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その1 「新たな旅は、喧騒の街から」

 木の上で居眠りをしていた私は、まだ勇者として旅立つ前の懐かしい夢を見ていた。

 優しく笑う両親やリリサの顔。

 

 「また、逢いたいなぁ」


 少しの懐かしさと悲しい気持ちのまま、木か飛び降りて、街道の方へ向かう。


 『』


 先日、私が決めたことだ。

 旅人として人助けをしながら、リサが待つであろう魔王城へ向かう。


 しかし、その旅を始める前に二つやっておかなければならないことがある。


 一つ目は、旅費の問題が出てきた。

 魔王城に荷物は置きっぱなし、殆どお金が無い。

 騎士団と魔族の戦闘に介入してから、約一週間。

 私は、二つ目のある目的のためにギアナ村へ向かうつもりなのだが、まずは、商業都市エルガーラで冒険者登録をすることにした。

 依頼を受けて旅の資金を得るためだ。


 『商業都市エルガーラ』

 世界中から商人が集まる、"商人たちの王国"。

 この街で手に入らない物はないと言われている。

 帝国内では一、二を争う財力のある街だ。

 お金の力で冒険者をたくさん雇い、魔王軍の脅威を退け続けている。


 門の前では、騎士団による検問が行われていたが、 私は、大きな商業馬車の荷台に紛れて通過した。

 この街で冒険者登録を行えれば、こんな事をしなくてもよくなる。

 大通りに続く曲がり角付近で馬車から逃げるように降りた。


 果物を並べた露店からは甘酸っぱい香りが漂い、革製品や薬草の店がひしめく市場では、商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。

 通りには子供たちの笑い声が響き、鍛冶屋のほうからは鉄を打つ硬質な音が聞こえてきた。

 活気に満ちたこの街は、まさに「商人たちの王国」と呼ぶにふさわしい。


 「すごい……。イグニス王都でも、ここまで賑やかじゃなかった」


 この街に来たのは初めてだったが、この活気と商店の多さに圧倒されたが、すぐに気に入った。

 何でも売れるし、何でも買える。そして何より、人の数が多いのはありがたかった。

 お尋ね者の私には、隠れるのに都合が良い。

 ここにも騎士団は存在するが、他の街に比べて人数が少ない。それは、この街に強力な冒険者組合があるからだ。

 騎士団の役目の多くは、冒険者たちが担っている。恐らく、検問くらいが唯一の任務なのだろう。


 私は身分を偽り、冒険者登録をすることにした。


 通りを歩いて10分ほど。

 冒険者ギルド──

 大きな扉を押し開けた瞬間、むっとした熱気とざわめきが肌を包んだ。

 武具を身に着けた男女が集い、酒を飲んで笑う者、険しい顔でクエストの条件を交渉する者もいる。

 壁には無数の依頼書が貼られており、この場所がまさに“冒険者ギルド”だということを物語っていた。


 私はその熱気に少し気圧されながらも、視線の集まる中を進んだ。新参者が入ってきたためか、数人の冒険者がこちらをじっと観察してくる。無精髭の大男、眼帯をつけた弓使い、軽鎧に身を包んだ双剣使いらしき若者。

 どの目にも、品定めと警戒の色が混ざっていた。だが、誰も口には出さない。

 この空気感──少しだけワクワクしている自分がいる。


 やがて、冒険者登録のカウンターが目に入った。

 控えめながらメガネをかけた凛とした雰囲気の受付嬢が、こちらに気づいて声をかけてきた。


 「冒険者ギルドへの登録でしょうか?」


 「ええ、手続きをしたいんですけど…」


 「はい。登録はどなたでも可能です。費用は銀貨1枚となります」


 彼女はやわらかく微笑みながら、差し出された手のひらに私は銀貨を置いた。

 彼女は受け取ると、すぐに用紙を差し出してきた。


 「こちらにお名前と職業をお願いします」


 この世界では、身分証明書を持つものは少ない。一部の貴族や宮廷関係者が持つ程度だし、教会での洗礼証明もここでは求められない。

 むしろ、女神の啓示の通りに生きたくない者たちが最初に集う場所こそが、この冒険者ギルドだからだ。


 私は筆を取り、迷わず「エレナ」と書いた。髪色も髪の長さも服装も変えている。そう簡単にバレるはずがない。

 職業欄には「魔法戦士」と記す。魔王討伐の旅で培った技術と経験は、冒険者としての役に立つだろう。


 「……エレナ様ですね。勇者と同じお名前なんですね」


 その言葉に、私は少し冷や汗をかいた。

 (“勇者様”じゃなくて……呼び捨て? いつの間に、そんな扱いに……)


