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その17 「西へ」

 目を覚ました瞬間、眠っていた時間が明らかに長い事に気がついた。

 上体を起こし、窓の外を見て、ようやく理解した。


 「……朝?」


 薄く差し込む光。

 空の色は、夜と朝の境目だった。


 どうやら日付が変わり、翌朝になっているらしい。

 この数日の出来事を思い返し、納得する。


 墓参りのこと。

 各国の連合のこと。

 ロイのこと。

 姉たちのこと。

 王子たちとの話。

 悪魔との戦い。

 そして、この国の行く末。


 意識が張り詰めたまま、限界まで来ていたのかもしれない。


 疲れていたのだろう。


 視線を横にやると、レーナとランはまだ眠っていた。

 二人とも、穏やかな寝顔だ。


 テーブルの上に目を向ける。


 昨晩の夕飯が、そのまま朝食として用意されていた。

 簡素だが、ちゃんと栄養を考えた内容だと一目でわかる。


 その横に、一枚の紙。


 ランの字だ。


 「起きたら食べて下さい」


 短い一文。

 それだけで、胸の奥が少し温かくなる。


 「……ありがとう」


 誰も起きていない部屋で、そう呟いた。

 温め直していないのに、なぜか冷たく感じなかった。


 食事を始めるところで、マルも起きてきた。

 私の足にスリスリ寄ってきて朝飯をねだる。


 「おはよう、マル。お前の分も準備するよ」


 「ニャア」


 マルと食事をしながら、ふと思う。


 勝手に、この国の復興を手伝う話をしてしまった。

 二人に、何故そのような考えに至ったか、まだきちんと説明していない。


 きっと、何も言わないだろう。

 止めもしないし、文句も言わない。


 それは、分かっている。


 「……それでも、だよね」


 旅を続ける仲間として、これから先も背中を預け合う存在として。


 信用と信頼は、言葉にして積み重ねなければいけない。


 そう考えて、立ち上がる。


 二人を起こすには、まだ少し早い。

 頭を整理するためにも、外の空気を吸いたかった。


 「マル、一緒に散歩にいくか?」


 「ニャ!」


 静かに扉を開け、宿屋を出る。


 外はまだ薄暗く、夜の名残を引きずっている。

 空を見上げると、星がいくつも瞬いていた。


 そして――月が、二つ。


 この世界に来て、もう何年も経つというのに、二つの月を見るたび、未だに不思議な感覚になる。


 「……この世界の宇宙ってどうなってんのかな?」


 「にゃあ?」


 「すまない、猫にはわからないよな」


 いつか、宇宙についても調べてみたい。

 そう思いつつ、静かな街を歩き始めた。


 まだ夜明け前の空気は冷たく、吐く息が白くなる。

 通りには人影はほとんどなく、遠くで店を開ける準備をしている音が、かすかに響いているだけだった。


 「とりあえず、西にあるという勇者のお墓に向かわないとだな。それをやらないと進まない気がする」


 しばらく歩き、頭の中が少しだけ整理されたところで宿へ戻る。


 扉を開けると、部屋の中に小さな物音がした。


 「あ、エレナさん。おはようございます。どこに行ってたんですか?」


 振り返ったランが、まだ少し眠そうな目で微笑む。

 マルは私から離れ、ソファーでまた眠りに落ちる。


 「おはよう。少し散歩してた。それより、たくさん寝てたみたいでごめんな。朝ごはんもいただいたよ」


 「いえいえ、昨日、レーナさんと二人で作ったんですよ」


 「え?レーナが手伝ったの?」


 思わず聞き返してしまう。


 「はい。包丁は持たせませんでしたけど」


 「なるほど…」


 二人で小さく笑う。

 レーナが台所に立つ姿を想像すると、どうしても不安の方が先に来る。


 ベッドを見ると、当の本人はまだ布団に潜り込んだまま、ぴくりとも動かない。

 起こすのは後でいいだろう。


 「ラン、これから稽古だろ?一緒にいいか?」


 「いいですよ。行きましょう」


 私たちは宿屋の亭主に木刀を借りて宿を後にした。


 向かったのは街の中央にある小さな広場。

 以前なら露店や子供たちで賑わっていたであろう場所だが、今は人影もまばらで、まだ活気には程遠い。


 復興に向けて動き出したとはいえ、人の心はそう簡単には戻らない。

 石畳の隙間から伸びる雑草が、その停滞を象徴しているように見えた。


 私は軽く肩を回し、手首をほぐす。


 「さて、ラン。二人でこの木刀を使った練習試合でもしようか」


 「エレナさんと戦えるのは久しぶりですね」


 ランは嬉しそうに笑う。


 準備運動を終え、向かい合う。


 「魔法は無しな」


 「はい」


 私は木刀一本。

 ランは二本。


 朝の空気が、ぴんと張り詰めた。


 「どこからでもかかってきなさい」


 「では、遠慮なく」


 次の瞬間、ランの姿がぶれる。


 地面を蹴る音と同時に、右からの一閃。

 さらに遅れて左の追撃。


 私は一歩引き、一本目を受け流し、二本目を弾く。

 木と木がぶつかる乾いた音が、静かな広場に響いた。


 「速いな」


 「手加減しないでくださいね」


 「してないつもりなんだが?」


 軽口を交わしながらも、足運びは止めない。


 ランの二刀は、角度と連続性で攻めてくる。

