その5 「五歳/魔法の修行を始める」
この世界に魔法が存在すると知ったとき、私は強く思った。
「魔法を使ってみたい」
前世で魔法は、漫画やゲームの中の空想の力に過ぎなかったが、この世界では現実だ。
挑戦しない理由はない。
ある日の夕食後に私は思い切って父様に尋ねた。
「お父様、お母様、お願いがあります。魔法の修行がしたいのですが!」
二人は少し目を見開いたが、すぐに笑った。
「ほう……よいぞ。だが、安全な場所でやること、無理はしないこと、そして――わかっていると思うが、誰か信頼できる者の指導の下で行うこと。それが条件だ」
「はい!」
「エレナ、しっかりとやりなさい」
母様は静かにそう言って、私の頭を軽く撫でてくれた。精神年齢は歳上のはずなんだけど、頭を撫でられると安心するのは何故なんだろうか。懐かしい気持ちになった。
「はいっ!お母様がんばります」
思わず声が弾む。
「エレナも少しずつ成長してるな。魔法も剣もやっておいて損はないぞ」
「はい!」
父様の言葉に背筋を伸ばす。ちゃんと認められている気がして、胸が温かくなった。
少し迷ってから、私は思い切って口を開く。
「……お父様お母様、お聞きしてもいいですか?」
「父に答えられることなら、なんでも聞きなさい」
「お父様とお母様の馴れ初めって……王都でも有名な物語だって、聞いています。どんなお話なんですか?」
わくわくしながら訊ねると――
「……食事が終わったなら、部屋に戻りなさい」
スッと声音が硬くなった。
「……あっ、はい」
――聞いたらダメだったんだ。
まるでその話題に触れてはいけないかのように遮られてしまった。
けれど、母様のその横顔は笑っておられた。
翌朝、私は早速、屋敷で一番信頼のおける人物に声をかけた。
「リリサ、ちょっとお願いがあるの」
「なんでしょう、エレナ様?」
「魔法を教えて!お父様にはもう許可をもらった」
リリサは目をぱちくりと瞬かせ、しばらく私の顔を見つめて、やがて静かにうなずいた。
「分かりました。私でよければ、お手伝いさせていただきます」
こうして、この日の夕方から私の“魔法修行”が始まった。指導者は、私の身の回りの世話をしてくれているリリサ。練習場所は、屋敷の裏手にある誰にも見つからない静かな広場だ。
「ではまず、魔素について説明しましょう」
この世界の人々は、空気中に溶け込んでいる魔素を、呼吸と共に体内に取り込んでいる。
魔素とは、“マナタイト”と呼ばれる鉱石が放出している、この世界中に空気と同じように満ちている物質だ。酸素を目にできないのと同様、魔素もまた感覚で捉えるしかない。
私は、呼吸を整え、自分の内側に意識を向ける。何度も何度も繰り返すうち、胸のあたりにかすかな“モノ”を感じた。
「あったかい黒い物を感じた……」
「エレナ様、すごいです。それが魔素です。大抵の方は感じるまでに数日はかかります。では、それを体内の熱を混ぜて“魔力”に変換してみましょう」
リリサの優しい声に導かれ、私は胸の奥に力を込めるような意識を向けた。本に書いてあった“燃やすように”という言葉を思い出し、心の中で黒い物に小さな炎を灯すようなイメージを作る。
その瞬間、体内にあった魔素がじわりと変化し、熱を帯びて全身を巡り始めた。
「……これが魔力…?」
わずかな感覚ではあったが、私の中に確かに体内をグルグルと廻るような力が生まれた。
「なんだか、体が熱い」
それを見たリリサは 悲しそうな表情を一瞬だけみせたが、微笑んで教えてくれた。
「エレナ様が今使われたのは"膂力変換魔法"です」
リリサが続けて説明してくれる。
「膂力変換魔法とは、魔力を体内の血管内に巡らせて、自分の力や速さを通常の人の何倍にもしてくれる魔法です」
そう言いながら、リリサは私の腕にそっと触れた。 私の中を巡る熱のような感覚――かなり熱い。
「エレナ様は、それを……無意識に使われました。正直、驚きました」
リリサは真剣な目で私を見つめる。そして小さく息をついて、ぽつりと続けた。
「この魔法を使える人は、世界に数人しかいないのです…」
