「じゃあ、帰ろっか。街で昼食でも食べよう」
「はいっ!」
少しだけ懐かしい気持ちを思い出したが、少女の元気な声に背中を押され、森を後にした。
お読み頂き、ありがとうございます。
自分と同じ名前の女の子と出会い、魔物に襲われるアクシデントはあったが、依頼をこなしたエレナ。
街に戻るとある出来事が起こるーーー。
次話は7/19木曜日22時に公開予定です。
新キャラが出ます。
引き続き宜しくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。
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