 力も以前よりついているから、いなすのが大変だ。

 正面から受ければ押し切られるが、こちらも真正面で受ける気はない。


 木刀を滑らせ、柄で押し、間合いをずらす。


 数合打ち合ったところで、ランの額に汗が滲んだ。


 それでも目は逸らさない。

 旅を始めた時と比べると強くなったな、と素直に思う。


 やがて、私の木刀の先が、ランの首元で止まった。


 「……一本」


 「参りました」


 ランは肩で息をしながら、素直に頭を下げる。


 「でも、前より確実に良くなってる。二刀の繋ぎが自然になった」


 「ありがとうございます。エレナさんと打ち合えるのが一番の稽古ですから」


 空を見上げると、朝日が少しずつ顔を出し始めていた。


 朝の稽古を終え、汗を軽く拭って部屋へ戻ると、相変わらずレーナはベッドに沈んだままだった。

 掛け布団が山のように盛り上がっているだけで、生きているのかすら怪しい。


 「……起きないな」


 「起きませんね」


 私とランは小さく息をつき、旅支度を始めた。

 保存食、野菜、寝袋、薪、水筒などを積み込む。


 「ヒルダさんに作ってもらった、この水筒は便利ですよね」


 「そうだろ?少しの間なら冷たい水が飲めるし、持ち運びも水袋より便利」


 「エレナさん、こんなの考えてすごいです」


 床に並べた荷物を確認しながら、必要な物だけを選び、馬車へ運ぶ。


 外では荷車の軋む音と、遠くで鳴る鐘の音が重なっていた。

 街はまだ完全には戻っていないが、それでも少しずつ動き始めている。


 二つ鐘が鳴る頃、ようやく背後で布の擦れる音がした。


 「……お腹すいた、何かない?」


 振り返ると、髪をぼさぼさにしたレーナがベッドから降りてきていた。


 「お前、この時間に起きてきておいて、最初に言うことはそれか?」


 「仕方ないじゃない?お腹すいたんだもの。それに昨日はエレナだって一日中寝てたじゃない?」


 「……それはそうだけど」


 「文句言われる筋合いはありませーん!」


 「くっ、腹立つ」


 「そんなことよりご飯ご飯」


 結局、私たちは三人で近くの食堂へ向かうことになった。


 昼時の食堂は、以前より客は少ないが、温かい匂いだけは変わらない。

  パンとスープの湯気が、妙に安心感をくれる。


 食事の途中、私は切り出した。


 「……というわけで、昼食後、すぐにでも西へ向かおうと思うけど、いいかな?」


 「いいけど、王子とお姉さん達に最後に会わなくていいの?」


 レーナがパンをちぎりながら言う。


 「ここで私がやるべきことは、今のところないから……」


 「ふーん。それならいいわ」


 「私も異存はありません」


 ランは静かに頷いた。


 この国の復興については、とりあえず王子二人と姉様達が後は考えるだろう。

 私が力を貸すのはその後だ。


 昼食後、宿へ戻り、最終確認だけを済ませる。

 私たちは馬車に乗り込み、西門へ向かうことにした。


 馬車はゆっくりと西門へ向かって進んでいく。


 石畳はところどころ割れたままで、修繕の跡もまだ少ない。

 壁に板を打ち付けただけの家も多く、完全に立て直されるには時間がかかるだろう。


 それでも、以前とは違う光景があった。


 店の前で瓦礫を運んでいる。

 見知らぬ子供に水を手渡している護衛隊。

 壊れた看板を、親子で持ち上げて取り付け直している姿も見えた。


 誰かが命令しているわけでもない。

 ただ、自然と手を貸しているだけだ。


 「……少しずつ、動き始めてますね」


 ランが静かに言う。


 「遅いけどね。でも、止まってないだけマシか」


 レーナは腕を組みながらも、視線は街のあちこちへ向けていた。


 私は手綱を握り直す。


 この国は、すぐには変われない。

 でも、完全に折れてもいない。


 「そういえばさ」


 レーナが馬車の中に寝転びながら私に話しかけてきた。


 「昨日、ランと話し合ったんだけどね。魔族との戦いが終わったらさ」


 不意にレーナが口を開いた。


 「その時は、私達もこの国の立て直し、手伝うわよ。魔族との戦い終わらせて、暇してるのも性に合わないし」


 「レーナさん一人手伝わせるとろくなことにならない気がしますから、私も……」


 ランが苦笑する。


 「出来る範囲で協力します」


 私は二人を見た。


 「……ありがとう」


 「にゃあ、にゃあ」


 「マルも助けてくれるのか?助かるよ」


 マルも満足そうにウンウンと頷く。

 

 説明の必要はなかった。

 それ以上の言葉も出てこなかった。


 西門が見えてくる。

 門の上にはまだ修復途中の足場が組まれ、兵士たちが釘を打っていた。


 世界の歪みも、魔族の脅威も、何一つ終わってはいない。

 それでも、手を取り合う人々の姿が、確かにここにはあった。


 馬車は、静かに門をくぐる。


 新しい旅路の先に何が待っているのかは分からない。

 だが、振り返れば――この国は、少しだけ前に進み始めていた。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は2/1日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

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