その8 「十歳/約束を破った魔族討伐」
午前中の魔物退治が終わった。
私は木の根元で昼食をとっている。
ふと見ると、父様と兄様が険しい顔で話している。
「魔物の数が多すぎるな……」
「父上、これは異常ですね」
(やっぱり……あれから十五頭も続いたもんな)
休憩も終わり、出発の準備を始めたその時だった。
――ザァ……ザァァ……
森の奥から、不気味な気配が流れ出す。
空気が変わり、全員が警戒する。
「……全員、構えろ」
父様の低い声。
騎士達は即座に陣形を取り、剣を抜いた。
「魔族だ……!」
誰かの声が震えた。私は耳を疑った。
(ま、魔族……!?)
黒い影が茂みから現れる。
漆黒の巨大な体に、角、獣のような耳、鋭い黄色の瞳。
本で見た魔族そのもの。
「後衛はエレナを守れ! 前衛は奴を囲め!」
兄様の指示に、騎士達が動く。
私は、足が震えて動けなかった。
前衛の騎士達が突撃する。
「囲め!」
「うおおおおっ!」
しかし――
ドゴォン!!
魔族の巨大な鉄槌が振り下ろされ、騎士の一人が吹き飛ぶ。
他の者も応戦するが、硬い皮膚に剣は弾かれ、返しの拳で次々に地面に転がされた。
呻き声は聞こえたが、誰一人すぐには起き上がれない。
「父上……魔将ではないようですね……」
父様は短く息を吐き、静かに剣を抜く。
「私が行く」
「お父様、気をつけて!」
私が叫んだと同時に、魔人に父様が近づいた。
次の瞬間――
ズバッ!
父様の剣が音もなく閃き、魔人の右腕が宙を舞う。
「ウガァァァァァ!!」
咆哮を上げる魔人。
一瞬の咆哮の後に、父様はその魔人の首を切り落とした。
しかし、咆哮に応えるように、森の奥から新たな気配が近づいてくる。
――ドシン、ドシン。
二体の魔人が、森の陰から姿を現した。
そのうちの一体が、私と兄様の近くに現れた。
「っく……!」
兄様が歯噛みし、私を庇うように前に出た。
(これは…ものすごくピンチ…)
兄様の雰囲気を察するに、恐らく兄様では魔人に敵わないのだろう。
どうするーー?
こんなところで死にたくは無い。
私は、リリサに使ってはダメと約束した"ある力"を使えば、この窮地を脱せるのではないかと考えた。
"膂力変換魔法"
使わないようにとリリサに言われていた。
けれど――
「エレナ!」
父様の声が響いた。
その瞬間、心臓が大きく脈打った。
(怖い……でも!)
体が勝手に前へ出ていた。
私は深く息を吸い、魔力を意識して体中へと巡らせた。
「はああああっ!!」
指先、足先、髪の先までもが熱を帯び、力が溢れてくる。
膂力変換魔法――自分の筋力や反応速度を飛躍的に高める魔法。
リリサの言いつけを破ってしまった。
「あとで謝らなきゃな…」
けれどそれ以上に、今は“目の前の敵”がすべてだった。
巨体な魔人が吠えながら左拳を振り上げる。
「来る……!」
地面が震え、魔人の拳が振り下ろされる。
ズドォン!!
私は小さな両手でその一撃を受け止めた。
激しい衝撃が両腕に走り、足元の地面が砕け、土埃が舞う。
「ぐぅううぅ……お…兄様、大丈夫!」
手のひらが痺れ、肩が軋む。それでも、私は魔人の目を見ていた。
「ハァァァァァ!!」
体中の魔力を腕に集中し、その拳を押し戻す。
魔人がふらついた。
(……やれる)
恐怖は確かにあった。でも、それ以上にここで死ぬわけにはいかないという気持ちが強い。
力が漲って、目の前の魔人に全力でぶつかるしかないと思っていた。
私は魔人の左脇へ滑り込むが、魔人が反射的に右拳を振るう――
「ッ!」
その拳は私の肩をかすめ、吹き飛ばされた。
背中から地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬、呼吸が止まる。
「エレナ!!」
兄様の叫びが聞こえた。
でも、立ち上がる。
倒れない。
「まだまだ!」
再び跳ね起き、今度はカウンターのタイミングを見計らう。
魔人の次の攻撃。右拳が振り下ろされる、
その瞬間――
「ここっ!!」
私は重心を低くし、拳の内側に潜り込む。
「ハァァァッ!!」
全身の魔力を一点に集中し、渾身の拳を魔人の顎に叩き込んだ。
バキン、という嫌な音がして、魔人の体が浮いた。
巨体が宙を舞い、大木に背中から激突し、そのまま崩れ落ちる。
動かない。
魔人は――倒れた。
私は荒く息をつき、ふらふらと立ち尽くす。
肩が痛い、腕が重い。
でも、達成感が胸に広がっていく。
(やった……倒した……私が……!)
