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間話 「赤龍の退屈凌ぎ②」

 我が名は、赤龍イグレイズ。

 かつては名も持たぬ存在であったが、先日――勇者エレナより名を授かった龍である。


 名を持つというのは、存外悪くない。

 更に偉そうにできるからな。


 もっとも、その直後に女神に操られし蒼龍との戦いに巻き込まれ、我はほぼ全ての魔力を失った。


 我ら龍種の魔力は、人族のように一夜で回復するものではない。

 数百年はかかりそうだ。


 名をくれたエレナが生きているうちに、再び会うことはないかもしれん。


 肉体の傷も同様だ。


 だが、その点に関しては、蒼天の魔法使い――レーナに治療を受けた。

 人族の癖に、なかなかどうして大した腕前である。


 問題は魔力の枯渇だ。


 満足に動くこともできぬ我は、義国の地で眠りについている。

 

 最後までエレナに付き合うと約束した事も果たせなくなってしまった。

 そのため、エレナに龍炎の力を授ける選択をした。


 我が炎の一端。

 竜としての本質の欠片。


 それを受け継いだことで、エレナはこれまで以上の力を扱えるようになったはずだ。


 そして、龍炎を媒介として、我とエレナの精神は、深い階層で繋がった。

 これは、我にも思わぬ収穫だった。

 退屈な時間が楽しくなるであろう。


 気合いを入れれば、互いの意思を言葉として交わすこともできる。

 だが、今は敢えて沈黙を選んでいる。


 ……少しばかり、見守るつもりだ。


 義国を出国したエレナは、ドワーフ王国へ向かった。


 目的は、新たな剣。


 折れた愛刀――クラウ・ソラの代わりとなる武器を求めて、である。


 だが、ドワーフの鍛治師は告げた。


 「クラウ・ソラを超える剣は打てん」と。


 当然だろう。

 あの剣には、すでに人の手を超えた因果が宿っていた。


 代替案として提示されたのは、ヒヒイロカネによる腕部装備。


 防具として形を成し、クラウ・ソラと同様に魔力を流すことで剣として顕現させる方式。


 完成までには相応の時間を要した。


 そして――


 それを剣へと変じた瞬間、我は思わず唸った。


 ……ほうほう。


 魔力の質、密度、構造。


 どれを取っても、文句なし。

 

 神すら斬り得る器。


 エレナの新たな武器は、もはや「剣」という枠に収まらぬ。


 その名を、エレナはこう呼んだ。


 紅い剣――炎帝(えんてい)