――世界に数人しかできない魔法を、私が使った……。
「それは、びっくりだね」
私にもチート能力が身についたわけだと思うと嬉しかった。
けれど、そんな私の心を見透かしたように、リリサは少し声を落とした。
「でも……これは、あまり知られない方が良いかもしれません。使えると分かれば、いろいろと騒がれてしまいますから」
普段見ないどこか悲しげなリリサの表情に私はこう答えるしかなかった。
「……わかった。リリサがそういうなら、黙っておくね」
「はい。ありがとうございます」
リリサはにっこりと微笑み、私に頷いてみせた。
「話が逸れてしまい申し訳ありません。次は、魔法階級と魔力の“詠唱”と“イメージ”をお教えしますね」
この世界の魔法には階級制度がある。
といっても使える魔法によって変わるものではなく、単純に威力だけで決めるそうだ。
階級は全部で5つ。
初級、中級、上級、王級、神級となっている。
リリサは水が中級で氷と火が王級らしい。
実はかなりすごい魔法使いなのかと聞いたが、詳しくははぐらかされた。
魔法は魔力を使って現象を起こす技術。そのためには、頭で想像する“イメージ”と、それに集中するための“詠唱”が必要となる。たとえば火を起こすには、火の熱さ、光、音、匂い──そのすべてを思い描かなければならない。
「まずは手のひらに、小さな炎を宿すことを目指しましょう。詠唱はどれもあまり変わりありません。私に続いて詠唱して下さい」
『天に住まう女神アルカナよ、我が願いは火球の顕現、その業火で敵を焼き尽くせ』
私は草の上に座り、手のひらを前に差し出して目を閉じて詠唱した。
心の中で火を思い浮かべる。焚き火の光、パチパチとはじける音、肌を焼くような熱。それらを五感で再現するように、丁寧にイメージする。
そして手のひらに魔力を集め、炎の姿を重ねた。
──が、うまくいかない。熱は手の中にとどまらない。
「焦らなくても大丈夫ですよ。魔力は心の鏡です。心が揺らげば、魔力もまた散ってしまいます」
リリサの言葉に励まされ、私はもう一度、息を整えた。今度はもっと小さく、静かに。掌の中心だけに意識を集中させる。
やがて、そこに確かな熱が宿った。目に見えないが、空気が揺れる感覚がある。私はそっと目を開けた。
「……いけるかも」
魔力を導き、火を“撃つ”イメージを重ねて、手を前に突き出す。次の瞬間、手のひらからふわりと小さな火球が現れ、空中に浮かんだ。
「できた!」
火球は数秒でふっと消えてしまったが、それでも私の中に達成感が湧き上がる。火の魔法を、自分の手で生み出せたのだ。
「エレナ様、すごいです。でも、今日はこのくらいにしましょう。魔力酔いを起こします」
この世界の人々は、魔素を体内に取り込んで、魔力に変換するが、この魔素から魔力変換をやり過ぎると魔力酔いを起こしてしまうそうだ。
酒に酔うのと同じで、使える量に個人差があるらしく、酒に強いからと言って魔力にも強いわけではない。使い過ぎると眩暈や吐気を催し、倒れる人もいるそうだ。
「わかった。また明日よろしくお願いします」
それからというもの、私はリリサと共に毎日修行を続けた。最初は不安定だった火球も、3日目には安定して宙に留めていられるようになった。微調整もきくようになり、火力の強弱もほんの少しだけ調節できるようになった。
「ここまでできれば、立派な初級火魔法使いですよ」
そう言って、リリサは私の肩をぽんと叩いた。私は小さく頷き、手のひらに浮かぶ小さな炎を見つめた。
まだまだ小さく、弱い火だ。でも、確かにそこに“ある”と感じられる、自分だけの力だった。
魔法の世界への扉が、少しだけ開いたような気がした。
お読み頂き、ありがとうございます。
今回は魔法の世界観のお話でした。
エレナは最初に火属性魔法が使えるようになります。
これが彼女の1番得意な魔法となっていきます。
彼女の戦いを暖かく見守って頂けますと幸いです。
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