けれど次の瞬間、視界がぐらついた。
魔人の亡骸を見た瞬間、胸が締めつけられる。
(うぅっ…)
呼吸が乱れ、体の熱が一気に冷めていく。
私はその場に膝をつき、ぐらりと倒れ込んだ。
父様が、もう一体の魔人を見事に倒し、私の元に駆け寄って来るのが見えた。
「エレナ!」
「…父さ…ん…」
私は、意識を失った。
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誰かの温もりを感じる。
とてもあたたかい……
小さい頃、医師として戦場で亡くなった父さんにおんぶされた時の記憶だーー
懐かしいーー
ーー目を覚ますと、私は父様におんぶされていた。背中越しに聞こえる兄様との会話に、思わず耳を澄ませる。
「エレナの強さは、生まれ持ったものだな」
父様の言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「今日の戦いを見て、騎士団に入れるべきかと思いました。父上はどう思われますか?」
いつもはおちゃらけているギルバート兄様の、珍しく真剣な声。
「私はエレナに、いろんな選択肢を与えたい。できることなら、平穏な人生を歩ませたい……」
(そうだよね。娘を戦場に立たせたくない気持ち、よくわかる)
「でも父上、あれは貴族の女性じゃできない戦いだった。エレナは、膂力変換魔法を使えるようです。もしかしたら、戦士の道を選ぶかもしれません」
兄様の静かな反論に、父様はしばらく黙っていた。
「……そうだな、わかっている。選ぶのは本人だ。もし女神の啓示が彼女に剣を示すなら――私は、その意思を尊重したいは思う」
父親としての意見。
前世の世界に子供を置いてきた私としては、その気持ちがよくわかる。
前世の記憶と今の記憶、たまにどちらが本当の自分かわからなくなる。
目が覚めるまでは、エレナだった。
いまは前世の男だった記憶が蘇る。
不安を無くすように、私は目を瞑る。
練兵場に戻ると、リリサが心配そうに駆け寄ってきた。
「旦那様、ギルバート様、おかえりなさいませ。エレナ様は……?」
「今日1日、魔力を使いすぎて酔ったようだ。少し眠っている」
「左様でございましたか。ご無事でよかった……」
「エレナ、起きなさい。リリサと一緒に屋敷に帰って、今日はもう休みなさい」
私は目を開けて父の背中から降りた。
リリサが優しく微笑む。
「本日は、いかがでしたか?」
「うん、楽しかった」
と答えたが、心の中はもっと複雑だった。
あの戦いは、きっと一生忘れないけれど、私自身が曖昧な存在に感じる。
リリサとの帰り道に約束を破った事を打ち明けた。
「……リリサ、ごめん。膂力変換魔法、使っちゃった」
私がそっと打ち明けると、リリサは少し目を伏せて言った。
「……それほど危険な状況だったのですね。でも、エレナ様のご無事が一番です。おかえりなさいませ。」
その言葉に胸がチクリとした。
私は静かに頷いた。
屋敷に戻ると、玄関で母様が出迎えてくれた。
「エレナ、大丈夫?怪我は?」
「はい、ちょっと疲れただけです。頂いたアイテムを使わずに済みました」
魔族と戦ったことは……黙っておくことにした。
母様は私の頭を優しく撫でてくれる。
「今日はもうおやすみ。また明日、お話を聞かせてちょうだい」
(父様も母様も……今日はよく頭を撫でてくれるな)
なんとなく、家族の温かさが心に染みる一日だった。
戦士として生きる決意と、その道の重さを痛感した。
――翌朝。
父様と母様に呼び出され、魔人との戦いについて厳しく叱られた。
「……は、はいっ。反省します。ごめんなさい……!」
こんなに怒られたのは、いつぶりだろうか。
お読み頂きありがとうございました。
第2章の過去編はあと3話の予定です。
明日7/12土曜日は2話続けて更新します。
よろしくお願い致します。
エレナを暖かく見守って頂けますと幸いです。
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しすぎて飛び跳ねます。
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