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その11 「十五歳/守るべき人々」

 勇者に選ばれた日から一ヶ月は目まぐるしい日々だった。


 父様が国王陛下へ報告すると、噂は王都や周辺の領地に瞬く間に広まった。

 ブレイジング領の周辺貴族が次々と祝福に訪れ、晩餐会では主役の私に多くの挨拶が寄せられた。

 『ブレイジング家の三女が勇者に選ばれた』それだけで周辺貴族の男共からすると興味の対象だったのだろうか、祝福に訪れるのは男が多かった。

 前世が男の私にとって、男たちの視線は気持ち悪かったが、両親と兄様達の監視のおかげで無礼な者はいなかった。

 目まぐるしい毎日が続いた。


 気づけば、私の周囲はすっかり変わってしまっていた。それと、知らないうちに物事が決まっていくことに、私は戸惑いと小さな反発を感じていた。


 リリサはそんな私を見かねてか、護衛という目的も含めて、ある時期からずっと側に居てくれた。

 それからは、リリサが同じ部屋で寝泊まりすることになった。ものすごくうれしい。


 未だ勇者に選ばれた実感はないまま、私は明日、この地を旅立つ。

 少女エレナとして育った場所で過ごす、最後の一日となる。

 王都に向かい、王様や大臣たちと謁見し、魔王討伐の支援や今後について話し合うことになっている。


 「旅に出て、どこかの街の奪還とか魔族の基地を潰すとか、色々な話が出てきたが、いまいちピンとこない。それにもう一つ気になってる事がーー」


 化粧を落として、寝巻きに着替えて、ベッドの上で膝を抱え考える。

 戸惑いと、緊張と、寂しさと、ほんの少しの冒険への期待が胸の奥で入り混じっている。

 

「冒険者になりたかった私としては、旅に出られる事は、まぁ良しとしよう」


 そのとき、そっとドアが開いて、ロウソクの明かりを手にリリサが入ってきた。


 「エレナ様、まだお休みになっていなかったのですね」


 「うん……なんか、眠れなくて」


 リリサは私のそばまで歩いてきて、いつものように落ち着いた声で言った。


 「ご不安ですか?」


 私は少しだけ頷いた。そして、ふと笑みを浮かべる。


 「リリサは、私の事をよくわかってるね」


 「エレナ様とは、もう長いお付き合いとなりますから」


 リリサは柔らかく微笑むと、私の枕元に腰を下ろした。


 「この部屋で二人で過ごすのも、今夜が最後になりますね」


 「……そうだね」


 その言葉が胸に引っかかって、次が出てこない。私は小さく息を吸い、そして口を開いた。


 「私、本当に勇者としてやっていけるのかな……まだ勇者としての使命とかよくわからなくて……」


 その言葉に、リリサは少しだけ眉を下げた。でもすぐに、はっきりとした声で言った。


 「エレナ様が選ばれたのは、力だけではありません。きっと、心の強さを女神様は見ておられたのです」


 「……心の強さ?」


 「ええ。たとえ今、不安でも。明日一歩踏み出すその勇気がエレナ様にはあります。初めて魔族と戦った時も、そうだったじゃありませんか」


 私はリリサの言葉を聞いて、静かに目を閉じた。


 「ありがとう、リリサ。小さいな頃からそばにいてくれて……本当に、リリサは本当の姉達よりお姉さんだなぁと思うよ」


 「そんな、恐れ多い事です。エレナ様とのこの10年は私にとっては一番幸福でした。できる事ならついていきたいのですが、私はここに残らなければなりません」


 「気にしないで、お父様とお母様の事をお願い。一人で不安だけどなんとかやってみるよ」


 異世界転生をしてきた私からすると、彼女は本当に特別だ。自身がエレナという少女だと認識した日から、ずっと彼女が側にいてくれた。具合が悪ければ看病をしてくれて、魔法を教えてくれて、嫌な事があれば話を聞いてくれて、私は彼女の事が本当に好きだ。


 リリサには一緒にベッドで寝てもらうことにした。

 私に向かって、ふと彼女が静かに口を開く。


 「先日お話しそびれてしまいましたが……私がここに来るまでのこと、お伝えしていませんでしたね」

 