 悪くない。

 いや、むしろ良い。


 炎の帝。

 我が炎を宿すに相応しい名だ。


 もっとも。


 完成したからといって、即座に扱えるほど甘くはない。


 炎帝の魔力は、エレナの器をも試していた。


 結果、我が住処であった洞窟にて修行することとなったのだが……


 正直に言おう。


 少々、無茶をしていた。


 我は何度も心配した。


 だがエレナはめげない。


 ……まったく。


 そうして修行の果て、エレナは炎帝を制御し、魔人を討ち、更なる力を得た。


 人の身で、ここまで来るか。


 我と退治しても下手すると、切られて討ち取られる可能性があると感じる。


 やはり、退屈しのぎには丁度いい存在だ。


 我は動けぬ身のまま、岩陰で目を閉じる。


 精神の糸の向こう側で、エレナの気配を感じながら。


 しばらく、この勇者を眺めていよう。


 世界が、どこへ転ぶのか。


 それを見るのも、悪くない。


 ドワーフ王国にて、エレナは炎帝を扱う修行の傍ら、ある報告を受けていた。


 人族の諸国が連合を組み、新生魔王軍と戦う方針を固めたという。


 ふむ。


 人が一つにまとまるなど、戦時限定の幻想に過ぎぬ。


 我は長く生きてきた。

 何度も見てきた。


 共通の敵がいる間だけ、肩を並べる。

 敵が消えれば、次は隣に立つ者が敵になる。


 エレナも、それを理解していた。


 連合の話を聞いた後、彼女は悩んでいた。


 魔族との戦いが終わった後、今度は人族同士で争うのではないか――と。


 その通りだと思う。


 だが、その思考を一蹴した者がいた。


 獣神の娘、ラン。


 「その後の世界のことは、その時考えればいい」


 「今は、生きるために戦うだけです」


 そう言い切った。


 ……悪くない。


 エレナは、何でもかんでも先の先まで背負おうとしすぎる。


 我もランと同じ感想だ。


 なぜ、そこまで世界を背負おうとするのか。


 勇者という役割か。

 それとも、生来の性分か。


 未だ、答えは見えぬ。


 数日後。


 エレナはドワーフ王に申し出た。


 連合には参加するが、勇者として各地を巡り、旅を続けたいと。


 ドワーフ王は、少し考えた後、それを受け入れた。


 こうしてエレナたちは王国を発ち、まず自身の出生地――ブレイジング領へ向かった。


 目的は、墓参り。


 ……人は、死者を想う生き物だ。


 墓には、両親と兄三人、執使用人達が眠っているそうだ。


 転生したエレナにとって、この屋敷の者達は愛に溢れていたのだろう。


 彼らが死んだ後も、心の中で忘れずに生きているのがわかる。


 我ら龍にはあまり理解できぬ感情だが、エレナにとっては自身よりも重要なのだろう。


 そこで現れたのが、復興団長を名乗るロイという男。


 第一印象からして、気色が悪い。


 我の鱗がざわついた。


 婚約者を名乗っていたが、当人は完全否定。


 当然だ。


 我も認めん。


 エレナの婿は我を倒せる者だ。


 いずれ回復したら、燃やす候補に入れておく。


 その後、前任の勇者の墓を目指し、西へ向かう途中に小国エスタに立ち寄った。


 小国エスタで、エレナは長らく仲の悪かった姉二人と再会した。


 二人は贅沢三昧で、小国エスタは疲弊していた。


 エレナは怒り、姉二人を殺すつもりだった。


 しかし、長姉は、悪魔に魂を売り渡していた。


 より正確に言えば、魔王に敗れた悪魔族の王――アル=アガレスと関わっていた。


 エレナ、レーナ、ラン。


 三人で立ち向かい、辛うじて勝利。


 ふむ。


 エレナ、本気では無いな?どうしたのか。


 悪魔族とは、我がかつて滅ぼした種族でもある。


 ヒューマンの負の感情を好み、魔界から地上へと溢れた連中だ。


 身体を得ると調子に乗り、我ら龍にまで手を出す。


 結果、数が減った。


 哀れなものだ。


 今の世に生き残っているのは、アル=アガレスくらいなものだろう。


 長姉を救ったエレナは、姉二人に約束した。


 魔族との戦いが終わったら、エスタ国の復興を手伝うと。


 ……そこまで背負う必要はない。


 そう言いたくなったが、やめておいた。


 エレナには、エレナなりの理由がある。


 我にはわからんが、きっと家族だからなのだろう。


 そして今。


 エレナたちは、魔獣の森を抜けるために旅を続けている。


 この先に何が待つのか。


 どこまで行き着くのか。


 我は、しばらくの間、この勇者を退屈しのぎに見届けるとしよう。


 だが、二つ疑問もある。


 義国で戦った、聖女リサ。


 あの女は、何故あれほどまでにエレナを憎んでいるのか。


 恨み。

 妬み。

 殺意。


 あらゆる負の感情が、迷いなくエレナへ向けられていた。


 勇者だから、という理由だけでは説明がつかぬ。


 あれはまるで、個人的な怨嗟だ。


 エレナが何かを奪ったのか。

 あるいは、気付かぬ内に踏み壊したのか。


 ……まだ分からぬ。


 そして、もう一つ。


 義国の大海獣の遺跡から現れた、あの猫。


 あの場所に、存在すること自体がおかしい。


 にもかかわらず、エレナを含め、誰一人として深く気にしていない。


 まるで、最初から「そこにいるのが当然」であるかのように。


 現在は、エレナのペットとして同行している。


 しかも――


 我と同じように、名を与えられている。

 

 嫉妬しているわけではない。


 その存在が認められたということ。


 偶然か。


 ……否。


 我は思う。


 あの猫は、ただの猫ではない。


 聖女リサ。

 名を持つ猫。


 世界は、静かに歪み始めている。


 だが、それでも、エレナは歩き続けるのだろう。


 迷いながら。

 傷つきながら。

 背負い込みながら。


 やれやれ。


 退屈しのぎのつもりが、存外、面白いものを見せられそうだ。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は2/7土曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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