その2 「裏切りの聖女」
後ろを振り向くと、戦慄が背筋を駆け抜ける。
仲間たちは気づいていない。
「さすがエレナ!」
「これで、ようやく平和が……」
勝利の余韻の笑顔と安堵に満ちた声が、異様に遠く聞こえた。
そんな彼女達を他所に、私は剣を落とした。
硬い石畳にぶつかる甲高い音が、祝福の雰囲気を切り裂いた。
感じ取った違和感の正体、それはーー
「「うぅっ」」
仲間の戦士ノンナと武道家ザインが、短いうめき声を上げた。
2人の後ろには、光の聖女――僧侶リサの姿がそこにあった。
その手にはいつも装備している祈りの杖ではなく、漆黒の剣が2本握られ、2人の心臓を刺している。彼女は静かに二人の体を突き放し、まるでゴミでも捨てるかのように無造作に地面へ崩れさせた。
「…貴方達…役に立たなかったわね…」
目の前の光景が理解できなかったが、レインは悲鳴をあげる間も無く一瞬だった。
リサの動きには一切迷いがなく、冷酷そのものだった。
「っがは…」
レインが手を伸ばし魔法を唱えようとするが、その喉を刃が貫いた。彼女の身体が地面に崩れ落ちる音が、異様な静けさの中で響く。
「…サ……なん……」
喉を潰されなからもレインが問うが、リサは冷たく微笑むだけだった。その微笑みは、これまで見てきた彼女のどの表情とも違う。
――狂気に満ちた笑みだった。
光の聖女と呼ばれ、笑顔を向けてくれた彼女が、今は絶望を与える存在に見える。
「ーーなんでこうなったかわかる?」
リサの囁きは甘美でありながら冷酷だった。その声を聞いた瞬間、全身が凍りついた。
「ーー貴方が全部悪いの…」
過去に見たことのない狂気の顔つきで、リサは私に剣を向ける。
仲間達との旅の思い出が、走馬灯のように思い起こされる。
魔法の話になると止まらなくなるレイン。
いつも小さな魔導書を肌身離さず持っていて、宿の夜は私に魔法理論を語ってくれた。少し難しくて頭が痛くなるけれど、「ちょっとエレナ聞いてる!」とその真剣な目を見ると、つい黙って頷いていた。
「切るのが得意だから」と自分の武器で野菜を刻み始めるノンナ。けれど包丁の方が早いよ、と言われて拗ねていたっけ。「私の剣は万能なの!」と得意気に言いながら、焦がした料理を照れ笑いで押し付けてきた。
「力仕事は任せてくれ」と自信満々に荷物を背負ったザイン。でも途中で「ちょっと重すぎたかも…」と苦笑い。結局みんなで交代しながら運んだ日々。無口だけど、焚き火を黙って用意してくれたり、見張り番を多めにこなしてくらたり、その優しさに私は何度も救われていた。
そして、リサ――
いつも笑顔で私の悩みを聞いてくれて、時には手を握って「大丈夫」と言ってくれた。夜の星空の下、二人きりで語り合ったとき、「エレナがいるから、私は一緒に旅をしている」と言ってくれた。あの言葉は、嘘じゃなかったと信じたいのに――
今、目の前で血に染まったその姿は、私の記憶の中のリサとまるで別人だった。
私は、気がつくと大粒の涙を溢していた。
しかし、勇者としての使命感なのか、仲間を殺された事への怒りか、私は剣を拾い握り締めリサに剣を向けた。疲労困憊の身体が、重い鎧のように押しつぶそうとする。
それでも――。
「リサァァァ……!!」
声を絞り出し、剣を振り上げ、リサに向かっていった。片手では振るえないと思った私は両手持ちで彼女に突進する。
「っなんで…なんで!」
鍔迫り合いになったが、感情的になっている私は、リサの動きを捉えられない。
鈍い音を立てて剣と剣がぶつかり合い、火花を散らした。激しい剣戟が続くが、徐々にその勢いを失っていく。
鍔迫り合いになっても、私はすぐに押し込まれていた。リサの腕力が異常に強い――そんなはずはない。僧侶の彼女と力比べで負けるはずがない。
ガキィン、と甲高い音が鳴るたびに、腕の骨が軋む。一撃ごとに感覚が麻痺していき、剣を持つ手が震え始める。
「…ウザイ」
リサの囁きが耳元で響いた瞬間、剣が弾かれた。
視界が、白く閃光に包まれる。
刹那、頬に熱い痛みが走る。
(切られた……!?)
反射的に飛び退いた私は、指で頬を拭う。
血が――流れていた。
一方のリサは、薄く笑っている。
足取りは軽やかで、まるで踊るようにこちらへ歩いてくる。
「ねぇ、もっと楽しまないの?」
ゾクゾクっと恐怖が、骨の奥から湧き上がる。剣を構え直そうにも、腕が重い。呼吸が乱れる。視界の端では、倒れた仲間たちが冷たく横たわっていた。
――このままじゃ。
「――っ!」
私は歯を食いしばり、震える手で再び剣を握り直した。
心に絶望が広がる。リサの動きは淀みなく、明らかに余裕すら感じさせる。
「……!」
信じていたリサに裏切られ、仲間を目の前で惨殺され、動揺と消耗しきった体では彼女には敵わない。
地面に横たわる仲間たちの遺体を一瞬見つめた瞬間、肩に大きな衝撃を受けた。
「…み…んな…ごめん…」
絞り出すような声と共に涙が頬を伝った、その瞬間意識が途絶えた。
私は光の聖女リサに負けたーーー。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
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序章はあと1話です。お付き合い頂けますと幸いです。
これからも少しずつ更新します。至らない点等あると思いますが、暖かく見守って頂けますと幸いです。
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