 「あの…勇者がお尋ね者って本当ですか?」


 できるだけ自然に尋ねるよう、私は少し声を落として聞いた。


 「ええ……魔王を討って仲間も殺したそうです。世界の王になろうとしたとか……正直、最初は信じられませんでした。でも、生き残った“光の聖女様”の証言があるらしくて……その話が広まってるんですよね」


 「……怖いですね。騎士団が早く捕まえてくれるといいんですけど、その“勇者”って、相当強いんでしょう?」


 「強いなんてもんじゃないですよ! 魔王を討ったうえで、仲間を皆殺しにしたって……普通の人間じゃ無理ですよ」


 彼女は少し身を乗り出してきた。

 その目には、ただの噂話を超えた恐れと、少しの興味が混じっていた。


 「は…ははは…出会いたくないですね…」

 (光の聖女か……私が最後に見た時は闇の聖女のようだったけどな……)


 真実は誰も知らない。

 いや、知っていても語られることはない。


 「でも、勇者と同じ名前なんて、間違えられたりしませんか?」


 その“勇者”が、今まさにここで、冒険者として登録しようとしているとも知らずに…


 「いえいえ、勇者のように白銀の綺麗な髪ではないから、大丈夫ですよ」


 「たしかにあの髪色で見分けられますよね」


 (……今、髪色は隠せているかな?…大丈夫だよね)


 冒険者登録を終えると、受付嬢が紙束を片付けながら、ふと私に視線を戻してきた。


 「それでは、登録は完了です。Eランクからの扱いとなります。このカードに記載しております。詳しいことは、こちらの用紙をご覧下さい。依頼を見たい場合は、あちらの掲示板をどうぞ」


 「ありがとう。あの、もう一つ聞いてもいい?」


 「はい?」


 「ギアナ村って、この街から近い?」


 彼女は首を傾げ、すぐに「ああ」と頷いた。


 「はい、南の城門から街道を下って少し逸れたところにあります。看板が設置してあるはずです。徒歩で……そうですね、早ければ一日もかからないかと。道中も危険は少ないですよ」


 「魔物は出ないの?」


 「普通の街道ですので、昼間であればまず安全です。ただ……夜は、小型の魔物が出没するって話もありますので、面倒を避けたいなら朝方のうちに出発した方がいいですね」


 「助かった。ありがとう」


 礼を言ってその場を離れた。

 ギルドを出ようとしたその時、ふと、壁の一角に目が留まった。


 手配書が何枚も重なるように貼られている掲示板。 その中の一枚に、見覚えのある手配書があった。


 そこに描かれていたのは、白銀の髪、鋭い眼光の“勇者エレナ”の姿。どこか凶悪さを増して描かれている。


 「相変わらず、悪人顔に盛ってるなぁ……」


 思わず小さく苦笑した。


 (こんなの信じる方も信じる方だよ……いや、私の味方なんて、もう残ってないか)


 視線を逸らし、歩き出す。


 (……ま、今はただのEランク冒険者だ)


 そう自分に言い聞かせながら、私はギルドの扉を押して外へ出た。

 日差しが眩しい。

 やる事をやったら腹が減ってきた。

 一昨日の晩で食料が尽きてしまい、昨日はまともに何も食べていないことを思い出した。


 市場通りを歩いていると、香ばしい匂いに誘われて足が止まった。

 路地裏の一角に、簡素な木の看板を掲げた食堂がある。看板には「冒険者歓迎」の文字。


 中に入ると、肉を焼く音と香りが鼻を突いた。

 奥では数人の冒険者が酒を飲んでいるが、私の姿には誰も注意を払っていなかった。


 「すみません、肉……串焼き、十五本で」


 「……姉ちゃん……いい食いっぷりだな!」


 愛想のいい店主に笑われながら、私は空腹に任せて食べ続けた。

 香辛料の効いた肉が、疲れた体に染み渡る。


 (前世でもこんなふうに、会社帰りに焼き鳥を頬張ったな……)


 ふとそんな記憶がよみがえって、苦笑した。

 あの頃は、魔法も魔物もいなかったけれど、あの夜の帰り道もどこか戦場みたいだった。


 「……うまっ」


 目の前の串を平らげて、水を飲む。

 満腹になった頃には、少しだけ心がほぐれていた。


 「さて、腹も満腹になったし、依頼の掲示板でも見るか!」


 私は、冒険者ギルドに一度戻る事にした。

 お読み頂き、ありがとうございます。

 過去編が終わり、今話より現代の話に戻ります。

 

 第3章から火曜木曜土曜の更新となります。

 また、更新の無い日には、キャラ設定や世界観のお話を活動報告に入れようと考えております。

 お楽しみ下さい。


 引き続き宜しくお願い致します。


 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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