 「そういえば…」


 「私の女神の啓示は、『この家に仕え、エレナ様を旅立ちまで支えること』でした」


 「えっ……」


 思わぬ告白に声を失う私に、リリサは微笑みながら続けた。


 「十歳から十五歳まで、私は魔法使いとして冒険者をしていました。両親を早くに亡くし、生きるために必死でした。ある魔法使いに教えを受け、仕事をしながら……」


 遠くを見つめるようなその目が、少しだけ寂しそうに見える。


 「魔法を使えるのに、なぜメイドに?と自分でも思っていました。でも……エレナ様に初めてお会いした瞬間、全部わかりました」


 リリサの目が、やさしく私を見る。


 「私がここに来たのは、きっとあなたの力になるためだと。……でも、それだけじゃなかったんです」


 彼女は、少し恥ずかしそうに笑って続ける。


 「初めてお会いしたその日……小さなエレナ様が私にしがみついて離れなくて。

 ふわふわの金髪に、大きな目でまっすぐ私を見つめて……本当に、本当に可愛かった。

 その瞬間、この子のそばにいよう、何でも教えてあげようって、そう思ったんです」


 「それが、私だったんだね……」


 思わず笑ってしまった。恥ずかしいけど、どこか嬉しかった。


 「そんな理由でそばにいてくれたなんて……嬉しいな」


 胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、私は言った。


 「ありがとう、リリサ。私、勇者として頑張ろうという気持ちが、少しだけ湧いてきた」


 「はい。エレナ様なら大丈夫です」


 その夜、私はリリサのぬくもりの中で眠りについた。不安も寂しさも、すっと溶けていった。



 翌朝ーー

 空は澄みわたり、柔らかな陽の光が屋敷の窓を照らしていた。


 リリサに手伝ってもらい身支度を整えた私は、ゆっくりと深呼吸をしてから朝食の間へ向かう。


 この赤と黒の貴族服には、ブレイジング家の家紋が施され、魔力の込められた糸を使って作られた特別に父様が依頼して誂えた物らしい。


 この家を去ると思うと、胸の奥から静かに寂しさがこみ上げてきた。

 でも、昨日決めた。今は泣く時じゃない。私は“勇者”になったのだ。しっかりしなくちゃ――そう自分に言い聞かせて扉を開けた。


 そこには、父様、母様、兄二人、姉二人、それに執事やメイドたち、使用人、そしてリリサまで、みんなが勢ぞろいして、私の旅立ちを見送るために朝食に集まってくれていた。


 「エレナ…勇者として旅立つお前を、心から誇りに思う」


 父の低い声は、わずかに震えていた。どれだけ気丈に振る舞っていても、私の旅立ちの瞬間を前に、感情を押さえきれないのだろう。


 「私も貴方を誇りに思います。身体に気をつけてね。辛くなったら、いつでも戻ってきなさい」


 母は私の手を両手で包み込み、微笑んでくれた。


 「エレナ、気負いすぎるなよ。助けがいるときは、ちゃんと頼るんだ。王都にいるヘンリース兄さんなら必ず助けになってくれる。俺からもお願いしておいた。そして、私もお前を誇りに思う」


 エドワード兄様が、優しい声で私の肩を叩いた。


 「ま、エレナの実力なら、魔将の一匹や二匹、軽くひねれるだろ。なんせ、騎士団全員でかかっても勝てないくらいなんだからな」


 にやりと笑いながらも、目の端をぬぐうギルバート兄様。


 姉たちとはいつも通り話す事はなかった。

 けれど、それが私たちのいつも通りだ。


 (……今生の別れというわけじゃないのに。みんな、ちょっと大げさなんだから)


 そう思いながらも、気づけば目の端から大粒の涙がたくさんこぼれていた。


 「あれ、あれ、おかしいな、泣かないって決めてたのに…」


 そう言うと父様と母様が優しく抱きしめてくれた。


 「強いお父様、優しいお母様、私を産んで育ててくれてありがとうございます。お二人は私には誇りです。きっとまたここに帰ってきます」


 私は、この2人の両親を愛している。

 前世の両親と同じように誇りに思っている。

 

 家族と屋敷の皆で外に出ると、広場に集まった領民たちがいっせいに歓声を上げた。


 「エレナ様、万歳!」

 「勇者様に栄光あれ!」

 「魔王、撃つべし!」


 大きな拍手と祝福の声に包まれて、私は手を大きく振った。


 小さな荷物を抱えながら馬車へと歩みを進める。

 荷物を積み込み、馬車乗り込もうとしたその時、リリサが静かに私の前に歩み寄ってきた。


 「エレナ様」


 呼びかけられて振り向くと、リリサはほんの少しだけ寂しそうな、それでいてどこか誇らしげな微笑を浮かべていた。


 「旅立たれる前にひとつ、お尋ねしてもいいですか?」


 「うん、なに?」


 「……勇者とは、どんな存在だと思いますか?」


 その問いに、私は言葉を失った。

 すぐに答えられなかったのは、自分の中にもまだ明確な答えがなかったからだ。


 そして、リリサとのその会話は私の中にずっと生き続ける事になる。


 見送りに立つ家族、リリサ、使用人たちの姿を振り返りながら、私はゆっくりと馬車に乗り込む。


 王都から派遣された冒険者達に守られながら、車輪が静かに動き出し、馬車が進み出した。


 馴染んだ景色が少しずつ遠ざかっていく。


 この世界に来て、私は初めて一人になる。


 父、母、兄二人と姉二人、街の人々、使用人達、リリサ、みんなが手を振ってくれている。


 「みんな……ありがとう」


 心の中でそっと呟きながら、馬車の窓から身を乗り出し、手を振った。


 父と母とリリサには感謝しかない。


 この異世界で、右も左もわからない私に多くのことを教えてくれた。優しくしてくれた。

 この人達を守るために、私は魔王を討伐する。

 きっとここに帰ってくる。


 そう決めたから。


 私は新しい世界へ向かう一歩を踏み出した。

 ここまでお読み頂きありがとうございました。

 これでエレナが勇者として旅立つまでの過去編が終わりました。少し長くなってしまいましたが、実は書けていないストーリーもいくつかあります。

 いつか、日の目を見る事があればなと思っています。

 次話からは現代に戻ります。一人で旅をさせるのは寂しいと思いますので、仲間を増やす事にしております。

 エレナの旅を暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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